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第39話 謀略

[前回までのあらすじ]

レーサーを目指して上京した陸堂潤一郎は、ひょんな事からアパートの隣に住む美人女子大生・鬼子と交際することになった。しかし鬼子は何者かによって屈強なボディビルダーへと変貌させられ、ステロイドの過剰摂取により絶命してしまう。復讐を誓った潤一郎は、宅配寿司店にてデリバリーのバイトをしながらスロット三昧の気侭な日々を送っていた。

そんなある日、彼の元に一通の手紙が届いた。

「大学から留年通知が届きました。どういう事ですか?今週末に帰ってきなさい」

それによって潤一郎は歌手になるという夢を思い出し、毎日カラオケに出掛け腕を磨いた。

時は流れ、五年後。逞しく成長した潤一郎は鬼子の仇を討つべく旅に出た。

道中、様々なライバルたちと壮絶な闘いを繰り広げ、何度も傷つきながら持ち前の明るさで困難を乗り越えていく。

そしてついに悪の王者、薔薇兄貴ことダニエル長尾と対峙した。

しかしながら実力差はあまりに大きく、薔薇兄貴の徹底したセクハラによって身も心もボロボロにさせられてしまう。

屈辱にまみれ、半ば自暴自棄になった潤一郎。そんな彼のもとに、三人の男が現れる。それはかつて、潤一郎が法律を盾にして一方的に叩きまくったライバルたちだった! 

「きみは一人じゃない、俺たちと一緒に戦おう!」

強力な仲間を得た潤一郎。今度こそ薔薇兄貴を倒すべく、彼は再び立ち上がったのだ・・・・・・!




 牛乳屋の安東、新聞拡張員の中寺、元市議会議員で現在はフリーターのジャクソンを従え、潤一郎はとうとう悪の根拠地である県営N市団地へと到達した。辺りはドライアイスでも焚いたかのように霧が立ち込めていて、そこかしこで野焼きをした匂いがする。日は既に翳り始めており、もう間もなく街は闇に飲まれてしまうだろう。

「おいおい、旦那。あんまりいきり立つと、上手くいくもんも上手くいかねえぜ?」

 安東が潤一郎の肩を抱いて言う。伸び放題の髭が潤一郎の頬に突き刺さり、血が流れていく。平静を装ってはいるがやはり、先の闘いで牛乳三リットル一気飲みを敢行した影響は如実に現れているようで、鼻から口にかけて二本の白い筋が垂れていた。

「そうでごわすよ、軍曹殿。ここは一つ、腹ごしらえでもしたらどうでごわすか?」

 いつの間にやら潤一郎の股座に首を突っ込み、肩車をしながら中寺が言った。左手にはいつの間にかコンビニの袋が握り締められていて、中には大量のアルミ鍋入りキムチチゲが入っている。いずれも賞味期限の切れた廃棄品で、プラスチック蓋の向こうに不健康な色をしたブタバラ肉がこちらを睨みつけていた。

 ――それにしても

 潤一郎は辺りをもう一度見回した。おかしい。あまりに静か過ぎやしないか。先ほどからそれが気になって仕方がない。団地の影から何者かがこちらを窺っているような、そんな気がしてならないのだ。

 彼らの目的はあくまで奇襲だ。相手と真っ向からやりあったところで、こちらはたったの四人。相手は選りすぐりの兵士を投入してくるだろうし、まともにやりあったら到底勝ち目はない。これまでの道程は確かに、極力連中に気付かれないよう鳴り物や電飾の使用は控えてきた。けれども少なくとも十八名の幹部クラス隊員を倒してきた潤一郎たちの存在を、彼らが知らないはずはなかった。

「うにゅー。ダメダメでゴンザレスー。ご主人様ったらすっかり上の空で候」

 ひとり物思いに耽る潤一郎の頬をつついて、ジャクソンがそう言った。潤一郎は即座に彼の小汚い横っ面を張り倒し、昏倒する彼の腹部を全力で何度も蹴り上げた。彼はどす黒い血を大量に噴出しながら断末魔の叫び声を挙げ、二度三度痙攣したかと思うとそれっきり動かなくなった。

「なあ、お前ら。少々静か過ぎるとは思わないか」

 潤一郎は振り向いて、安東と中寺にそう尋ねた。

 瞬間、彼は眼を疑った。

 安東と中寺が全裸にされた上に和からしを塗布され、昏倒しているのである。特に安東は持病のイボ痔に深刻なダメージを受けたようで、口から泡を噴いている。中寺もあらゆる粘膜部分を痛めつけられているようで、もはや意識はなかった。

「酷ぇ……一体誰がこんな仕打ちを! こんなのってないよ!」

 潤一郎は絶叫し、二人の亡骸に取りすがった。壮絶な闘いを経て、ようやく分かり合った仲間たち。潤一郎は彼らを心から信頼し、彼らもまた潤一郎を信頼していた。そこには拳を交えた者同士にしか到底理解し得ない友情があったのだ。その友情がいま、蹂躙されたのだ。

