少女惑いやすく、恋なり難し
開口一番「振られた」だなんて言われて泣き付かれると、正直げんなりする気持ちを抑えられない。真っ昼間から学食であんまりするような話じゃないと思うんだけど向こうはそんなことお構いなしだから仕方ないのかなと諦める。
私の向かいに座って早速しゃべり始めたまきちゃんは悪い子じゃないんだけど、だいたい恋多き女だからよくこんな感じの話をしている。振られたとか駄目だったとかいう度に、大変だねとか、しょうがないよねとか言ってあげても他人事な感じにしか言えないのが悪いなあと思ってしまう。なんかあんまり私だと当てにならないと思う。遙かに私のほうが経験少ないんだし。
でも私はよく人からそういうことを相談されることが多くて、毎度守備できないような事柄まであれこれと答えらしいことを言ってあげたりしている。まきちゃん曰く、いっつも私なのは話しやすいからっていう答えが返ってきたけど、うーん、そうなのかなぁ……。自分ではよくわからないからどうとも言えない。私ってそういう相談事を話しやすいのか。
そもそも、私は背が高いから男にはもてないんだよね。世の中の背の低い男の子たちには申し訳ないけどももう少しで一七〇センチってくらいあるから、だいたい一緒に並んじゃうと絵にならないって言うか、引かれてしまうことがあったりする。ついでに近づきにくいとか怖い感じがするとか言われると、どうしたらいいかわかんなくなってくるわけで。なんだか女の子に対してとは真逆の印象を与えてるのがどうしてなのかまったく見当もつかない。いろいろとそんなこと含めてちょっと困るなあと思うことはあったけど、それで彼氏がいないことに不足を感じたことはない。
「そういえば伶はどうなの? ねえ?」
「え?」
一通りいつものように話を聞いてあげると、思いがけなく私のほうに話が飛んできた。どうって聞かれてもいまいちなんて答えたらいいかわかんないんだけどな。今のところ私の周りに男の影は――そういう点での影はないからどうもこうもないんだけど。
「真優ちゃんにちゃんと言ったわけ?」
「……うん?」
さっきとは変わってやたらと輝いた目でちょっと乗り出してこられると、ますます答えづらい感じになる。この流れからすると言うって、そういう意味でだよねぇ。それにしてもまきちゃんの口から真優の名前が出てくるのはちょっと意外だった。それは私の友達で同居人、そりゃあ四六時中というか結構一緒にいる時間は多いけども、そういう関係ではない。
でもなんか私はあんまり色恋絡む話は得意じゃないし、なによりまきちゃんは口が軽いから下手なこと言えない。適当にはぐらかしてみるかなぁ。
「言うってなにを?」
「だからぁ、好きだとか付き合ってとか……」
ニヤニヤしながらそう言われるとさすがに私も困る。どうしてそういう発想に行き着いたのか、別にうちの大学は女子校でもないわけだし。
「なんでそういうことになるの!?」
「えー、なんか二人とも仲良いし付き合いだしたら面白いのかなぁと思って」
「面白いって言わないでよ……」
「だって真優ちゃんて背ちっちゃいし、ほわほわしてるでしょ? ほんとに女の子って感じがして伶と並ぶと絵になるのよ。伶のほうは男前だしね」
久しぶりにひどいこと言われた気がする。そりゃこの背だしスポーツマンだし性格も気が強いとはまあ言われる。私だって髪伸ばしたらちょっとは女らしく見えると思うんだけどなぁ。かっこいいは許せても男前っていうのは納得できない。
「へこんだ?」
「まあ、ね。そりゃあ、真優はかわいい……よ。私なんかとは比べられないけどさ、でも男前とかそういうこと私はあんまり言われたいとは思わないんだけど」
ああ、早くここからいなくなりたいなぁ。真優が助けに来てくれないかな。あ、バイトだから無理か。
と思っていると携帯に着信。相手は、真優だ。
「メール?」
「うん、真優から」
見ると一緒に帰ろうという内容のメール。珍しいこともある。最近はバイトが忙しいようで、学校が終わっても家に帰ってくるまでは会わないことが多かったのだが。いい加減この状況から抜け出したいしこれはいい口実になる。
