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悪党狩り  作者: 伊藤イクヒロ
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出立

ムタロウ達がムセリヌのもとを発ったのは、ムセリヌとの戦闘から三か月後だった。

ムセリヌが赤竜の鱗が欲しいならば、自分が良いと言うまで赤竜の社に居ないと駄目だと言われ、ムタロウはしぶしぶ了承したのであった。

滞在中、ムセリヌはクゥーリィーへ火蟲の扱い方について熱心に指導していた。


「小便娘よ、お前は火蟲の使役法が線の動きしかないな。それでは、幾ら使用できる火蟲の数が多く、火蟲の発熱色を白まで持っていけても、本物の強敵には勝てぬよ。」


ムセリヌの言う通り、クゥーリィーの火魔導は火線・火糸・火柱と線の動きを主体としたものであり、先のムセリヌとの戦闘でムセリヌが放った火壁の様な火蟲をカーテンの様に展開して面で敵を潰すという発想が無かったのだ。


「今日からお前は毎日、火蟲を使って数字を作る練習をしろ。1,000まで作れるようになったら次の段階に入る。」


クゥーリィーが返事をする間もなく、ムセリヌは言葉を続けた。


「お前は火蟲どもに随分と懐かれているようだ。昨晩の火蟲の突然の発光がそれを物語っている。お前の感情の変動にお前の周りの火蟲たちは敏感に反応していた。ムタロウの事になるとお前に懐いている火蟲が過剰に反応する。そんな人間はそうそういない。」


ムセリヌの指摘に込められた意味に最初、クゥーリィーはきょとんとしていが、やがてムセリヌが言わんとしている事を理解すると、顔を真っ赤にし、「そんなことありません」と小さな声で反論をした。


「まあいい。小便娘よ。お前の感情については傍から見ていてとても面白いものだが、それはそれとして、火蟲との信頼関係を構築するのだ。それが出来ればお前はこの世界でも指折りの火魔導師になれる可能性がある。」


そういうと、ムセリヌはくるりと背中を向け、ムタロウに向かって歩き始めていた。


「ムタロウ。お前の剣を見せて貰えないか?」


ムセリヌは歩きながら右手を差し出し、剣を出せと促した。


「…。」


ムタロウが無言でムセリヌに剣を差し出すと、ムセリヌはやはり無言で剣を取り、右手で剣の柄を握って剣を鞘から抜いた。


「剣は随分と年季が入っているが手入れが行き届いているな。刀身が磨かれてとても綺麗だ。」


ムセリヌは感心した様子でムタロウの剣を舐めまわすように眺めていた。


「その剣は俺がこの世界に転移して以来のモノだからな。その剣のお陰でここまで生き永らえてきた。俺がこの世界で生きていく為に必須の道具だから、手入れはして当然だろう。」


ムタロウは、剣の手入れを欠かさず行ってきた事をムセリヌに褒められ、満更でもない様子だった。誰でも表には出さない取組を分かって貰えると嬉しいものだ。

ムタロウも例外ではなかった。


「この剣を毎日、半日ほど貸して貰えないか?ちょっとやりたい事があってな。」


ムセリヌはムタロウの剣を上段から下段にぶんと振り下ろしながら、ムタロウに剣を課して欲しい申し入れた。


「どういう意図なのか分からんが、変な事をしないと約束するのならば構わんよ。」


ムタロウはその代わりとして、代替となる剣の提供を要求した。

ムセリヌは、ムタロウの要求を快諾し、ムタロウの剣を持って社の中に入って行った。


「ほぉ…」


ムセリヌの様子を見ていたラフェールは、少し驚いた様子であった。

それは無理もない話であった。

現在、人間の女の姿をしているが、ムセリヌは火蟲の母体である赤竜であり、神に極めて近い存在である。そんな神といっていい存在の彼女が他人に関心を持つ事が極めて稀であり、いったいどういう気まぐれで彼ら二人に興味を持ったのか、ラフェールは驚いていた。


◇◇


ムセリヌとの戦闘から三か月ほど経った9月下旬。

クゥーリィーの火蟲使役技術は目覚ましい程に向上していた。

火蟲の壁の形成は無論の事、火蟲を拘束円回転して円盤状の皿を作り、その皿をフリスビーの様に遠方に投擲する事も出来るようになっていた。

特に火蟲の皿は無数の火蟲が拘束円回転する事で、物体の運動を鑑賞する効果を有していた為、物理防御が備わっていた。


「火皿だな。小便娘よ、お前の使える水盾は火魔導や雷魔導の攻撃を防ぐには効果的だが、物理攻撃には有効ではない。お前の火魔導は極めて強力だが、お前は身体能力という点では、それほど特筆すべき点はない。」


