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第1話第二次小豆坂合戦


小豆坂の丘の上。


春の風が草を揺らし、その向こうで幾百の旗がうねっていた。

兵が入り乱れ、遠くで鬨の声が響く。


幽山は岩に腰を下ろし、顎に手を当ててその様子を眺めていた。


槍がぶつかり、土煙が立つ。

兵が崩れ、隊列が押し合う。


(いいねぇ)


思わず口元が緩む。


(やっぱり合戦は生で見るのが一番だ)


前世では本や資料、画面越しにしか見られなかった戦国の合戦。

それが今、目の前で動いている。


旗の動き。

隊列の乱れ。

兵の押し引き。


幽山はそれらを目で追いながら、小さく頷いた。


(今川、坂で詰まったな隊列が間延びしている)


小豆坂の地形がそのまま戦の流れを決めている。

兵を押し込みすぎて、前が動かない。


(横を突けば崩れるがそんなのは今川だってわかってるはず)


そんなことを考えながら、のんびりと戦を眺めていると――


背後で草を踏む音がした。


「おい、そこの生臭坊主」


幽山は振り返る。


そこに立っていたのは、一人の少年だった。


平民のような身なり。

継ぎ接ぎだらけの小袖。

ところどころ泥が付いている。


だが幽山の目は、すぐに違和感を拾った。


(……妙だな)


立ち姿。

視線。

足の運び。


どれもが町人や農民のそれではない。


それに汚れ方がわざとらしい。

まるで「平民に見せようとしている」ような格好だ。


(どこぞの武士の悪ガキ共が戦見物か?)


幽山は肩をすくめた。


「生臭坊主呼ばわりとは失礼だな」


少年はじっと幽山を見た。


「戦を見て笑っている坊主の方が生臭坊主でなくてなんだ」


言われて幽山は気づく。

自分が口元を緩めていたことに。


「面白いものは面白いからな」


幽山は戦場を指差した。


「ほら、あそこ」


少年も視線を向ける。


坂の下で今川方の隊列が詰まり、槍がうまく前へ出ない。


幽山は杖を使い、地面に簡単な図を描いた。


「ここが坂。

 ここに兵を押し込みすぎてる」


線を横に引く。


「ここを回れば横腹が空く」


少年はしゃがみ込み、その図をじっと見た。


「……ほう」


低く笑う。


「坊主のくせに戦が分かるのか」


「好きなんでね」


幽山はあっさり答えた。


「合戦見物が趣味だ」


少年は一瞬黙ったあと、声を上げて笑った。


「変わった坊主だ!」


そして幽山の隣にどかりと座った。


「で、生臭坊主。どっちが勝つと思う?」


幽山は少し考え、戦場を見た。


「流れ次第だが……」


今川の兵が押し返され始めている。


「織田の勝ちだ」


少年の口元がにやりと歪んだ。


「面白い」


その目には、子供のものとは思えない光があった。


しばらく戦を眺めたあと、少年は立ち上がる。


「坊主」


「なんだ」


「また会おう」


そう言って歩き出す。


幽山は肩をすくめた。


(変なガキだ)


だが背中を見ながら、ふと思う。


(……ただの武士の倅じゃないな)


風が吹き、小袖が揺れた。


その少年の名を知るのは、もう少し後のことになる。


尾張のうつけ――

吉法師。


後の

織田信長 である。


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