第20話 中国戦線異状あり
「エタりはせん! エタりはせんぞぉぉー!」
「どうした宵子、いきなり」
「いえ、なんとなく叫びたかったんです」
そんなわけで(どういうわけなんだか)、ゲーム再開です。
状況のおさらいをしておきましょう。
1578年、わたしたち武田家の当面の敵は、九州を支配し中四国にも拡大を続ける大友家です。中国においてはかねてから同盟を結んでいる斎藤家と協力し、四国では本願寺、さらに長宗我部さんと同盟を結んで大友に対抗します。
「前回、4つのチームを作りました。中国方面には徳川家康さんのチームTと真田昌幸さんのチームSを差し向けようと思います」
「となれば、四国は山県昌景のちーむわいと羽柴秀吉のちーむえいちが担当するのだな」
「そういうことになります」
「わしは丹波亀山城にこもるとして、勝頼はどうする」
「やはり中国攻略の方が手間取りそうですから、そちらに回ってもらいましょう。勝頼さん自ら騎馬でガンガン攻めてもらわないと、大友の砲撃を受け続けるのは厳しいです」
こうして着々と全面戦争の準備をしているうちに年が明け、1579年になりました。大友家も前線にはかなりの戦力を投入しているので、こちらも開戦のタイミングを慎重に見計らっていたのですが、戦端を開いたのは意外な人物でした。
「おお、斎藤家が山陰で動いたぞ。大友に攻め入りよった」
「斎藤家の山陰方面軍団長は松永久秀さんですか……。いいタイミングですよ、これは! さすがギリワン!」
「それ関係あるのか」
チャンスです。松永さんの軍は大友の城を落とすのには失敗したようですが、それは大した問題ではありません。
「大友が消耗した今こそ、一気に攻める時です。中国と四国、同時に侵攻を開始します!」
「うむ!」
この年の夏、さらに冬と続けてわたしたちは大友領へと攻め入りました。やや手薄だった四国では、讃岐と阿波から比較的容易に大友を追い出すことに成功。一方で中国はかなり守りが固く、1度の戦では1つの城を落とすのが精一杯でした。旧島津&旧毛利勢はなかなか手強いです。
年が明けて1580年、武田家に新戦力が加わりました。仁科盛信さんです。お名前は仁科ですが信玄公の五男に当たる人なんですよ。
「おお、武勇や騎馬適正に関しては信玄公や勝頼さんに劣らないレベルですよ。お強い!」
「うはは、そうであろう」
「信玄公にある程度鍛えてもらってから、前線でがんばってもらいましょう。……その他の能力は、まあ……ほら、ね! 武田家らしいですよね!」
「余計なことは申さずともよいぞ。数字を見ればわかる」
「すいません」
信玄公は怒ってはいないようでした。……武田家の方たちは、信玄公と信繁さんの兄弟以外はどうも政治や智謀が足りない傾向にあります。この2人が突然変異といったほうがいいのかな?
さて、前年に戦が続いたためわたしたちはしばらく体勢を整えることに専念していたのですが、山陰での戦いはいつ果てることなく続いていました。
「すごいですね松永さん。ほぼ毎ターン大友軍と戦っていますよ」
「城を奪っては取り返され、また奪い……といった塩梅だな。どうやら大名である大友宗麟自身を相手にしておるようだ。それに高橋紹運も戦っておるようだな」
「ギリワンVSギリヒャクですね。燃えるっ」
などと呑気に構えていたわたしたちでしたが、そうも言ってられない事態が発生しました。
「秋になってもまた松永さんは大友と戦っていますよ。お、城を落とした。少しずつ優勢になってるみたいですね」
「む。宵子、画面を見てみろ」
「はい? ……ええっ!?」
画面には、『大友宗麟が斬首されました』との表示が!
「ひええええっ!」
「捕らえた宗麟の首を刎ねたか。強大な敵の力を少しでも削ごうとするならば、妥当であろう」
「さすが松永さんというかなんというか……。まあ、わたしたちも他人のことをとやかく言えませんけれどもね。しかし、大友の後継者はどうなるんでしょうね」
「息子が継ぐのではないのか」
「宗麟さんの息子さんといえば……誰でしたっけ」
パッと名前が出てこなかったので、ネットで調べてみました。
「ええと、義統さんですか。……あまりいい評判は聞かないですね。ゲーム内の能力も高くは無いようです」
「ならば好都合ではないか。宗麟を相手にするよりはましであろう」
「ええ」
などと話していたわたしと信玄公でしたが、続いて画面に表示されたメッセージには驚きを隠せませんでした。
『島津義久が跡を継いで大名となりました』
「ええぇぇぇーーーー!?」
今宵はここまでにしようと思います。
次回「鉄砲戦争」ご期待ください。