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悪党狩り  作者: 伊藤イクヒロ
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ノーブクロに帰る

漸くムタロウを出せました。

大陸暦1204年2月2日

南カマグラ山脈の麓に所在し、死霊街と呼ばれる大森林地帯の前面に位置するノーブクロの街はもう一つ、国境の街でもあった。

ノーブクロの東側には南カマグラ山脈が、隣国であるビチク・コンドとナメコンドを隔てる天然の壁として横たわっていた。

ビチク・コンドはコンドリアン帝国分裂後、大陸暦375年に初代国王ボツ・ビチクによって建国された国家であり、建国以来コンドリアン帝国の正当な後継国である事を常日頃喧伝していた。

歴代国王は、コンドリアン大陸の武力統一の野心を隠そうとせず、ナメコンドを含めた周辺国への武力侵攻を幾度となく繰り返していた。

死霊街のアンデット達は、過去に武力侵攻によって戦死していったビチク・コンドやナメコンドの兵士たちのなれの果てであり、その夥しい数のアンデットが、これまでのビチク・コンドによる武力侵攻が執拗でかつ、大軍を以て遂行されてきた事が伺う事が出来た。

死霊街に多数棲むアンデットはやがて、ビチク・コンドの軍事進攻を妨げる障壁と化し、その価値に気付いたナメコンドの王は国家安全の観点より死霊街のアンデットを敢えて討伐せず放置してきたのであった。


そのノーブクロに十か月振りにムタロウは戻っていた。

ムタロウは赤竜の砦で赤竜ムセリヌと戦闘を行い、勝利の末、赤竜の鱗を手に入れた。

赤竜の鱗は、ムタロウの呪いを解くために必要な薬を生成する為にどうしても必要なものであった。

その薬は、青黴を大量かつ、安定的に培養する事が必須であり、その為には青黴の培養室を高温多湿の環境を維持する事が必須であった。

赤竜の鱗はそれ自体が火蟲の塊である事から常に発熱しており、この鱗から出る熱を利用して、青黴を培養する部屋の温度を一定にする必要があった。


ノーブクロで病院を営んでいるムニューチン・スッソは転移者であった。

この世界に転移する前も医者をやっており、ノーブクロで魔物との戦闘で負傷した冒険者や、同じく魔物やアンデットに襲われて負傷した旅人の治療と、経済的問題から回復魔導による治療を受ける事が出来ない住民の病気の治療を生業にしていた。

転移した世界では怪我・病気の治療は回復魔導で治療する事が最先端医療であり、医者は治療魔導を受ける事が出来ない貧乏人御用達の職業として低く見られていた。

ムニューチンは、そんなこの世界における医師に対する認識について気にもしなかったが、一方で呪術と回復魔導に頼る医療認識の為に、本来ならば救える命も救えぬ状況について忸怩たる思いを抱いていた。

特に、負傷した冒険者の傷から細菌が感染して死に至るケースが多い事に、抗生物質さえあれば救える命であったと冒険者の死を目の当たりにする度に無力感と憤りが彼を襲ってきたのであった。

自分の無力さに絶望し、医師を廃業しようと考え始めていた。

そんな時、自分と同じ転移者が老婆と少女と共に自分を訪ねてきた。

その転移者は呪いを治せと懇願していたので、取り敢えず症例を聞いてみた。

転移者は、陰部の耐え難い痒みを訴えていた。

陰部の先端から膿が出ると訴えていた。

次に、呪いに至った経緯について聞いてみた。

見知らぬ女と性交して一週間後に発症したと訴えていた。

「只の性病じゃないか」と、ムニューチンは思った。

発症までの潜伏期間と症例を聞くに、恐らくクラミジアであると推察した。

ムニューチンはその転移者に、抗生物質が無い限り治療は出来ない旨を伝えた。

死ぬ病気でもないので、我慢しろと伝えた。

すると、転移者は、痒みを抑える為にこの老婆の唾を一生塗りたぐらなければならないのかと、喚き、治るのならば何でもすると言い出した。

ならばと、青黴を培養して抗生物質を生成する為に、温度管理が必要である事を伝えた。

青黴は27℃前後の気温が最も成長する。

ムーの研ぎ汁を容器に入れて青黴を培養する事から抗生物質の生成の第一歩であり、その為には昼夜の気温差が激しいノーブクロで青黴を大量に培養する為に一定の温度維持をする事が必要である事を伝えた。

要は何か月もの間、部屋に閉じこもって温度管理を続ける事が如何に現実的ではない事を分からせようとしたのだ。

その転移者は暫く考え込んだあと、「わかった」とひとこと答え、去って行った。

転移者はムニューチンの話を聞いて、クラミジアと一生の付き合いをしていく覚悟をしたと思っていた。


それから十か月後、転移者はむわむわと熱気を放つ赤竜の鱗を持って、ムニューチンの前に立っていた。

転移者は、十か月前に見せていた絶望のまなざしとは打って変わって、希望に満ちたまなざしを向けながら声を発した。


「おい、これで部屋の中の気温を一定に保てるぞ。さあ…作ってくれ。」



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