また会えたら何て言おう
女々しい男だなんて言ってくれるなよ。俺だって理解してるさ、元カノが高嶺の花だってことぐらい。
俺と恵子(彼女)は小さい頃から知り合いだった。男女関係なく仲良くなれる時代から、異性として気になってしまう年代の中学1年生、クラス替えで離れることを恐れた俺は、勇気を振り絞って告白しOKを貰って付き合い出した。嬉しかった。その付き合いは四年間に渡った。幸せな時間を過ごしていたと思う。しかし突然、別れなくてはならなくなり俺は失恋という地獄の苦しみを味わった。
幼馴染というのはそんな事がままある。第二次成長期の頃は、女の子のほうが圧倒的に心が大人びて強くなる。女子に比べて男子の子供っぽさと言ったら……。ゆえに対等な関係にはなれずに疎遠になっていく。
ある日、俺と恵子は互いの身体をつんつん突いてじゃれ合っていた。ほんの少し膨らみかけた胸を狙って何度も突くと、恵子が抱きついて離れなくなった。それを面白がって俺は繰り返しバストトップを突いた。青春時代の無知さと好奇心に歯止めはきかない。
「あうっ。ううっ」
いつもと様子が違うと感じた俺は興味がわき、しつこく繰り返した。どのくらいしていただろう、彼女は更にギュッとしてきて、その後ぐったりとして力が抜けた。今なら俺も分るが当時は何が起きたのか分からなかった。恵子は目がうるうるしていた。大人になれば引くような行為というか黒歴史といえる。
「恵子、持病でもあるのか?」
「ばかっ!あなただから、あんなになったのよ」
このように大きな成長差があったにも関わらず、付き合い始めても俺たち二人は順調に仲良く大きくなっていた。しかし、ある日を境に変わっていった。それは、どんなに俺が頑張っても彼女を取り戻せなかった。
10年以上もの時が流れ、俺は久しぶりに帰省した。彼女と会えなくなってからも女々しく長々と彼女の想いを引きずっていた。友人からは「早く彼女でも見つけて恋を上書きしろよ」とアドバイスを貰う事が多くなった。しかし彼女に対する想いが無くなる気配もなく、寧ろ再度会いたいと強く念じるようになっていた。
我儘なんだろうと思う。この世の中には別れて会えない元恋人ともう一度だけでも会いたいと機会を待っている人間など山ほどいるはずだ。それは邪な気持ちではなく真剣な純粋な気持ちを持つゆえだと信じたい。
実家に帰ってみれば、都市開発でがらりと街は変わっていた。昔は徒歩や自転車で楽々通えた道が、車では通行できないほど狭かったりと多少は苦労したが、記憶が蘇るにつれて懐かしさと、もう二度と彼女と過ごせないんだ、デートに行けないんだという悲しさだけが鋭利な刃物のように浮かび上がってきた。
俺は過去に彼女と一緒に過ごした場所を周り始めた。盆踊りをやった公園の空き地、市営プール、缶蹴りをした広場、タモを持ってメダカやザリガニ、ドジョウなどを掬って採取した用水路や小川。緑地公園。懐かしの学び舎である中学校や高校にも行った。先生たちはまだいらっしゃるのだろうか?「俺が若い頃はな……」というフレーズ話が懐かしい。
順調に周回する場所が車といえど動物園、植物園、水族館、科学館など思い出が詰まった場所はまだ沢山残っていた。
動物園では、歩き疲れてベンチに座り、重くなった瞼を閉じると、恵子がひざ枕をしてくれたっけ。尻から頭のてっぺんにまで電気が流れるほど感激したっけ。彼女のややクールな笑顔、すべてが俺を魅了した。
恵子と動植物園で↓
特に想いがグッとくるだろうと想像できた場所は最後に訪れようと思う。そこは彼女と俺とのファーストキスの小さな公園、彼女の家の傍にあった。まだ中学二年生だというのに薄暗い朝早くに起きて待ち合わせをし、ベンチにもたれて唇に触れるだけのキスをした。彼女はお人形さんのように可愛く、清楚で、今から思い出しても美しかった。特にメガネを外したときは心底惚れ直したほどだった。
恵子……めぐまれた娘。彼女は沢山の恵まれたものを持っていた。
ああ……会いたいなぁ。すぐそこが彼女の実家なのに。
夜の帳が進み、辺りも暗くなってきた。俺は車を公園の外の駐車場に停め、自動販売機で缶コーヒーを買って、記念すべきファーストキスのベンチへと腰かけた。想像していたより小さいベンチだった。
「あの時は大きく感じたんだけどな」
周囲を見渡せば、もう公園には誰もいないようだ。溜息をつき夜空になった頭上を眺める。そのまま眠れそうだ。時間はある。このまま時間をつぶそうと思う。
