①
高校3年生の夏___。
毎年のように祖母の家で変わりない夏休みを過ごすと思っていた。
憎いほど澄み切った空。セミの鳴き声。
きっと僕達はこの町で起きた出来事を忘れることはないだろう。
それは偶然のようで必然的な出会いだった。
受験勉強の息抜きに舗装されていない道をゆっくりと歩く。
懐かしい町並みにまたここに来られたと安心する。
暑い日差しにセミの声。
これが僕にとっての夏の始まり。
自分には都会の雰囲気や空気は合わず、息苦しい日々を送っていたため澄んだ空気に感動を覚える。
ただでさえ、僕の将来を心配して両親は進路について口うるさい。
良い大学へ行けるようにと毎日毎日色々言われ、親の敷いたレールを走るのは疲れてしまった。
「はぁ…。」
せっかく気分転換に散歩をしているのに嫌なことを思い出してしまった。
木漏れ日とともに蝉の声が響き渡る。
いつの間にか林の方へ来ていたらしい。
ふと、視線を上げると石段の上に懐かしい神社がめに入った。
ゆっくりと石段を登ると古く寂れた神社。
その赤い鳥居の前に立っている和服の女性がいた。
「こんにちは。こんなところに人が来るなんて珍しい。」
にこりと微笑む姿はとても美しい。
「私は人を待っているの。」
こんなに暑い日に外で待ち合わせなんてどうかしてる。
日差しを手で遮りながら彼女を見つめる。
「暑いのに大変だね。せめて涼しいところで待ち合わせをしたらいいのに。」
「そう言われてみればそうね。私は桜月というの。あなたの名は?」
彼女が名を名乗ると木々が揺れ始め生暖かい風が吹き抜けた。
「九十九。」
「珍しいけどいい名前ね。なんだか貴方とは仲良くなれそう。」
どこの家の人なんだろう。
幼少期から彼女を見たことがない。
「最近引っ越してきたの?今まで桜月の事みたことないけど。」
「私もあなたのこと初めて見たわ。あなたはどうしてここに?」
僕の質問には答えず、桜月は逆に問を投げかけてきた。
「勉強に飽きたから散歩してたんだ。夏の間はここにはよく来る方だと思うよ。」
夏が終われば都会へ戻らなければいけない。
やりたいこともないのに勉強漬けの毎日に嫌気が差す。
「夏が終わったらどこかへ行ってしまうの?」
「元々家は都会の方なんだ。夏休みの間だけ婆ちゃんの家に遊びに来てるだけ。」
「そうなのね。なら夏の間暇なときは私の話し相手になってくれない?」
「待ち合わせをしているんじゃないの?」
一言返すと桜月は顔を引き攣らせ、下を向いた。
「私が勝手に待っているだけだから…。」
消え入りそうな声でぼそりと呟く。
「わかったよ。暇なときは桜月に会いに来るよ。」
今にも消えてしまいそうな雰囲気に断ることができなかった。
「ありがとう!九十九!」
無邪気な笑顔に少し安堵する。
それから、都会の事や学校であった出来事など桜月に話した。
初対面なのにとても話しやすくあまり会話が得意じゃないのに言葉がすらすらと口から溢れる。
日が傾きオレンジ色の明かりが差し込む。
「もう日が暮れるね。そろそろ帰らないと婆ちゃんが心配するから。」
座っていた石段から腰を上げる。
「そうね。とても楽しかったわ。帰り道気をつけてね。」
じゃあまたね。
桜月に軽く手を降ると彼女は微笑みながら僕を送り出してくれた。