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前編

 この場所は外から干渉されない。

何が起きようとも部屋の外にいる人間は中の異変を察知できず、部屋にいる人間は外へ助けを求められない。

 その閉ざされた空間で一人の生徒がもう一人の生徒を押さえつけていた。

 うつ伏せに倒して手を反らせ、止めとばかりに頸動脈あたりに足を置き、何がどうやっても絶対に起き上がれない体勢を取らせていた。

「あなたのやっていることはただの自己満足だ!」

 上から押さえつけられ、ボロボロになりながらもそう叫ぶ。

「……」

 しかし、光坂を組み伏せている御神楽は無言だ。

 首を曲げ、僅かに見える御神楽の瞳は凍りついたように揺るぎない。

「何が生徒のためだ! 何が学園のためだ! そんな題目で自分の行為を美化しているだけだ!」

 その言葉が御神楽の心に届かないと分かっているにも関わらず、光坂は叫び続ける。

 しばらくの間、光坂の口から御神楽に対する弾劾が延々と流され続けた。

「言いたいことはそれだけか?」

 光坂が罵倒を出し尽くしたのを見計らって御神楽が声をかける。

「…………一つあります」

 目をギュッと閉じ、御神楽から目を離して正面の床を向いた。

 そして、唾を飲み込んで一拍空ける。

「あなたは間違っている。御神楽代表」

 その声は諦めたような、観念したような響きが含まれていた。

「……………………そうか」

 僅かな静寂の後、御神楽は光坂の頭を鷲掴みにした。



 夢宮学園――正式名称、夢宮総合学園。島一つまるまる学園の敷地内であり、中央には一際巨大な建物である中央校舎が存在感を放っている。

そこから円状に様々な専門校舎が存在し、さらに校舎と校舎との間には徒歩で不可能な距離が隔たっていた。

ゆえに、校舎ごとに生徒会が存在し、生徒会長の役職は代表という形を取っていた。

夢宮学園の在籍人数は正確に分かっていないが少なく見積もっても三万は超える。その内中央校舎に在籍している生徒は三分の一である一万人。その膨大な数の生徒を纏める生徒会は驚くべきことに中央校舎代表である御神楽圭一ただ一人であった。


深夜、生徒はすでに寮へと帰り、思い思いの時間を過ごした後、ベッドに潜って明日に備える時間帯。もちろん校舎内に残っている生徒はいなく、闇が支配する夜の時間だった。

しかし、例外がある。中央校舎の一室――生徒会室と標されていた教室は常に明りが煌々と灯っていた。

それは教室と形容すべきなのか。中央校舎の最上階のフロア全てが生徒会室。その広大な部屋は少なく見積もっても縦横百メートルあり、そしてその空間にある無数の机と椅子が不気味な印象を与える。

その部屋の一番奥にある一際豪華な椅子に腰かけて重量感のある机で書類仕事をしている少年がいた。

少年の名は御神楽圭一。万を超える生徒をたった一人で束ねている中央校舎代表。そしてこの部屋の主。

御神楽を一言で表現すると“男女”。瞳や鼻、そして口など顔のパーツが見事な黄金律を奏でた中性的な容貌と触れれば折れてしまいそうな華奢な体つきにより、誰もが少年と会うと口を揃えてこう言うのだ。

御神楽は絶対に女子だろ、と。

生徒会室にある机全てが埋まるほどの量にも関わらず、御神楽は眉一つ動かすこともなく淡々と機械的に処理していた。

ふと、御神楽は腕を止め、右手で己の頭を掴んだ。

ショートしたような放電音と断続的な光が生徒会室に広がる。

この学園に通う生徒は全員何らかの物理法則を捻じ曲げる力を持っている。

例えば気圧を意図的に下げて炎を生みだしたり、共鳴振動を増幅させて地震や地割れなどを引き起こしたりできる生徒もいる。中には時や空間、はては因果までも物理法則を超えた法則までも操作できる生徒も少数ながら存在していた。

御神楽は発電系能力者である。発電系能力者は自身の神経に流れる電流を増幅させ、それを意のままに操れる能力者をしている。だが、御神楽が一般の発電系能力者と違うのは体内に電流を流し、己を遺伝子レベルから組み替えることが出来るほどの精密なコントロールが御神楽のみ可能だった。

「休憩終了」

 御神楽圭一――彼に休憩という言葉は無い。



「生徒会の入部希望者は君か?」

 放課後、生徒会室に二つの人影があった。

 一人は中央校舎代表御神楽圭一。無表情で対面に座っている生徒へ聞く。

「はい、僕の名は光坂一です」

 そう元気よく返事をする。ニッコリと笑い、歯がキラリと光る。髪は男子に比べて異様に長く、後ろへ束ねている。光坂はいわゆる爽やか系であり、群衆の中でも頭一つ抜けているような高身長。モデルだと言っても通用しただろう。

「入会希望の動機は」

 多くの女子を虜にする微笑みに今は用がないので流させてもらう。

「この中央校舎をもっと良くしていきたいからです」

 笑顔に好感が持てる、広報やPR等の仕事が向いているかもしれない。

「なるほど……他には」

 予定にはない質問をする。すると光坂は少し戸惑って。

「はい? ……ええと、他には」

 笑顔を引っ込めてモゴモゴと口ごもる。

「もういい」

 その言葉で光坂の言を断ち切った。光坂が罰の悪そうな顔をする。

「そんなに気にするな。答えられなかったといって不合格にするわけではないから」

 すると機嫌が目に見えて明るくなった。

 柔軟性に難あり。そして性根が浅はかなのか正直なのか一考の余地がある。

「それで、たしか光坂君の能力は」

 その質問に光坂は食いつき、勢い込んで話し出す。その変貌具合に少し驚いた。

「はい、僕の能力は発火能力です。前回の実技試験ではクラスで一位を取りました」

 それを自慢したいからではなく、必死で自分の長所をアピールしようとしている。どうやら性根は後者の方だな。

 それに、炎系は数ある能力の中で最も派手で目立つ。ますます広報向けだな。

 御神楽はそれらの情報を統合し、光坂に適任な役職を導き出す。

 僕が沈黙している間、光坂も口を塞ぎ、じっと僕が発する言葉を待っている。

 何分かの沈黙の後に重い口を上げた。

「生徒会だけでなく委員会に入部するものは仮入会期間というものが存在するのは知っているな」

 瞬間、光坂の表情が明るくなる。

「はい、仮入会した者は正規者の了解を経てようやく入会が認められます」

 そのせいか話す言葉も少し急ぎ気味だ。

「よろしい、光坂一君。君は今から生徒会仮入会者だ。これからよろしく」

 そう言って僕は光坂に近寄り手を差し出した。

「ありがとうございます。必ず代表の期待に応えて見せます」

 光坂は僕の手を両手で握り締めながらそう力強く返事した。

 その熱血溢れる言葉と動作に。

「言っておくが仮入会者に優遇は適用されないぞ」

 とあえて冷静に突き放す。

 中央校舎の特色として委員会の正規者は授業免除。執行など幹部はテストも免除。そして幹部の中でも委員長、副委員長、そして会計の三役レベルだと学校行事さえも免除となる。

 これには訳があり、中央校舎の教師は学生の自由を尊重し、勉強を教えること以外何もしない。必然的にその他のこと――治安や衛生そして信賞必罰などを生徒達がやらなければならなくなる。それゆえに委員会は多忙すぎるため、このような特例措置が取られたのであった。

「あはは、分かっていますよ代表」

 しかし、光坂は堪えた様子はなく呆れたように笑った。

 やはり性根は正直な方だな

 僕は己の判断が正しかったことに安堵した。



御神楽圭一は昼の授業中、校舎をあてもなくうろつく。校舎の巡回は風紀委員の仕事で御神楽がやる意味はないのだがそれを日課として行っていた。


とある教室の前――


「今日は学問の大切さについて教えます」

 と、年配の教師が教壇の前で穏やかにそう宣言する。

「分かりました」

と答える生徒たち。

「授業中らしい。なら僕はさっさと立ち去るか」

その光景を見て一つ頷き、満足して去ろうとしたが、教師の口調がガラリと変わった。

「学問とはなんだ!」

 その年齢でその体からどこにそんな力が残っているのか聞きたいぐらいの大音声が教室の窓を揺らす。

「押忍! それは真理を追究する作業のことです!」

 生徒も負けずに答える。

「ならば! 私達は何をするべきか分かるか!」

 さらに音量が大きくなった。

「押忍! それは師匠の言葉を一言一句魂に刻み込むことです!」

 すると教師はブワっと感涙の涙を流してこう絞り出した。

「素晴らしい! 素晴らしいぞお前たち。こんな教師想いの生徒を持ってわしは、わしは幸せじゃああああ!」

 これまでと比べ、比較にならない叫びが辺りに響いた。

「……何だ、一体何が起こった?」

 そのあまりの光景にブレザーを肩からずらし、唖然とした。

 しばらく混乱していた僕は教室に掛けられた札を見て「ああ」と納得した。

 札に書かれていた文字は“B組、金○先生”



