山並小梅 - 1
黒山寺高校の新入生として、中学校からの同級生にして親友の小川美波と共に初登校した山並小梅の、学校に着いてから入学式前までの様子を描いた部分。
小梅は新入生代表として答辞を行うことになっているが、人前に出るのが苦手な小梅は、積極的な性格である美波のからかいを受けながら頭を痛めている。
(序章の序章として書いているため、本節では特筆すべきイベントはありません……(汗)。何卒ご了承ください。)
満開の桜並木のトンネルが、校門へと続く坂道を彩っている。たくさんの薄紅色の花と一面の青い空との鮮やかなコントラストが、寝不足の体で長い時間自転車を漕ぎ続けてようやくここまでたどり着いたわたしの疲れを一気に消し去ってくれた。
「うわぁ、すごいきれいだねえ」同じ距離を一緒に漕いできた美波ちゃんが、わたしの隣で声を弾ませて言った。きれいに切り揃えられた全く癖のないショートカットが、緩い風に揺れている。
「うん、……」わたしもこの光景を言葉にして美波ちゃんに伝えようとしたけれど、うまく言葉が出てこなかった。
「言葉にならない? 小梅」美波ちゃんがわたしの目を、夜の猫のように大きな瞳でのぞき込んでくる。
「……うん」
「ホント、すぐ考え込んじゃうよね、小梅は」そう言ってクスクス笑う美波ちゃん。こう言われるのはいつものことなのに、なんだか恥ずかしくなってしまい、思わずうつむいてしまう。
「……褒め言葉だよ?」困った奴だなあと言いたげな顔をして、首を斜めに傾けてまた私の顔をのぞき込む美波ちゃん。
「……ありがとう」嬉しいけれど、こう言われるのも結構恥ずかしい。
「じゃあ、早速クラス分けでも見に行きますか?」
「うん、そうだね」何だか変な気持ちになってしまったけど、気を取り直して、美波ちゃんと一緒にもう一度ペダルを踏み出した。
「あと、答辞、期待してるよ」その瞬間、美波ちゃんは思い出したように余計なことを言い、意地の悪い笑みをこっちに向けてくる。
「やめてよー、それで朝から頭痛いのに……。あー、何でわたしなんだろう、こういうの絶対向いてないのにー」美波ちゃんのせいで、頭を抱えて叫びたくなってしまった。
「ま、確かに小梅には向いてないよねえ」
「嫌だって何度も先生に言ったのにー。ホント、美波ちゃんに代わってほしいよ……。頭真っ白になったらどうしよー」
「まあ、何事も経験だよ! 栄えある新入生代表として頑張ってくれたまえ!」と、小学校からずっと委員長とか生徒会長とかやってきた方が涼しい顔で言ってくれる。
「……うー」
「じゃ、行こうか!」こっちの気持ちにお構いなく、美波ちゃんがさっとペダルを漕ぎだした。
「あ、ちょっと待ってよー」あわててペダルに乗せた足に力を込めたとき、桜の花びらが、泣きそうな表情をしているだろうわたしの顔の上に一枚落ちてきた。
校門を通り過ぎると、校舎の正面玄関前のロータリーの入り口近くにある掲示板の前に人だかりができていた。わたしたちと同じ新入生がクラス分けの掲示を見ているんだろう。明るい喧噪がここまで伝わってくる。
一時的に自転車を近くの駐輪場に停めた後、わたしたちもその中に入っていった。「やった、一緒だね!」とか「あー、残念……」とか、いろんな声が聞こえてくる。何とか人と人との間を通り抜けて、二人で掲示板の真ん前までたどり着いた。
「ええと、小川小川……」早速美波ちゃんが自分の名前を探し始める。わたしも、「山並」という自分の名字を見つけようと、クラスごとの名簿に一組から順に目を通していく。クラスは全部で十組あって、一クラスにつき四十人くらいいるみたいで、見ているだけで瞼が重くなってくる。
「あ、見っけ! 六組かー」相変わらず、美波ちゃんはこういうのを探すのが速い。わたしはまだ二組を探しているというのに。
「えっと、山並は……あらら、六組にはなさそうだなあ……」
「そっか、残念だなー……」
「今までずっと同じだったのにねえ。……ん、時? 時って例の子かな……?」急によくわからないことを呟く美波ちゃん。
「どうしたのー?」
「ああ、何でもないよ。ところで、小梅は名前見つけた?」
「ううん、まだ……」
「じゃ、一緒に探そっか?」
「うん、ありがとー」クラスの数が多過ぎて、正直わたし一人だったら探すのを諦めたかも知れない。
「いいってことよー。えーと山並山並……あっ、見っけ! 七組か、やった、隣じゃん!」
「うわ、速いね……。隣かあ、うれしいな」
「私も! ちょくちょく遊びに行くから、よろしく!」
「うん、よろしくー」
ちょうどその時、チャイムの音が響き渡った。掲示板の前に溜まっていた生徒たちが、一斉に教室のある方へと向かう。わたしたちも、急いでさっき停めた自転車を引き取り、一緒に校舎の方へと向かった。
