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優しい化け物

作者: 婀娜垢
掲載日:2026/01/04

 これは、今ではないいつか。

 ここではない、どこかの物語。


 少女は泣いていた。

 暗い森の中で、一人ぼっちで泣いていた。


 その森には、恐ろしい化け物が棲むという。

 けれど同じ森には、どんな病にも効くという薬草が生える――そんな噂もあった。


 少女は病気の母を救うため、ただその一心で森に足を踏み入れた。


 やがて、涙に濡れた瞳の前に現れたのは、噂通りの恐ろしい姿をした化け物。

 声も出ず、体が震えた。

 けれど少女は逃げなかった。

 ただ、まっすぐに化け物の瞳を見つめた。


 化け物の手が、ゆっくりと少女へ伸びる。

 少女はその手を掴み、震える声で叫んだ。


「お母さんが病気なの!

 私のことはどうなってもいいから、薬草をお母さんのところへ届けて!」


 そして、少女は目を閉じて祈った。


「お母さん、ごめんなさい……どうか、私の分まで生きてください……」


 化け物は少女を抱き上げ、森の奥へと連れて行った。

 辿り着いたのは、月明かりに照らされた静かな泉。

 そのほとりに、噂の薬草の花がキラキラと咲いていた。


 化け物は薬草を一つ摘み、少女にそっと手渡した。

 そして、彼女を抱いたまま、森を抜けて村へと戻る。


 少女の家の前まで送り届けた。

「お母さん、薬草だよ。早く元気になって…」

 家に帰りついた彼女は、早速貰った薬草を母に煎じて飲ませた。

 少女の母の呼吸が次第に落ち着いていく。

 その様子を確認すると、化け物は黙って背を向け森へと帰っていった。


 その姿を見た村人たちは叫んだ。

「化け物だ!」「村を襲うつもりだ!」「殺せ!」


 石が投げられ、弓矢が放たれる。

 化け物の体に突き刺さり、血が滲む。

 それでも、化け物は抵抗せず、静かに森へ帰っていった。


 少女は泣き崩れた。


「あの人は……私とお母さんを助けてくれたのに……

 なのに、私は何もできなかった……!」


 少女は森へ駆け出した。

 けれど自分の後を追ってきた彼女を見つけた化け物は、弱った体で彼女を再度村まで送り返す。

 その直後――化け物は、人々の手によって命を奪われた。


 少女は泣き叫ぶ。

 どれほど呼んでも、優しい化け物はもう応えなかった。


 ただ、夜風だけが静かに森を撫でていた。


 そんな、悲しくて優しい物語。

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― 新着の感想 ―
 母親のために捨て身で薬草入手に奔走し、協力してくれたのに怪物が傷つく事に心痛める少女と、非暴力の怪物、双方の優しさと悲しさが印象的で引力の高いお話でした。
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