「と、いう状況ですので第四兵学校舎には断じて負けるわけにはいきません」

 サッカーユニフォームを着た生徒が御神楽へと熱く語る。

「ふむ、君の言い分は分かった。しかし、僕の記憶違いでなければ前回も似たようなことを言ってなかったか」

 熱い説得にも全く心を揺らされることもなく御神楽が冷静に言い放つ。

「そ、それは……たまたまです」

 辛うじてそう言い返す。だが、その左右に忙しなく動いている瞳を見れば嘘だということが一目で分かる。

「君の言い分は分かった。もう下がっていい」

 終わりとばかりに御神楽は下の書類に何かを書き込む。

「ま、待って下さい。代表ー!」

 立ち上がり、御神楽にすがりつこうとするが、その前に光坂が脇を押さえて連れ去っていってしまう。

「次」

 御神楽が冷淡に次の代表を呼ぶ。

 この日の生徒会室の前には大勢の生徒が列をなしていた。今日から三日間は部の予算振り分けのために意見交換会が行われる。

 通例として運動部や文化部の各代表が御神楽と一対一での意見交換が行われる。各持ち時間は三分だが、生徒数一万人を超えるこの中央校舎。有名無名を合わせると軽く千を超え、さらに能力系統ごとにルールが変わるため部も多様化する。

 例を挙げると重力操作系者は他人を妨害する行為の禁止の有無によって全く戦略が変わる。よってサッカー一つとってもそこから派生する部が無数にある。

 ゆえに、学園側は超能力を使わないスポーツを部として認め、それ以外は同好会と位置付けると定めていた。

部からの要望を次々と捌いていく御神楽。そして。

「次が最後か」

 御神楽は手元にある名簿に目を通し、そう呟いた。

 コンコンとドアがノックされ「失礼します」というか律儀な声が聞こえてきた。

 御神楽は「どうぞ」と言い、中に入ることを促す。

 ドアが開くと、そこから一人の女生徒が姿を現した。

「ああ、椿原君か」

 椿原雫――女子バスケ部キャプテン。制服をキッチリと着こなし、髪はスポーツに適するように短め。そして瞳の奥には理知的な光が宿っている。社長秘書または有能なキャリアウーマンだと言っても大抵の人は何の疑問もなく頷くであろう。生徒とは思えないぐらい大人びて見える。さらに顔は小さくいので八頭身に見え、体の均衡性を主張していた。

「お久しぶりです、御神楽代表」

 部屋に入って一番、まず初めに挨拶をする。御神楽は手を椅子に向けて座るよう促した。

「相変わらず礼儀正しいな君は」

 それまでの部の代表のマナーを思い出してそう苦笑した。

 彼らは全く行儀がなっていなかった。挨拶もせずに部屋に入り、勝手に椅子に座って開口一番部の窮状を訴え始めるのだ。

 聞く側としてはいきなり入ってこられ、何が何だか分からない内に窮状を訴えられても同情すら出来ない。彼らはその方が理解しやすいと勘違いしているのだが、それをやればやる程にこちらの好感度が下がっていくということにいい加減気付いてほしいと思う。

「それで、私達のバスケ部の予算についてなのですが」

 適当に世間話をした後、雫が本題を切りだした。

「私達の部の状況を御存じですか?」

 雫が声のトーンを落とし、深刻さをアピールする。

「前回の校舎対抗試合は最下位。そして最近の試合も白星なしの全敗。これでは今回のバスケ部の予算は厳しいものになるだろうな」

御神楽は全く表情を変えず、事実のみを紡ぐ。

「そこをなんとかお願いします」

 そう言って雫は徐に床へ正座し、頭を下げる。いわゆる土下座だった。

 その突然の出来事に御神楽は椅子から降り、頭を下げている雫の前で改めて座った。

「顔を上げろ、椿原君。土下座は簡単にするものではない」

 その声音は一切揺れていない。御神楽の心は絶対零度の氷壁の如くこれだけでは微動すらしない。

「まず理由を聞こうか」

 御神楽は待機している光坂に席を外してくれという合図を送った後、雫の瞳をしっかりと見据えた。

 雫は光坂が部屋から出ていったのを確認し、ポツリポツリと部の内情を語り始める。

 御神楽はそれを瞬きすらせずに雫の話に耳を傾けていた。

「……と、言うわけです。ですので、もう一度チャンスを下さい」

 最後まで語り終えた雫はそう締め括り、再度頭を下げた。

 雫も相当切羽詰まっているのか話す内容は普段と違い、容量を得ていない。

ゆえに御神楽は雫に対していくつか質問し、状況を整理する。


バスケ部のエースの調子が悪かった。

それが原因で勝てる試合も勝てず、最下位に終わった。

 最近負け続けで部内の雰囲気が険悪である。

 些細なことで神経を尖らせ、衝突しあう毎日。

 練習試合も個々のプレイが目立ち、全体の統一感が皆無だった。

 最近では練習のボイコットも普通に起きている。


 雫の話を纏めるとこんな概要である。

「……末期状態だな」

 顎に手を当てて御神楽はそう分析する。特に後ろ二つが深刻であり、早急に解決しなければ最悪バスケ部は解散してしまうだろう。

 事の発端はエースの不調からだろう。それだけなら問題がないのだがその後の試合の結果がまずかった。格下の相手だと油断した結果、見事に負けた。

それだけで済んだのなら良かっただろう。だが、負けた原因をチーム内で押し付け合ってしまい、チーム内の雰囲気が悪化。

そしてまた負ける。更に雰囲気が悪化する。

典型的な悪循環である。これを早めに断ち切らなければならないと御神楽は判断した。

「椿原君、バスケ部のエースに会えるか」

 この状況を救えるのはエースしかいない。エースの役割はキャプテンと同じぐらい重要なポジションである。

 エースが奮闘し、勝利への道をこじ開けると信じているからこそメンバーは苦しい時には諦めずに歯を食い縛って耐え、攻める時には全力で攻める。

 逆に、エースが伏してしまうとメンバーは不安がり、攻撃にも守備にも精彩が無くなる。

 ゆえに御神楽はこの問題の解決にはエースの存在が必要不可欠だと決断した。

「はい、今は部活中ですからおそらく第一体育館で練習していると思います」

 雫はコクリと頷いた。

「さて、行くか」

 御神楽は立ち上がり、長時間座っていたせいで凝り固まっている体に電気を流して解す。

「も、もう行くのですか」

 雫が目を丸くして問いかけた。御神楽は頷く。

「バスケ部の現状は最悪だ。すでに待ったなしの状況まで差し迫っている。この場合は時間を置けば置くほど状況が悪化していってしまう。今は遅効より拙速が尊ばれる時だ」

 御神楽はドアの方へと向かう。

「し、しかし、代表は連日の各部との意見交換でお疲れのはずです。無理はなさらない方が」

 雫はなおも食い下がった。

 御神楽は立ち止まり、雫の方へ首だけ向ける。

「夢宮学園は好きか?」

 その問いかけに雫は「ええ」と戸惑いながら頷く。

 すると御神楽はその端正な顔に笑みを浮かべて。

「なら、問題はない」

 そう言い残し、先に出ていった。

 御神楽の滅多にない貴重な笑顔を見た雫はしばらくボーっとしていたがハッと顔を振り、起き上がって御神楽の後を追いかける。

「ありがとうございます、代表」

 頬を僅かに赤く染めて御神楽に聞こえないよう小さく呟きながら。



「ここが第一体育館か。久しぶりに訪れたが……何も変わっていないな」

 御神楽は見上げるほどの建造物の頂点を見るために目を細めた。

 体育館は東西南北中に一つずつ建てられている。しかも一つ一つが中央校舎に匹敵するぐらいの巨大な建造物。

何故体育館がこれほどまでに巨大なのか、それは夢宮学園には校舎がいくつも存在し、多様な能力があるがゆえに競技も多彩となる。必然として、彼らを内包するための体育館は規格外な程の大きさになってしまうのだった。

「ええと、バスケットリングがある階は……八階か」

 案内状を確認した御神楽は次に目的の場所へ向かうための道筋を調べる。

「椿原君、もうここまで来てしまったのだ。賽は投げられた、堂々としろ」

 後ろに控えている雫に御神楽はそう励ます。

 雫の調子はここに来る途中から変だった。途中から急にそわそわしだし、ワザと遠回りの道を案内しようとし、挙句の果てにはやはり日を改めましょうと言ってくる始末。

御神楽は二、三度雫を問い詰めたが、芳しい成果は得られなかった。

「さて、と。ここだな」

 扉の前へと立つ。フロアからバスケットシューズが擦れるキュッキュッという摩擦音が聞こえてきた。

「や、やはり止めましょう」

 扉に手を掛けた御神楽を雫が慌てて押さえる。

 御神楽は眉をひそめて。

「言っただろ、雫君。もう賽は投げられた。後は神のみぞ知る、だ」

「神はサイコロを振りません」

 雫が反論する。

「それは上手いな。しかし、今は関係ない、だろ」

 雫の切り返しに感心しながら最後の一声でドアを開けた。

 バスケのフットワークの練習中だったらしいが、突然の乱入者の登場により皆の動きが一瞬止まる。

 御神楽はコート内にいる人数をざっと確認する。

「八人か。確かバスケ部の部員数は三十人以上いたはずだ」

 御神楽はことの深刻さを改めて思い知った。

「はいはい、止まらない止まらない。練習を再開するのですよ」

 一人が手をパンパンと叩きながら部員に対して練習に戻るよう指示した。

 勝気な瞳とショートカット。背は女子の平均より低いだろうが先程のフットワーク身のこなしから、猫のようなしなやかさを与える印象を持っていた。

「おそらく彼女がエースだな」

 御神楽はそう判断する。

「汐海……」

 雫が怯えるような声を出す。

「あれ、キャプテン。何でここにいるのですよ?」

 口調こそ丁寧だがその雰囲気からありありと嫌悪の念が滲み出ている。

 御神楽は雫と汐海が問題の原因になっていると推測した。

「ちょっといいかな」

 この空気は非常に不味いので御神楽は二人の間に割って入る。

「えーと、突然訪れてすまないな。僕は中央校舎生徒代表御神楽圭一だ。よろしく」

 友好の証として右手を差し出した。しかし、汐海はその手を見つめ。

「榊宮汐海です、御神楽代表。大方、雫に唆されてきたのでしょう。言っておきますけど私達は弱くなっていません。無能なキャプテンがいなくなったおかげで次は必ず勝てるのですよ」

