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悪党狩り  作者: 伊藤イクヒロ
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進行

各部行政会議が行われていた会議室の隣では、各部の次官が待機していた。

次官達は会議の中で長官から出された質問事項や確認事項に対して速やかに調べ、回答する役割を担っていた。

長官達から出た質問には三十分以内に回答する事が求められており、これが出来なかった場合、長官から無能と見做され即、解任となる為、待機している次官達にとって各部行政会議は短時間で、かつ、質問なく終わって欲しいと節に願っていた。

この会議で長官達から出される質問で最も多い分野は歳出・歳入に関するもので、質問の内容もナメコンドを敷き詰めている石畳一つの価格や、会議室に使用されている椅子の制作工房や価格等、微に細に渡っており、特に歳出部・歳入部の次官の精神的な負担は相当であった。

歳出部次官であるムック・ムックや、歳入部次官であるカケル・セェェキは、連日の徹夜作業で想定問答集の作成と内容の暗記をしていた為、寝不足で顔色が悪く目元から頬に掛けてげっそりと肉が削げていた。

白目は常軌を逸した充血ぶりで事情を知らない者が二人を見たら、吸血鬼が会議室でぶつぶつと呪詛を唱えて着席していると勘違いすると思われる程に人間離れした雰囲気を漂わせていた。


「おい、大丈夫か?」


二人の様子を見かねた警察部次官であるムク・ホゥヒは思わず二人に声を掛けていた。

ムクは、二人が過労でこの場で突然死するのではないかと本気で心配していた。

ムックもカケルも非常に優秀な人物である事はムクも知っている。

優秀であるが故に、最も過酷である歳出部と歳入部の次官に就いたのだ。

頭の出来が違い過ぎる事は、これまでの業務を通じて嫌という程分からされていた。

ムク自身、ナメコンドに出てくる迄は俊英と持て囃されており、それなりに自信はあったであるが、中央政府に赴任し、自分程度の能力のある人間がゴロゴロいる現実を目の当たりにして、高まった自尊心が木端微塵に砕けたのであった。

そんな秀才だらけの中央政府の同僚の中でもムック・ムックとカケル・セェェキの頭の回転の速さ、業務遂行に当たっての判断・処理能力は、ずば抜けており、彼らが歳入部・歳出部次官に登用された事に納得はすれども、嫉妬の感情の欠片すらも起きなかった。

各部の次官になる事は王族でも貴族でもない平民が何者かに成る頂点であると世間では思われており、ムクも同様に考えていたが、疲弊する二人を見て、これが果たして平民が目指すべき頂点の姿なのだろうかとムクは疑問に思い始めていた。

為政者達にとって優秀な平民は財産ではなく為政者達にとって使い勝手の良い道具としか見做されてないのではないかとムクは思い始めており、彼ら王族たちに優秀だと認識させるののも考えものだと、二人の次官を見て同情すると共に、自分は凡人で良かったと心底思うのであった。


「ああ、ありがとう。正直、とてもキツいが今日を乗り越えれば、少しの間ゆっくりできる。この会議が終わった後の一杯と布団を目標にもうひと踏ん張りするさ。」


ムックは精一杯の笑顔を作り、心配するムクに問題ないと答えていた。


「しんどいけどな…まあ、仕方ない。それよりもムク、お前もカタイ・コンドの工作員による工作活動について色々と詰められているのだろう?大丈夫なのか?」


カケルは、自分の境遇よりもムクの業務対応が急激に増える事を気遣った。

そんな二人を見てムクは頭のみならず、人間性までおれは負けるのかよと感情にさざ波が走っている事を自覚していた。

しかし、カケルの言う通り、ムクは他人の事を心配している立場ではなかった。

ここ三年の国内で発生している事件は国防上の懸念を考えると、隣国の工作活動と見做しても不自然ではなく、一連の事件に深く関与していると見られる三人の冒険者の素性を早急に調査・報告し、更に対処方針を上呈しないと、漸く確立した今の立場が一瞬で無くなってしまう恐怖が付きまとっていた。


「実際の処、カタイ・コンドの工作員の件、どうなんだ?」


ムクの表情を見たカケルは、一連の事件とカタイ・コンドの関係について聞いてきた。

カケルの双眸に浮かぶ表情は心配よりも好奇心の色を濃く映し出していた。

そんなカケルの目をみたムクは、少々いらっとしながらも、カケルに察せられない様、平静を努めた。


「実際の処、未だよく分かっていない。事件を引き起こすにはある程度組織だった動きが必要であると思うのだが、各地の警察やギルド等の情報を集めても、人や物資の動きが確認されなかった。正直、お手上げだね。」


ムクは嘘をついた。

事件に関与している重要人物の見立ては早い段階でついていた。

しかし、この重要人物達の背後関係、目的が分からず、長官に報告は出来ても対応策を示す事が出来ないという状況が、ムクを悩ませていた。

三人の行動は結果としてカタイ・コンドの軍事侵攻を進める上で障害となる要素を悉く排除しているのであるが、三人の素性と行動を追跡調査していくと綿密に計画し、実行された結果というよりは計画性は無く行き当たりばったりという印象を持つに至っていた。

特に赤竜の砦での行動には合理性が全くなく、何故、彼らは多数の死傷者を出すような行動に至ったのか全く謎であった。


「(少々強引だが捕縛して尋問する他ないのか…。)」


ムクは一瞬、そうは思ったが、直ぐにその考えを打ち消した。

相手はただの工作員ではない。

ナマナカ峠の強盗団や竜門会を壊滅させ、死霊街のアンデットを一掃した手練れだ。

赤竜の砦の竜人達も彼らに手ひどい目に遭っている。

ナメコンドの警察部の腕利きを擁しても捕縛は容易ではない事は火を見るより明らかだ。

そんな危険を冒してまで、強硬策に走るのは合理的ではない。


「(では、どうすればいい?)」


三人の対処策を考えると、いつもここで思考は立ち止まるのであったが、今日の行政会議の議題に出てしまう以上、これ以上の足踏みは許されなかった。

ムクは長官に今日中に方針を伝えねばならなかった。


「工作員の可能性が高い人物に、接触をしようと思う。危険であるが国防と国内の社会不安の安定を考えると、これ以上の足踏みは許されない。」


ムクは肚を決めた。

少々危険ではあるが対象の事が何一つ分からぬまま、軽率な対応を取った場合、国を更なる窮地に陥らせる危険性がある。

事情を知らぬ者が聞けば、心配のし過ぎだと一笑に付されるかもしれないが、三人が有す武力を考えれば、慎重に慎重を重ねても無駄ではない。


「ほお、その言い回しだと、お手上げと言っておきながらある程度、首謀者の目星はついているという事だな?」


カケルの返答に面倒くさい奴だと思いながらも、ああそうだ。とムクは答えていた。


「隠密を使うのか?」

カケルは驚きの表情を目に浮かべながら、政府高官しか知らぬ組織名を口にしていた。


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