並んで自転車を押しながら歩いていると、不意に
「あれ、茶髪の人がいるね」
と美波ちゃんが言った。わたしも美波ちゃんの視線を追ってみると、確かに、三メートルくらい先の人混みの中に、明らかに周りの人たちと違う髪の色をした背の高い男子がいる。ワックスか何かで無造作に整えられた栗色の髪が、太陽の光を受けて明るく輝き、わたしの両目を痛めつける。
「まぶしい……」
「初日から髪染めてくるとか、すごいよねえ」美波ちゃんは茶髪の人を眺めて笑っている。
「大丈夫なのかな、入学式……」
「小梅のその髪も、だいぶすごいけどねえ。それで答辞やるつもり?」そして迷惑なことに、美波ちゃんの笑いの向け先はなぜかわたしへと移された。
「……寝癖とる時間、なかったんだもん」それまでぜんぜん気にしていなかった髪のことが何だか急に恥ずかしくなって、四方八方にはねた頭を掻いた。
「明日から、ちゃんとしてきた方がいいんじゃない? 高校生だし」
「……前向きに善処します」
「……それって、やる気ないってことだよねえ」わたしのつまらない発言に、美波ちゃんが苦笑気味に突っ込みを入れてくれた。
話しているうちに、いつの間にか駐輪場の前まで来た。雨よけの屋根が何列か縦に長く続いていて、所々にクラスを示すプレートが貼り付けられている。一年七組の場所は六組の隣だったので、美波ちゃんと一緒に所定の場所へと向かった。
わたしたちの前には、相変わらず茶髪の人が赤い自転車を押しながら人混みの中を歩いている。その人はそのまま六組の駐輪場に進んで、狭い隙間に荒っぽく車体を突っ込んだ。そして踵を返し、わたしたちのすぐ側を人混みを押し退けながら通り過ぎていった。蜘蛛の子のように散って素早く道を開けた周りの人たちは、茶髪の人が離れた後何やらざわついている。やっぱり、あの髪のインパクトのせいだろうか。
「あの茶髪、六組かあ……。何か起こらなきゃいいなあ」美波ちゃんがぼそっと呟いた。
「心配なの?」
「少し、ね」そうは言うものの、美波ちゃんの顔にはそれほど恐れは表情は浮かんでいなかったので、あくまで懸念というレベルだろうと思った。とはいえ、心配するに越したことはないかもしれない。
そして美波ちゃんが駐輪し、続いてわたしも自転車を駐輪場に入れ、さっき通り過ぎた下駄箱へと二人で向かおうとした時、ふと視線を感じたような気がした。
「ん? どうしたの、小梅?」一瞬足を止めたわたしに気づき、美波ちゃんが声を掛ける。
「あ、何でもない……たぶん」
「気のせいでもいいから、とりあえず親友の美波ちゃんに話してみない?」断りがたい笑みで迫る美波ちゃん。
「えっと、誰かに見られてたような気がして……」
「ふーん、ま、あんた中学の模試とかで名前は知れてるしねえ」
「えー、なんか嫌だなあ……」
「有名人には常にリスクが伴うってことだよ」
「わたし、べつに有名人じゃないよ……」
「ま、なんかあったら私に相談してよ。何とかしてあげるから」美波ちゃんが、いつも通り頼もしい口調でそう言ってくれる。
「うん、ありがとー!」
下駄箱で、家から持ってきた指定の青いスリッパに履き替え、他の新入生と並んで体育館に向かう。
「すごい人だねー……」そんな当然のことが思わず口から漏れる。
「黒山寺は公立じゃ県内有数のマンモス校らしいからねえ。これは答辞もやりがいありますなあ」
「やめてよー、もう……」……余計なことを言わなければよかった。新入生代表としてこのみんなの前で答辞をしなければいけないという事実が改めてのしかかって来て、また頭が痛くなってくる。わたしに残された時間は少ない。
そういえば、さっきのような視線は今はもう感じない。やっぱり気のせいだったんだろうか?
ぐずぐずと頭を抱えているうちに、陸の孤島のように運動場に浮かぶ体育館へと延びる渡り廊下を過ぎ、建物の外廊下までたどり着いてしまった。そして、わたしはここで美波ちゃんを含む他の新入生と離れなければならない。新入生代表として答辞を行うべく、体育館のステージの脇で待機するために……。
「じゃ、頑張ってね、小梅!」美波ちゃんがわたしに向かって手を振る。
「ま、前向きに善処します……」
「いや、ちゃんとやれよ」わたしの精一杯の答弁は、この辛辣な親友によって真正面から切り捨てられたのだった。
本節が、私が「小説家になろう」様に初めて投稿した小説ということになります。おそらく、後に振り返ってその未熟さに悶絶することになるのでしょう……(笑)
正直、読みやすさという観点からはあまり読者様にやさしくないように思います(汗)。その辺りは、初めての小説だということでご容赦頂きたく存じます(笑)。
後は、仕事を言い訳にせずに書き続けられるかが問題ですね……(汗)