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短編

寝起きが怖い

作者: 宙色紅葉

 私は別に朝は怖くない。


 面倒なことも多いし、人だって好きではないから翌日が億劫な事はよくある。


 けれど特別怖くないし、さほど忌避するものでもない。


 明日が来なければ、なんてことは基本的に思わないし、朝日は好きだ。


 早起きできた日にはむしろ積極的に浴びて、頑張って起床した者の特権なのだと一人でニヤついている。


 私が嫌いなのは、やけに気分の沈んだ深夜とその翌朝の寝起きだ。


 寝る直前、モヤモヤと嫌な事や不安な事を考えていると眠れなくなり、胸に嫌なモヤが溜まって激しい焦燥感に襲われることがある。


 今すぐ何かが崩壊するような、消えてしまうような、いてもたってもいられなくなるようなあの感じが酷く嫌いだ。


 けれど、もっと嫌なのは、そうやって頑張って眠った翌朝、あの嫌な焦燥感と恐怖を引き継いで起きることだ。


 バッと跳ね起きてからグルグルとした思考のまま布団に潜り込む。


 寝惚けと合体して混乱し、酷い時には少しの間動けなくなる。


 物語では悪夢に襲われた登場人物が起床後、酷く汗を掻いて溺れるように呼吸をしたり頭を抱えたりするが、それに近いのではないかと思う。


 そういう嫌な深夜と寝起きが訪れるのは、疲れやストレスが溜まっている時や生活のバランスが崩れた時、季節の変わり目や天候が悪い時だ。


 努力して防げる時もあるが、どうしてもそれが通用しないこともある。


 そういう夜はギュッと目を閉じて毛布の塊に抱き着き、眠れる瞬間まで大人しく震えているしかない。


 寝起きの方は跳ね起きてガッと水を飲んでから、とにかく何かしなければ、と突拍子もなくネットショッピングしそうになる己をスマートフォンから遠ざけ、五分か十分ほど膝を抱えていれば、いずれ落ち着く。


 その後で太陽の光を浴びれば、ほとんど完全に復活することができる。


 一応の対応策らしきものはあるし、チキンで面倒くさがりな私は、お酒やお薬に頼って夜を乗り越える気になれないから、社会や自分の健康に何か悪影響を及ぼすわけではない。


 だが、そんな風に過ごすのは仮に一瞬であろうとなかなか苦痛で、嫌悪している。


 苦しい間、ずっと何かあったかいものに抱き着けたら、しがみつけたら、と考えてきた。


 こんな風に過ごしていた名残があり、今もまだ嫌な深夜と寝起きを克服できていないからだろう。


 恋人と同棲してからの私は定期的に彼氏にしがみついて眠り、寝起きにも抱き着いて「もうちょっと引っ付いていたい」と呻くようになった。


 仮に恐怖に蝕まれても、彼にさえ抱き着けば自分でも驚くほど心が落ち着いて、彼こそが求めてきた癒しなんだと思った。


 幸い彼は優しい人で、私がベターっとくっついても、

「甘えん坊だな」

 と笑って抱き返してくれる。


 甘えん坊は甘えん坊だろう。


 辛い時、苦しい時、嫌な時、彼にベタベタと引っ付いて甘えている自覚はある。


 けれど、ただの甘えではないのだ。


 心に必要不可欠なものを補充して、サプリなんかよりもずっといい栄養を健康に摂取させてもらっている感じだ。


 まさしく癒しで、まさしく甘えだが、彼と触れ合う温かさは軽薄な言葉なんかでは語れない。


 どうしようもなく感覚的で、あたたかいとしか言いようがないのだから。


 これは多分、「彼」からしかもらえないのだろうから。


 こうやって、のんびりと優しい彼に癒されている私だが、あまり彼に何かを返せている自信は無い。


 私には彼のような甘い優しさはないし、家事がすごく得意で気が利くというわけでも無い。


 人並み以上に容姿が優れているというわけでも無ければ、金持ちでもないのだから。


 それでも、彼が私との生活を幸せに感じてくれていると嬉しい。


 私が彼の癒しになれたなら、それは、どうしようもなく幸せな事だ。


 だから私は、できるだけ彼に優しく接して、一生懸命に世話を焼いたり愛を言葉にして伝えたりしている。


 プレゼントは贈るし、食事もできるだけ好物で揃えてみたり、軽くマッサージしてみたりと可能な限り彼に癒しを与えられるよう、ひっそりと努力している。


 私は未熟な人間なので、そう完璧にはいかないが、それでも余裕がある時なんかには意図的にそうするよう心掛けている。


 片方が癒すだけの関係性は長続きしないかもしれないけれど、癒し合う関係性で、互いが互いを必要とできるのならば、きっと、その愛はほとんど永遠になるのだろうから。


 本当に、ずっと一緒にいられるのだろうから。


 私が彼に愛情をかけるのは、もちろん彼のことが好きだからだけれど、そこには、そんな打算的な想いもねじ込まれている。


 そういう私の努力は基本的に綺麗に見えるが、時々、果てしなく汚く見える。


 酷く狡く見えて、たまに嫌悪する。


 今夜は、そんな嫌な思考に取りつかれる夜だった。


 グルグルと脳みそを熱くし、ついでに目がしらも熱くしていると、眠りかけの彼が私の頭を撫でた。


 嬉しくなって条件反射のように彼に抱き着く。


 温かな体温と柔らかい匂いに嫌悪が溶け始めて、確かな安らぎが体に満ちた。


『ああ、おかげできっと、明日の寝起きも怖くない』


 私は寝ながら笑っていたのだと、翌朝、彼が教えてくれた。

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