「いやー、傑作傑作。まさかこんな手に引っ掛かるなんて、そいつらも随分情けないねぇ」

 不意に背後で、誰かが言った。

「てめぇ……最初からこのつもりで……」

「あら、失礼しちゃうわね、ご・主・人・様? 最初に手を上げたのはあんたの方でしょうに?」

 口元を拭いながら言う男は、紛れもなくジャクソンだった。いつの間にか全身タイツの男たちを従え、残酷な微笑を浮かべている。凍てつくような視線で潤一郎を見つめる彼に、もはや数分前までの面影はなかった。

「アタイがどうして市議会議員を辞めるハメになったか、まさか知らない訳じゃないわよね? あんなに条件の良い仕事をタダで棄てるほど、アタイ馬鹿じゃないわよぉ? ねえ?」

 子供を諭すように言うジャクソンに、全身タイツが雄たけびを上げて同調する。ジャクソンは満足げに頷くと、それまで纏っていたパンティストッキングを引き裂いた。

「さぁて、そろそろ始めましょうか? いつまでも遊んでいられるほどアタイも暇じゃないのよね」

「ま、待て! 一つだけ教えてくれないか……」

 半ば呆然としながら、潤一郎は言った。ジャクソンは片方の眉を吊り上げ、大きく溜息をつく。

「一つだけ、なんてケチなこと言わないで、全部教えてあげよっか? アタイは元々東関東ボディビル競技振興促進会出身なのよ。その時のコネクションで議員になって、【市内の小学校にうさぎ小屋を作ろう基金】を横領しちゃったのよね。ううん、もちろん東ボデ競振会の秘密予算としてね」

「な、なんて卑劣な野郎だ……。お前のせいで一体何人の小学生が失望したと思っているんだ!」

「あら、随分な言い草ね。うさぎだなんて、そんなのペットショップに行けば幾らでも見られるでしょう? 大体ガキどもが最後まできちんと世話をすると思って? 最終的には用務員の仕事が増えるだけなのよ。だったらアタイたち東ボデ競振会でプロテインでも買ったほうが有効じゃなくって?」

「市民の血税は、てめえらの筋肉の為にあるんじゃねえ!」

「まあまあ、よく言うわねぇ。消費税と煙草税しか収めてないくせに。あなたの住民税は一体誰が払っているのかしらね? ああ、可笑しい。言っておくけれどね、アタイらにはこれ以上プロテインなんて必要ないの。集めた金で買ったプロテインは全国各地の小学校に配って、子供たちの成長促進に役立てているのよ。一時の楽しみに過ぎないうさぎ小屋なんかより、余程子供たちの為になっているとは思わないかしら?」

「それは詭弁だ!」

「詭弁ですって! わかったような口を利かないで頂戴! 貴方は一体どれだけの税金が無駄に使われているか知っているの!? 誰も使わない橋! 利用客のないホール! やたら豪華な公用車! 接待と称しておっパブ通い! そういう物にばっかり金を使って、肝心の教育対策なんて何一つじゃない!」

「お前たちはそうやって、教育を盾に自分たちの組織拡大を狙っているだけじゃないか!」

「もう、いいわ。貴方にこれ以上言ったって何もわからないでしょうから……。さて、そろそろ始めませんこと? 適度に運動しないと筋肉に良くないわ」

 ジャクソンはそう言って、静かに構えを取った。全身タイツの男たちも黙って勝敗の行方を見守るつもりらしい。手にしていたソーセージやフランクフルトを地面に置き、じっと腕組をしてこちらを見ている。

――やるしか、ない

 潤一郎は意を決し、サハリン式上段袈裟構えを取った。辺りはもうすっかり闇に包まれていて、湿気を孕んだ大気が肌にまとわりつく。改めてジャクソンを見ると、以前に戦ってからそう長い時間が経っていないにも関わらず、随分と実力を上げたように感じられる。隙がまったくない。強烈な威圧感がある。おそらくはこの時のために、先の闘いでは力をセーブしていたのだろう。

 先に動いた方が、負ける。

 長い沈黙の中で、潤一郎はそう確信していた。スピード勝負ならば完全に負ける。ジャクソンはパンストを引き裂いたことにより、それまで押さえつけていた大腿筋を解放した。遠目からでも獲物を狙うようにびくびくと痙攣しているのがわかった。スピード、脚力に関しては多分、歯が立たない。なんとしてもジャクソンに先制攻撃を仕掛けさせ、上手くカウンターを狙う以外に勝機はないだろう。

 だがジャクソンもさるもの、潤一郎の狙いを完全に読んでいる。自分から仕掛けてくる様子はまったくない。それどころか潤一郎を挑発するようにニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべている。

――仕方ねえ……

 潤一郎はカウンター狙いを棄て、自ら動き出すことを決めた。タイミングさえ完璧ならば五分に持ち込めるだろうという、根拠のない自信だけが虚しく、彼の頭を過ぎる。

 指先に力を込め、呼吸を整える。額を脂汗が落ちていく。一瞬のミスが命取りだ。

「DEYAAAAAAAAAAAAAAAAA!」

 潤一郎は吼えた。大気が震え、木の葉が弾ける。そして次の瞬間、わき目も振らずにジャクソンへと飛び掛って行った。



つづく

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