別視点-part.佐神東一郎-
私の名前は佐神東一郎。少し前までは小さな会社の社長としてそこそこ働いていたのだが…妻との喧嘩後、何もかもうまくいかなくなり会社は倒産。
小さな会社なのに、必死に働いてくれた従業員たちとの決定的な確執を残し私は莫大な借金を背負った。
妻にも愛想をつかれ、離婚され、更には娘の親権までも取られてしまった。社長として働いているならまだしも、今の私は莫大な借金を背負った30代後半…年齢的にはまだまだ働けるかもしれないが、世間一般から考えれば相当厳しいとしか言いようがないだろう。
莫大な借金を背負っているということは、心のなかで理解していてもやはり納得はいかないものだ。
事業を始め、うまく行っている時にはたくさんの収入を得ることができ家族からも頼りにされる。だが、1度失敗し落ちぶれれば家族からは見捨てられる。こんなことがあっても良いのだろうか?
そんな風に心のなかで自問自答しながら、私は日が落ち、あたり一面が暗くなっている街中でひとり歩いていた。
そうして俺は、残っているお金を使い酒を買って道の端で酒を飲みながら横たわっていた。
「あ〜なんなんだよこの世界は!ふざけんなぁ!」
酒を煽りながら、路地裏の壁を伝いながら歩き続けた。そうして俺はフラフラとしながらも歩き続けた。
そして俺がたどり着いたのは、ダンジョンの前だった。もう失うものもない。俺が死んでも誰も悲しむ人はいない。
「ならダンジョンの中に入って、死んでやろうじゃないか。この酒を最後に飲みきってから死のう。」
とはいえ最後に購入したこのお酒は、比較的度数が高いようで予想以上に酔ってしまった。強烈な眠気もあり、俺は酒を全て飲み切る前に眠りに落ちてしまった。
翌日…俺は酔いも冷めないまま再び目を覚ました。
ダンジョンの中で眠ったのにもかかわらず、奇跡的にモンスターに襲われ無かったのだ。
少しの幸せを噛み締めながら再び酒をあおり始めたが残り半分ほども残っている。
そうしてそれを一気に飲もうとした時、急に話しかけられた。
「ちょっと!あんた何やってんの!それお酒だよね?」
おそらく中学生…いや高校生ほどの年齢であろう少女が俺に向けて厳しい目を向けながら怒鳴ってきた。
唐突に怒られたことと、お酒で酔っていたこともあって俺も大きな声を上げて威嚇するように怒鳴った。
「ああそうだよ!だから何だ!俺の自由だ!」
「いやいや!ここはダンジョンの中だから!法律でダンジョン内での飲酒は禁止されているでしょ。お酒は体に良くないし辞めなよ。」
「別に構わないさ!それよりも俺なんかに気にせずにどこかにいけ」
「いいやそれはできないね。目の前で自ら死のうとしている人間がいるのを見捨てることなんてできないからね。」
「はっ!知ったようなことを言いやがって!お前には俺の事情なんて知りやしないだろ!さっさと去れ!さもなければ…」
俺はご信用として常日頃から持ち歩いていた小型ナイフを取り出した。もちろん相手を殺すつもりなんて一切ないし、そもそも傷つけようとも思わない。
酒によっている俺だって、ある程度の自制はできる。それに…この子は女の子だ。女の子のことを傷つけるようなことはしない。
「はぁ…流石に武器を出されると私も困っちゃうなぁ…」
「ふん!早くここから去れ。」
「しょうがないか…じゃあおじさん。どうしてこんなところでお酒を飲んでいるのかはしらないし、辛いことがあったのかもしれないけどさ。流石に見過ごすことはできないから一時的に制圧させてもらうね。」
そういうと少女は俺にものすごい速度で近づいてくると、俺のナイフを持っている手首を掴んだ。
「グッ!くそっ!」
「ふぅ…ん?」
目の前の少女が振り返った。振り返った先を見ると、男がひとり立っていた。
若干おぼろげな意識の中、少女と男はなにか言葉をかわしているようだった。そうして男と少女が頷くと、男は俺のことを取り押さえてきた。
そのまま俺はお酒の酔いと、眠気からすぐに意識を手放してしまった。
そうして次に俺が起きたときには男が俺の肩を担いでダンジョンの外を目指して歩いているときだった。男からもいくつか質問されたが、男は優しい人のようで、こんな身なりの俺にも優しくしてくれた。。
ダンジョンの中で酒を飲むことは一応犯罪なので、警察には捕まるだろう。だけど捕まって刑務所に行ったとしても、次にあの男の人にあった時用に、俺もできることからはじめてみよう。
最寄りの警察署に連れられた後、俺は予想外にも刑務所に入れられなかった。
なんでもあの男の人が、俺の刑が軽くなるように嘆願してくれたらしい。ますます俺はあの人の手助けをしたいと思うようになった。
少し酔っていてもちゃんと顔は覚えている。それに警察官からも名前を聞くことが出来た。
「真様。この恩は必ず返します…この命に変えてもしっかりと返させていただきます。」
俺はそう口にして、自分のするべきことを始めることにした。