「帰る?」
「うん……、なんか、一緒に帰ろうって」
瞬間、ニヤッとまきちゃんが笑う。ああなんかいらないこと想像してるんだろうな。まあ今までの流れから考えると理解するのも難くないけど。
「いいねえ伶は。真優ちゃんとラブラブで」
「はいはいそうですよ。傷心の真紀にはさぞかし羨ましいことでしょうねー? じゃあ夜メールするからね」
「ばいばーい」
学食を出ると風が冷たい。もう秋だもんなぁ。真優、正門で待ってるって言ってたけど寒がってないだろうか。距離にしては五分もかからないがうちの大学は無駄に広い。それほど待たせる訳じゃないけどやや小走りになる。
そこに着くと門の脇には見慣れた後ろ姿。
「おまたせ」
声をかけると気付いた真優がぱっと明るい笑顔になる。
「今日バイト休みだったんだ」
「そう、だから伶ちゃんと一緒に帰ろうと思って」
「そっか」
真優は私より頭二つ分ほど背が低い。私と並んで後ろから見ると確かにカップルっぽく見える。私はあんまりよろしくないんだけど真優はそうでもないらしい。というかそれほど気にしてないみたいだ。考えてみれば私が気にかけ過ぎなのか。
「伶ちゃん、寒いから早く帰ろうよー」
そう言って、真優が腕に抱きついてくる。
「なんでくっつくの?」
「えー、この方がちょっとは暖かくない? だめ?」
上目遣いで「だめ?」って聞かれるとすんごい困る。この身長差は私に不利なんじゃないかと思うんだ。そういう目をされると私は弱いんだから。ほんとこの子は思う存分自分の武器を私に向けてくる。これで素だって言うんだから始末に負えないよね、主に私が。あーあ、かわいいからもういいや。
「駄目じゃないけど……、少し歩きづらいかな」
「んー、じゃあ手繋ごうよ」
手、ですか。まあいいかな。ぎゅっと握りあうとちょっとだけ心拍数が上がる。これくらいのことはよくあるんだけどだいぶ久しぶりのこと、私はなんだか気恥ずかしくなってしまう。
「行こっ」
やや真優に手を引かれるような形で歩き出す。嬉しそうな顔してるのを見ると、まきちゃんには悪いけど私なんか幸せな感じがするよ。
私たちが同居しているアパートは学校から歩いて十分ほどの距離にある。もともとはお互い一人暮らしだったのだが仕送りも少なくて難儀している同士だったわけで。真優とは講義で一緒になったのが縁で付き合いが始まった。ほわっとしているせいか時たま困ったことになったりしていたのを私がフォローするのが何回か続いて、そのままズルズルと離れがたい仲になって……うん? なんか言い方が違う気もするけど、まあそんなこんなしているうちに二人で一緒に住んだら家賃も安く済むよねなんてことになって、とんとん拍子に話がまとまってしまったのだ。それで一年半くらいになるんだけど。
今のところとりあえず不便はない。でも若干手狭だから、もう少し広いところに移りたいという願望はある。せめて1LDKがいいとか言うけど、それだと家賃が頭抱えたくなるような値段になる。いくらふたりで折半するとは言っても学生の身分だとつらい金額なのは確か。引っ越しなんて夢だよね。まあ真優との同居を解消する気は更々ないんだけど。前に一回そういう話を出したら泣かれたし。
なんと言うか。周りからも時々言われるけど、私はなんだか真優の旦那という認識が出来上がりつつあるらしい。まきちゃんの話じゃないけど私たちの関係はそんな感じの捉えられ方をされてるのかな。
そういうことがありつつ最近考えるんだけど、真優は私のことどう思ってるのだろう。さっきははぐらかしてみたが、私は真優のことを特別だと思い始めている。そういう意味で、好き、だと。でも結局私自身、当の真優のことはよく見えていないのだ。