頭のスクリーンに次々と思い出が蘇ってくる。普段は気にもしていなかった事までが鮮明に甦るのだ。記憶というのは本当に不思議だ。懐かしい音楽を聴いただけで忘れていたその当時が思い出せるがごとく……。
少し瞼が重くなってきたので目を瞑る。脳内スクリーンで彼女の顔を思い出す。まだまだ掠れず鮮やかに思い出せる。
「お久しぶり、元気にしてた?」
突然、微かな記憶のある声がした。目を開けて声のした方角を見ると……恵子がいた。
「……」
「ねぇ、元気だったかしら?」
「あ、ああ……」
「どうしてこの公園に?まさか私を思い出して会いに来たのかな?」
「フン、そ、そんなことないぞ」
「お隣、座ってもいいかしら?」
「ああ、どうぞ」
本音を言えば恵子に会えるとは思っていなかった。彼女はちょこんと左隣に座った。あの時と同じ位置だ。少し見える角度が違っている気がするが古い記憶だ、仕方がないだろう。
「ふふ、会えて嬉しいわ」
「俺も……と言いたいところだが女々しいから言わない」
「今はね、女々しいって使ったらダメなんだよ。性差別だからって」
「マジか?なんで詳しいんだよ、そんなこと」
「人生、勉強だよ」
「そうか」
「あなたは今どんな生活をしてるの?恋人はできた?」
「質問が多いな……」
ニコニコしながら彼女は肩をぶつけてきた。そのまま体重を預けるように寄りかかる。彼女は頬を紅潮させ俺の方を愛しそうに見る。あのキスの時と同じ仕草とシチュエーションだ。彼女は左手で髪を耳にかけながら目を閉じた。彼女が目と口を閉じた瞬間、忽然と静寂が訪れた。
「……ね、わたし寂しかったよ」
「それは俺のセリフだ……どんだけ辛い思いをしたのかと」
「ふふ、ありがとう」
「俺こそ礼を言いたいな……」
恵子の愛らしい瞳が潤んでいる。彼女は何か言いたげに口をもぞもぞ動かしていたが、ようやく言葉を紡いだ。
「急にいなくなって……ごめんなさい」
弱々しい声色だった。今ここにある現状を客観視してみたが、もう考える余裕は俺にはなかった。ただただ今は恵子だけを感じていたい。俺は左腕を彼女の肩に回した。拒否られなかった。調子に乗って左手の指で耳たぶや頬に触れる。くすぐったいと笑顔で応じられた。
「キスして好いか?」
彼女は目を見開いて少し下を向き、何かを考えていた。いや、照れていただけかもしれない。
「もちろん、いいよ」
俺は記憶の通り、当時と同じ動作で彼女の顎を上げ、唇が触れるだけの短いキスをした。あの時は、目を瞑ったキスの後で互いに目を合わせると、猛烈な羞恥心が襲ってきて、周囲に犬の散歩やジョギングの人などが居ないかどうかをビクビクしながら確かめた。
今も、まるで中学二年生に戻ったようだった。しかし俺が目を開ける前に恵子の肩に回していた腕が重力を受けて下がり、彼女の体温が抜けていくのを感じた。
気がつくと恵子はいなくなっていた。
俺はキョロキョロして周囲に彼女がいないか探した。しかし誰もいなかった。
……そうだよな、さっきまでの恵子は、まだ学生の制服を着ていたから……。
「また急に居なくなるんじゃねーよ!恵子っ俺の元へ戻ってこい!」
(……)
「俺の幻覚だったのか……」
(会いに来てくれて、ありがとうね、私の事は忘れていいから……あなたは幸せになって)
「バカヤロウ、だから俺はお前が忘れられねーんだよ!……うぐっ」
俺たちが別れた原因は……恵子は子供を庇って車に引かれて死亡したんだ。
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また会えないかと思って何回かこの公園に来てみたが、あれ以来、会うことはなかった。幻覚を見る事もなかった。ただあの時の会話やぬくもりは覚えている。
「俺は未だ天国というところは知らない。恵子は幸せに過ごしているか?」
俺は一歩ずつ人生を前に進もうと思った。彼女が現れたのは、俺を心配していたからだろう。いつまでも彼女を忘れない俺に対して、いや、というのは、そもそも俺の心が弱かったせいだ。胸を張って天国で再会したい。一緒に転生して、また幼馴染からやり直したい。
「恵子……死んでもお節介焼きなんだな……」
「次に会ったら離さないからな」
「あと、せっかく会えたのに言えなかった台詞を今……」
「いつまでも愛してるよ」
(うん……)
かすかに彼女の声がしたような気がした。
「うん、私も……」と言えなかった恵子。メガネを外している。↓