第10話 たったひとつの冴えた戦略
高坂昌信さん、真田幸隆さん、服部半蔵さん、前田慶次さんで謙信さんを取り囲んだわたしは思わずノリノリで、
「戦いは数だよ兄貴!」
これだけの武将が束になってかかれば、謙信さんといえども倒せるはず! しかし、そんなスイートな考えは脆くも崩れ去りました。
「……あれ?」
高坂隊の兵士数が0になり、高坂さんが捕らえられてしまいました。他の部隊の兵力もガクッと落ちています。対して、謙信さんの兵力は大して減っていません。
「……」
次は謙信さんの番でした。真田隊に突撃するやあっさり壊滅させ、真田さんも生け捕りです。
「……」
「……」
わたしも信玄公も、FXで有り金全部溶かした人のような顔をしていたと思います。もうポカーンですよ。予想の上を行く謙信さんの強さに、声も出ません。
「……ど、どうしましょう」
ようやく正気を取り戻したわたしは、信玄公に助言を求めました。
「うーむ」
謙信隊の兵士数はいまや500人程度。それに対し、武田軍の残る服部隊と前田隊はそれぞれ1000人、計2000人。普通ならば勝てるはずなんです、普通なら!
「もうわかっておると思うが、寡兵といえど謙信は恐ろしいまでに強い。が、退却しようとして捕らえられるくらいならば、いちかばちか攻撃をかけるべきであろう。二人のどちらかが謙信を捕らえることを期待してな」
「……ですよね。ここまで追い詰めたんですもんね」
同時に、こちらも追いつめられたわけですが……。ただ、謙信さんが神とでも言うべき強さを誇っているからこそ、ここで討ってしまえば上杉の戦力はガタガタになるでしょう。
「よし、行きます!」
わたしは半蔵さんと前田慶次さんで一斉攻撃をかけました。……が、謙信さんを倒すにはいたらず、逆にこちらが大損害。ヤバい、これはヤバい!
次のターンでは謙信さんの逆襲により前田隊が全滅、前田慶次さんまで捕らえられました。
「あああ……」
「これは危ないのう」
残るは服部隊500人。対する謙信隊はわずか100人。
「いや、でも、ほら。兵力は五倍ですから」
震え声になっているのが自分でもわかりました。
「……もう謙信の強さは理解したであろう。半蔵まで失いたくなければ、逃げるのも一つの手だと思うぞ。もちろん捕まる恐れもあろうが」
「……いや! ここは戦います! 武将の能力の違いが、戦力の決定的な差ではないことを教えてやります!」
半ばヤケクソ気味そう言って、わたしは戦闘を仕掛けました。
……その結果、服部半蔵さんは捕らえられました。
「うぼあああ……」
そして戦場マップには、謙信さんだけが残ります。
「5倍の兵で挑んでも全滅……あばばばばば」
錯乱気味です、わたし。
「落ち着けい、宵子」
信玄公の声は意外と冷静でした。
「ほれ、謙信の動きを見るのだ」
言われた通り画面を見ると、謙信さんは箕輪城には目もくれず、攻め上がってきた方向に戻って行きます。やがて謙信さんは退却し、戦は終了しました。
「え……なんで? って、そうか、箕輪城にこもった信繁さんたちはまだわずかに兵力が残っているから、さすがに謙信さんだけでは勝てないと踏んだんですね」
「そうであろうな。一応は、箕輪城を守りきったと言えよう」
「まあ、城は奪われませんでしたけど」
わたしはため息をつきました。
「人材的には大損害ですよ、ああ……」
高坂昌信さん、真田幸隆さん、服部半蔵さん、前田慶次さん。個性的な面子が生け捕られてしまったのです。双方の戦後処理が始まり、彼らが解放されることにかすかな期待を抱きましたが……
「ああー、全員上杉に登用されてしまいました」
「止むを得まい……」
信玄公の声も残念そうです。こちらも宇佐美定満さんほか、何人かの上杉軍の武将を登用できましたから、複数トレードしたようなものと考えることもできます。
でもやっぱり、高坂さんや真田さんには愛着があります!
「真田昌幸さんのときみたいに、すぐに調略でこちらに誘いましょうか」
「……そんな余裕があると思うか」
「うっ」
信玄公のおっしゃる通りでした。ガタガタになった戦力を整え、すぐにでも上杉の再攻勢に備える必要があります。とても高坂さんたちに構っている暇は無さそうでした。
「うう~。仕方ないですね、もう! 高坂さんが謙信さんにねちっこく性的な説得をされて堕とされたという妄想で自分を納得させます!」
「どんな自己欺瞞だ」
ですが謙信さんは、わたしに妄想する時間すら与えてくれませんでした。
次のターンである1566年春のことです。
「えっ!? し、信玄公。わたしたちが行動する前に、上杉が再び箕輪城に攻めてきました……」
「何ぃ!?」
先ほどの戦いの後、全く何もできていません。箕輪城には武将だけは沢山いるものの、それぞれの隊の兵士はほぼゼロ。箕輪城に武将を集中したせいで、近辺の城は無人です。
それに対し、上杉軍はまたしても大軍で攻めてきました。春日山城あたりから連れてきたのでしょう……。
「……」
わたしは絶句しました。こんなの、どうやったって勝てないじゃないですか…。
「どうやっても勝てないと思ってそうじゃな、宵子」
信玄公が意外にものんびりとした口調で言います。
「だって、無理じゃないですか」
「いや、策はあるぞ」
「え!? なんですって!?」
「たったひとつだけ策はある」
「たったひとつだけ……?」
「うむ、とっておきのやつだ」
「はっ、信玄公。ま……まさか! そのとっておきというのは……!?」
「ふふふふふ……逃げるんだよォォォーッ」
「やっぱりィー!」
しかし実際どうやっても勝てない以上、一切戦をせず城を放棄することが、こちらの被害を最小限に抑える方法であるのは間違いありません。わたしは信玄公のジョセフ的提案を受け入れることを決めました。
かくしてわたしたちは箕輪城を捨て、全ての武将を撤退させました。上杉軍は箕輪城を落とし、無人だった小諸城と戸石城までやすやすと手に入れます。前回の死闘と全く違い、上杉の不戦勝です。
「ギギギギ……結局、せっかく取った箕輪城だけじゃなく、最初から持ってた2つの城まで失うなんて」
わたしは歯噛みしながら、ゲーム開始時の本拠地であった躑躅ヶ崎館まで信繁さんを戻らせて、そこを中心に体勢を整えることにしました。清洲にいる信玄公の本隊からも、いったん武将を何名か移動させるほかありません。
「悔しい、悔しいです」
「一度も負けることなく天下統一など、できるわけがあるまい。良い経験ができたと思うのだ」
「はい……」
信玄公に慰められ、ようやくわたしは落ち着きを取り戻しました。史実の信玄公だって、何度も負けてるんですものね。そうトントン拍子に進むわけがありませんよね……。
「宵子よ、ゆっくりしている暇は無さそうだぞ」
「はい?」
「織田信長自ら、手薄になった清洲を奪回するため攻めてきおった」
今宵はここまでにしようと思います。
次回「信長死すべし」ご期待ください。