見たまんまを言ってしまうと真優は犬みたいだと思う。文字表記だと「犬」よりは「イヌ」、いや「いぬ」かな。とりあえず無闇やたらに人懐っこい。人見知りしないってことで、それはそれでいいところだけど、一方で日頃どうも心配も絶えない。知らない人間に簡単に着いていきそうで……、いつのまに私は飼い主、もとい保護者になったんだろうってふと思うこともある。まあ真優と会った頃からそうだったと言えるけど、真優にとって私はどんな存在なんだろうなぁ。そういうとこが見えないから、未だに掴みきれてない面があるわけで。ふわふわしている割に意外としっかりしてたりするし、たまにそれをみるとびっくりさせられる。天然なのは間違いないんだけど。
見る限りでは私といて楽しそうなんだから嫌いではないんだろうけども。直接聞くほどの勇気? そんなのは今のところ持ち合わせてませんがなにか、って感じで私はいる。「なんで早く言っちゃわないの!」って、まきちゃんの声が脳内で再生されるなぁ。その通りではあるんだけどね。
「ねえ真優、そろそろ髪切ったら?」
真優は髪洗うのもめんどくさいって言うくらいなのに、短くしないで長いままを続けている。私は髪が長い方が好きだからいいんだけど、ちょっと切ったら少しは楽になるんじゃないかなと思っている。でも真優は聞かない。
「それより伶ちゃんが髪伸ばせばいいのに。前にアルバム見せてもらったときに見た、ちっちゃいころの伶ちゃんかわいかったのになぁ」
確かに私は昔は長髪だった。それをやめたのが中学校の頃で、バスケ部に入ったのが切っ掛けだった。もちろん当時から背は普通の女の子よりは高くて、よくよく重宝がられていたわけだけど。運動の邪魔になるから髪を切って今みたいな短めの髪型になった。そこから高校でもバスケを続けて、大学の今はさすがにやってないけどまあ、習慣で髪を伸ばすのがあまり乗り気にはなれないでいる。それもあるから私は男っぽく見られるのかもしれない。
「私も髪長い方が好きだけどなぁ」
「……そう」
考え物だな。真優がそう言うなら伸ばしてもいいかなって気に今一瞬なった。私ってなんて現金なんだろう。
* * *
真優がいたお陰で久しぶりに食事の準備しなくても済んだ。真優は料理も得意だから将来いい奥さんになるんだろうなと思う。片付けもしてくれるって言うし、この時間帯にゆっくりしてられるのもしばらくぶりだ。これならレポートの時間も多く取れそうで助かる。それでも朝までかかるかも知れないけど。
「れーいちゃん」
「ひゃふっ!」
そんな考え事をしていたら不意打ち。真優が突然後ろから抱きついてきたから変な声が出た。ソファに座ってる私の後ろからってどんな体勢よ。あの、ちょうど右の耳に息がかかるんですがこれどうしたらいいですか。
「アイス食べる?」
「え……、うん」
外じゃ寒がってたくせになんでアイス食べるんだろうこの子は。しかもそれ、私が買ってきておいたのじゃなかったか。しかしいちいち私の心臓に負担かけないで欲しいなぁ。かなりドキッとしてしまった。
「じゃあ、あーん」
そう言いながら私の前にアイスを差し出す。一瞬頭が止まって再起動。これはなんだろう。手渡しじゃなくて、このまま食べろってことだろうか。いや、え!?
「ひ、一人で食べれるよ!」
慌てて拒もうとすると真優がしゅんと落ち込むのが雰囲気からわかる。
「いやなの?」
見ると泣きそうな顔をしている。どうしてそんな顔するかな。この歳でそんなことできるわけないのに、いや、でも家の中だし誰に見られてるわけでもないからいいかもしれないけど。また少し真優のペースに流されそうになってる自分に気がつく。
「いやって言うか、うーん、そうでもないっていうか……」
「あーん?」
私の意見は無視ですか真優さん。でもこれは食べてあげた方がいいみたいだな。ああ、なんか私いいように扱われてる気がするけど、気のせいだよね。そう心の中で言い聞かせて私はおとなしく口を開ける。
「……あーん」
うん、アイスおいしい。
うわぁ、しかし私たちなにしてるんだろう。ちょっと悪い気はしなかったけど、これじゃまきちゃんのこと悪く言えない。私もだいぶなにかに毒されてきてるのかな最近。思えばこういうシチュエーション多くなった気がする。新婚夫婦みたいな感じって言うとわかると思うけれど、だだ甘になっていってるのがわかる。主に私が。
