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Ultra Harmony!  作者: 宇治田紅葉
Promenade(序章)
4/5

時霧子 - 1

 県を代表する企業の社長令嬢、そして県下一の学力を誇る中学校で常に首位を保っていた、「完璧超人」時霧子。しかし、県内には、霧子が中学時代を通じて唯一成績で勝てなかった「目の上の瘤」がいた。新入生代表・山並小梅である。

 さらに、小梅の「締まりのない」態度に対し、霧子はより小梅に対する悪感情を強めて、高校で負ける訳にはいかないと心で呟く。

 お手洗いから出た時、隣の、先程まで私の身体が有った教室から、男女の声が漏れ出て来た。

「……附属って、県で一番頭いい中学だよな?」

「だねえ。学年の半分以上が黒山寺か白毛行くって聞くし」

「そこでダントツトップだった奴が、何で今日答辞してなかったんだ? すげーちんちくりんな奴がとちりまくりの挨拶してたじゃん」

 気に障らなかった、と言えば嘘になる。こんな事で全身が嫉妬に染まる程私は子どもではないつもりだが、癒えない小さな傷が疼く程度の不快感を覚えたことは否定できない。私は教室に背を向け靴箱の有る通用口の方へと向かった。第三者の視点からは、「逃げるように」という表現が付け加えられるのだろうか。


 全ては、あの山並小梅に起因している。山並小梅こそ、私にその傷を与えた人物に他ならないからだ。

 中学二年生の終わり、最初の県統一模擬試験の成績が返却された日の事を、未だに記憶から消去出来ていない。県下一の学力を誇る白川大学附属中学校で常に首位を保っていた私は、勿論その模擬試験でも最高位に立つ事を周囲から期待されていたし、自らもその結果以外を予想していなかった。「まさか、貴方より上がいるなんてね……」当時の担任の、私に模擬試験の成績表を手渡した際に発した呟きを、未だに鮮明に覚えている。一瞬理解出来なかったその意味は、紙面に目を落とした刹那に私を貫き、数秒の間私から思考と言葉を奪った。私の名は有るべき位置より一つ下に置かれ、私の名が有る筈だった位置にはこう記されていたのだ。

 「山並 小梅」

 その名前を持つ人物は、県下一の学力を誇る筈の白川大学付属中学校には在籍していなかった。以来私は、その後の模擬試験、黒山寺高等学校の入学試験と、顔を知らない「山並小梅」という影に今に至るまで苛まれて来たのである。


 そして、今日、私の傷は更に広がる事となった。私を一年半に渡って苦しめた「山並小梅」が、よりによってあの様な気品の無い者で有ったとは!

 「山並小梅」の顔を知ること無く高等学校での生活を送る可能性も十分あった。県を代表する企業の長の息女として生を受けた私は、その時より、黒山寺高等学校に入学する事を定められていた。父曰く、県を代表する企業の家の者が、県下で最高の誉れとされる黒山寺に入学しないという事は有り得ない。私も父の意図は良く理解出来たし、黒山寺への入学に対し何ら抵抗は無かった。然し、県外には黒山寺より勉学面で優れた高等学校が数多く存在する。当然、「山並小梅」がそういった所を選択する事は何ら不思議ではなかった。私がそうなることを望んでいたか否か、それは良く解らない。どの道、結局の所そうならなかった事が今日という日によって証明されて仕舞ったのであるが。

 とは言え、認めるのは気に障るが、「山並小梅」がどの様ななりをしている者なのか、その事に対する興味が私から尽きる事は無かった。そして、「山並小梅」は私の中では、私と同等若しくはそれ以上に気位の高い者、或いは世間には一切興味の無い様な天才然とした者、何れにせよ首席としての「気品」を持った者として像を結んでいた。……今日あの時までは!

 何だろうか、あの腑抜けた形の者は! 入学式前、名簿の付近にて「小梅」という女声に反応して見れば、その隣には髪すらまともに整えていないみっともない姿。その時点では、或る種の天才に見られる無頓着さの顕れかと判断を保留したが、私に「山並小梅」の存在を知らしめた友人らしき女子に頭が上がらない様、模擬試験の話題にて「私は有名人じゃない」等という発言(この辺りで気付かれそうになった為一旦目を反らした)、あまつさえ答辞を恐れる素振り(ここに於いて視界に入れる気を無くした)及び到底本校代表としての質を満たしていない答辞その物、何一つ私の上に立つ者として相応の言動は無かった。私がどれだけ惨めな心持ちになった事か!


 然し、これは或る種「山並小梅」を平伏させる好機かも知れない。幾ら中学校の時分県下一の学力を誇っていた所で、あの様な締まりの無い態度でここ黒山寺にてその座を保持し続けられる保証は無い。「十歳とおで神童、十五じゅうごで才子、二十歳はたち過ぎれば唯の人」等、珍しくも何とも無い。そして言うまでも無く、才を過信し努力を怠る等という事は私には起こり得ない。自らに驕り一旦手を緩めた者が、そこから堕落して行く以外の道を選ぶ事は出来ないのだから。


 通用口に着いた私は、靴を静かにコンクリートの床に置き、鞄から取り出した携帯用の靴べらを用いてそれを履いた。そしてそこから去る間際、扉に向き直り、心の中で呟いた。

 −−今度は、絶対に、負けない。

 仕事に負け、大変投稿間隔が空いてしまいました……。

 今回はとても短いです。彼女の話は、しばらくは基本短めでいこうと考えています。

 次からやっと楽器が出てくる話になります。とはいえ、まだまだ「序章」は続くのですが……。

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