あの子のために、自分のために
「…とまぁ色々とあったけど、そろそろ気分を切り替えてこうか!装備のレンタル代のためにも頑張らないとやばいし!」
俺はダンジョンの中でカメラに向けてそう話しかけた。
先程までの出来事を軽くまとめて説明した後、再びダンジョンの中に戻ったのだ。
ルゼルは少しお疲れのようで、今は俺の肩の上で眠っている。
不安定な体勢なため、こっちが不安になっているのは秘密だ。
俺はルゼルを地面におろした後、自分ひとりで戦える範囲のモンスターと戦い始めた。
「はッ!」
俺が振り下ろした剣は、いとも簡単に受け止められてしまう。
しかしこれは想定済みだ。防御するために剣を上に構えているゴブリンに思いっきり蹴りをかましてやった。
「グギャッ…グッグッ」
コメント欄
・なんか探索初心者って感じがしていいわ〜
・ルゼルの事を見た後だと見劣りするな。こりゃいつか見捨てられるわ
・ひっでー剣術。もっと頑張れや
「俺が強くならないと、言うこと聞いてもらえなくなる可能性ある?」
・さぁ?前例がないしなぁ…
・某ポケ◯ンでもそんな感じの話があったような希ガス。まぁそれとは少し違うけどさ。トレーナーの言うこときかなくなるってことはあるんじゃね?
・悲しい話、全然あり得るよ。
俺はそのコメントを見てから、剣を思いっきり握り締めた。
俺にはダンジョンに挑んでいくのに必要な絶対的な才能が足りない。
もちろん学生時代にもダンジョンに挑戦してきた経験から、モンスターに関する知識については豊富にある。
でも知識があったとしても、それを活かすだけの力がなければそれは意味をなさない。
あの日拾った卵から生まれてきたルゼルは、生まれてから一週間も経たないというのに俺のことを軽々と追い抜いていった。
今はまだ成長途中だから言うことを聞いてくれているのかもしれない。
時間が経てば、俺のことを見限ってどこかへ行こうとするかもしれない。
俺はあの子のためにも成長しなければいけないのだ。
親として子を守ることができるくらい強くなければ、これからあの子と一緒にいることが難しくなってしまうかもしれない。
「ハァッ!」
剣の持ち手に力を込めて、振り抜く。
学生の時のようにうまく体を動かすことはできないが、それでも体は覚えている。
「グググググゥゥゥ!」
ゴブリンは俺の剣を受け止めながら、必死に反撃の機会を伺っている。
ゴブリンもまた生物だ。
このダンジョンの中では最弱の存在として生まれ、探索者たちからも疎まれている。単騎ではほとんどの生物に勝てず、寄り集まって初めて戦えるような生物だ。
だがそれでも生きているのだ。
生きるため、襲いかかってくる敵を殺し自分の糧とする。そして明日を生きるため、俺のことを殺そうと必死になっているのだ。
だが俺だって死ぬつもりは毛頭ない。
「砕け散れ!」
拮抗させていた力を一気に強め、ゴブリンの持っていた剣を粉砕した。
そしてその力のままにゴブリンの体を真っ二つにした。
「はぁ…はぁ…この程度でこんなにへばるなんて情けないな。」
・おめでとー
・大丈夫だよ。部屋でぬくぬくと遊んでる俺等に比べればマシさ。
・たかがゴブリンごときで死ぬ気か?もっとスマートに倒せよ。
「わかってるって。あらためて目標がはっきりしたよ。俺の今の目標は…あのこの側にずっといられるくらい強くなることだ。」
俺はそう語った後、眼の前に落ちていたドロップアイテムを拾い上げ回収した。
俺がふとルゼルがいた場所に眼を向けると、眠そうにまぶたを前足でこすっているルゼルの姿があった。
ルゼルはその場に立ち上がった後、俺の直ぐ側にやってきて足首に首をなすりつけてきた。
「あぁ…かわいいなぁ…可愛すぎる…尊いわぁ…」
・お前の気持ち…すごく分かるよ
・グハッ( ゜∀゜)・∵. グハッ!!
・血m9(^^)プシャー
ルゼルはその後も俺の足の間をくるくると回ったりして、とても愛くるしい姿を見せてくれた。
「お前のことちゃんと守ってやるからな!お前の親は俺しかいないんだから。」
いつか別れが来るとしてもそれは幸せな形で訪れてほしい…そう願うばかりだ。
そして数分が経ち、俺達はひとつ下の下層へと向かうことにした。
「よし!もう一つ下の階層に向かいます。ルゼル行くよ。」
俺はルゼルを連れてひとつ下の階層へと降りていた。
そこは先程のジメジメとした洞窟のような雰囲気とはまるで違って、青々とした葉が生い茂る密林のような場所になっていた。
視界がとても悪く、どこから奇襲されてもおかしくない。
最新の注意を払いながら進むべきだろう。
「ふぅ…それじゃあ行こうか!」
俺とルゼルは一緒に森の中を歩き始めたが…ジメジメしているせいか、とても動きづらい。
「いやぁ…暑いなぁ…ルゼルもあまり元気なさそうだし…」
・可哀想に…俺が冷やしてあげたいグフフ
・↑きめぇ…w
・草