こんなこと外じゃ言えない。私ってほんとだめだ。でも、真優のことは好きだから別にいいんだけど、と思う……で片付けたらだめか。急にうなだれたくもなる。
「伶ちゃん?」
不思議そうに真優が見てくるが理由はあんただよと言えるわけもなく。
「ああ、なんでもないよ。ちょっとレポートのこと考えてただけ。そういえばさ、真優そろそろ誕生日だよね。なんかある?」
「なんかって、なに?」
去年はお互いなにもしなかったけど、今年は私の誕生日に真優からプレゼントをもらったから今度はなにかあげようと思ってる。真優の趣味ってよくわからないところもあるから、変にサプライズを狙うよりは本人に直接聞いた方がいいかと。
「だから、欲しいものとか」
そう聞くと真優は考えるように少しの間黙っていたが、
「えっとねー、伶ちゃんの胸!」
急に笑顔になると、真面目な顔でそう言ったのだった。予想の斜め上の答えが返ってきた感じなんだけど。
「うん?」
私が首を傾げると、真優も同じようにして首を捻る。また少しの間沈黙の後ゆっくり口を開いた真優、しかし出てきた言葉は、
「だからぁ、乳?」
「いや、そうじゃなくて。なんで?」
「やっぱりねぇ、伶ちゃんの胸は気持ちいいからさぁ、乳まくらだよねぇー」
と、人差し指を唇に当ててなんだか左斜め下を見つめながらニヤニヤして言う。乳ってねぇ、それは私が欲しいものなんだけどな。貧相な私よりいい身体してるくせになんてこと言うのか。
「私のことそういう目で見てたの!?」
「あたしは真面目なんだけどなぁ。だって伶ちゃんはスポーツで鍛えてるからこう、きゅっとした感じで意外といい抱き心地が……」
真優の目を見る限りでは真面目に言ってるんだよなぁ。ああ、私ってもしかしてとんでもない子を好きになってしまったんだろうか。少しがっかりするかもだけど、私も真優のこと似たような目で見てるきらいがあるから文句言えないのかな。いやしかし、私はちゃんとしたプレゼントをあげたいんだ。
「バカ言ってないで、真面目に考えておいてよ。私お風呂いってくるから」
「むー」
まとわりついていた真優の腕をふりほどく。むくれる真優もかわいいんだけど。あ、まきちゃんにメールしなきゃ。一応ついでに真優のプレゼントのことも聞いておこうかな、期待はするだけ無駄だろうけど。
一時間後、私がげんなりしたのは言うまでもなく。まきちゃんのメールが原因だった。
『キスの一つも決めれば万事OKだよ!』
まきちゃんの頭の中も心配だよ。こっちは予想通りとは言わないけど、ちょっとだけ突き抜けたかな。キスとかそんな一足飛び、そこまでやる度胸が私にあると思ってるんだろうか。もちろんないに決まっている。普通の状態じゃそこまではやらないよ。
そういえば真優はどうしたろう。少しは頭冷やしたかな、なんか静かだけど。
「真優?」
見ると真優はソファで眠り込んでしまっていた。クッション抱いたまま、なんと無防備なことか。しかし改めた思うけど、真優は寝姿もかわいいなぁ。このままだと風邪引きそうだけど、起こすのも可哀想だな。
しばらく起こそうかどうか迷っていると、その寝顔が目に止まる。
――不意に、触れたいと思った。
ずるい方法だけど、今なら真優にさわれる。
今ならキスくらい出来るよ。そんな声がどこかから聞こえて、あれ、私のぼせたかなと思うくらい血が集まる。鼓動が耳に響くくらい速くなって、ちょっと喉乾くかも。でも私なに考えてるんだ。今までもこんなことあったけど、そんな風に思ったことないはずなのに。確かに真優のこと好きだけど、これはフェアじゃないんじゃないかなと思っても頭の別のところでは違うことを考えている。
キスってことはつまりはちゅーであれでしょ? アメリカ人だったら挨拶がてらとか愛情表現に軽くするようなものだから、別に「ちゅっ」ってするくらいならいいのかな。でもその場合口にするの?
