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螺旋時計台《密室サクリファイス》

作者: こう

2012年『このミステリーがやばい!』

ノミネート


※そんな賞はありません

 世界的に有名な建築士、「朧幽玄」に招待されたパーティ。私と助手の清水は、普段の仕事を忘れ、完全にバカンスの気分で訪れていた。

 だが、やはり名探偵に事件はつきもの。推理の女神は私を気に入って離してくれない。

「今回のパーティの目玉である『二重螺旋の時計台』。ここで、五月あかねさんは殺されていたんですね」

「はい。悲鳴が聞こえたので私が駆けつけたのですが、ドアを開けた時にはあかね様は既に・・・・・・」

「ドアは、施錠されていたのですね?」

「はい。鍵は複製不可能な代物でして、ドアを三人がかりで壊し突入したのですが、その時鍵は室内の床に放置されていました」

「そして、ドアは一ミリの隙間もない作りだから外部からの遠隔操作も不可能、と」

「はい」

 ふむ。完全密室か。

「先生、窓から侵入したというのはどうでしょうか?」

「清水くん。それは不可能というものだろう。君も見ただろう、二重螺旋の時計台を」

 二重螺旋の時計台は、DNAの構造体によく似た形をしている。構造体自体が二重螺旋であるため、その名前が付けられたのだろう。

「表面が丸みを帯びていて、よじ登ることは不可能。ロープをくくりつけるような突起も見あたりませんね・・・・・・」

 清水くんが、時計台を見上げながら呟く。

 私も時計台を見上げ、改めて時計台を確認する。

 まず入り口は一つしかない。裏口も人が通り抜けられるほどの窓もない。大きい窓はせいぜい頂上付近くらいのものだが、先ほど言ったようによじ登ることはできない。

 私たちが思案していると、紙コップが差し出された。

「お困りのようですね、名探偵さん」

 同じくこのパーティに招待された金原巧氏だ。珍しい建築物を見るのが趣味らしく、世界中を転々としていると語っていた。

「これはどうも」

 私と清水くんは紙コップを受け取り口をつける。ブラックのコーヒーだった。

「まさかこのような痛ましい事件が起こるとは・・・・・・」

 金原氏はいささかオーバーに頭を抱える。

「事件は起こるべくして起こるものです。原因を突き止め、絶対に解決して見せます」

「頼もしいことです。そうそう、実はこれについて意見を伺おうとおもっていたのですが」

 そういうと金原氏は、懐からトランシーバーのようなものを取り出した。

「あの部屋の近くにあったものです。なにか手がかりにはならないものでしょうか・・・・・・?」

 私は機械を受け取り、まず動くかどうかを確認する。ランプの点灯光はなにも反応を示さなかった。

「ボタン電池ですか。しかし、もう電力は残っていないようですね」

「あっ」

「どうしたんだ? 清水くん」

「これ、知ってます。確かラジコン用のコントローラーだったはずです」

「ラジコン用・・・・・・何のラジコンかな?」

「すいません、ニュース番組での特集で見たのを思い出しただけなんです。ヘリだの車だのいっぱいでていてどれがどれだか・・・・・・」

 しかし、これで犯行がもし行われたというのであれば、何か突破口を開けるかもしれない。

「清水くん、さっそく現場を検分しよう」

「はい!」

 殺人現場である二重螺旋の時計台頂上へと入る。

 死体は、現場保存のためにそのままにしてもらっている。

 被害者であるあかねさんは、仰向けのまま胸にナイフを刺されて殺されていた。見てすぐにわかる、オーソッドクスな殺人方法。

 だが、問題は密室の方だ。

 外部からの侵入は不可能。鍵の複製も無理で、ドアの外からワイヤーなどで施錠することも不可能。

 私が手がけてきた事件の中で、最難関の密室だ。

 唯一の手がかりとしてラジコンのコントローラーらしき機械はあったのだが、これで被害者の胸にナイフを刺すことは、果たして可能なのだろうか。

 仮に飛行機型のラジコンだとして、先端にナイフを付けておく・・・・・・これは不可能だ。見えない場所からの操縦で上手くいくはずがないし、何より刺さったあとにラジコンを処理する方法がない。

