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悪党狩り  作者: 伊藤イクヒロ
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ムタロウの呪い①

「おはようございます!」


未だ日が出るか出ないかの薄明りの中、ムタロウとラフェールがブクロの南門に着くや否や、溌溂とした声が町に響いた。

声の主はクゥーリィーだった。

豪奢な赤い髪を束ね、肩・胸にヌマワニの皮でしつらえたガードが装着された旅人の服を着用し、腰には刃渡り20センチ程のナイフを下げていた。

これ以上なく準備万端な様子は、クゥーリィがこれから始まる旅に対する期待感を隠し切れない様子であった。


「遅刻はしなかったな。」


「はい!」


「コンジローには伝えたのか?旅に出る事を?」


ムタロウは少し意地悪な質問をした。


「いいえ、伝えていません。けど、私がこの町を出たことを知れば喜ぶと思います。そういう父なので。」


クゥーリィーは逡巡する様子もなくハッキリと言った。

ムタロウの旅について行くと声に出した時点で、彼女なりに区切りをつけたのだろうとムタロウは思った。

実の娘が家を出る事に対して父は喜ぶと言い切ってしまう親子関係にムタロウは暗い気持ちになった。


「そうか。じゃあ、行くか。」


ムタロウはクゥーリィー心のかさぶたを剝がすような質問をした事に居心地の悪さを感じ、無言で歩き続けていた。

クゥーリィもムタロウの心の動きを察し、黙って二人について行った。

一行は、道中遭遇した草原赤犬の群れとの交戦や昼食以外では会話もなくひたすら街道を南に進んでいた。


「あの、ムタロウさん…。」


日差しがオレンジ色の柔らかさを帯びてきた頃、おずおずとクゥーリィーは問いかけてきた。

辺境の田舎町とはいえ、箱入り娘として殆ど町の外に出た事がないクゥーリィーは初めこそ旅の始まりに気持ちが高揚していたが、変わり映えの無い街道の風景の連続による飽きと、歩き続けている事による肉体的疲労、草原赤犬との交戦による精神的疲労で目の下にクマが出来ていた。


「ムタロウでいい。」


ムタロウにそう言われ、クゥーリィーの顔はぱあっと明るくなった。

その表情の変化、心の動きの現れは子犬の様であった。

ムタロウはそれを見てとても好ましく思った。


「あ、それでは、ムタロウ。今はどこに向かっているのですか?」


コンジローから50万ニペスの報酬受取りの約束を交わした時点でムタロウは次の目的地を決めていた。(ラフェールにも相談済だった)

クゥーリィーの加入は急な話であり、クゥーリィー救出前に決まっていた為、クゥーリィーに目的地を伝える事を失念していた。

ああ、そうだったなと思い、ムタロウは口を開いた。


「ここから南東にあるイーブクロの町を目指す。」


「高原野菜やポーションで有名なあの町ですか?」


「そうだ。」


はやーという表情をクゥーリィーは見せる。

イーブクロはブクロから南東に横たわっているナマナカ峠を越えたナマナカ盆地に所在する町である。

標高1200メートル程の高地に位置しており、人口は4500人ほど。

一次産業が主産業でありターレスという葉物野菜を主品目としている。

高原気候の冷涼な気候を生かし、野菜が不足する夏場に高原野菜として王都や周辺都市に出荷をしている為、イーブクロのターレスは王都では高級野菜として知られていた。


また、イーブクロ南東には3000メートルの級の山々が連なる南カマグラ山脈が走っているが、この山々に冬の間降った雪を源とした伏流水がナメコンドでは名水として知られており、この水を利用したポーションの製造が盛んであった。

このため、ナメコンド中の商売人がイーブクロの薬を求めひっきりなしに来訪しており、山間部の辺境の町にも関わらず、町は栄えていた。


「しかし、どうしてイーブクロなのですか?」


クゥーリィーは質問を続けた。


「それはのぅ、ムタロウの呪いを解くカギを探すためじゃ。」


ラフェールが二人の会話に割って入ってきた。

自分の存在を無視されていた事をもどかしく思い、会話に割り込むタイミングを伺っていたのであった。


「呪い?ムタロウさ・・・ムタロウは呪いが掛けられているのですか!?」


クゥーリィーはまたとても驚いた表情を作りムタロウに質問する。

本当に表情がころころ変わる娘だとムタロウは思った。


「この世界では呪いと言われているが、俺に言わせれば単なる病気だ。俺はこの病気を治してくれる転移者を探している。」


ムタロウは表情を引き締めて重々しく語った。


「転移者…ですか。なぜ転移者なのですか?解呪師を必要としない病気ならば、医師なのでしょうが、医師はどの町にもいますよ。」


この世界、病気と呪いの境界は曖昧で、薬草・ポーション等の薬で治る症例は病気で、これらの手段で治らない症例は呪いという認識であった。

飽くまでも大雑把な括りであり厳密に区分すると説明が複雑になるのであるが。


「残念ながらこの世界の医師では俺の病気は治せない。俺の世界から転移してきた医師でなければ俺の病気は治らない。」


転移者でなければなぜムタロウの病気が治らないのか。

治らない病気はすなわち呪いなのではないか?

ムタロウに掛けられた呪い…いや、病気はどういったものなのか?

そもそもの話、ムタロウは転移者だったのか。

クゥーリィーはムタロウの断片的な説明を聞いて混乱した。


「ひひ、大層な物言いをしているが、そんな偉そうに言う話じゃないぞ、クゥーリィー。こいつの呪いは自業自得じゃ。みっともないことを自覚しているからこそ分かりにくく言ってるだけじゃ。」


混乱している様子のクゥーリィーを見て、ラフェールが口を出す。


「ラフェール、余計なことを言うな。」


少し慌てた様子でムタロウが釘を刺す。

ラフェールは、はいはい…といった顔をして言葉を止めた。


「???」


クゥーリィーはきょとんとしている。

ラフェールは、おかしくて仕方ないという表情をしている。

ムタロウは、これ以上余計な事を言うなと目でラフェールを睨んでいる。


「自業自得って、何をして何の呪いに掛かってしまったのですか?」


悪意のない質問というのは、時に人を窮地に陥らせる。

ムタロウは、クゥーリィーの追撃に対する答えに窮した。

ラフェールは笑いを堪えている。


「時が来たら話す。それよりそろそろ日が暮れる。野営の準備をしよう。この辺りは比較的魔物が

 少ないとはいえゼロではない。野営地の選定の為の確認、火の準備等、やる事は沢山ある。

 それに、お前はメシ係だろう。余計な詮索はしないでやるべきことをやれ。」


「は、はい・・・・。」


誤魔化したな。とクゥーリィーは思った。

ラフェールの茶化した物言いを聞いていると、ムタロウの言う病気だか呪いか知らないが、恐らくは、しょうがない理由なのだろう…と思ったが、命の恩人に対して何と失礼な事をと自省し、かぶりを振るのであった。







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