山の中 その1 渓流釣りで山奥へ
この「山の中」エピソードは実際に私が経験した出来事を元にしています。
過去某所で有名になった物語のオリジナルがコレです。
(某所のは細かい専門的なものを省いて加工したもの)
挿絵は実際に釣りに行った際に家族が自撮りをした写真からイラスト化した物です。
俺は夕方の今、新東名高速道路を走っている。所要時間~約四時間の行程で東海北陸道へ向かい、数時間かけて山奥に渓流釣りに行くのだ。隣には妻の真白がいる。助手席でゆったりと寛いでいる。
彼女は黒髪のボブカット、パッチリとした黒曜石のような瞳に肌は小麦色に焼けていて、そこに整ったピンク色の可憐な唇がある。芸能人とまでは言えないが、その容姿は飛び抜けて整っている。
天真爛漫な性格でありながら、慎ましやかな雰囲気をまとい、素朴な可愛らしさがあった。服装によっては派手さもあるが、今日のように渓流釣りという野外活動だとファッションというより虫や蛇対策の格好なので素朴さが優先となる。
秋に差し掛かっているので山々が緑から紅葉へと色を変化させつつある。都会では味わえない澄んだ空気は俺たちをリフレッシュさせてくれる。周りには人がごっそりと消え、孤独というより清々しさが表に出てくる。夜は虫やカエル、野鳥の鳴き声が鳴り響き、ランダムなコンサートを開催する。
ここは日本の中央にほど近い県の山岳地帯であり、海から川の上流に遡上してくる南限のサケと呼ばれるサツキマス(アマゴの降海型)が天然で産卵できる河川である。木曽三川として海外でも有名な長良川が俺たちのターゲットポイントである。
途中でSAのトイレ休憩をはさみ、高速から降りてラドン温泉に寄った。この温泉は深夜23時まで開いているのでよく利用している。真白と俺は結婚して十年、俺はこの渓流に釣りに来て十五年、結婚してからは一緒に釣りに来るようになった。
ラドン温泉で美肌効果?を堪能した真白がコンビニによっておにぎり等を買い、俺は釣具屋に設置されている餌用の自動販売機でミミズなどを購入し、遊漁の年券はあるので鑑札が来ても大丈夫と最終チェック。
その後、更に山奥へと車を進め、朝から攻めるポイントの傍の山まで来て、山道の空き地に車を留めたのは23時30分ごろだった。
「長い運転だった……」エンジンを切って隣の真白を見る。音楽はかけたままだ。
「お疲れさま、真さん」とニッコリと微笑む真白。
とはいえ大都会から車で四-五時間かければ完全なる山奥まで来れるのだから、高速道路の網羅する日本は良いなと思っている。
夜間割引のETCも一昔前のチケットの時代に比べれば安上がりで渋滞も少なくて最高。そんな昔の大人たちは年末年始、お盆、ゴールデンウィークの高速料金所の渋滞の酷さなど大変だっただろうなと思いを馳せる。
「真っ暗だな」と運転席の窓を開け上空を眺める。自然の匂いがした。雨の気配はない。気象予報はよくハズレるからな。
「空……見てるの?」
「ああ。雨の気配があるかどうかね」
「いつも新鮮よね、山奥って」
「今夜は月が出ていないから、マジ暗夜というか闇夜になりそう」
都会では真っ暗になるという野外の状況なんて経験することもない。実際の闇夜というのは自分の手すら見えないほど真っ暗であり、懐中電灯が無ければ歩いているだけでも石に躓いて転んでしまう。
この山道は地元住人用の裏道であり固い土で構成されている。釣り人以外の観光客は滅多に通らない。
車のエンジンを切ったタイミングでヘッドライトも消えるので、いきなりの暗闇が俺たちの周囲を包む。
「スゲェな……真っ暗だぞ」
「いつもは月明かりがあるものね。こんなに真っ暗になるのは初めてかも」
「俺の単独釣行にはよくあったぞ。真っ暗には感動したけど、トイレすら怖くなるレベル」
妻のトイレは道の駅に行くとして、男の俺は外に出て木の陰で用を足せば充分。渓流の釣り人ならではの、右も左もおトイレ……というやつである。もちろん大きい方の場合は道の駅にお世話になるのだが。真白から思わず感嘆の声が洩れた。