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悪党狩り  作者: 伊藤イクヒロ
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ノーブクロの双龍

久しぶりに更新できました。

南カマグラ山脈の麓に所在する国境の街、ノーブクロはナメコンド大陸有数の魔物の生息地であり、なかでも灰竜が多数生息している事で知られていた。

灰竜は竜種の中で最も下等と言われている。

人語を解さず、分別なく動くものに襲い掛かる極めて好戦的な性格であり、ノーブクロ周辺を通る旅人や商人の結構な数が、毎年灰竜の犠牲となっていた。

彼らは、他の竜種に較べると知性は遥かに劣るものの、それでも他の魔物に較べれば「それ」はある方で、他の魔物とは一線を画した方法で以て人間狩りを遂行していた。

その口腔内には毒を溜めておく袋があり、狩りの断面では口腔内の毒を噴射して獲物の眼を潰してから両手でひっかく、尻尾で叩く、噛みつくなどを繰り返し、獲物を嬲り殺してから獲物を巣に持って帰ってから、喰い散らかしていた。

このため、ノーブクロでは定期的に灰竜の駆除依頼が出されており、報酬の高さと竜殺しの称号を得られるとあって、多数の冒険者が駆除依頼に参加していた。


「そっち行ったぞ!」


「三人で正面に回り込め!」


「囲め!囲め!!」


剣・槍・戦斧とおのおの異なる武器を持った冒険者達が二匹の灰竜を取り囲む。


「はいッ!」


槍を持った冒険者が灰竜の喉元目掛けて突きを放った。

槍の軌道をみた灰竜は槍の切っ先を寸前で見切ると共に、槍持ちの冒険者の顔に毒液を口腔からどぴゅっとぶっかけた。

毒液を吐き終えた際に生じた灰竜の一連の動作の切れ目を縫って、戦斧を持った冒険者が背後から灰竜に突進して灰竜の胴に戦斧を打ち込もうと試みた。

しかし、灰竜の背中に打ち込もうとした戦斧は戦斧持ちの冒険者から見て7時の方向から飛び出してきたもう一匹の灰竜の尾によって薙ぎ払われ、冒険者の手から離れた戦斧はくるくると回転しながら宙を舞っていた。


「あああああああああ!目が!目が!!」


毒液を顔面にもろに被った槍持ちの冒険者は、毒液がもたらす激痛に悲鳴を上げながら地面を転げ回っていた。


「おいっ!ローショ!!!…ぐぎゃっ」


ローショと言う名の槍持ちの冒険者の悲鳴に気を取られた戦斧持ちの冒険者は頸部に鈍い痛みを感じた。

その痛みがもう一匹の灰竜に首筋を噛まれたと察した時には、灰竜の牙が脊髄を砕き、戦斧持ちの冒険家は絶命していた。


「くそが!」


二人の冒険者の命が潰える様を見た剣持ちの冒険者は、自らの置かれた状況が絶望的である事を察し、「もはやこれまで」と二匹の灰竜に飛び掛かった。

二匹の灰竜は示し合わせた様に、冒険者の剣撃をひらりと左右に分かれて躱し、それぞれが冒険者の左右の手に嚙みついた。


「こ、この…」


灰竜達に両手を拘束された剣持ちの冒険者は左右の灰竜を恐怖と絶望がごっちゃとなった目で睨みつけていた。

灰竜達は、そんな冒険者の表情など目もくれず、ぐいとお互いに冒険者の腕を引っ張る。

冒険者は自身の身体で「大」の字を数秒表現した後、みちみちという音とともに、「大」の字は「人」へと変容し、そして、人は前方にゆっくりと倒れていった。


灰竜達は自分達を襲ってきた冒険者達の死骸を満足そうに見渡したのち。勝利とも悦びともつかぬ咆哮を放っていた。


◇◇


数日後、ノーブクロの冒険者ギルド兼酒場では、ある話題で持ちきりだった。

ノーブクロで実に数十年ぶりに「名有り魔獣」の認定宣言が成された為であった。

名有り魔獣は、一般人の被害規模と討伐に向かった冒険者の被害規模を見て、各街のギルド責任者の裁量で決められる明確な選定基準の無い極めて曖昧なものであったが、それ故にギルド責任者は名有り認定に慎重となり、名有リ魔獣の認定は殆ど無いに等しかった。

