優しい化け物
これは、今ではないいつか。
ここではない、どこかの物語。
少女は泣いていた。
暗い森の中で、一人ぼっちで泣いていた。
その森には、恐ろしい化け物が棲むという。
けれど同じ森には、どんな病にも効くという薬草が生える――そんな噂もあった。
少女は病気の母を救うため、ただその一心で森に足を踏み入れた。
やがて、涙に濡れた瞳の前に現れたのは、噂通りの恐ろしい姿をした化け物。
声も出ず、体が震えた。
けれど少女は逃げなかった。
ただ、まっすぐに化け物の瞳を見つめた。
化け物の手が、ゆっくりと少女へ伸びる。
少女はその手を掴み、震える声で叫んだ。
「お母さんが病気なの!
私のことはどうなってもいいから、薬草をお母さんのところへ届けて!」
そして、少女は目を閉じて祈った。
「お母さん、ごめんなさい……どうか、私の分まで生きてください……」
化け物は少女を抱き上げ、森の奥へと連れて行った。
辿り着いたのは、月明かりに照らされた静かな泉。
そのほとりに、噂の薬草の花がキラキラと咲いていた。
化け物は薬草を一つ摘み、少女にそっと手渡した。
そして、彼女を抱いたまま、森を抜けて村へと戻る。
少女の家の前まで送り届けた。
「お母さん、薬草だよ。早く元気になって…」
家に帰りついた彼女は、早速貰った薬草を母に煎じて飲ませた。
少女の母の呼吸が次第に落ち着いていく。
その様子を確認すると、化け物は黙って背を向け森へと帰っていった。
その姿を見た村人たちは叫んだ。
「化け物だ!」「村を襲うつもりだ!」「殺せ!」
石が投げられ、弓矢が放たれる。
化け物の体に突き刺さり、血が滲む。
それでも、化け物は抵抗せず、静かに森へ帰っていった。
少女は泣き崩れた。
「あの人は……私とお母さんを助けてくれたのに……
なのに、私は何もできなかった……!」
少女は森へ駆け出した。
けれど自分の後を追ってきた彼女を見つけた化け物は、弱った体で彼女を再度村まで送り返す。
その直後――化け物は、人々の手によって命を奪われた。
少女は泣き叫ぶ。
どれほど呼んでも、優しい化け物はもう応えなかった。
ただ、夜風だけが静かに森を撫でていた。
そんな、悲しくて優しい物語。




