⑦
氷川家は昔ながらの日本家屋で外からは中が見えないように雨戸が閉まっていた。
家の中に手がかりがあればきっと助けられるだろう。
玄関の鍵を使って家の中へ入る。
「どうなってるんだこれ…。」
玄関からでもわかるほど室内はめちゃくちゃに荒らされている。
事件後に誰かがこの家に立ち入ったのだろう。
「お邪魔します。」
靴のまま部屋の中へ入る。
雨戸が閉まっているため部屋の中は薄暗い。
家具は倒され、箪笥などは中身が引き出されている。
強盗でも入ったのか?
慎重に室内を探索していると何か物が落ちる音がした。
大きな音に驚き振り返る。
音の方へ行くとどこから現れたのか日記帳が落ちていた。
「これは…。」
日記帳を見てみると香織さんが生前に書いていたもののようだ。
✗月✗日
夫が死んだ。
私と愁生をおいて。
これからどうすればいいんだろう。
私だけで育てていけるのだろうか。
✗日
清お爺さんが愁生の面倒を見てくれると言ってくれた。
感謝してもしきれない。
夜も仕事を頑張って愁生を育てていかないと。
✗日
学校から帰ってきた愁生の顔がいつもと違っていた。
清お爺さんがいうには学校で何かあったみたい。
詳しい内容は教えてはくれなかった。
一緒にいる時間が少なくて私には言いにくいのかな。
✗日
愁生の身体にあざのようなものが日に日に増えている気がする。ただの遊びで毎日増えるわけがない。
先生に聞いてみよう。
✗日
先生に聞いても子供の遊びだからと言われた。
そんなわけない。
そんなに緑川家が怖いのか。
すれ違ったときの嘲笑っているような紫苑くんの顔が忘れられない。
許せない。
✗月✗日
清お爺さんに言われてたまには愁生と公園に遊びに行くことにした。
そのことを愁生に話したら久々に笑顔が見れた気がする!
たくさんたくさん遊ぼう!
嫌なことなんて忘れてしまうぐらいに!
『見つけて。お願い。』
日記帳に夢中になっていて目の前の気配に気づかなかった。
顔を上げると男の子が立っていた。
「待って!君は愁生くん?」
『見つけて。お兄ちゃん。ママを助けて。』
泣きそうな声で懇願するような言い方。
愁生くんらしき男の子はそれだけを言い残して消えていってしまった。
日記を鞄に入れて2階へ上がろうと居間から出ようとしたときだった。
玄関から無数の人の気配を感じた。
まずい。
誰かにこの事件のことを調べてることを知られたらいけない気がする。
慌てて居間の押入れに身を隠す。
襖を閉めたのと同時に乱暴に玄関が開かれる音が聞こえた。
「誰かいるんか!!!」
「家に逃げてきたのは分かってる!!でてこい!!」
男達の怒声に緊張で心拍数が上がる。
なんでここに僕がいることが分かったんだ?
爺さんが町のやつに言うことはないはずだ。
「どこに隠れやがった!?」
足音が近づいてくる。
バレたらどうなる。
息が苦しい。
ふと、横に視線を移すと隣に震える愁生くんがいた。
『やめて。助けて。ママ…』
また過去を見てるのか?
愁生くんに触れようと手を伸ばしたときに襖が勢い良く開け放たれた。
『見つけたぞ!!!!』
思い切り腕を捕まれ居間へ投げ出される。
「くっ!」
『お前に恨みはないが口封じのためだ。』
5人中4人の男は手に鉈や鎌など刃物を持っている。
そして1人だけ大きなリュックを背負った男もいる。
振り上げられた鎌を反射的に避けて2階へ駆け上がる。
階段を駆け上がって右側にあった部屋に入った。
噎せかえるような血の匂い。
床や壁に血液の跡が大量にある。
「嘘だろ?」
血液の匂いに頭が痛い。
『痛い、痛い、痛い、痛い!!はなしてよ!!』
『手足をしっかり持ってろよ。』
『ケースの準備はできてる。やれ。』
マスクをした男の手にはメスのようなものが握られていた。
これから先に行われることが予想できたのに目が反らせない。
愁生くんの金切り声が頭の中に響く。
飛び散る血液に身体が震える。
『やっぱり若い臓器はきれいだな。高く売れそうだ。』
生々しい色の臓物をマスクの男は丁寧にケースへ移していく。
『おか…さ…。』
こんな惨すぎる。
男たちの笑い声と血の匂いに耐えきれずその場で嘔吐した。
「おぇっ…。うぅ…。」
呼吸を整えたいのにうまくいかない。
縺れる足を必死に動かして部屋の外へ出た時誰かに背中を押され階段から無防備に落ちる。
突然の出来事で受け身も取れずに床に叩きつけられ、大きな衝撃に耐えられずそのまま目を閉じた。