そういった事情もあり、名有り認定されたという事実は、「災害レベルの魔獣」が出現した事を意味していた。

そして同時に、これを討伐した冒険者は名誉と富を得る機会が発生している事もまた意味していた。


「ノーブクロの双龍」と名付けられた魔獣は、三人の冒険者を屠った二匹の灰竜であった。

ノーブクロの双龍は、一般的な灰竜に較べ、遥かに知能が高い個体だった。

常に二匹で狩りを行い、そして、人間を嬲っていた。

警戒心は非常に高く、ひとたび危機と見るや、自らの安全を最優先と明らかに取れる見事な撤退ぶりを披露し、彼らに遭遇した冒険者たちは口々に灰竜の皮を被ったベテラン冒険者の様な振る舞いだと、畏れが入り混じった感想を漏らしていた。


彼らは人間を食料というより、遊戯対象として見ており、襲われた人間の死体は、一方的に嬲られた事による損傷は激しいものの、喰われる事で生じる欠損は見られるケースは稀であった。

先日殺された三人の冒険者の死体も例に漏れず喰われた形跡はなかった。


「ノーブクロの双龍か…灰竜の分際で大層な名を貰ったものだ」


ギルドの掲示板に張られた、張り紙を見ながら、遠方から流れ着いた風体の冒険者風情の男が独り口にしていた。


「本当だな。灰竜なんて竜族の中では最下級の蜥蜴とほぼ変わらない奴なのに、ギルドも大袈裟な事をしてくれる。」


この冒険者風情の男の独り言を耳にした魔導師が、冒険者に声を掛けてきた。


「だがな…あの灰竜は別格だ。中身は別物だ。」


「ほう。」


冒険者風情の男は、魔導師の言葉に興味をそそられた様で、顔を魔導師に向け、眼で話を続けろと合図した。


「あの灰竜は8か月前に突如、ノーブクロに現れた。」


「…。」


「初めは、他の灰竜とは、少し様子の異なる個体程度の認識だった。実際、人を襲う事も無かったし、何かこう…戸惑っている様子だった。」


「戸惑う?灰竜が?何故?」


「さぁ…戸惑っている様に見えただけかもしれないし、実は本当に戸惑っていたのかもしれない。なにしろ複数の冒険者がそう証言していたからな。」


「なんだ、お前はその灰竜を実際に見た訳ではないのか。」


冒険者風情の男は、魔導師に対して急速に興味を失っている様であった。


「そりゃそうだ。連携して獲物を狩る凶悪な灰竜など、魔導師の俺が相まみえる事など出来る訳ないだろうが。遭遇していたら、ここでお前と話などしておらんわ。」


「成程な。」


冒険者風情の男は、魔導師に対する興味がすっかり失せた様で、「じゃあな」と一言声を掛けると、ノーブクロの南医療通りに向かって歩いて行った。


「おい!」


魔導師は、去っていく冒険者風情の男の背中に声を掛けていた。


「もし、お前が灰竜討伐に興味が出たら俺に声を掛けてくれ!見た処、お前は出来そうなやつだからな!名有を討伐して、カネと名誉の両取りをしようじゃないか!」


そんな魔導師の勧誘の言葉を背中で聞いていた冒険者風情の男は、魔導師の勧誘を無視して、南医療通りへと歩を進めていた。


「竜と戦うのは1度経験すれば十分。あんなもの何度もやるもんじゃない。」


◇◇


冒険者風情の男は、西医療通りと南医療通りの交差部を右折し、南医療通りを南に進んでいた。

ノーブクロは、昔から医療の街とナメコンドでは知られていた町であったが、それは即ち、この町の成り立ちが夥しい数の死傷者という金の成る木を求めた医師が集まった結果であった。

南医療通りに軒を並べている診療所は新しく定着した医師が多く、ノーブクロの医師組合でも地位が低く、かつ資金力もない為、金の無い低レベルの冒険者や貧民を相手に商売している者が主だった。

冒険者風情の男はずんずんと大股に南医療通りを歩いていた。

その足取りは、何か焦れている様であり、また、それは苛立ちからくるものではなく、早く目的の場所に行きたいような、弾むような足取りにも見えた。

そして、その冒険者風情の男は、南医療通りの中では比較的大きな診療所の扉の前に立ち止まった。

目的地に辿り着いた様であった。


冒険者風情の男は、すうーっと深呼吸を何度かし、気持ちを落ち着かせる素振りを見せたあと、勢いよく木製の診療所の扉を開け、声を発した。。


「ムニューチン!いるか!? 約束通り、赤竜の鱗を持ってきたぞ!」


冒険者風情の男は、ムタロウだった。

ムタロウの両手には、革袋に厳重に包まれた赤竜の鱗と思われるものが抱えられていた。

漸く解呪に向けた一歩を踏めた事に、ムタロウの発する声はうわずっていた。



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