 そう言って雫の方を見た。雫が縮こまる。

「ご足労ありがとうなのですよ。それでは気を付けてお帰り下さい」

 そう言い慇懃に礼をして練習へと戻っていった。

「……これは深刻だな」

 差し出した手を元に戻し、御神楽は苦笑した。

「すみません……」

 雫が泣きそうな顔になった。それを見た御神楽は雫を励ますように力強く。

「大丈夫だ」

 そう言いながら頭を撫でる。

「必ずバスケ部の絆を元に戻して見せる」

 その堂々とした宣言に雫は驚いた顔をして。

「本当にありがとうございます」

 そう深々と頭を下げた。

 しかし、御神楽はその言葉の裏で冷酷な作戦を思い描いていた。

 それは成功すれば大円団となるが、失敗すると目も当てられない悲惨な結末が待っている。そして、一番痛いのはこの作戦は成功しても失敗しても「御神楽は悪」というレッテルを張られてしまうことだった。しかし……

「仕方ないか」

 目に涙をためて謝る雫の痛々しい姿を見て御神楽は決断した。



「と、いうことがあったわけだ」

 生徒会室に戻った御神楽は専用の椅子に座り、背もたれにもたれる。椅子がギシッと僅かな悲鳴を上げた。

「なるほど、それは不味いですねぇ」

 円卓テーブルの一角に座っている光坂がそんな感想を漏らす。

「女バスって結構可愛い子が揃っていますからねぇ。それは一大事です」

「光坂君、それは今関係ないぞ」

 鋭く御神楽が注意する。一瞬室内の雰囲気が悪化した。

「迷惑をかけてしまい、本当に申し訳ありません」

 光坂の反対側に席を着いた雫が再度頭を下げる。

「ああ、すまない。これは日常茶飯事の出来事だ。だからそんなに気にするな」

 御神楽が手をひらひらと振って雫の緊張を和らげようとする。

「そうそう、そんな暗い顔をしていては美人が台無しですよ」

 光坂が援護をするように笑う。

「あはは、ありがとうございます」

 すると雫ははにかむように笑い、少し明るくなる。

 よくもまぁそんなセリフを堂々と言えるものだ。

 御神楽は光坂の天然に小さくため息をついた。

「……やるか」

 小さくそう呟き、己の心を凍りつかせる。ここからの行動は徹底的に悪役を演じなければならない。少しでも良心が顔を覗かせると失敗する。

全ては学園のため、女子バスケット部のためそして椿原君のために。

と、そう自分に言い聞かして御神楽は仮面を被った。

「さて、出来れば近日中に解決したいものだ」

 御神楽は最初にそう言い切る。

「え、どうしてですか。この類の問題はゆっくりと時間をかけて取り組むべきでは」

 光坂が至極全うなことを言う。

「確かに光坂君の言う通りだ。本来なら時間をかけて解決すべき問題だ。だが、女バスは末期状態。そんな悠長なことをしていれば解決する前に解散してしまう。ならば多少強引でも劇薬治療を行わなければならない」

 次に。と、御神楽が続ける。

「これは生徒会の都合だが、そんなに長く女バスの問題を関わることは出来ない。僕達はあくまで生徒会だ、女バスの相談役ではない。生徒会は全ての生徒や部に対し、平等に扱わなければ皆に示しが立たない」

 冷徹にそう言い切った。光坂は不満げな顔で。

「へぇー、代表って結構冷たいのですね」

 その皮肉に御神楽は肩を竦めて。

「何とでも言うがいい。文句を言うだけなら安いものだ」

 また生徒会に沈黙が下りる。

「あの、それで、具体的な方法としてどうするのですか」

 雫が恐る恐る御神楽に聞く。

「そうだな……一週間後、練習試合をする。勝てば部費は例年と同じ。しかし、負ければ」

 そこで御神楽は言葉を置き、雫の眼を見た。

「負ければ部は解散してもらう」

 雫がグッと唇を噛み締め、俯く。御神楽は追撃をかけるようにこう言い放った。

「練習試合の相手は第二専門校舎だ」

 その言葉に光坂が慌て出す。

「ちょ、ちょっと代表。第二専門校舎って前回試合した弱小校舎ではないですか」

「そうだな、正確には弱小だった校舎だ」

 御神楽が表情を変えずに答える。

 第二専門校舎のバスケ部は弱かった。ずっと最下位の一位二位を争うぐらいのレベルだったのだが、前回の試合で中央校舎に奇跡の勝利したことにより一気に強豪校舎へと伸し上がった。今では夢宮学園の中でトップ三の位置に就いている。

 戦力の分析で言うと第二専門校舎に中央校舎が勝てる確率は少ない。

「だが、零ではない」

 御神楽がそう言い切る。

「第二専門校舎もかつては弱小だったのだ。中央校舎もこれから団結すれば勝てる見込みは十分にある。さらに加えると今の女バスの零落は第二専門校舎に負けたことから始まっている。そのトラウマを乗り越えなければ女バスに明日はない」

 誰も言葉を発する者はいない。

 御神楽は仮面のような無表情で雫を射抜き、雫は御神楽の視線から逃れようと眼を伏せ、光坂は御神楽の非情な決定に憤りの目を向けていた。

「……っく……ひっく。ううう…………」

 顔を伏せていた雫が手で顔を覆い、すすり声がそこから漏れてきた。

「酷い、酷いです代表。私はただ……部の予算を減らすのを待って下さいと、チャンスを与えて下さいとお願いしに来ただけですのに。何故部の存続問題にまで発展させてしまうのですか」

 ポロポロと、大粒の涙が手の隙間から溢れ出る。だが、その乙女の涙でも御神楽は全く揺るがない。それどころか。

「酷い? どこが酷いのだ? 先ほど部の集まり具合とチームの仲を確認してきたがあれはもう内部崩壊寸前だぞ。僕から言わせてもらうとむしろ引導を渡すのだから感謝してほしいくらいだ」

 淡々と冷酷な言を雫に突きつける。すると雫はキッと顔あげて涙で濡れている瞳で御神楽を睨みつけ。

「私は、私はバスケットが大好きなんです! 好きで好きで仕方ない。バスケットが私の人生そのものなのです!」

怒りを発散させるような大音声で御神楽を責める。だが。

「バスケをしたいのなら同好会としてやればいいだろう。予算を貰わなければ活動してはならないという規則はあったか? それに椿原君、君は一つ勘違いをしているぞ」

 そこで御神楽は一拍区切る。

「予算は女バスのような崩壊寸前の部にも回せるほどの余裕は無いのだぞ」

 一つの部が消えればその部の予算は他の部へと還元される。予算というのは余りあるほど潤沢ではない。それどころかどこの部も予算の不足気味である。

 没落寸前の部に予算を分配するくらいなら、未来への可能性が広がっている部に分配したほうがずっと効率的だ。その方が皆も納得する。

「…………分かりました」

 息も詰まるような沈黙を破ったのは雫だった。その声はか細く、震えている。

「その内容を皆に伝えてきます」

 そう言ってゆらりと立ち上がり、覚束ない足取りでドアへと向かっていった。

「まて、椿原君」

 御神楽が雫を呼び止める。雫は微かな希望を滲ませてこちらを振り向いた。

「言っておくが『健闘出来たらもしかすると』などとは考えていないよな? 惜敗しようが惨敗しようが負けは負けだ。部は解散してもらうぞ」

 だが、御神楽の言葉は雫の望みを打ち砕く非情な通告だった。

 雫が生徒会室から去った時、ついに光坂の怒りが爆発した。

 御神楽に跳びかかり、胸元を掴む。身長は光坂の方が高いので必然的に御神楽は爪先立ちになる。

「あんたは鬼ですか! 椿原さんは悩んで悩んでそれでも分からず、最後の希望としてここを頼ったのにどうしてあんな態度を取るのですか!」

 ほう、いつも女子ばかり追いかけまわすチャラ男かと思っていたが誰かのために怒る度胸は持っているのだな。

 知らずに笑みが零れる。その笑みを侮辱と受け取ったのか光坂がさらに激昂する。

「何が可笑しいのですか!」

 鼻息荒く、御神楽に詰め寄る。それに対し、御神楽は。

 光坂の両腕に電気を流して怯んだ隙に手を振り払い、左腕を掴んで引っ張ると同時に腰を入れ、股の下から足を上げて重心を上に移動させ、テコの原理で光坂を机の上に投げ飛ばす。柔道の背負い投げが綺麗に決まった。

