外の世界
父親に監禁されていた智鶴が見た事のない世界で初めて見たのは、夜の街並みだった。
提灯に炎を灯しそれを明かりとして玄関に置き、家の中では蝋燭をつけている為に、
丘の上から街全体を眺めると、何とも幻想的な風景になっていた。
「妾は、こんなにも綺麗な街に住んでおったのか……」
佐介にお姫様抱っこして貰いながら、智鶴は目を輝かせていた。
「喜んでもらえたかな?」
「妾は満足じゃ! のう、佐介。こんな風景がこれから毎日見れるのであるか?」
「うん。昼の世界もとっても綺麗だよ。明日になったら見れるよ」
「それは誠か!?」
「本当だよ」
「とても楽しみで、今宵は眠れぬかもしれぬ!」
「寝ないと明日遊べないよ」
「そ、それもそうじゃのぉ」
智鶴には何もかもが初めてだった。自分の住んでいる街を見ることすらも。
あの時、殺せなんて言った自分が馬鹿らしく思えるほど、その時は幸せだったようだ。
その日は、近くの民宿に泊まった。
「佐介。妾は今とても気分がよいわ」
中身がほとんどない布団の上で大の字に寝そべりながら、智鶴は呟いた。
「それは良かった」
「のう。何故お主はこんなにも妾に尽くしてくれるのじゃ?」
「それは……」
言葉を濁らせる佐介。少し心配そうに智鶴はその様子を見ると、
「佐介。これからは、妾のこと智鶴と呼んでたもれ」
適当に話を逸らした。
「なんでまた」
「姫なんて、もう呼ばれとうないだけじゃ」
「そうかい」
智鶴には友人と呼べる者は存在しなかった。だから、智鶴は欲しかったのだ。友達が。
その友達が知らぬ間に自分のせいで傷ついていた事を彼女は知る由もなかった。
翌朝。智鶴はいつもより遥かに遅い時間に起きた。
いつもなら、誰かしらが起こしに来るが、そんなことは一切なく、
何を仕事をサボっているのだろうか。
と、一旦智鶴は自分が逃走した事を忘れていたが、次の瞬間に逃げてる事を思い出して、
改めて自由の喜ばしさを噛みしめていた。
「おはよう。智鶴」
戸をがらりと開けて、入ってきたのは佐介だった。
もう既に着替え終わっており、いつでも出かけられる格好だった。
「うむ。今起きたぞ。妾、こんなにも長く寝たのは初めてじゃ」
「そうなの?」
「いつも、稽古やら勉強やらでこの日の高さの時はいつも何かやっておる」
四角い空でも、太陽は見える。とはいえ、いつも見ている空よりも形は一緒でも
広さは断然こっちの方が大きいので智鶴は上手く感覚がつかめないようだが。
「智鶴。これを着な」
そう言って、佐介が手渡してきたのは、薄い着物……つまりは、庶民が着ていそうなものであった。
「流石に、あんな高い物着てたらすぐに智鶴だってばれちゃうと思ったから」
「ふむ……。まぁ、お主の言うことも一理あるのぉ。分かったわ。これを着るぞ」
「それはありがたい」
苦笑いしながら、佐介は言った。
「そうじゃ。妾の着ておった着物、売って金にするとよいわ」
「な!? あんた、あんな高そうな物……」
「逃亡するのであれば、邪魔になるだけじゃしのぉ。売れば当分は大丈夫じゃろ」
「智鶴さ、分かってる?」
「何をじゃ?」
「売るって事は、もうそれは帰って来ないんだよ? 俺はそんな金持ってないし……」
「よいのじゃ。妾とてそのくらいの事、分かっておる」
「でも、智鶴……」
「何度も同じことを言わせるでない。よいな?」
「……わ、分かったよ」
智鶴の着物は生地がいい為、高値で売れた。
ここから、本格的な逃走の始まりであった。