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十一話『暗殺者』


 お花摘みと称して無事にお茶会からの脱走に成功した私はと言うと……


「まずい、完全に迷ったんじゃないかなこれ」


 右を向いても左を向いても見分けがつかない同じような廊下と扉が続いている。


「しかもなんで誰もいないのよぅ……」


 誰か王城に務める人がいれば助けを乞うことも出来たはずだけど、なぜか誰ともすれ違わない。


 トボトボと廊下の角を二つ曲がった廊下の先に人を見つけた私は勢いよく走り出した。


 やっと見つけた案内人を逃してたまるか!


 遠くに見える後ろ姿が二つにダブったような錯覚に陥り、驚いた私は咄嗟に通路に飾られていた大きな花瓶の陰に身を隠した。


 そう、なぜかわからないけど……ダブった片方……いや霞で輪郭がぼやけており黒く淀んだ霞ような物から恐ろしく嫌な感じがしたのだ。


 何かはわからないけど、本能的にわかるのはダブっているあれは良くないものだ。


 関わりたくはないけれど、そのままにしておくのは良くない気がするのだ。


 すくなくともこれまでこのような黒い何かを見たことはなかった。


 尾行して確認すればどうやらお仕着せを着ていることから侍女の一人だと分かる。


 キッチンワゴンのような物を押しており、ワゴンの上には複数の美味しそうな菓子が乗っていて誰かのところへと運ぶ途中なのだろう。


 問題は……それをどこに運ぶつもりなのか、よね……


 目を凝らすとワゴンの上にある菓子と運んでいる侍女のお仕着せのポケットが真っ黒だ。


 尾行を続けていると、先程まで私が参加していたお茶会の会場である庭園へと戻ってきた。


 無事戻れた事にホッと息を吐きつつも、侍女が向かう先を注視する。


 侍女はゆっくりと各テーブルを周って黒い霞が掛かっていないお菓子をサーブしていく。


 こうしてみると全く違和感がない。


 そのまま王族席……王妃殿下とエステル王女殿下は社交のため席を外され、今はアルノルフ王子殿下が高位貴族のご令嬢に囲まれているテーブルへと移動すると、何事もなかったかのようにコトリと問題の菓子を置いたのだ。


『あの子が私の目の前で、毒で亡くなることなく、大人となっていれば、私は貴方の元に嫁ぐことが出来たのに……』


 頭の中で『グラシアル英雄伝』で悲しげに告げるエステル王女殿下の声を思い出した。


 毒? エステル王女殿下が言っていたあの子が、アルノルフ王子殿下だったのなら彼の毒殺は……今日?


 にこやかに令嬢達の話に頷いているアルノルフ王子殿下の手が、問題の菓子へと伸びる。


「駄目っ……」


 それを食べちゃだめ!


 突然走り出した私に警備をしていた騎士達が動く。


 停めようと広げられた腕を掻い潜り驚きが隠せない様子のアルノルフ王子殿下に近寄ると、その手からお菓子を取り上げて、まだテーブルの近くに待機していた件の侍女へと差し出した。


「貴女が食べなさい?」


「リンドブルク公爵令嬢様、一体何ごとですか!?」


 後ろから肩を掴んできたのは先程私に「他所で育てられたそうですね」と言ってきた令嬢だ。


「さぁ、なにも問題なければ食べられますよね? なぜ震えているのかしら?」


 どうやらただ事ではない何かが起きているのだと理解したのか、騎士達が侍女が逃げられないように背後へ回る。


「アルノルフ殿下、そのテーブルの上にあるものは決して口にしてはいけません」


「誰か、直ぐに水を汲んできてアルノルフ殿下の手を洗ってください」


「かしこまりました!」


 騒ぎを聞きつけて王妃殿下が戻ってくると、エステル王女殿下とアルノルフ王子殿下の身の安全が確保される。


「グレタ、何があった!」


 どうやらテオドール様もこの騒ぎに気がついて駆け寄ってくる。


「テオドール様、この侍女を拘束してください……お仕着せの左のポケットを確認してほしいのです」


「わかった」


 いつもと様子が違う私に一瞬戸惑ったが、何か思い当たる物があったのかテオドール様が頷く。


「ちっ、失敗か」


 目の前の侍女が予想よりも低い声で小さく舌打ちすると、自分の背後を固めていた騎士の一人に、下から顎を突き上げるようにして攻撃を加えて昏倒させる。


 そのまま続けざまにもうふたり、蹴り技で昏倒させてしまった。


「なっ!?」


 テオドール様が侍女へ距離を詰めるが、相手も手練なのか紙一重で躱していく。


「しかし、よく気が付いたね、菓子の毒……無味無臭のはずなんだけどな」


「くっ、暗殺者か」


「御名答」


 テオドール様や護衛騎士を次々と翻弄しこちらへと逃げてくると、咄嗟に防御姿勢を取った私の頭にポンっと軽く触れる。


「あ~、リンドブルクか。 なら見破られても仕方ないか」


 私の首元を確認してツイっと痣を撫でると小声でそう告げた。


 その声は完全に男性の声で、侍女に変装していたのだとわかる。


「仕方ない、また遊ぼう小さなお嬢様?」


 ふぅ、と耳元に息を吹き掛けられて、ゾワゾワとした悪寒が走り、ぎゃぁと不覚にも淑女にあるまじき奇声を発してしまった。


「グレタ!」


 走ってきたテオドール様が私の腕を掴み、自らの胸に抱き寄せる。


「賊を逃がすな!」


 騎士達が命令に従い暗殺者を追っていくが、あれは逃げられるだろうな……


  

             

    

 

  

 


  

 

  

 


  

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