 代表専用机に光坂が叩きつけられ、机の上にあった書類やらメモやら筆記用具などが床へと散らばる。

 背中を強かに打ちつけて肺の中の空気を全て吐き出した光坂は悶絶し、机の上で痙攣する。

 その脇で御神楽は光坂に掴まれて乱れたブレザーを元に戻す。

 誰かのために怒る。それは素晴らしいことだ。しかし、光坂君。誰かを救いたいと本気でそう願うのなら、時には騙し、嘲って悪を演じなければならない時もあるのだよ。

「生徒会室の片づけはよろしく頼むぞ」

 苦悶の表情を浮かべている光坂を尻目に御神楽は生徒会室を出ていった。



「お疲れー」

「そちらこそ、お疲れー」

 場所は体育館。ちょうどバスケの練習が終わったのか部員達が談笑しながら更衣室へと戻っていく。

 御神楽は女バスのエース――汐海が体育館に残り、シューティングをしているのを見つけた。

 好都合だな、と御神楽はほくそ笑む。

「練習熱心だな、関心関心」

 そう言いながら汐海へと近づく。

「あんた……」

 汐海はシューティングを止め、御神楽のほうを向いた。

「つい先ほど会ったばかりだったな。そら、差し入れだ」

 そう言って手に持ったスポーツドリンクを投げてよこす。

「おっと、ありがとうございます」

 少し狙いから逸れ、汐海が少し移動する羽目になったが何とか落とさずにキャッチした。

「さて、ここに来た理由は他でもない。一体女バスに何があった?」

 御神楽は汐海がドリンクを飲み干したのを見計らって核心を突く。

 汐海はドリンクを片手に持ちながらブラブラとさせていたが、突如「ふうっ」と息を吐き、沈んだ表情になった。

「代表、理由はもう分かっているでしょ。勝てる試合に勝てなかった。それが原因で女バスが崩壊を始めた。それだけですよ」

 投げやりにそう言い放つ。

「それは分かっている。しかし、僕が知りたいのはもっと深いところだ」

 御神楽が苦笑して続きを促した。

「深いところって……もうありませんよ」

「ほう、そう言っている割には目の焦点が定まっていないぞ」

「え? まさか」

 汐海が焦る。だが、御神楽はそれを見てますます笑みを深くして。

「冗談だ。カマをかけた」

 ククク、御神楽は含み笑いをする。

「ぐっ……」

 汐海は嵌められたという表情をした。

 広いコートの中、御神楽と汐海が並んで座り、他には誰もいない。二人とも話さないのでコート内はお互いの心臓の鼓動が聞こえそうなほどの静寂が包んだ。

「椿原君と榊宮。この二人の黄金タッグはこの学園内で轟いているほど有名だったらしいな」

その静寂を最初に破ったのは御神楽だった。話がコート内で反響し、エコーする。

「しかし、あの運命の試合以前から椿原君は榊宮君にパスを出さなくなっていたそうだ」

 汐海が目を見開く。なぜそのことを知っているのか、と。

 御神楽は肩をすくめ、どうでもいいとだけ言う。

「榊宮君にパスを出さなかったのは理由がある。それは各チームが二人の警戒を強め、榊宮君に対するガードを強化したからだ。 PGである椿原君の判断はおそらく正しい。警戒が強い場所よりも弱い場所を攻めるのは基本中の基本だからな。しかし、君は納得しなかった。しだいに不満を強め、自分一人のスタンドプレーが目立つようになっていた。そうして亀裂が徐々に深まり……事件が起こった」

「あの試合……雫は私に一度もパスを出してくれなかったのです」

 汐海は膝を立ててそこに顔を伏せ、しゃっくりを上げ始めた。

 御神楽は汐海の頭を優しく撫でながら。

「榊宮君は報復としてボールを受け取ると一人で突っ込む真似を何度もした。と、そこまでは分かっている」

 だが、不可解なところは。と、御神楽。

「何故椿原君がチームから孤立し、君が残ったメンバーを引っ張っているのだ。普通逆だろう」

 女バス崩壊の原因を作ったのは目の前で泣いている汐海であり、雫はではない。チーム内で孤立するのは汐海であるはずなのに実際は雫が孤立している。そこが御神楽には分からなかった。

 すると汐海はしゃくりあげながらもポツポツと話し始めた。


 私は責任を取って部を辞めるつもりだった。

 しかし、雫はそれを押し止め、自分が辞めると言い出した。

 私は雫が誰よりもバスケが大好きなことは知っていた。

 だから、責任を取って辞めるという雫に腹が立った。

 それで口論になり、雫は辞めないまでも練習に顔を出さなくなっていった。

雫を慕っていたメンバーは私が引っ張るのに抗議し、練習をボイコットしだした。

雫がいくら彼女たちを説得しようとも聞いてくれない。

結局、私が残ったメンバーを引っ張ることになった。


「本当は、謝りたいのですよ」

 三角座りで体を縮こませながらそう呟く。

「でも、駄目なのですよ。雫のあの“私が悪いのですオーラ”を振りまいているのを見るとどうしてもムカムカしてきて」

「たはは」と汐海が笑う。

御神楽は雫と汐海の話を統合し、今回の事件の真相が分かった気がした。

きっかけは些細なすれ違いだった。しかし、本人達はそれを知らぬまま大きくなり、ようやく気付いた時にはすでに取り返しの付かない事態にまで陥ってしまった。

「さて、やるか」

 御神楽は事態を打開するため行動することにした。

「そんな榊宮君に朗報をお伝えしよう」

 先程までとは打って変わり、もったいぶった嫌らしい口調に変える。

「ん? 何ですか」

 榊宮は御神楽の様子が変わったと思いながらも返事をする。

「女バスは来週で解散だ。もう君は自由になる。おめでとう、よかったな」

「は? 何を言っているのですか。訳が分からないですよ」

 理解が追い付いていないのだろう。まだその声音に怒りが込められていない。

「結論を言うと週末に練習試合をすることとなった。相手は第二専門校舎。勝てば部費は去年と同額。しかし、負ければ部は解散。今の女バスの実力では万が一にも勝てないだろう。だから、お疲れ様」

 最初は目を見開いて驚いていたが、段々と目が据わってきた。次に怒りのあまり、体が震え出し、ドリンク容器がひしゃげた。

「何ですかそれ! そんな約束聞いていませんよ!」

 汐海が御神楽に喰ってかかる。だが、御神楽は口を開き、更なる絶望を与える。

「聞いていないで当然。今日決めた所だからな。本当なら有無を言わさずに廃部にするところだが心の広い僕が君達にチャンスを与えたのだ。感謝こそすれこのように恨まれる筋合いはないな」

「雫は、雫は知っているのですか?」

「もちろん知っている。椿原君泣きながら去っていったぞ。まさか泣くとは思わなかった。しかし、椿原君が泣く根本的な原因を作ったのは僕ではないからな。可哀そうとは思ったが良心は痛まなかった」

 いけしゃあしゃあと、よくもまあここまで舌が回るものだと自分でも驚く。

そして、信じられないという風に顔を左右に振っている汐海にこう告げた。

「椿原君、可哀そうだったな。まさか部費の継続をお願いしにきただけなのに部の存続問題まで発展するとは思わなかっただろうな。もし、このまま女バスが廃部になるとあのバスケ大好き少女は一体どうなるのか、楽しみで仕方がないと思わないかい? 榊宮く――」

 パアンっという乾いた音とともに御神楽は強制的に反対方向へと向かされてしまった。

 そして、後からゆっくりと頬に痛みが走る。

 ああ、殴られたのだな。と、御神楽は冷静に分析した。

「あなたは、あなたは人間ですか」

 声が小刻みに震えている。

「雫が、雫がどれだけバスケットが好きなのか知ってて言っているのですか!」

 汐海は御神楽の胸を掴み、がくがくと揺さぶった。

 それに対し、御神楽は馬鹿にするようにニヤリと笑い。

「知る必要はない。すでにもう決定したことだ」

 汐海は御神楽の瞳が全く揺るいでいないことを憤怒し、もう一発殴ろうと手を振り上げた。

「僕を殴っていて良いのか」

 振り下ろされる直前に御神楽が言い放つ。

「榊原君は今にも自殺しそうな顔をしていたぞ」

 その言葉にハッと目を見開いた汐海は御神楽を投げ捨て、バスケットシューズも脱がずに外へ飛び出して雫を探しに行った。

 後に残された御神楽はそのまま横になる。叩かれた頬がジンジンと熱を持ち始めた。

「まぁ、これはケジメということにしておくか」

 時々自分が嫌いになる。一時的とはいえ学園生を泣かしてしまうような考えを思い付き、何のためらいもなく実行する己は一体何様なのだろうと御神楽はしばらく自問していた。

 


 生徒会室に戻った御神楽は先刻光坂を投げ飛ばした影響で散らかっていた部屋が綺麗に片付けられているのを確認して唇の端を吊り上げ、机の上に置かれた一枚の届け出を見てさらに笑みを深くした。

 休会届け――光坂一

 届け出にはそう記されていた。



 真夜中の中央校舎。今日は生徒会室の照明が付いていなく。校舎内は闇に覆われていた。だが、明かりがない=人がいない。という計算が成り立つとは限らない。

 しっかりと人がいた。それも生徒会室に。月の光をバックにした御神楽はこれからの事態に頭を回転させていた。

「さて、と」

 御神楽は思案する。光坂一、椿原雫、そして榊宮汐海。この三人は女バスの廃部に抗おうと必死に動いている。これからの御神楽の仕事は彼らのモチベーション維持と第二専門校舎との練習試合の調節や、ギャラリーの増加のために広告やPR等世論を操作する必要があった。

