第3話 桶狭間
自室に戻ると、さっそくわたしは信玄公に見守られながらゲーム機の電源を入れました。
「ほう、今のげーむはこれほど小さな画面で遊べるのか。おお、絵も音も綺麗ではないか。ふぁみこんより随分進んだものじゃのう」
「そうか。信玄公は25年ぶりの現世だから、ファミコン時代の人がいきなり現在のゲーム機に出会ったようなものなんですね。……いろいろあったんですよ、ゲーム業界も」
この携帯ゲーム機も別に最新機種ではないわけですが、話がややこしくなるのでそこには触れませんでした。「大戦国タクティクス」というタイトルが液晶画面に大きく表示されます。
『大戦国』シリーズと一口に言っても、2013年7月現在でシリーズは10作目まで発売しており、もうすぐ最新作「大戦国サヴァイヴ」の発売が予定されているところです。どの作品にするかわたしも大いに迷いました。調べるとどうも最近の作品はリアルタイム制らしく、テンポが遅いわたしには向いてない気がしたので購入を控え、古めの作品を選ぶことにしたのです。ネットの評判を見て回ると、どうもこの「大戦国タクティクス」をシリーズ最高傑作と呼ぶ人が多いようなので、それを信じてゲーム機ごと買ってみたのでした。
「ええと、まずはゲームが始まる年を選ぶわけですね。開始年に応じて史実を反映した各勢力が配置されているので、そこから操作する大名を選択するわけです」
「ふむ」
信玄公の相槌を聞きながら、わたしは「はじめから」を選択しました。以下の4つのシナリオが表示されます。
1538年 乱世
1560年 対決
1571年 危機
1582年 叛逆
「うーん、どれにしましょうかね。わたしとしては、武田家……それも、せっかくですから信玄公を使いたいんですよ」
「ふん、それはそうであろうな」
確認すると、1538年の武田家大名は信玄公の父親である信虎さんで、1582年では信玄公はすでに亡くなっていて、息子の勝頼さんが大名になっていました。
「となると、信玄公を大名として遊べるのは1560年、あるいは1571年ですね。この中だと武田家の勢力が最大なのは1571年か……この年にします?」
わたしがたずねると、信玄公はやや不満そうな顔をしました。
「その年だと、わしがすぐ死んでしまうではないか」
「えっ、そうでしたっけ? ……本当だ」
スマホでちょっと調べたところ、信玄公は1573年に病気で亡くなっています。ゲームでも史実通りの寿命なのかはよくわかりませんが、そう長生きはできないでしょう。
「まあ、大名が亡くなっても後継者を選んでゲームを続けることは可能ですけど……」
「しかしのう、できることならゲームの中でも長く暴れたいぞ。家臣どもも、もっと前の年のほうが懐かしい顔ぶれが揃っておるだろうしのう」
「なるほど……。よし、では1560年でいきましょう信玄公!」
「うむ」
満足そうな信玄公の返事を確認し、わたしは1560年を、続けて武田家を選択してゲームを開始しました。
まずは説明書を見ながら、武田家の現状を確認します。
「ふむふむ、家臣たちは優秀な方が多いですね、やっぱり。後に武田四名臣と呼ばれる方々や山本勘助さん、真田幸隆さんなどなど、皆さんかなり能力が高いです」
「そうかそうか」
信玄公、嬉しそうです。
「しかし、誰よりも信玄公ご自身の能力が最強ですね、これは。政治も戦闘も智謀も90以上です。さすが信玄公」
「わははは、そうかそうか。わかっておるなあ、このげーむを作った者は」
じゃっかん調子に乗っています。
「ええと、このゲームでは城を所領の単位として扱っています。武田家は躑躅ヶ崎館を本拠地として、現在9つの城を有していますね。他の勢力と比べても、多い方と言っていいでしょう。ですが、勢力図を見ると、状況的にこれは意外と厳しいかも……」
「どういうことだ」
「つまりですね、武田家は確かに強大なのですが、周囲の勢力もまた強いのです。簡単に言うと、東に北条、西に斎藤、南に今川、そして北に上杉……と、四方を全て大勢力に囲まれています。おまけに、これは良いことでもあるのですが、北条や今川とは同盟関係にあります。いわゆる甲相駿三国同盟ですね。つまり天下を狙おうとすれば、いきなり上杉か斎藤とぶつかるしかないわけです」
「ああ、そういう時代もあったのう」
信玄公は遠い目をして、
「……同盟を結んだままでは戦えんのか」
信玄公の問いに、わたしは急いで説明書を見ながら答えます。
「ええと、システム的に無理ですね。手切を行って同盟関係を白紙に戻せば戦うことは可能ですが、手切することで家臣や民の忠誠が下がってしまいます」
「ふむう」
信玄公は考え込んでしまいました。史実では1561年に上杉と川中島で壮絶な死闘を演じることになるのですが……ゲームでは真っ向から上杉と争うのは避けたいところです。史実同様、多大な犠牲が出る可能性が大いにあるのですから。信玄公もそれはわかっているのでしょう。かといって斎藤もそう簡単な相手ではないはず……。
「と、とりあえずどうしましょうか」
わたしがたずねると信玄公は、
「まずは国を富ませることに専心するしかあるまい。そのうえで様子をうかがうのだ。動かざること山の如し」
「はい」
本物の動かざること山の如しキター、と内心興奮しながら、わたしはとりあえず説明書を見ながら内政コマンドを実行することにしました。信玄公のおっしゃる通り、まずは様子を見るしかないですね……。そう思って1560年春のターンを終了してすぐのことでした。
「ん? 何か始まった」
ナレーションとともに、今川義元が上洛に動き出す様子が描かれていきます。続けて、織田信長がそれに立ち向かう様子も。
「これは……歴史イベントってやつみたいですね」
「桶狭間の合戦を再現しておるのだな」
感心するわたしたちをよそに、イベントは進んでいきます。信長の奇襲、義元の死、そして息子の氏真が後継者となり、松平元康が名を徳川家康と改め、今川から独立したところでイベントは終わりました。
「ふーん、イベントによって強制的に状況が変わるわけですね」
と、わたしが何気なくつぶやくと、
「ふふふふふ……宵子よ」
信玄公がものすごく悪い顔で笑っていました。
「な、なんでしょう」
「これで最初の獲物が決まったではないか」
「え……ああ!」
独立したばかりの徳川家康。武田家の南に隣接し、城は3つ、家臣も兵力も少ない……。
「あのう、ご存知かと思いますがわたしこれでも徳川譜代の家の子孫でして、神君を敵に回すのはちょっとばかり気が進まないのですが……」
恐る恐るわたしが言うと、信玄公は鼻で笑いました。
「げーむの中の話ではないか。気にするな」
「ですよねー」
かくして、わたしと信玄公の初陣の相手は徳川軍と相成ったのでした。
今宵はここまでにしようと思います。
次回「速攻斬首! 野獣と化した信玄公」ご期待ください。