たかが唇、されど唇だよね。
それ以前に寝込みを襲うなんてどうなんだろうか。これって犯罪でしょ? こういうのって痴女って言うんだよね? いや、二十一にもなっておぼこい生娘でもあるめぇし……、いや生娘だけど。そうじゃなくて、でもなんか我慢できないかも。そうだよ、寝てるうちなら気付かれないはずだし、それって一回のうちに入らないよね。ノーカンだよね、ノーカウント。デッドボールはアウトにならないから大丈夫なはず。
と、自分に言い聞かせて、砂粒くらいちっさな度胸をかき集める。女は度胸! うん、使い方間違ってる気もするけど関係ないよね。ソファの横に座って真優に顔を近づける。心臓破裂しそう。湯上がりなのに、これ以上心拍数上がったら気絶するんじゃないかっていうくらい。
真優の顔がズームしていってアップになって、そのうち息がかかるくらいの距離になる。それにしても真優はかわいい。キスとかもう、まきちゃんのせいだよ。もう唇が触れるか触れないかの距離、あとちょっとだけど一瞬脳裏に浮かぶ疑念。
真優って、私のことどう思ってるんだろう。
そこで真優が目を開けた。
驚いて少し離れたが、ふと目が合って私はそのまま硬直してしまった。
「れいちゃん?」
「わ……」
ワタシハンザイシャジャナイヨ。
これは決定的にアウトなんじゃないかな。淫行で逮捕か……、私の人生も終わりだな。
「ま、ゆ、これ、は……」
「ちゅーしようとしてた?」
「いや、ちがっ……」
真優意外と鋭い、っていうかこれはそうとしか考えられないか。数秒のうちに頭の中をいろんなことが巡っていく。真優に嫌われるかな。
「ねえ、伶ちゃんはさ、私とキスしたいと思ったことある?」
え? なにその脈絡のありそうでない質問。いやあの、実際今さっきそうだったんだけれども。てか真優はなんでそんな質問に行き着いたの?
「私は伶ちゃんとしたいと思ったことあるよ」
「ふぇ?」
ずいぶんと間抜けな声が出た。ついでに言うと泣きそうな顔してるんだろうな。
ん? 誰がなんだって?真優が私にキスしたいって? いや私が真優にしたいって思ったからしようとしたんだって。一瞬聞き間違いかと思ったけど、でも真優は確かに私にキスしたいって言った。冗談じゃない……よね。
「私は伶ちゃんのこと好きだよ」
好き? 真優が私のことを? どういう意味合いでだろう。私は真優のこと特別な目で見てる。だから好き。じゃあ真優は? 真優は私のことをどんな風に思ってるんだろう。
「好きって……、どう、え?」
もうわけがわからなくなっている頭は物事を正確に判断できなくなっている。
「こういうことだよ伶ちゃん」
突然首に腕を回されて、ぐっ、と引き寄せられる。頭を働かせる暇もなく唇に少し濡れた柔らかい感触。一秒ほどでそれは離れ、互いに熱い吐息が漏れる。
「真優?」
「伶ちゃんは私のこと好き?」
囁くような声でそう聞かれて、私は反射的にずっと胸に抱いていた想いを言葉に出す。
「好き、だよ」
「なんで早く言ってくれなかったの?」
「……ごめん」
レポートのことが頭をよぎったけど、もうなんだかどうでもよくなった。別に週末締め切りだからあと二日あるし、まあ、いっか。
* * *
前言は撤回。朝起きて思い出したけど私今日明日で教授から資料整理の手伝い頼まれてたんだった。あれひどい肉体労働なんだよね。それじゃあ家に戻ってからレポート書く体力なんてあるわけないよ。だから朝っぱらから図書館に行かなきゃいけないんだけど、今日は午前中に講義も入ってる。私は早く学校行きたいんだ、けど、なぁ……。
「伶ちゃん、靴下ぁ!」
部屋の奥から黄色い声が飛んでくる。まあ朝にトラブルはつきものなんだ。うちではいつもそう。差し迫ったスケジュールの時なんか特に。
「干してなかったのあんたでしょう! 早くしなって、先に出るよー!」
きゃーきゃー言いながら、真優がばたばた物をひっくり返してる音が聞こえる。もう追いてこうかなぁ。
「まーゆー! なんでその部屋の中で見つからないのよ!」
結局それから三分待っても真優が来なかったから、私は容赦なく置いていった。まあいつものことだけど。
「それで、また私のをはいてきたって?」
「うん」とうなずいて、悪びれている様子もなく「遅刻しないためには仕方ないでしょ?」と続けられると私も怒る気も失せてくる。まあこれが初めてじゃないから、というかなんでこの子は学習しないかなあと常々思うんだけど。
「ねぇ伶ちゃん」
「なに?」
「あのね、昨日言ってたプレゼントのことなんだけど」
真面目に考えたのかな。今度はボケないでほしいなぁ。
「あたしは伶ちゃんがくれるものならなんでもいいよ?」
急にきゅんとして抱きしめたくなったけど、ここ路上だし、やっぱりだめですよね。危うく理性のハードル踏み倒しそうになったけどその代わり、繋いだ真優の手をぎゅっと握る。あー、私幸せだなぁ。ごめんねまきちゃん。
了