「頑張ってくれよな。三人とも」

 全ては夢宮学園、そして学園生のために。

 御神楽はそう願った。


「御神楽代表、女子バスケット部を廃部にするという噂は本当ですか?」

「ええ、そのような約束を女子バスケット部のキャプテンとしました」

「光坂君を投げ飛ばしたというのは真実ですか」

「はい、上級生に対し、態度がなっていなかったので少々教育を」

「先日榊宮汐海さんに殴られたという噂に関してはどうですか」

「それは初耳です。私は榊宮さんと少し話をしただけです。暴力は一切なかったと思います」

 次の日、生徒会室には放送部や新聞部等取材陣が詰めかけていた。目的はもちろん女子バスケット部の廃止の真偽について。

 女バスは去年負けるまで強豪として辺りに響かせていた。それが弱小となると掌を返すような態度を取る生徒会。話題をさらうには十分だった。

「練習試合は週末の第一体育館で行います。皆さん応援に来て下さい」

 そう締め括り、アピールすることも忘れない。


 報道陣が去った後、御神楽は電話を掛け、ある所に電話する。

「ああ、もしもし? 中央校舎代表の御神楽圭一ですがそちらの代表にお取り次ぎ願えないでしょうか。ああ、はい。すぐにいらっしゃいますか、どうもありがとうございます」

 御神楽は対戦相手となる第二専門校舎の代表と今週末に行われる練習試合の日程確認を行った。


 その後、第一体育館に赴き、バスケットコートがある階の上のギャラリー席の隅に座って女バス達に気づかれないよう見学した。

「ふむ、どうやらあの記事がもう広まっているようだな」

 コートを見下ろしながら呟く。

 女子バスケット部は部員が全員揃い、さらに気迫も段違いに高く、皆真剣に練習していた。

 ふと隅のほうを見るとそこには雫が離れていた体力を元に戻そうと一人基礎練習に取り組んでいる。その様子を汐海はチラチラと頻繁に様子を見ていた。

 汐海は雫がこけそうになると慌て出し、メニューを一つ終わりきると安心したように息を吐く。

 そしてコートの入り口では光坂が女バスの練習の邪魔にならないよう報道陣に注意を呼び掛けていた。

「なかなかどうして…………嬉しくなるな」

 御神楽は知らずに頬が緩んでいた。崩壊寸前だった部が目的のためにもう一度団結しているのを見ると自ら悪役になった甲斐があるというもの。

「さて、と」

 気を引き締めて静かにその場から去る。自分は悪役。そのことを忘れてはいけない。

 皆が集まったとはいえわずか一週間の練習期間で強豪に勝てるとは思えない。だが、しかし。

「もしかすると奇跡が起きるかもしれないな」

 御神楽は女子バスケット部が熱心に練習している体育館を振り返り、そう呟いた。



 そして、運命の日。御神楽は生徒会室の椅子に座り、目を瞑っていた。

「やれることは全てやった」

 御神楽は一人宣言する。自ら悪役を演じてチームを団結させ、報道陣をうまく使って生徒の女子バスケット部の関心を高めてモチベーションを維持させる。

自分にできることは全てやったと自負する。

「人事は尽くした、後は天命を待つのみ」

 御神楽は立ち上がり、生徒会室を出て行った。

 すでにギャラリーは半分ほど埋まっていた。中央校舎や第二専門校舎以外の生徒も来ている。

「どうやらPR作戦が功を奏したようだな」

 御神楽は微笑む。そしてギャラリー席に腰を落ち着けて腕を組んで静かに時を待つ。

「……椿原君か」

 突如、何もない空間にそう呼び掛ける。

 すると、御神楽が向いた方向から雫の戸惑い声が聞こえてきた。

「何故わかったのですか」

 雫が御神楽に問いかける。すると御神楽は肩をすくめ。

「姿は見えなくても個人特有の息づかいや微小な動きによる空気の流れでおおよそ察知できる」

 雫は水系の超能力者である。水蒸気を操作して光を屈折させ、姿を眩ませる技術を持っていた。

「こんな所にいていいのか。女バス内で僕に対する評価は最悪だ。今、僕に会っていることがチームの耳に入ると困るのは椿原君だぞ」

 周りから不自然に見えないよう声を落として注意する。ここまで来たのだ、全てを台無しにするわけにはいかない。

「はい、ですからこうやって姿を消して参上しました」

 御神楽は雫が悪戯っぽい表情をしていると想像する。

「私達のために自ら悪役を引き受けてもらい、本当にありがとうございました」

「なんのことだか分からない、僕は君達に廃部を突き付けた非情人だぞ」

 表情を変えずに御神楽が吐き捨てる。しかし。

「しかし、そうしなければ私達は再び一つに纏まることはできませんでした」

「結果論だ。たまたま良い方に転がっただけ。感謝するなら神にするべきだと思うぞ」

 神などいないけどな。

「ふふふ、本当に素直ではありませんね。汐海にそっくりです」

「それは褒めているのか?」

 口を尖らせる。

「いいえ、汐海は誤解されやすいですけど本当は良い子ですよ。今回も代表に『あの時は代表の考えも知らずに手を挙げてごめんなさい。って伝えるのですよ』と言伝られましたから」

「反省する必要はない。あれは人間ならば当然の行為だ、だから気に病む必要はないと榊宮君に伝えてくれ。さあ、もういいだろう早く行け」

 御神楽は払い除ける動作をする。ここに長くいればいるほど皆に気付かれる不安があったか。

「最後に一言」

 雫が御神楽に近づき、そう耳打ちする。

「代表、私達女子バスケット部はこの夢宮学園が大好きです」

 瞬間、御神楽は不覚にも涙ぐんでしまった。それを隠すために一言。

「勝利を期待している」

 最後にそう伝える。すると。

「はい、わかりました」

何もない空間から返事が返ってきた。


「いやいや、遅れてすんまへん」

 雫が去り、段々と生徒がギャラリーの空席を埋めていき、ほとんど全てが埋まった頃、後ろから小太りの関西弁で話す生徒が現れた。

「気にするな。まだ時間ではない」

 冷淡にそう言い返す御神楽。すると関西弁の生徒は口が裂けるほど大きく開けて笑った。

「なははははははははは。御神楽はんは本当に冷めてるなぁ。そんなんで人生楽しいか」

 すると御神楽は肩を竦めて。

「学園生が幸せだと僕は嬉しいぞ。宮原一馬代表」

 と切り返した。宮原といわれた生徒はクックと笑い。「そうですかい」と言った。

 第二専門校舎代表宮原一馬。愛嬌のある体つきと親しみやすい話し方。そして人懐っこい性格であった。

「わざわざ練習試合を組んでくれたことに感謝する」

 御神楽は一応礼を述べておく。すると宮原は手を左右に振って。

「そんなん気にすることはあらへん。困った時はお互い様や。そして、あの約束は忘れてへんやろな」

 笑顔の表情が少し黒くなり、親指と人差し指で丸い円を作る。

「分かっている。今回の練習試合で得た利益は半分ずつだ」

 御神楽は再度肩を竦める。

 この宮原という人物。恵比寿のような顔のくせに結構がめつい。彼を動かすには金を用意すべきという認識が各校舎代表の間での共通認識であった。

 しかし、約束は必ず守るので憎めないタイプでもあった。

「で、御神楽はん一つ賭けしまへんか?」

 そう言ってにっこりと笑う。それに御神楽は顔をしかめて。

「神聖な試合を汚すな」

 と、注意した。すると宮原はギャラリーの一部を指さす。

 御神楽はよく見ようと目を細め、次に頭を抱える羽目になった。


「はいはいー、オッズは約五倍なんと五倍だよ! 賭けるなら今がチャンス」

「お互いの点差が何点以内なのか予想してみませんか。ピタリ賞なら何と賭け金の十倍です」

「どっちが勝つか知りたくありませんか。今なら半額で予想してあげましょう」


 観衆の中に賭けごとをしている者が何人か発見できた。これはおそらく氷山の一角であり、実際はもっと多いだろう。

「もしもし、風紀委員会か。すまないが総員こちらに来てくれ」

 御神楽は無表情に携帯を取り出し、風紀委員会へと電話する。

「御神楽はん勝負に賭けごとは付き物や、これくらいは堪忍したれや」

 そう言って宮原は御神楽の携帯を奪った。


 バスケットボールは五対五で行われる競技である。ボールを床にバウンドさせながら動く行為をドリブルと呼び、ドリブルやパスを使いながらゴールに近づき、手に持ってから三歩以内でパスなりシュートなりしなければならない。ボールを持ちながら三歩以上歩くとトラベリング。一度ドリブルしたにも関わらずもう一度ドリブルする行為をダブルドリブルとなり、コート外から相手側のスローインで始まる。

ファウルも色々存在し、ディフェンスがオフェンスに対し、手や腕を叩いたり体を押したり急に相手の進路に立ち塞がる行為を行った場合、ディフェンス側のファウルとなり、オフェンスがディフェンスへと突っ込んだ場合、オフェンスファウルとなる。

シュートモーション前後だとスローインから始まり、シュートモーション中だとフリースローが与えられる。ファウルを受けてもなおボールがリングに入れば二点プラス一本。入らなければ二本フリースローが与えられる。

得点計算は普通のシュートは二点でフリースローは一本につき一点。そして、台形の外にある半円形の外から入れると三点が与えられる。その半円形の線をスリーポイントラインと呼び、滅多にないがそのラインからシュートを放ち、ファウルをもらった場合、入れば三点プラスフリースロー一本。入らなければフリースロー三本が与えられる。

二四秒ルール、八秒ルールそして三秒ルールというものが存在し、自分のコートで八秒以内に相手コートに攻めなければ、相手コートの台形内に三秒以内滞在すれば、自分達が二四秒以内にシュートが入るかまたはリングに当たるかしなければ攻撃権は相手に移る。

バスケットのポジションは番号で呼ばれている。

一番――ポイントガード、チームの司令塔。試合を組み立てる役目を持つ。通称PG。

二番――シューティングガード、チームのスナイパー。シュートのスペシャリスト。ミドルからロングまで幅広い射程範囲を持つ。通称SG

三番――スモールフォワード、チームの切り込み隊長。チームのエースというのは大抵このポジションの人物がなる。素早い動きで敵を翻弄し、一気に切り込んで点を奪う。通称SF

