火魔剣コンジロム
年末休みとなり、身体に余裕が出来ました。
翌朝4時。
討伐が開始された。
討伐隊一行は、ノーブクロを出てナマナカ峠へと続く道を歩いていた。
討伐対象である双龍が居るブラボウ草原はナマナカ峠の手前に広がっているが、同草原までの道のりは、道が整備されている為に、これといったトラブルもなく順調であり、1時間ほどで目的地にたどり着いていた。
ざざざざざ・・・
それは草の海であった。
2メートル程に生長したブラボウは南カマグラ山脈からくる東風を受け、波の様にざわざわとうねり、葉がこすれ合って音を立てていた。
うねりと波の音は絶えることなく続き、周囲の音をかき消していた。
背丈が2メートル近くあるブラボウは討伐参加者の視界を妨げ、波の音は討伐参加者の聴覚を奪い、ブラボウの海に潜む魔獣の気配を完全に消し去っていた。
「どうします?これ?・・・ちょっと危ないですよね」
声の主は昨日ムタロウに声を掛けてきた女剣士だった。
「ああ、思っていたより状況が悪い。」
「草刈りしないと・・・無理ですね。これ。」
「それは依頼内容に入っていないからな・・・どうしたものか。」
「そうですよねえ・・・」
ギルド職員の言う通り、双龍がブラボウ草原に居るとなると、ブラボウの海に入って彼らを捜索しなければならぬが、ブラボウによって目と耳を塞がれた状況で双龍と対峙する事は危険であるとムタロウは判断した。
そして、いつの間にかムタロウの右隣に立っていた女剣士も同様の考えのようであった。
そんな二人の会話を聞いていた髭の男が、突然大声で笑い始めた。-否、嗤い始めていた。
「これだから冒険者ってのは使い物にならんのだ。」
ムタロウと女剣士がむっとして声の主たる髭の男に目を向けると、二人の視線に気づいた髭の男は瞳に侮蔑の色を滲ませ、他の冒険者に聞こえる様に殊更大きな声で主張を始めた。
「名有といえど所詮は灰竜。蜥蜴に近い種族であろうが!」
「お前等みたいな正規軍人にもなれない半端者である冒険者はいつもそうだ。命のやり取りをしていないが故に、覚悟が足りない!勇気がない!」
「草を恐れてここで立っているだけで何か変わるのか?あぁッ?!」
髭の男は顔だけを前に出し、女剣士を威嚇する姿勢を取った。
その目は嗤っていた。
「変わりませんねえ。確かに」
女剣士は髭の男の失礼極まり無い態度に対しても表情を変えることなく、淡々と答えていた。
「ならば、そんなところでビビり散らしていないでブラボウの中に入って灰竜を探すほか無かろう!
それとも、そんなに灰竜が怖いのならば、この辺一帯の草刈りをしてくれてもいいんだぞ?」
髭の男はそう言い放つと一人、ブラボウの海に入っていった。
髭の男がブラボウをかき分ける音と、髭の男が歩みを進める事で生じるブラボウの動きで、暫くは髭の男の動静を確認する事が出来たが、髭の男が歩を進めるうちに、やがて髭の男の痕跡はブラボウの海の大きなうねりに飲み込まれ、そして気配を感じなくなった。
ざざざざざ・・・
ブラボウの海がうねる。
髭の男が呼び水となり、他の討伐参加者も前に進み出し、ブラボウの海に消えていった。
髭の男と同様に、ブラボウをかき分けて進む者もいれば、ナマナカ峠へと続く道を歩く者と、まちまちであった。
そこには討伐参加者による連携という概念が皆無であった。
「愚かですね。」
女剣士が抑揚なく無策に捜索に入った討伐参加者を評した。
「全くだな。」
「・・・で、どうするんですか?」
「取り敢えず様子見だ。名有なのだから、ただの灰竜ではないのだろう?ならば、奴らがどういう動きをするのか見ておきたい。特殊能力を持っている可能性もある。」
「そんな悠長な事を言っていたらあの人たちに手柄を取られてしまいますよ?」
「別にそれならそれで構わない。お前こそいいのか?」
「私も別に構わないんですよ。」
女剣士はそれきり黙って、激しくうねるブラボウを眺めていた。