クゥーリィーはムセリヌが言わんとしている事が痛い程分かった。

クゥーリィーの火魔導は強力ではあるが、物理攻撃力や回避力については大したことが無い為、ムタロウの守りが無い状態で敵の物理攻撃を受けた場合、致命傷を負うリスクが極めて高い事を指摘したのであった。


「その火皿は、謂わば、お前の身を護る盾となる。火皿で防御を固め、カウンターで攻撃を行う事が出来れば、多少なりとも危機を回避出来るだろう。」


ムセリヌはそう言うと、社の中に入って行った。

ムセリヌが再び社から姿を現すと、ムセリヌの右手にはムタロウの剣が握られていた。


「ムタロウ。お前の剣を返すぞ。」


ムセリヌはムタロウに剣を差し出した。

ムタロウはやはり無言のまま差し出された自分の剣を受け取っていた。


「お前は魔導を使えないからな。剣に私の火蟲を宿らせておいた。」


ムセリヌはムタロウから剣を預かって以来、社中で毎日ムタロウの剣で素振りをしていた。

素振りをした際の反動によってムセリヌ内部から零れた火蟲が剣の柄を握っているムセリヌの手を通じて、ムタロウの剣に火蟲が注がれていた。

この素振りを三か月毎日する事で、ムタロウの剣に火蟲が住み着いたのであった。


「今日からこの剣は火魔剣コンジロムと呼ぶが良い。」


ムセリヌは誇らしげに少し胸を張って、魔力付与されたムタロウの剣の名を口にした。

以前、ムタロウ達が戦ったムセリヌの配下の竜人インノが持っていた火魔槍も同じ名を冠していた処を見ると、ムセリヌは自ら魔力付与した武器には、コンジロムの名を与える事が己のルールとしているようであった。


「…分かった。」


ムタロウはコンジロムという変な名前を勝手に付けれられた事に若干不服そうではあったものの、大人の対応でその場をやり過ごした。


「それと、お前らがここを出る時には赤竜の砦を通らなければならぬが、その際に余計な戦闘が起きないように、竜人種の族長と族長の弟に、私の大切な客なので手出しはするなと伝えておいた。まあ、いい顔はされないだろうが、手出しもされるまい。お前らも奴らを変に刺激する事無く、早々に砦を出るとよい。」


ムセリヌの下を発った際の最初の関門が赤竜の砦にいる竜人族であった。

竜人種の勘違いによる身柄拘束と尋問という彼らの落ち度もあったものの、小便を漏らした事を指摘されたクゥーリィーの暴走をきっかけに、砦が大被害を被った訳で、砦の竜人達はムタロウ達に憎悪の感情を持っているのは火を見るより明らかであった。

ムタロウは竜神種との戦闘を覚悟していたが、ムセリヌの計らいにより戦闘が回避出来る事を心底ありがたいと思った。


「ありがとう。あなたの配慮は本当に助かる。」


ムタロウはムセリヌに深々と頭を下げてお礼をした。


「いいんだよ。私も久しぶりに楽しい時間を過ごさせて貰った。…神に近い力を持った人間がちんこの病気を治す為に旅をするとか、能力の無駄遣いで馬鹿馬鹿しくて最高じゃないか!」


ムセリヌはけらけらと笑っていた。


「ムタロウ。お前の病気が治ったら、またここに来てくれ!お前に助けて欲しい事がある。」


ムセリヌは柔和な表情を見せながら、再会を要求した。


「ああ、分かった。呪いが解ければ、ひとまずやる事も無くなるだろうからな。」


ムタロウは快諾した。

クゥーリィーは一緒に旅をしてきて、これほどに穏やかな表情で話すムタロウの顔を見るのは初めてだった。同時に、何故その表情を自分ではなくムセリヌなのだと黒い感情を滾らせていた。


「ところで、小便娘とラフェールよ」


ムセリヌは先刻とは打って変わって表情を硬くして二人を見た。


「なんでしょうか?」


「なんじゃ?」


「やはり、お前ら二人はまだ残って欲しいのじゃ。寂しいのじゃ。」






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