疑念
戦闘が始まった。
二匹の灰竜は二人を迎え撃つ形で、5メートル程の間隔をあけて横一列に陣形を取っていた。
竜族の中で最も知性に乏しい灰竜が意図して陣形を取った様に見えた事にムタロウは違和感を持った。
「左をお願いします!右は私が止めます!」
女剣士は、走りながら魔剣を振った。
電蟲の刃が女剣士と灰竜の間にひびを入れるが如く、不規則な線を描きながら灰竜に襲い掛かった。。
不規則な線が灰竜に触れた途端、灰竜は痙攣をおこし「ゲゲゲ」と喉から不気味な声を漏らしていた。
「(えげつない攻撃だな。対人戦に極めて有効だ)」
ムタロウは左に位置する灰竜に向けて駆けながら、女騎士の攻撃手法について考えていた。
生物には微弱な電気が流れており、この電気によって筋肉を刺激して稼働させる。
この特性を利用して電蟲を自らの身体に流し、強制的に身体動作を早める技術が、以前ヌル族が使った電光と呼ばれる体術と魔術の掛けあわせ技であるが、女剣士が行ったそれは相手に対して多量に電蟲を流し、対象の筋肉を硬直させ動きを止めるものであった。
戦闘時に身体が麻痺するという事は、ただちに死に直結する極めて由々しき事態であり、女剣士と対峙している灰竜の命は残り僅かといってよかった。
そこまで考えを巡らせたムタロウは、左に位置する灰竜に意識を切替え、灰竜に切りかかった。
「おおおおおおぉぉ」
気合一閃。
下段から左斜め上に振り上げる形で剣を振った。
が、灰竜は剣先が灰竜の頸筋1センチの距離感で避け、避けた勢いも借りて右に跳んでいた。
「(避けられた?)」
ムタロウは灰竜がムタロウの剣筋を見切って避けた事に驚愕した。
たまたま避けたのではなく、明らかに見切った事に対してであった。
右に跳んだ灰竜は、そのままくるりと回転しながら尻尾を身体に巻き付ける様にしならせて、ぶるんと
尻尾を振り回した。
ごつ・・・
質量のある物体が、人間の身体に当たった鈍い音がムタロウの右耳に飛び込んだ。
思わずムタロウは音が発生した方向に視線を向けた。
その先には女剣士が居る筈だった。
女剣士は、対峙している筈の灰竜から右方向に3メートル程の位置で倒れていた。
女剣士と対峙していた灰竜は、女剣士の電魔剣の一振りで硬直状態に陥り、無力化されていた。
あとは至近距離まで接近して首を斬り落とすのみだった。
女剣士が仕留める寸前に、女剣士の左側からムタロウが相手をしている筈の灰竜が飛び込んできた。
女剣士は意識外からの敵の出現に思考が一瞬停止した。
それがいけなかった。
次の瞬間、女騎士の左の二の腕に大きな質量のある棍棒の様なものが力かませにぶつかって来た衝撃が走った。
灰竜の尻尾による一撃をもろに喰らったのであった。
女剣士は灰竜の尻尾による強烈な一撃に対して、辛うじて意識を持って行かされずに済んだが、同時に左上腕部に強烈な痛みが走っていた。
左上腕骨が折れたようだった。
左手は全く使い物にならない。
電魔剣を振るって灰竜達を麻痺状態にして逃げる事も考えたが、左上腕骨骨折がもたらす痛みが酷く、電蟲を剣からひねり出す事が出来なかった。
魔剣とは無数の蟲達が刀身を住処としている剣の事を言うが、ムタロウや女剣士が刀身から蟲を出す為には、剣の持ち主の強い指令(つまり、家から出ていけ)を与える必要があり、これはそれなりに集中力が必要となる作業であった。
ゆえに、ムタロウは戦闘中にコンジロムを使う事が出来なかった。
精々、先刻のブラボウを焼き払う様な、指令を出す為に十分な時間と心理的余裕のある時しかコンジロムの能力を引き出せなかった。
麻痺が解けた灰竜は、怒りの咆哮をあげ、女剣士に突進し左前足を振り上げて女剣士の左腕を殴りつけた。
「こいつ・・・狙って・・・!」
女剣士は激しい激痛に気絶しそうになったが、驚異的な意志の力で何とか踏みとどまった。
何をすればこの場を打開出来るのか?意識を失ったら終わりという一念で踏みとどまった。
ぱちっ
女剣士の黒髪が逆立った。
自らの身体を帯電させていた。
「(電光による瞬間的な動きで、奴の目を潰す)」
◇◇
ムタロウは必殺の攻撃を回避するとみせかけて危機に瀕した仲間の灰竜を助けた事に戦慄を覚えていた。ムタロウの攻撃を見切り、回避しながら女剣士に接近し不意打ちを喰らわせる事で味方の救い、かつ、敵にダメージを与える。
これが偶然なのか。灰竜が偶然取った行動なのか?
ぞくりとした。
これは偶然ではない。
こいつらは明らかに高い知能を有している。
こいつらは明らかに意図した連携を取っている。
こいつらは明らかに戦闘中に意志の疎通を図っている。
「名有は伊達では無いということかあ!」
ムタロウは咆哮すると、女剣士を急襲した灰竜に向かって斬りかかった。
斬ッ
斬ッ
突ッ
突ッ
斬ッ
灰竜はムタロウの五連撃を全て躱し切った上でぱくっと大口を開け、ムタロウの目を狙って毒液を飛ばした。
未来視発動
ムタロウは、首を右に大きく傾けて毒液の軌道を避けたまま、突進し灰竜の腹を突いた。
急所である頸周りを攻めても回避されると考え、的の大きい腹を狙い、ダメージの蓄積を考えたものだった。
しかし、ムタロウにとって確実な一撃ですら、灰竜は後ろに跳ねて避けてのけた。
その攻撃回避力を目の当たりにして、ムタロウはある仮説が頭をよぎっていた。
「おまえら・・・転生者か・・・。