四番――パワーフォワード。スピードもありパワフルなポジション。リバウンドや台形周辺で活躍する。通称PF

五番――センター、チームの大黒柱。ゴール下の熾烈な争いを行う。通称C

試合時間は十分が四回の四クオーター。一と二、三と四に二分の休憩と二と三の間にハーフタイムとして十分の休憩が挟まれる。そのハーフタイムを境として攻めるリングが逆転する。



「それっ!」

 審判の手によってボールが高く上げられ、それをサークル内の二人が取り合う。

「ほう、どうやらこちらボールだな」

 中央校舎の赤いユニフォームが先にボールへ触れて後ろに落とす。青いユニフォームと比べ、こちらの方が高い。ジャンプボールを制するのは必然だった。

「いやいや御神楽はん。まだ早いで」

 ボールは狙い通り後ろのメンバーに渡る予定だったのだが横から青ユニフォームが飛び出してボールを奪っていった。

「確かにわてらのチームは背が低い。だがなぁ、負けるとわかっていればそれなりの手は打てるねんで」

「なるほど」

 そのまま速攻され、早々と決められてしまった。

「あれ、椿原はんは出てないんかい」

 宮原が中央校舎のメンバーを見てそう聞く。

「まぁ仕方ないだろ。椿原君は今まで練習を休んできたからな、まだ体力が戻っていない」

 だがな。と、御神楽は続ける。

「今の中央校舎の女バスを過去と比べない方がよいぞ」

 エースの汐海を中心とした波状攻撃によって難なくボールネットを揺らした。

 汐海がグッとベンチにいる雫にガッツポーズを送る。それに雫は微笑んだ。

 次は第二専門校舎側の攻撃。PGをトップに置くオードソックスなオフェンス陣だ。

 だが、そこはしっかりと守りきり、ボールがこちらへと回る。

 そしてそれを汐海が受け取ってレイアップを決める。

 ベンチとギャラリーから沸く歓声。御神楽はメンバーとタッチを交わしている汐海を見て。

「もうチームの絆は戻ったようだな」

 と、息を吐いた。

「ん? あの選手、先ほどから動いてないではないか」

 それを皮切りに中央校舎優勢で進んでいたのだが。ある時、敵チームの一人が三ポイントラインとセンターラインとの中間あたりにずっと立っていることに御神楽が気づく。

「あれでいいんや」

 宮原は頷く。

「彼女はあの場所でしかシュートが成功せん。だからこそ」

 ボールがあの動かない選手へと回される。そして、膝を曲げて手首を返し、柔らかいタッチでシュートした。

 一瞬の静寂。そして「パッ」というネットの擦れる音がこちらまで聞こえた。

 おおおおおおおおおおおおおおおおおお!

 そして大歓声。御神楽は目を丸くして驚きを表現した。

「あの場所で打ったシュートは必ず決めはる」

 あの三ポイントで流れが変わり、中央校舎側は防戦へと追いやられた。

 そのまま第一クオーターが終了する。

「六点差か……」

 電光掲示板を確認した御神楽はほっと一息。あれから苦しい展開が何度も続いたが諦めずに守り続けた結果、失点は最小限へと抑えられた。

「しかし」

 今のままではじり貧だぞ。

 第二クオーター開始。第一クオーターで競り勝ったのはこちらだが、最初にボールを触ったのは向こう。つまりこちらのボールからスタートする。

「しかし、何故センターが彼女なのだ。もっと高い者の方が有利だろう」

 第二専門校舎のCは中央校舎のCと比べて背が低い。レギュラーメンバーより少し高いくらいかな、と思う程度である。

「ふふふ、御神楽はん。センターは身長で決まるのではあらへんよ」

 小さいセンターは体を巧みに動かし、時にはファウルを誘ったり、時には審判に見られないよう服を掴んだりと中央校舎のセンターを思うように動けなくさせていた。

「服を掴むのはファウルだろう」

 御神楽が口を尖らせる。

「まあまあ、こう言うやないさ、『判らないファウルは高等技術』と」

「なるほどな、向こうを褒めるしかないか」

 苦々しく御神楽は呟いた。

 速攻!

 台形中心でインターセプトに成功した小さいCがすぐにボールをPGに渡し、自らはゴールに走る。

「ん? 何だ、あの入れる気のないシュートは」

 ボールをもらった敵のPGはすぐにリングへ向かってシュートした。

「いやいや御神楽はん。あれはシュートやない」

 ボールはスピード感がまるでなく、Cの方が先にリング近くへとたどり着いた。だが、そこで驚くべきことが起こった。リング下に来ていたセンターは膝を曲げて沈み込み、勢いよくジャンプしてボールを掴み、そのままリングへと叩き込んだ。リングがギシギシと悲鳴を上げている。

「……アリウープ」

 御神楽が茫然と呟いた。アリウープ自体凄いのだが、それをなしたのが女子であり、さらにその女子が平均身長より少し高め程度にも拘らず成功したのなら、あまりのギャップに言葉が出ない。

 そして第二クオーター終了。ハーフタイムへと入る。

「……二十点差」

 御神楽は自分でもわかるぐらい気持ちが落ちていた。中央校舎側のギャラリー達も意気消沈している。

 あのアリウープが痛かった。あれの成功は予想以上に中央校舎メンバーの心に影響してしまい、防御が崩壊してしまった。汐海の活躍により辛うじて二十点差までで食い止められたが、もし汐海がいなかったらどうなっていただろう、考えたくもない。

「これが第二専門校舎の実力か……これでは前年の試合に負けても仕方ないな」

厳しい目をしている御神楽を宮原が語りかけるように口を開いた。

「なぁ御神楽はん。今やからこそ言えるけどな、あのチームはそれはそれは弱かった、最弱といっても過言やない。何せ一芸に秀でた者しか集まらんのがうちら専門校舎の特色やからな。バスケットのような万能タイプを求められるスポーツとはめっちゃ相性悪いねん。やからバスケ部はうちらの校舎では人気がなかった」

 過去のバスケ部を語る宮原は普段の陽気な雰囲気を消し、遠くを見るかのように目を細めている。

「中央校舎に勝った試合。実はあれな、負けたらバスケ部は解散になる予定やってん」

「えっ……」

 御神楽は驚いて宮原の方を見る。すると宮原は唇を少し吊り上げ。

「今の中央校舎の状況と全く同じや。先日御神楽はんから練習試合を申し込まれた時、ほんまにたまげたで。まさか去年のうちらと同じ状況になってたんやからな」

「そうか、だからこそ宮原代表は練習試合の突然の申し込みにも関わらず快く引き受けてくれたのだな」

 練習試合を申し込んだ時、何かがおかしかった。「廃部をかけた練習試合だ」と告げると一様に黙り、しばらくの沈黙の後「分かった。予定は空けておくさかい」と二つ返事で返ってきた。御神楽は交渉としていくつか材料を用意していたのだが肩すかしをくらった。そして今、その理由が分かった。

「歴史は繰り返す……か」

 御神楽の口からその言葉が飛び出してきた。

「いやいや御神楽はん。今回もうちらが勝たせてもらうさかい繰り返しはおきひんよ。見てみいあの点差を」

 そう言って点数版を指さすと、そこには無情の二十点差が刻まれていた。

「確かに、厳しいだろうな」

 御神楽のその言葉は第一体育館に来た生徒全員の想いだっただろう。だが、その中で唯一異を唱える人物がいた。

「まだ終わっていない!」

 突如、その叫びが備え付けのスピーカーから体育館へ流れた。

ギャラリーの生徒達が何事かと周りを見渡している。

「まだ時間は半分もある。諦めるのはまだ早い!」

それは悲痛な、しかし心に響く声だった。どれだけ詰られてもどれだけ嘲笑されても自分は信じると、そのような信念が宿っている。

「光坂君?」

御神楽は一人呟く。マイク音で声の判別はし辛いが、その言葉と言葉との間の区切り具合は紛れもなく光坂一だった。

「皆も知っているだろう? ここまでどれだけ女子バスケット部が苦しんできたか。どれだけあの苦しい練習に耐えたのか。全てはこの練習試合に勝つためだろうが!」

警備員らしき足音がスピーカーから聞こえてくる、どうやら光坂が無断で放送室を占拠していたらしい。

「僕は、信じている。くそ、放せ。女子バスケット部が。止めろ、邪魔をするな。必ず勝つと、いうことを!」

取り押さえろ、と複数の警備員が取り押さえたらしい。それっきりスピーカーは沈黙した。

「ククク、やってくれるではないか光坂君」

 御神楽は笑いを止めることが出来なかった。周りを見渡すと皆の空気が一変している。中央校舎の生徒の応援が熱を取り戻してきた。

「頑張れーー!」

「ファイトー!」

「いける、まだいける! 力を振り絞れー!」

 体育館の熱気を肌に感じ、御神楽は身震いする。

「いやー、あの光坂と言う人物はすごいやっちゃなぁ。諦めが漂っていた雰囲気を一変しよったわ」

 宮原も目を丸くして驚いている。

 そして、御神楽は一つの出来事を思い出した。それは、この状況を一変させるかもしれないものだった。

「宮原君代表、予言しよう。この第三クオーターで同点に追いつく」

 その自信満々な口調に宮原が呆れる。

「はぁ? どこにそんな根拠があるん」

 それでも御神楽の自信は崩れない。

「宮原代表、忘れていないかな。こちらにはまだ出ていない人物がいるということを」

 そう言い、宮原も察知した。

「あっ! そういえば一人いたなぁ」

「そう……それは」

「「椿原雫」」

 二人の代表の声がはもった。

 中央校舎女子バスケット部のPG――椿原雫。普段の腰の低さからは想像もつかないほど苛烈な攻めを組み立てる。中央校舎が強豪へと伸し上がったのは雫と汐海が女子バスケット部に入部した時から始まっていた。