 では、ラジコンを使った遠隔トリックか? だが、それにしても外部から室内を見ることのできる方法がなければこのトリックは成立しない。

「先生、大丈夫ですか?」

「なあに、事件の八割はもう解決しているさ」

 探偵というものはいつだって強気でなければならない。少しでも不安な部分を見せれば、そこを犯人につけこまれるからだ。

「清水くん、少し一人にしてくれないか」

「最後の詰めですね」

 そう。いつもなら、私が一人で部屋に閉じこもったあとに華麗なる推理で解決、というのがおきまりのパターン。

 だが、今回はどうなのだろうか。私にこの事件が解決できるのだろうか。

 いや、せねばなるまい。探偵というのは、一度でも失敗すれば取り返しのつかない職業。いつだってパーフェクトを求められるのが当たり前なのだ。


 自室にこもり、私は推理する。

 要は、完全密室の状態で被害者の胸にナイフを刺せばいいんだ。

 隠し通路はどうだろうか。二重螺旋の時計台なのだから、もう一つの入り口があるとか?

 いや、これはないな。もしも隠し扉があるとしたら、もう一つ階段があるということになる。そうなれば、時計台そのものの強度が怪しくなる。階段というのは思ったよりも空洞が多い。そんなものが二つ螺旋のようになっていれば、時計台は地震一つで崩壊してしまう。

 では、残る線はやはり遠隔操作か? ラジコンで?

 ・・・・・・待てよ。

 私は固定観念にとらわれていたのかもしれない。

 何もラジコンで殺す必要はない。そして、窓は人間がよじ登ってくるのは不可能だがラジコンが空からやってくる分には問題がない。

 つまり、あかねさんを部屋で普通に殺し、鍵で施錠する。そして、外からラジコンを操り窓から鍵を室内に放ることが出来るのなら、この殺人は行うことが可能なのではないだろうか?

 そこまで考えたところで、携帯が鳴り出す。清水くんだ。

「もしもし、どうしたのかね?」

「はい、殺害現場を見ていておかしなところに気づいたので、その報告を」

「言ってくれ」

「はい。まず、被害者のあかねさんの周りには、時計の部品と思われるねじや歯車が散乱していました。しかも、あかねさんの身体にめりこむようにして」

「ふむ・・・・・・」

 螺旋。めり込んだ部品。密室。ラジコン。

 もしや・・・・・・

「清水くん、朧氏はどこに?」

「そういえばどこにも・・・・・・」

「彼を連れてくるんだ。私の予想が正しければ・・・・・・」

「正しければ?」

「私のことはいい、早く朧氏を」

「わかりました!」

 私はラジコンのコントローラ―を改めて確認する。特にみるべきはボタン電池だ。

「やはり・・・・・・」

 謎は解けた。



「何かね?」

 悠然と、朧氏がやってきた。その態度には、何の不安も感じられない。

「今から私の推理を聞いていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」

「犯人が捕まるのなら、今すぐにでもして欲しいな」

 朧氏は、微かに笑った。

「では、披露させていただきます。まあ、その前に一つ確認を」

「なんだね?」

「あなたは螺旋というものに強い執着を持っている。手がけた仕事の数々は拝見させていただきました。松下電子でおこなったこともね」

 朧氏が目に見えて表情を強ばらせる。

「・・・・・・そうだ」

「ありがとうございます、では始めましょう被害者のあかねさんが殺された現場は密室。一ミリの隙間もないドアに、そとから侵入することは不可能な窓。しかし、あかねさんがいたのは時計台の頂上。時計台の頂上では基本的に時計を整備するためのものが運び込まれています。ねじや歯車、レンチ・・・・・・包丁なんかもね」

「ちょっと待ってください!」

 声をあげたのは金原氏だ。

「機材が運び込まれるのはわかりますが、包丁が運び込まれるのは意味がわかりません」

 ごもっともな意見である。しかし。

「時計台の作られた初期のことを知っているでしょうか? 時計台の職人は基本的に昼夜をとわずしてそこで作業を行います。職人にとって時計台の作業室とは、一種の住居であったのです。以来、数は減ったものの時計台の作業室では調理道具は一式持ち込まれるのが普通になっています。ある意味では昔ながらの伝統といっていいでしょう」

