山の中 その4 漆黒の闇が非常に怖くなる
「下がっても38℃か……結構高いままだな。原因が思い当たらない。否、あるとしたら……深夜の出来事か……。解熱はしばらくすればいけるだろうが……」
「……真さん、微熱とは言えないですし、今日はこの宿泊施設で泊っていいかしら?」
「いいよ、急変したら俺が対応するから安心して休め」
「ごめんね、真さん」
「いつも家事などで世話になっているし、お互い様だよ」
「ありがとう……いつも優しくしてくれて、ありがとう……」
身体を寝かして申し訳なさそうな顔をする真白の頭を優しく撫でる。ここまで弱っている様子には驚いてしまう。なぜなら健康第一の真白は滅多に病気で寝込まない。この十年で2-3回だ。
「う~ん……コロナかな?」
「元々コロナは風邪の5%はそうだったぞ。お前も知ってる通り常在菌のエロモナス菌と何らかの相互作用で急激に悪化させるだけだから分かっていれば心配することはない。ゆっくりしてくれ」(#)
その後、フロントにお粥を注文した。部屋まで届けてもらう。急いで与えた薬で胃が荒れるのを緩和するためだが、今暫くの間は熱が下がって眠くなるだろうし、無理にでも食べて貰って寝かしつけようか。
「お粥を注文したよ。気持ち悪いのなら食べなくて構わないからな」
「うん、胃に何か入れるわ、食べる」
「吐き気があったら食べるのはやめろな」
「ふふ……ありがとう真さん。頼りになるわ」
「そりゃ、研究職とはいえ医学は専門だからな」
この後で真白は薬のせいもあって昏睡状態になった。彼女の顔は落ち着きを取り戻した。この調子なら数時間後には回復傾向を見せるだろう。
さて、落ち着いた状況になった故、俺は昨夜のことを思い出していた。ひょっとしたら非科学的なことを言うようだが、あの不思議な現象が関わっているのかもしれない、と。
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時は……深夜1時半頃に戻る。
「漆黒の闇というのは、まさにこういう状態の事を指すんだな」
「車内の小さな明かりが無ければ何も見えないよね」
「普段は平気な暗がりでも、時々、こうして待っているとやたら怖くなる時があるんだよ」
「今がそうよね」
「ああ、背筋がぞっとするな……」
「ちょっと車のヘッドライトを点灯して貰えないかしら」
「余計に怖くなるぞ、ライト点灯したら人が一杯いたりとか」
「やめて!やっぱり点灯いらない」
「あと2~3時間すれば薄明かりになるから少しだけ仮眠するか」
「うん」
何故かは分からないが、同じような漆黒の闇に居ると、時々、とても怖く感じる時と、平然と出来ている時がある。違いはよく分からない。釣具屋さんの奥様に聞いた時も同じように「怖くなる時と普通の時があるのよね」と仰っていた。
海の夜釣りは平気で出来るのに、湖や池や川では怖い。釣り人に時々ある不思議な感性の一つであり、よく後ろから「釣れますか?」「こんにちは」などと声が掛かって振り向いても誰もいないという事が起きる。川や風の潺が人の声と同じ周波数の音を発するからだと言われている。
今、怖いと言っても眠れば万事解決。
ところが、目を閉じようとしたとき声がした。脳内に響く声で、意味は聞き取れなかった。条件反射で車の外を注意深く眺める。ドアを改めてロックした。怖い。なぜか異常に怖くなってきた。クマやイノシシですら車に乗っていれば大丈夫、襲われたとしても車で脱出すれば平気であると認識しているのに、ただただ怖い感情が渦巻く。
こう見えても俺は科学者の端くれ、二つの大学でヘルプで教鞭をとったこともある、という嫌らしいが社会的地位を持ち出して自分を鼓舞する。鼓舞していないと情けない男になってしまいそうだから。にも拘らず非科学的なことで怖がるというのは理性ですら抑えられない。
隣の真白は眠ったままだ。起こすか?いや錯覚や勘違いでそこまでしたら帰宅した後で妻から弄られてしまう。現実問題、超常現象など起きることはない……筈。
(#)作者注:上記は1997年にはN大学で研究済であり、MERSコロナとSARSコロナ絡みにも役立ちました。当時、養殖魚にも感染することから湿度に弱いなどというメディア等々への報道に対して不信感が増加しました。常在菌のエロモナス菌はお風呂や水槽に普通に観られ、コロナウイルスと結びつくことによって治癒の容易な普通の疾病でも劇症化させることが当時には分かっておりました。謎の病気として広めたメディアの記者はどこへ取材に行っていたのか?どんな論文を読んだのかと当時はアレコレと……。