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第2話うつけの噂

合戦が終わり、夕暮れの街道を幽山は一人歩いていた。


小豆坂の方角には、まだうっすらと土煙が残っている。

勝敗はすでに決していた。


この戦――

小豆坂の戦い は、尾張の 織田信秀 軍が今川勢を押し返す形で終わった。


幽山は歩きながら、軽く首を鳴らした。


「いやぁ、いい戦だった」


坂で詰まった今川勢。

そこへ織田の兵が横から押し込む形になり、隊列が崩れた。


(やっぱり地形だな)


戦は兵の数だけでは決まらない。

地形、流れ、勢い。


そういうものが絡み合って勝敗を分ける。


幽山はそんなことを考えながら歩いていたが、ふと別の顔が浮かんだ。


(……あのガキ)


継ぎ接ぎだらけの小袖。

わざとらしい泥。

それでいて隠しきれていない所作。


そして何より、あの目。


(普通の武士の倅じゃないな)


戦場を見て笑う目だった。

恐れでも興奮でもない。


ただ純粋に「面白い」と思っている目。


幽山は小さく笑った。


「ま、戦好きのガキなんて珍しくもないか」


だが、あの立ち姿は気になった。

体の軸がぶれていない。


あれは幼い頃から武芸を叩き込まれている者の立ち方だ。


(どこかの家の嫡男かもしれん)


そんなことを考えているうちに、街道の先に家々が見えてきた。


尾張の町だ。


行き交う人が増え、荷を担ぐ商人や百姓の声が聞こえる。


幽山は町へ入ると、まず井戸端に集まっている町人たちの会話に耳を傾けた。


合戦の後、町には必ず噂が流れる。

それが一番早い情報源だ。


案の定、話題は戦のことだった。


「今川を追い返したらしいぞ」


「やっぱり織田弾正忠様は強えな」


「尾張は安泰だな」


幽山は頷いた。


(なるほど、やっぱり織田の勝ちか)


すると別の町人が笑いながら言った。


「だがよ、あの若様はどうなんだ?」


「若様?」


「ほら、弾正忠様の倅だよ」


別の男が肩をすくめる。


「ああ、あの“うつけ”か」


周囲からくすくす笑いが起きた。


「変な格好して町をうろつくって話だ」


「武士のくせに町人と喧嘩するらしいぞ」


「家臣も困ってるってよ」


幽山の耳がぴくりと動く。


(うつけ?)


町人が続けた。


「名前は確か――」


「吉法師」


その名を聞いた瞬間、幽山は少しだけ目を細めた。


( ほう、まだあの『信長』ではないのか……。だが本能寺の変が1582年、信長が49歳の時だとすれば、今は天文16年(1547年)。吉法師が元服して信長と名乗り始めて間もない頃か。 )


戦国史オタクだった前世の記憶がよみがえる。


天下布武。

桶狭間。

比叡山焼き討ち。


後に天下へ名を轟かせる男。


だが今は――


「うつけ殿」などと呼ばれているらしい。


幽山は口元を歪めた。


「これは……一度見ておくか」


歴史の生き証人を。


それに。


ふと、あの丘の上の少年の顔が浮かぶ。


(まさかな)


幽山は首を振りながら、町の奥へ歩き出した。


噂によれば、その“うつけ”はよく町を歩き回っているらしい。


「さて」


幽山は袖を払った。


「尾張のうつけ殿とやら、どんな男か拝ませてもらおうじゃないか」


夕暮れの町を、人の波が流れていく。


そのどこかに――

後の天下人がいる。

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