 第三クオーター前。選手交代が伝えられて四番の文字を背負った少女が姿を現した。ギャラリーから拍手と歓声が巻き起こる。

 中央校舎女子バスケット部四番――椿原雫がベンチのメンバーとタッチをかわし、自分と交代するメンバーと「ありがとう」と今まで頑張ってくれたお礼を言う。

 コート内に入った雫は真っ直ぐに汐海へと近づいた。

「おまたせ」

 雫が汐海に笑いかける。すると、汐海は一瞬泣きそうになり、そして微笑み返して。

「遅い、遅いですよ雫」

 震える声でそう呟いた。

「うん……ごめんね」

 そう言い、二人は抱擁した。ギャラリーから拍手が漏れる。

「さて、みんな。反撃開始よ!」

 チームのキャプテンとして雫は力強く宣言した。

 第三クオーターが始まった。やはりこちらのセンターがボールに触れる。しかし、前回のミスは起こさず味方の前に落とす。

 その味方はすぐに雫へボールを回した。雫がボールを受け取った途端ギャラリーの応援が止み、不気味な沈黙が訪れた。

 ドリブルの音さえ響く中。雫がトップに立ち、他も所定の位置に付く。そして、号令を発した。

「三、五、一、A!」

 突如、SFである汐海が走りだしてボールをもらい、斬り込む。DFが汐海の通路を防ぐと汐海は向かいのCへバウンドパスを投げる。慌てて他のDFがカバーに入るとノーマークとなった雫がCから受け取り、シュートを放った。

 皆が息をのんで見守る中、シュートはきれいな弧を描いてリングの中央へと吸い込まれていった。遅れてギャラリーの喜びが爆発する。

「こ……これは」

 信じられないのを見たかの様に宮原が口を開閉させている。

「ああそうだ。これがあの“神算”と畏れられた椿原雫だ」

 神算の雫――誰がそう言ったのかは分からない。いつの間にか定着していた二つ名がそれだった。

雫の攻めはまず号令から始まる。

 数字はもらうポジションの番号。

後に続くアルファベットは前の数字を少し変化させる。AならそのままBなら言った番号-1、そしてCなら言った番号+1という風に変化さしている。もちろんこれでは読み解かれてしまうので号令を発する前に小さな予備動作――床を叩いたりドリブルに緩急をつけてみたりして号令の変更を行う。

そして、何より恐ろしいのは雫の号令が発した通りに必ずボールが渡されるのだ。選手たちは自由に動き回っているのにも関わらず、ボールの動きは雫が宣言したとおりに動く。

まさしく神の計算。何か見えざる手がボールを支配しているのだった。

ちなみに雫の能力は水の屈折を操ること。ファウルである超能力は使用していない。

「だがなぁ、神算の対策はもう検証済みやで」

 宮原が胸を張る。確かにこの神算には欠点がある。それはセットプレーからではないとその効果を発揮しないことだった。ゆえに、対策としてプレッシャーを高くして相手に自由を与えさせない。

「ククク、宮原代表。もう一人忘れていないか」

少し笑い、宮原に教える。

「あっ! 榊宮汐海」

 汐海は猫のような軽やかな動きで押してくる相手をかわし、悠々とシュートを決める。

 雫と違い、汐海は完全なシングルプレイタイプ。一対一、または動きの中でその真価を発揮する。相手の隙を見つけ、一直線に切り込んで得点を奪う。雫と正反対なプレイヤーだった。

 相手が守備を固めると雫の神算が働き、焦って前に出てくると汐海が決める。この二枚看板により中央校舎は強豪として周りを轟かせていた。

 御神楽は時間を確認する。残り十秒、そして三点差。

「さて、どうするか」

 雫がまたもやトップに立ち、セットの場を整える。相手は疲弊しているのか前にプレッシャーを掛けなかった。

「六、二、四、B!」

 雫の号令が発せられる。

 ローポストにいたCがハイポストに上がり、雫は反対方向へと向かう。Cは攻めるフェイントで注意を惹きつけてボールを雫に戻す。そしてゴールを背にして三Pライン周辺で待機していたSF――汐海へとパスした。

「汐海!」

「なのですよ」

 汐海は笑みを浮かべて雫からボールを受け取ると同時に膝を曲げ、そしてシュートを放った。

「ん~、やはり気持ちいいですよ」

 汐海がそう呟くと同時にボールはリングに突き刺さり、第三クオーター終了のブザーが鳴った。

「ま、まさか、同点やと?」

 御神楽の予言通り、たった十分で二十点差を埋め合わせた光景を見て宮原は頭を抱える。

 しかし、御神楽はその快挙を素直に喜ばず、逆にベンチで皆を励ましている雫の様子を見て唇を固く引き締めている。

「汗の量が半端ない。やはりブランクは大きかったか」

 雫がかいた汗は最初から出場しているメンバーとほぼ同じぐらいかいていた。雫は気丈に振る舞っているが、それを演技だということを見抜いていたのは御神楽と汐海だけだった。

「大丈夫ですか雫。少し休憩しますか」

 汐海の瞳が不安そうに揺れている。しかし、雫は微笑み。

「心配してくれてありがとう。でもここからが正念場よ、泣いても笑っても後十分、張り切っていきましょう」

「雫……」

 そう振る舞う雫に汐海は感銘を受けて涙ぐむ。

「そうですね、後十分です。勝ちましょう」

 そして、無理やり表情を笑みの形にした。

 その光景を見た御神楽はほっと一息をついた。

「これなら最後までいけるかもしれないな」

 だが不安もある。疲れというのは本人が気付かないうちに溜まっていき、そして気弱になった時に牙を剥く。この流れが最後まで続くのなら問題はないのだが、相手は強豪校舎。必ずもう一度流れを引き寄せてくる。

「その時を持ち堪えられるかどうか、それが勝負を決するな」

 御神楽のその呟きは熱狂している観客の声援にかき消され、誰の耳にも届くことはなかった。


 そして、運命の第四クオーターが始まった。ボールは第二専門校舎から。

 向こうは速いパス回しでDFに揺さぶる戦略にしたようだ。

 それは正しい。と、御神楽は思う。ブランク明けの選手が向こうにいる以上、その選手から攻めるのは基本中の基本。

 案の定、雫は相手の動きについていけなくなり、雫のカバーにより空いた穴を突かれてゴールを許してしまった。

「ナイシュートや! ええぞええぞ……って、悪いな御神楽はん。突然叫びだしたりして。

 宮原が謝罪する。それに御神楽は静かに首を振って。

「それは仕方ない、僕も椿原君たちが決めたら騒いでしまうかもしれない」

 その言葉に宮原は目を丸くして。

「御神楽はんが喜び騒ぐ感情ってあったかいなぁ」

 あごに手を載せ視線を上にあげて考え出す。

「悪かったな、どうせ僕は血も涙もない冷血漢だ」

 御神楽は口を尖らせた。

「なはは、冗談や冗談。本気にしなさんな」

「笑いながら言うな。そして頭を撫でるな」

 御神楽は宮原の手を払い除けた。


「また抜かれた」

 御神楽が悪態を付く。どうやら相手は徹底的に雫を狙いに来ている。雫の様子はもう誰が見てもボロボロだった。汗は止まって目は虚ろになり、足元も覚束ない。

「誰か交代を言ってやれ」

 もう雫に戦える力は残っていない。一週間しか動かしていない肉体は悲鳴を上げていた。しかし、良く言えばたった一週間でよくぞここまでの結果を残したものだと感心した。

 二十点という絶望的な数値をひっくり返したのは疑いもなく雫だろう。ここで交代しても誰も責めやしない。

「だから、安心して休め」

 御神楽はそう呟いた。ここで、タイムアウトがかかる。

 それぞれのチームがベンチに戻り、水分補給や団扇で扇いでもらって体の熱を冷まそうとしていた。その中で最も深刻だったのは雫だろう。ベンチの脇のスペースでぐったりと寝込み、氷枕や冷やしタオルで体を覆っていた。チームのメンバーが不安そうな顔で雫を見ている。

 と、そこで警備員から解放されたらしい光坂が大声で叫んだ。

「神算だ!」

 体育館に響き渡るくらい大きな声を出す。

「ディフェンスに神算を使うんだ!」

 その言葉に対する評価は真っ二つに分かれた。

「その手があったか!」という感心と。

「それは無理だろ」という呆れだった。

 ちなみに宮原は呆れ派であり、御神楽は感心派だった。

「あいつは阿呆かそんな真似出来るわけないやろが」

 宮原がため息とともにそんな感想を漏らし。

「いや、分からんぞ。もしかしたら」

 と、少し声の調子を上げて言った。

「しかし……厳しいことは確かだ」

 神算の最大の特徴は絶対的なボール支配。相手がどんなに抵抗しようがボールが決められた通りに動かされてしまう。しかし、それはこちらがオフェンスでありボールを運んでいるプレイヤーも望んで動いているからであるから成功するのであって、ボールの主導権が向こうである場合、神算は発揮されない恐れがある。

