第38話 救出戦
「……信玄公、信玄公!」
わたしは姿が見えなくなった信玄公を呼び続けました。
わたしの願いはゲームでの天下統一ですから、信玄公とのお別れが近いことは薄々わかっていました。でも、突然消えてしまうなんて……。
そもそも、まだゲームをクリアしていませんよ!
「信玄公っ!」
「……五月蝿いぞ、宵子」
……えっ!?
「信玄公、どこです!」
確かに声は聞こえました。ですが、周囲を見回しても信玄公の姿はどこにもありません。
「落ち着け、宵子。一瞬気が遠くなったが、大丈夫だ。わしの姿は見えておらぬようだが、声は聞こえるのだな?」
「え、ええ……」
信玄公の声は比較的冷静でした。おかげで、わたしのほうも落ち着きを取り戻すことができます。
「なんで急に信玄公のお姿が見えなくなったんでしょう……」
「やはり、天下統一の時が迫ってきたからではないか」
信玄公がおっしゃいます。
「宵子の願いは天下統一だ。それが果たされれば、わしはお前から離れ、再び眠りにつく。そして、今の状況を考えればもはや天下統一は揺るぎない。宵子自身がそう考えているからこそ、中途半端にわしが宵子から離れたのかもしれぬな」
「わたしが深層心理で、もはや天下統一したようなものだと思っているということでしょうか……」
それでも実際はまだゲームをクリアしていないから、信玄公の姿だけ見えなくなってしまったと……。
「信玄公もおっしゃいましたけど、中途半端で嫌な状態ですねえ、これは」
「だが、こうなってしまったものは仕方なかろう。前に進むほか無いぞ」
「……」
本当に信玄公のお言葉通りなのでしょうか。わたしは思いを巡らせました。
もし、わたしがここでゲームを止めてしまえば、声だけになってしまったとはいえど、ずっと信玄公と一緒にいられるじゃないですか。どんな時も淋しくありません。
が、裏を返せば、どんな時でも何をしていても信玄公に見られてしまうということです。プライバシーもホメオパシーもありません。
それは嫌だなあ……。
わたしだって一応乙女なわけで、姿が見えなくなったとはいえ50過ぎのオッサ……おじ様と死ぬまで生活を共にするのは勘弁願いたいです。
「よし、とっとと天下統一してしまいましょう!」
「うむ、何か無礼なことを想像されたような気もするが、まあ良い!」
気を取り直して、わたしたちはゲームを再開することにしました。残り少ない時間を、せめて楽しまなければね。
しかしゲームの状況はやや厳しいものです。
佐竹義重さん率いる大軍に新発田城と本庄城を包囲され、守る蒲生氏郷さんたちの兵力は敵の半数以下。援軍も間に合いません。
「この戦いで勝つのは、はっきり言って無理ですね」
「うむ」
「でも、とっとと城を捨てて逃げだすのももったいないような気がします。多少なりとも佐竹さんに打撃を与えてから、撤退します!」
そんなわけで、蒲生さんたちで佐竹さんの兵力を削るために戦いを挑んでみました。んが、さすが鬼義重、お強いお強い。とてもかないません。わずかながらの損害を与えた後で、わたしは蒲生さんたちを撤退させました。当然城は奪われてしまいます。
こうして敵から逃げるのも、もう何度目でしょうか。しかし、これは戦略的撤退です。この新田宵子、作戦上逃げることはあっても戦いそのものを途中で放棄したことは決してありません。ジョセフ理論!
「要は、最終的に勝てばいいんです。他の拠点から兵をかき集めて城を取り返せば、それで良し!」
「うむ、その通りだ。いい加減わかってきたようだな」
満足げな信玄公の声が聞こえました。大勢は伊達家よりこちらのほうが完全に上回っているのです。問題なく奪回できるはず……。
が、新発田城と本庄城を奪われた後のマップを見てわたしは焦りました。
「雪ちゃんのいる尾浦城が完全に孤立しちゃってますよ!」
雪ちゃんが先頭に立って出羽まで攻め入り尾浦城を獲り、その後で後方の新発田城・本庄城を奪われた関係上、尾浦城が伊達領の中にポツンと取り残されている状況になってしまったのです。
「まずいな。これでは尾浦城へ輸送も移動もできぬ。おまけに尾浦城も戦の直後であるからじゅうぶんな兵がいるとは言えん」
「雪ちゃんが打って出るわけにもいきません。すぐに奪われた城を取り戻す必要がありそうですね……。雪ちゃんの救出戦です」
わたしは大急ぎで北陸の各城から雪ちゃん救出軍を編成しました。主力となるのは兄の信勝さん、宇喜多秀家さん、そして忍者の百地三太夫さんです。
この百地さん、すでに100歳近いご高齢です。しかしバリバリの現役。忍者でありながら宿老まで登りつめ、一万の兵を動かすことが可能です。
しかもゲームですから、老齢による多少の減退はあれど、数多い戦闘経験により能力はほぼ限界まで極まっています。さすがに寿命が近いでしょうから、これが百地さんにとって最後の大戦になるでしょう。
「行きますよ、雪ちゃんを救うための鬼退治です!」
城を奪われた次のターンにあたる1610年秋、わたしたちは佐竹さんたちを超える兵力で新発田城と本庄城へと攻め入りました。敵に雪ちゃんを攻める間を与えるわけには行きません。
「やはり佐竹は強いな。まさに鬼じゃ、弱い隊を差し向けてもすり潰されるだけだぞ」
「ええ、鬼には鬼のような強さの隊をぶつけなければ押さえられません。百地さんに担当してもらいます」
百地さんもまた、鬼神のような強さを発揮してくれました。周囲の敵を混乱技能で弱らせつつ、佐竹さんと正面からぶつかり、互角の戦いをして動きを止めてくれています。
その間、信勝さん率いる武田軍は佐竹さんをほぼ無視して城の攻略に集中しました。
そして大勢が決した後は百地さんに加勢して佐竹さんに一斉攻撃……。この戦法がはまり、わたしたちは一気に新発田城と本庄城を取り返し、佐竹さんも捕らえることに成功しました。雪ちゃんも孤立状態からは解放です。
「やれやれ、百地さんの獅子奮迅の活躍あってこそですよ。おじいちゃん強すぎです」
「本当にこのげーむは忍者が強すぎるのう。……む、捕らえた佐竹はこちらに降る気は無いようだな」
「うーん……。仕方ないですね。逃がすとまたわたしたちの前に立ちはだかることになります。ここは斬りますっ」
「うむ」
この決断にもすっかり慣れてしまいました。あまり嬉しいものではないんですけどね……。
さらに1611年へ年が明けると、なんとすぐに百地さんが寿命で亡くなってしまいました。
「ついこの間激しい戦いをしていた二人が、二人とも亡くなってしまうとは……」
無常感を覚えてしまいます。まあ佐竹さんを斬ったのはわたしなんですけど……。
「そういうものだ、戦の世はな」
信玄公の声は重みがありました。どんな顔をしているのでしょうか。
そして、主戦場は東北地方へと移ります。最後の戦いがすぐそこまで近付いていました。
今宵はここまでにしようと思います。
次回「みちのくを炎にそめて」ご期待ください。