 金原氏は腑に落ちない表情を浮かべてはいたが、ひとまずは口を閉じた。雑な説明ではあったが、理解してくれたのだろう。

「次に見てもらいたいのはこのボタン電池です。世界に名を馳せる発明王、エジソンの逸話はご存じでしょうか? 彼のつくった電球は世界に広まりました。彼は電球をいかに長持ちさせるかを考えていました。そこで彼はボタン電池の原型とも言えるものにたどり着きました。電池の中で高速回転を行うことで自ら電力を発生させる。当時の技術では不可能でしたが、現在の技術ではそれが可能となりました。松下電子のボタン電池は、まさにエジソンの理想を体現するようなものでした。そして朧氏、あなたはそれに目を付けた」

「・・・・・・」

 朧氏は無言のままだ。私はかまわず続ける。

「あなたは松下電子の宣伝と引き替えに、そのボタン電池を手に入れました。松下電子の社長から裏付けは取ってあります。あなたが螺旋に関するもを作成することにかけては一流ということもしっていますよ。それと・・・・・・清水くん!」

「はい!」

 清水くんはバッグの中からラジコンヘリを取りだした。

「それは・・・・・・!」

「そうです。ラジコンヘリです。松下電子のボタン電池を使用したラジコンヘリのコントローラー、そして包丁。そして最後の欠片は・・・・・・」

 わたしは朧氏に近づき、胸ポケットを手を入れる。

「貴様、何を!」

 暴れる朧氏を押しのけて、私は朧氏の胸ポケットからとりだしたものを掲げる。

「それは・・・・・・」

「そう、コイルです」

 清水くんは、私の取り出したコイルを見て、意味がわからないと言うような表情を浮かべた。

「コイル・・・・・・ですか?」

「そうだ、まあ聞いていたまえ」

 私は改めて皆に向き直る。

「あなたはあかねさんをドアの前に呼び出した。そして危ないから鍵をしめるようにとでも言ったのでしょう。あかねさんに鍵を閉めさせた。そして窓にヘリを飛ばして、注意を向けさせた。そして、あなたはコイルにボタン電池から電流をながした。強力な電力を流されたコイルは電磁石となり、磁力を発する。ドアの前にいて、窓をむいているあかねさんに包丁と歯車などが押し寄せる。包丁が胸に刺さったのは全くの偶然でしょう。力尽きたあかねさんは鍵を床におとした」

 私の推理に呆然とする一同。自分でも突拍子も無いことであるのは自覚しているが、しかし。

「あなただけは反応が違いますね」

 朧氏はうつろな目を虚空に向けていた。全てが終わってしまったかのように。

「認めますね、あなたが殺したと」

 朧氏は壊れた人形のように頷いた。

 こうして、事件は幕を下ろした。



「しかし、なぜ朧さんはあかねさんを殺したんでしょうね」

 事務所に戻り、書類仕事をこなしていると、清水くんがそんなことを呟いた。

「あかねさんは、朧さんと恋仲であったらしい、しかし螺旋に対する考え方の違いが二人の間に亀裂を生んでしまったようだ」

「悲しいですね・・・・・・」

「螺旋の象徴たるコイルで殺したのは朧氏なりの愛だったのかな・・・・・・渦巻く愛の螺旋に彼らは巻き込まれていったのかもしれないな・・・・・・」

 私がしみじみとすると、清水くんは「よしっ」と自分の頬を叩いた。

「俺もきっと、あなたのような立派な探偵になって見せます!」

「それは楽しみだな」

 事件は私を待っている。次の事件がいつ起きるかは神のみぞ知る・・・・・・



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― 新着の感想 ―
[良い点] リレー小説にもかかわらず事件が解決されており、探偵の最後の方のセリフは非常にかっこいい。お約束だがこれがあってこその推理物とも言える。 また、強がる探偵の心理描写は滑稽でありながらも新鮮に…
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