討伐前日
翌日。
ムタロウは、「双竜討伐隊受付」と書かれた看板が立てかけられた門の前で立っていた。
ムタロウはその門の奥にある建屋に見覚えがあった・・・というより、関わりの深い場所であった。
「ノーブクロ冒険者組合」と記された銘板が嵌め込まれたその建屋は、かつてノーブクロの裏社会を仕切っていた竜門会の本拠地であった。
二年前、ムタロウはこの建屋の主であり、竜門会の棟梁であるズール・ムツケを殺害し、竜門会を壊滅に追いやっていた。
そんな反社組織の本拠地が今や、ギルドの本拠地になっているのを見てムタロウは時の流れを感じずにはいられなかった。
「討伐参加希望者ですか!?」
二年前の記憶を反芻していたムタロウにギルドの職員が声を掛けてきた。
二年前の旅の記憶の世界に意識を巡らせていたムタロウを現実に引き戻した職員は、ムタロウと目が合うと、にいぃと笑い、建屋の中に入って行った
ムタロウも職員の後を追う形で建屋の中に入って行った。
「討伐参加希望者受付」と書かれた立て看板が立てられた受付カウンターには、10人程の参加希望者が受付開始はまだかと見るからにジリジリした様子で待っていた。
通常、報酬額が多く、討伐達成に伴う名誉の度合いが高い討伐依頼は参加希望者が多くなる傾向にあるが、今回のそれは、参加希望者が少ないとムタロウは思った。
「それは、組合が主催する討伐会が今回で4回目の開催で、過去3回の討伐会で、手練れの冒険者が悉く返り討ちになっているから・・・だそうですよ。」
ムタロウの右側に立っていた女剣士が突然声を掛けられ、ムタロウは虚を突かれぎょっとなった。
ギルド建屋内で気が緩んでいたとは言え、女剣士の話しかけようとする気配を感じる事が出来なかったのだ。
只者ではない。
ムタロウは、緊張で毛穴が締まり、頭に痒みを覚えた。
「おれは何も言ってないが。」
頭をぼりぼりを搔きながらぶっきらぼうに答えた。
「ふふ。顔に書いてありましたよ。「参加者が少ないな」って。だから親切心が起きてついあなたの疑問に答えたくなってしまったみたいです。」
女剣士の年齢は20半ばに見えた。
真っ黒な髪を肩に掛かるか否かの長さに揃えており、肌の色は若干褐色掛かっていた。
腰に下げた長剣は長年使いこまれた事による独特の艶が柄に宿っており、鞘と剣本体のつなぎ目からは電蟲がちらちらと発光させながら、零れ落ちていた。
「魔剣使いか。手練れだな。」
「ふふ。そう面と向かって言われると照れ臭いですね。」
「ふん・・・よく言う。あからさまに電蟲を鞘から零しながら歩いている姿を見て何も思わないならば、そいつはただの阿呆だ。」
「そうは言いますが、この業界では女というだけで馬鹿にしたり、嫉妬する男性も多いのですよ。あなたの様に素直な賞賛を送ってくださる方の方が珍しいですね。」
女剣士は身体をムタロウの正面に向け、にっこり笑った。
「そういう貴方も、かなり強者の雰囲気を出していますよ。」
女剣士は興味深そうにムタロウの足から頭の天辺まで視線を移動させていた。
「(戦力の見極めか・・・)」
ムタロウは女の所作にただの剣士にはない違和感を覚えた。
「(この女には関わらない方が良いな)」
「冒険者の皆さま、大変お待たせしました!」
やや、甲高い耳触りな声が部屋中に響き渡った。
先刻、ムタロウに声を掛けてきた職員のそれであった。
「この度は、第四回、双龍討伐遠征にご参集頂き、ありがとうございます!ノーブクロの安全並びに交易の遂行は死をも恐れぬあなた達の双肩にかかっています!」
職員は大袈裟に両手を広げ、参加者に対する謝辞を述べた。
心がこもってない・・・とムタロウを始めとする参加者全員と思っていた。
「討伐対象となっています、ノーブクロの双龍を斃した暁には、あなた方達に相応の財と名誉が与えられます!是非とも街の平和と、あなた達の富と名誉を目指そうではありませんか!」
職員は冒険者達の前で訓示を垂れている間に、気持ちが高揚してきたのであろう。
自分自身に酔って口にした言葉が参加者の神経を逆撫でしている事に気付いていなかった。
「カネと名誉をやるから、双龍を斃してこい」
実際に討伐遠征の趣旨はその通りではあるのだが、物事には本音と建前がある。
その本音と建前の使い分けが出来ない、この職員はそのうち自分自身の口が原因で冒険者から手痛い制裁を受けるであろう。
「それで、討伐対象はどの辺りに居るんだ?」
お前の話など聞いていないと言わんばかりに、髭面の全身を金属製の鎧で固めた剣士が口を挟んできた。
身長は2メートル程の大男で、四肢は太く・厚く、如何にも力こそが武器であると身体全体で主張していた。
「あんな格好で行くのか?」
ムタロウが思わず髭面の男に対する感想を口に出していた。
ムタロウはストレスを感じていると思った事を口に出している癖があった。
転移前、サラリーマン時代には所かまわず独り言を言い続け、事務職の女性に気味悪がられていた。
「ふふ。対人戦しか経験ないんですよ。幾ら防御を固めても人外の存在である魔獣の攻撃では無力なのに・・・愚かですね。」
女剣士がムタロウの独り言に答えた。
全身を金属製の鎧で固めるという事は防御力という観点では非常に有効ではあるものの、鎧の重量が素早さを犠牲に。更に移動時や戦闘時に体力も奪う為、動きの素早い対魔獣戦では不利というのがこの世界の一般認識だった。
「ノーブクロの北東・・・ナマナカ峠入り口に広がる、ブラボウ草原に奴らはいます。そこで、ナマナカ盆地からナマナカ峠を下って来た商人や冒険者達を襲うので、ブラボウ草原を捜索・討伐してください。」
随分とアバウトな情報だとムタロウは思った。
そして、極めて厄介な場所での討伐になるなと同時に思っていた。
ブラボウ草原は、その名の通りブラボウというススキに似た草が一面に広がる草原だった。
ブラボウは2メートル程度の高さまで生長する為、これらに囲まれた道は壁に挟まれた狭隘な道であった。
当然、視界は非常に悪く、双龍を遠方から目視する事は不可能。
遭遇戦となる可能性が極めて高かった。
討伐参加者全員剣士である理由も明白であった。
ムタロウが、そんなことを一人考えている間も職員からの説明は続き、参加者が最も気にする討伐達成時の報酬についての説明をしていた。
途中、参加者からの驚きの声が挙がったが、ムタロウは今回の討伐に向け、考え得るリスクと対応策について一人思索に耽っていた為、職員が何を話したのか聞いていなかった。
ムタロウは別に報酬の多寡など問題にしていなかった。
如何に今回の討伐で怪我無く遂行し、ムニューチンにペニシリンを製造してもらう事のみが彼にとって最優先事項であったのだから。
「・・・それでは皆さま。討伐は明日の4時に開始です。皆様、明日の討伐に向けて本日はゆっくりとお休みになり、英気を養ってください!・・・では解散とします!」
ムタロウが思索から現実に戻り、辺りに意識を向けると、職員による説明は終わっていて、参加者はぞろぞろとギルドを後にしている処であった。
視線を右に向けると、女剣士が興味深そうにムタロウを見ていたが、ムタロウは女剣士の視線を無視して、出口に向かって歩いて行った。