「それをどう克服するかが見物だな」

 知らず、御神楽は顔に笑みが浮かんでいた。それは敵が更なる力を発揮するのを見る狂戦士が漏らす笑みに似ていた。

 タイムアウト終了。残り時間――五分。点差――十点ビハインド。

 どうやらフォーメーションを変更したようだ。マンツーマンでなく二、一、二のゾーン。そして、驚くべきことに。

「なんやあれ、椿原はんが中央かい。普通センターとか背の高い選手がそこやろ」

 宮原が疑問を呈す。

「まぁ、確かにな。これは変則的だ。何かあるのだろう」

 御神楽は顎に手を当てて答えた。

 相手がドライブで中央に切り込む。それをダブルチームで抑え、パスを余儀なくさせる。と、そこでわざと一ヶ所開けてそこにパスを投げるよう誘導した。そして案の定パスカットされ、カウンターで決める。

「ほう」

「ぐ、偶然や偶然」

 御神楽が感心し、宮原が焦る。

 次、シュートが比較的苦手な選手をわざとフリーにしてその選手にボールを持たせる。そしてその選手がシュートを打ちやすいように下がる。それを好機と受け取った選手がシュートを放ち、外れてリバウンドを自分達のものにした。

「ククク、なるほどなるほど」

「こ、これはまさか」

 御神楽が笑い、宮原は首を振る。

 そして、相手のドライブが通過する位置に立ち、少し触れただけで大げさに倒れた。

「オフェンスファウル!」

 審判の笛が響き渡る。雫のナイスプレイに中央校舎側の生徒が沸き立つ。

「これはもう決定だな」

 雫はわざと攻め易いよう隙を作っていた。相手はこれ幸いにと攻めていたがそれこそ雫の狙い。相手が攻めてくる方法が分かっているのだから対策も打てる。そして、もっと恐ろしいのは相手に対してそのことを悟らせていないことだった。

「鬼のディフェンス……まさしく鬼謀だな」

 相手は攻めていると思いこんでいるが、本当は攻めさせられている。相手のプレイを知らず知らずのうちに誘導させるこの技に御神楽はただ感心するばかりだった。

「今日から境に椿原君には新たな二つ名が付くな」

 神の如くボールを支配する神算と悪魔の如く相手を支配する鬼謀。

 二つ合わせてこう呼ばれるだろう。

 神算鬼謀の雫、と。


「さて、もう行くか」

 御神楽は流れが戻ってきたのを確認した後、席を立った。もう勝負は決した、自分はこれから生徒会室に戻って女バスの予算を認証する必要があった。

「待ちなはれ、御神楽はん」

 立った御神楽を引き留める。何事かと思って振り向くと。宮原は眼に涙を浮かべていた。ただ事ではないと思った御神楽は再び席に着く。

「第二専門校舎の連中、すごいやろ」

 コートに目を向けると相手のチームは必死に食い下がっていた。どれだけ点差が開こうとも諦めようとしない。そのような光が相手チーム全員の眼に宿っていた。

「彼女達はなぁ、ほんまにすごいねん」

 中央校舎に勝つ前の女子バスケット部の扱いは酷かったらしい。人数も練習もままならない状況で必死に努力して廃部にならないよう全力を尽くした。

 そして、中央校舎に勝った時、チームが一つにまとまった。

「それからやねん。彼女達に自信がついたのは」

 元々彼女達に才能はあった。皆一芸に秀でた者ばかり。その技は他との追随を許さないほど優れていた。

「まぁ確かにな。あのロングシュートやあの身長でのアリウープなど初めて見たぞ」

 御神楽が頷く。

「彼女達は勝って気付いたんや。勝利を得ろうと思うたら自分勝手に動いてはあかんのやと。チームのことを考えて動かな勝てんことを」

 御神楽は再度相手チームを見る。残り時間が一分を切ろうとも点差が二桁に迫ろうとも相手チームの動きは衰えていない。その真摯なプレイに第二専門校舎生徒はおろかそれ以外の生徒も応援をし始める。

「彼女達はなぁ、絶対に諦めん。それは知っているからや。諦めた瞬間にはすでに試合は決しておることを」

 御神楽は無言だ。最後の十五秒、練習試合のフィナーレが近づいている。

「勝たせてやりたいわぁ、ほんまに勝たせてやりたいわぁ。最後の最後まで諦めん彼女達を。ああ、何で神様はこんなにも無情なんやろなぁ」

「…………神なんていない。もしいたら神は僕達の存在を決して許さないだろうな」

「ははは、確かにその通りや」

 汐海のドライブが決まると同時にブザーが鳴り、中央校舎対第二専門校舎の練習試合は中央校舎の勝利で終わった。


 御神楽は一人生徒会室に籠り、書類仕事をしていた。内容は主に今回の練習試合に関係した案件だった。

 報道陣の行き過ぎた取材や報道についての嘆願書や女子バスケット部の今後、そしてこれから予想される他の部からの練習試合の要請に対応するために校舎を超えた委員会の設立の協議等やることは山ほどあった。

「しかし、自分が始めたことだからな。最後まで責任を持つさ」

 そう自分自身を鼓舞するかの様にいつもより強めの電流を頭に流した。

 数分後、体中から放電して机に突っ伏している生徒代表の姿があった。

「…………強すぎた」

 人体に対する超能力の使用は細心の注意を払うこと、そうしなければ命にかかわります。

 ――超能力開発の際に習う基本中の基本を御神楽は思い出していた。



「入れ」

 ノック音に御神楽は顔を上げ、中に入るよう促す。

 すると光坂が緊張した面持ちで入ってきた。手と足が同時に出ている。

「そんなに緊張するな、叱責のために呼んだのではない」

 その言葉に光坂の表情が緩んだ。やはり単純な性格だな、と思う。

 しかし、その単純な性格だからこそ女子バスケット部のメンバーも心を許していたのだろうな。

御神楽は僅かに微笑む、すると光坂が驚いて。

「だ、代表が笑った。あの血も涙もない殺人マシーンと噂されている代表が……」

 それを聞いた御神楽は元の無表情へと戻り。

「やはり叱責の方がいいか?」

 と平淡な声で聞いた。

「いえ……それは少し。ごめんなさい」

 光坂は焦って先ほどの失言を詫びる。

「まだ表情が固いな」

 光坂の顔を見てそう判断する。

「光坂君。今回の件で君の評価はウナギ登りだったそうだな。どうだ、ラブレターの一つや二つ貰っていそうだ」

 御神楽は冗談を飛ばしたつもりだった。しかし、光坂は笑いも恥ずかしがりもせず無言でボストンバッグを突き出す。

 御神楽はそのボストンバッグを開けてみた。すると中から。

「……これ、全部ラブレターか?」

 呆然とした声で呟く。光坂は「はい」と答え。

「軽く二百は超えます」

 そう宣言した。

「二百……」

 御神楽は苦笑するしかない。

ラブレターの中には中央校舎美少女ランキングの常連達の名前を見つけて御神楽はさらに苦笑を深くした。

「まあいい、話を戻そう」

 咳払いして場の空気を取り戻す。

「光坂君、君は夢宮学園が好きか?」

「は? それはもちろん好きですけど」

 御神楽の真剣な状況に戸惑いながらもそう答える。

「どの辺りが好きなのか具体的に話してもらえないかな」

 御神楽はさらに詰めよる。

「具体的にですか、それは難しいです」

「何故?」

 光坂の問いに間髪をいれず聞き返す。

「それは言葉では表現できないぐらい好きだからです」

 自信満々に言い切った。御神楽が「ほう」と笑う。

「先日の女バスを通して気付きました。人間というのはこんなにも美しいものだと、夢に向かって努力する姿がこんなにも尊いことを知りました」

 御神楽の目を見てそう言い切る。どうやら嘘ではないらしい。

 一分、二分と御神楽は光坂を無言で見詰める。光坂が目を逸らさずに見つめ返すのを確認し、ついに重い口を開いた。

「光坂君、生徒会に戻る気はないか」

 単刀直入にそう聞いた。

「今回の光坂君の働きは見事だった。崩壊していた女子バスケット部を一つに戻し、さらに無遠慮な取材や野次馬から守り、最後にあの練習試合最中に諦めかけていた彼女達を励まして勇気を与えた。あの練習試合の勝利に最も貢献したのは光坂君だ、誇りに思って良い」

 そして、と。御神楽は続ける。

「生徒会というのはその校舎を代表する組織だ。ゆえに委員会や部活に入っている者など誰から見ても異論の出ない生徒を選出しなければならない。生徒会の人間の行動はその校舎の行動と見られるからな。ゆえに、今回の働きは生徒会へ入れるのに相応しい功績だったと思う」

 そこで御神楽は一拍間をおいた。一瞬の静寂、そして。

「光坂一を仮入会から本入会へと引き上げよう。おめでとう、光坂君」

 一瞬光坂は御神楽が何を言ったのか理解できなかったようだ。目を点にして呆けている。

 そして、じわじわと唇が横に広がり、それが限界まで引き延ばされた時、光坂の喜びが爆発した。椅子から立ち上がって飛び跳ねている。

「やった! 本当ですか? 御神楽代表」

 御神楽が「ああ」と頷く。それに光坂は更にテンションが上がる。だから気付けなかった。御神楽が光坂を見つめる顔は無表情だということに。

 ひとしきり飛び跳ねて満足したと判断した御神楽は光坂に声をかける。

「では、行くぞ」

 腰を上げ、ゆっくりとした動作でドアへと向かう。

「どこへ向かうのですか?」

 喜びを抑えきれていない光坂が笑顔で聞く。

「歩きながら話す」

 御神楽は簡潔に答え、光坂についてくるよう促した。

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