⑨
『もしも、私が死んだら。この子を自分の子供にして育ててほしいの。どうか一生のお願いを聞いてくれる?』
『死ぬなんて言わないで!きっと貴方達は幸せになれるから!』
白黒の世界で女性二人が話している。
お互いの手を握りながら泣いている。
なんで泣いているんだろ?
『やっぱり、私は望みすぎてしまったようね。奴らが近くまできてる。春、この子を連れて逃げて。貴方だけは巻き込みたくない。』
『三人で一緒に逃げよう!!』
『それはできない。あの人たちの狙いは私の力。春達は逃げて。』
布団から身体を起こして言う女は春に赤子を手渡す。
『嫌よ!あなたを置いてはいけない!ずっと一緒に生きるって言ったじゃない!!』
赤子を受け取りながは春は泣きながら言う。
『その子がいる限り私達はずっと一緒よ。春、お願い。』
顔色の悪い女性は凛とした眼差しで春を見つめる。
『ここにあいつが隠れてるはずだ!!見つけ出せ!!!』
男たちの怒声が無数に聞こえてくる。
『ずっと、ずっと私待っているから。』
『ありがとうね。』
春は女性の背後にある掛け軸を動かして壁の中へ消えていった。
『最後にあの人に会いたかった。けれど、私が人間として死ねるのならそれは嬉しいことだ。』
乱暴に開け放たれた障子。
そこから差し込む月明かりはどこか儚く美しい。
女性は微笑みながら月に手を伸ばす。
この先自分がどうなるのかをわかっているようだった。
『私は幸せだった。何も思い残すことはない。』
消えていく景色の中、誰かの思いが頭に響く。
暗闇の中で優しい雨音が意識を覚醒させる。
目を開けると桜牙が茶を飲んでいた。
「お前…。なんで泣いてるんだ?」
桜牙に言われて目元を触れると濡れている。
「わからない。なにか夢を…見てた気がする。」
「ほぅ。隠し神に近づいたから色々影響を受けているのかもしれないな。お前と紬は他の人間より感受性が豊かだからもろに受け取りやすい。気をつけろ。」
そう言いながら緑茶を注いでくれる。
「今日はずっと雨が降っているそうだ。晴れるまではここにいろ。外に絶対出るなよ。」
「どうして雨の日は外に出たら駄目なんだ?」
「あいつらが強くなるからだな。」
縁側を見ると無数の幽霊や妖怪がこちらを見ている。
「雨は昔から穢れを強くする効果がある。霊力があったとしてもこんな量相手にするほうが馬鹿みたいだろ?」
桜牙はそう言うと雨戸を閉める。
「家に入ってくることはないから安心しろ。」
「雨にそんな効果があったなんて今まで知らなかったぞ。」
「そうだろうな。尊に守られていればあんな奴ら関係ないからな。」
理来と紬は大丈夫なのだろうか。
「紬は家を出ない限りは大丈夫だろう。理来はそもそもあの類には影響されないから雨の中でも関係ないな。」
桜牙は笑いながら言う。
「狐のくせにどうしてそんなに親切なんだよ。」
「ははははっ!幼い頃の尊と同じことを言うんだな!最初にも言ったが俺は人間が好きなんだよ。」
軽口をいうと桜牙に乱暴に頭を撫でられる。
「何するんだよ!」
「安心しろ。もしものときは必ず守ってやる。だから、お前のやるべきことをやればいい。」
僕のやるべきこと_____。
それは愁生くんとの約束。
「隠し神を眠らせよう。」
恨み、憎しみ、悲しみを感じないように安らぎを。
「お前たちは優しいな。」
今度は優しく頭を撫でられる。
すると小さな狐がちょこんと僕の膝の上にのった。
「ほぅ。管狐が俺以外に懐くなんて珍しいな。」
くりくりと大きな瞳はとても可愛い。
桜牙の言葉に首を傾げながら僕の肩に飛び移る。
「澪月。この管狐に名前をつけてやれ。」
「名前?」
真っ白な毛並みに小さな身体。
「君の名前はハクだよ。」
名前を伝えると真っ白な毛並みに青い模様が浮かび上がった。
「これでハクはお前の仲間になったぞ。」
「仲間!?どういうことだよ!?」
突然のことに頭がついていかない。
ハクは嬉しそうに首や擦り寄って来る。
「お前が名付けたからお前に懐くに決まっている。なにか困ったことがあったら言えば助けてくれるぞ。」
管狐は便利だぞ。と特技げに桜牙が言う。
その時だった桜牙の家の玄関が雑に開けられる音がした。
「桜牙さん!!!澪月いる!?!?」
桜牙といっしょに玄関にいくとそこには全身濡れている理来が立っていた。