◇◇
ムタロウと女剣士を除く討伐参加者がブラボウの海に入って30分程経った時、突如、ブラボウの海から
「何か」が垂直方向に弾けた。
弾けた「何か」はそのまま落下し、再びブラボウの海に消えると、次に髭の男の唸り声が二人の耳に飛び込んできた。
しばらくすると、
海の中から質量のある塊が金属を叩き潰す音が聞こえた。
海の中から生肉を力任せに引きちぎる不快な音が聞こえた。
海の中から恐らく痛みと恐怖が入り混じった、意味不明な太い男の声が聞こえた。
髭の男の最後の活動・最後の声であろうと想像される奇妙でかつ人々を不快にさせる音を皮切りに、「何か」はブラボウの海を再び跳ね、そしてブラボウの海に消える度に、質量のある物による打撃音や肉が無理矢理裂ける音、悲鳴、そして・・・鯨の潮吹きの如く噴きあがる血煙が八回程繰り返された。
「終わったみたいですね。」
「そうだな。あのブラボウの海から跳ねた奴が灰竜の様だな。」
「そのようですね」
「こないな。」
「こないですね。」
「どうします?」
「ふむ・・・」
ムタロウは暫く考える様子を見せたのち、三歩程後退して抜刀した。
「先ず、草刈りをしてからでないと奴らと対峙するのは無理だという事は分かった。」
ムタロウはそう言うと抜刀した剣を両手で持ち、右足を半歩前に位置しながら薙ぎ払いの体勢を取った。
「何するんですか?」
女剣士はムタロウが剣を構えた意図について測りかねていた。
「草刈りだ」
ムタロウはそう言うと、剣を左から右へ水平に振りぬいた。
剣の軌道に無数の火蟲が現れ、炎の鎌を形成していた。
無数の火蟲によって形成された炎の鎌は同時に、ブラボウの海目掛け直進し、ブラボウを焼き払っていた。
ブラボウを焼き払った際に生じた火の粉は周囲のブラボウに付着し、炎は瞬く間に広がっていった。
「魔剣ですか・・・火属性の・・・しかも、これは・・・赤竜の直接の加護が無い限り不可能な含蟲量・・・」
「草刈りというよりは野焼きだったな。」
「そ、そんな事はどうでもいいです。その魔剣…いったいどうやって手に入れたのですか?それだけの魔剣、名前もあるでしょう?何て名前ですか?あなたは赤竜とどういう関係なのですか?」
これまで感情を表に出す事もなく冷静に振舞ってきた女剣士は、目の前の状況に動揺し声を上ずらせながらムタロウに頭に浮かんだ疑問を矢継ぎ早にまくしたてていた。
「お前の質問に答えている暇はないぞ。未だ草刈りが終わっていない」
ムタロウはそう言うと、魔剣コンジロムを二度・三度振るい、ブラボウの海を焼き払っていた。
火魔剣コンジロム
それは赤竜こと、ムセリヌによって刀身に火蟲を注入された火属性の魔剣だった。
ムタロウはコンジロムの魔剣属性を始めて使ったのであった。
「思っていた以上に危ない剣だな。これは。」
剣を振るったムタロウ張本人もコンジロムの威力の強力さ加減に戸惑っていた。
戦闘の度に火蟲の刃を出していたら、同士討ちを引き起こしかねないと思った。
「(使い方を考えないと難しい代物だな)」
「二匹、出てきましたね!」
コンジロムの威力を目の当たりにして興奮冷めやらぬ女剣士は、少々上ずった調子で獲物の出現をムタロウに知らせてきた。
二匹の灰竜は、燃えさかるブラボウの中からのゆっくりと姿を現してきた。
二匹の目は怒りとムタロウ達に対する敵意からか目に炎を燈しているかの如く、真紅に染まっていた。
「ああ、出て来たな。ブラボウと一緒に焼き斬られていればこっちも楽だったのだが。」
「ふふ。まあ…そう言う訳にもいかないでしょう。何せ、名有なのだから」
女剣士はそう言いながら、剣を鞘からすらっと引き抜いた。
ばらばらと電蟲が零れ、電蟲が地面に付着するとぱちっと一瞬閃光を放ち消えていく。
「じゃあ、やるか。」
「そうですね。やりましょう。」
二人は灰竜へと走り出していた。




