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「雨降ってたから明日にしようかと思ったんだけどそういう訳にも行かなくて!」
ずぶ濡れの理来に桜牙はバスタオルを渡す。
「そのままだと風邪を引いてしまう。シャワーだけでも浴びてこい。着替えは貸してやる。」
「ありがとう!桜牙さん!」
理来が僕の横を通ってお風呂場へ向かうときにお互いの肩が軽く触れた。
『もう見てられないの…お願い、なんでもいいから息子を助けてください…。』
『うぅ…。』
一瞬だけ窶れた女性と全身包帯で巻かれている少年の姿が見えた。
全身が呪いで蝕まれているように見えた。
もう残された時間は少ないだろう。
着替え終わった理来から詳しく話を聞いて隠し神との対面に備えないといけない。
たとえ、自分の死期を早めたとしても。
婆ちゃんに変わって僕がやらないといけない。
強く拳を握る。
「キュゥ!」
僕の思いに反応するかのように肩にいるハクが鳴いた。
「…ありがとう。」
狐の鳴き声にしては変な声だ。
けど、その鳴き声に一人じゃないと背中を押された気がした。
「予想以上に時間がないようだな。理来が来る前に渡すものがあるついてこい。」
桜牙に言われて奥の部屋についていく。
襖を開けるとそこには大きな祭壇のようなものがあった。
「ここは?」
「今はまだ知らなくていい。お前にこれを渡しておく。」
祭壇の前においてある三方をこちらへ持ってくる。
「もともとはお前たちのものだからな。確かに返したぞ。」
三方にのっている懐剣を手に取ると身体が軽くなったように感じた。
「なんだか身体が軽くなった気がする。」
「神菊家の昔からの守刀だからな。きっと血縁をお前から感じたんだろう。」
ドクン、ドクンと脈動を感じる。
まるで生きているようだ。
「持っていけ。怪異と対峙したとき戦えるものがあったほうがいいだろう。元凶が誰であれ情けはかけるなよ。」
「わかってる。」
桜牙は何も言わず居間へ歩いていく。
ふと祭壇へ視線を向けると祀られている御神鏡に自分と姿と隣に立つ和服の女性が悲しそうな表情で鏡越しに僕を見つめていた。
「澪月!」
理来の声にはっとするともう鏡には誰も写っていなかった。
あの女性は何だったんだろう。
ここに入れるということは悪いものではなさそうだが…。
「すぐ行く!」
襖を抜けるときにふわりと白檀の香りを感じた。
部屋に戻ると理来と桜牙がすでに話を進めていた。
「桜牙さんが言ったとおり紫苑くんの容態はかなり悪かった…。それに奥さんたちもやつれてて緑川家の人たちが呪われているみたいだった!」
「ほぅ。予想通りだな。それであいつには会えたか?」
理来の隣に座って桜牙たちの話を聞く。
「それがさ。明日の10時にこの裏山に来てほしいって。」
理来が机に置いたのは少し汚れた写真。
「これ、公園の裏山か。」
嫌な予感に全身の血の気が引く。
「ここに愁生くんが…。」
思わず心で思っていたことが口から出てしまった。
「事件の真相を話す気があるならその可能性もあるな。」
「こんなこと言ったら不謹慎なことはわかるけど、あの呪いは当然の報いだよな。」
理来は複雑そうな表情で言う。
「その気持ちも分かるが今は氷川親子を助けるために真実を探すのが懸命だ。」
桜牙は理来の頭に手を置き、言い聞かせるように言葉を繋ぐ。
「わかってるよ。でもあの子供の姿をみても俺は可哀想なんて思わなかった。昔言われた言葉やされてきた過去は消えないんだ。」
理来の気持ちもわかる。
それでも。
「過去は消えない。それでも前に進めるように香織さんと愁生くんを苦しみから解放するんだ。ただそれだけだ。」
緑川家の呪いなんてどうでもいい。
目を閉じればあの時見た光景を思い出せる。
誰かによって終わらせられた魂をこれ以上穢されないように。
「明日、裏山で真相を話してもらおう。理来は紬に伝えてくれ。」
「わかった。桜牙さんは?」
「澪月は明日で決着をつけるつもりだろう?俺も付き添う。」
こいつは本当に何でもお見通しだな。
「あぁ。明日は桔梗公園で隠し神の探しものを返そう。」
激しかった雨の音がいつの間にか静かになっている。
「話し込んでたらもう雨が弱くなった!!俺、そろそろ帰るよ!桜牙さん、澪月ありがとな!また明日!」
桜牙の服を着たまま理来は外へ駆け出していった。
「あいつは本当に人間なのか分からなくなるな。」
「思いついたら行動が先だからな。理来の良いところだよ。」
ゆっくりと僕が立ち上がると桜牙も立ち上がった。
「お前も帰るのか?」
「行きたいところがあるから。このぐらいの雨なら大丈夫だろ?ハクもいるし。」
心配そうに見つめてくる狐に懐剣を見せる。
「気をつけろよ。雨が降っているうちはたちの悪いのが多い。」
「わかってる。明日は理来と紬のことを頼む。」
ハクを肩にのせて玄関から外へ出る。




