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悪党狩り  作者: 伊藤イクヒロ
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波紋

ムタロウ達がムセリヌと会食をしていた時、季節は初夏から盛夏へと移りつつあった。

ナメコンド国の首都である王都ナメコンドもまたこの季節の移り変わりにより、蒸し暑い日が続くようになっていた。

ナメコンドはコンドリアン大陸のほぼ中央に位置しており、街の北にハズレ川、そして、西にイボ川という国内有数の大河に囲まれていて、その二つの河川が頻繁に氾濫を起こす為に周囲は湿地帯となっていた。

当然の事ながら、湿地帯をそのまま徒歩で歩行する事は困難であり、仮に外敵がナメコンドを攻め落とそうと大軍を以て攻めても、この湿地のお陰で進軍が大幅に遅れ、その間に守りを固める事が出来た。


ナメコンドの国家運営は、国王たるナメルス20世の下に八つの部と呼ばれる行政機関がぶら下がり、各機関がおのおのの役割に応じた職務を執行する形式を取っていた。

各部の長は長官と称され、王の親族たる有力貴族が就く事が慣例となっていた。

長官は有力貴族による慣例職である為、実際の業務の遂行は長官の補完職である次官が実質的な政策立案と遂行を行っており、王族と有力貴族以外の下級貴族並びに庶民が国政に就く事が出来る最高位が各部の次官であり、そして、ナメコンド国内の上昇志向の強い秀才達の目標となっていた。


八つの行政機関のナメコンド国内に於ける権力は絶大でおり、このため各部門の権力の濫用に暴走を抑止する目的で各部行政会議なる報告会が月1回の頻度で王宮の隣にある専用の重要会議場なる堅牢な石造りの建屋内で定期的に行われていた。

行政会議の出席者は次の通りであった。


歳出部長官 ヒキ・イト

歳入部長官 ウ・ウル

警察部長官 ラメ・エ

軍部長官  カウペル・サキ

外交部長官 キツボ・サキ

内務部長官 デリュ・ウル

商務部長官 イック・エ

農務部長官 ドッピュ・イト

親衛隊長  ハクダク・イト

矯正委員会委員長 ウーマ・ヨーコ


行政会議の議長は、慣例として四大貴族の筆頭であるイト家当主が担っており、現状に於いてはイト家当主であるヒキ・イトが議長を務めていた。

主要行政機関では無いが、王警護組織である親衛隊隊長と矯正委員会委員長も特別に行政会議への出席が認められていた。


「歳入の達成状況がこの時期で六割との事だが、例年に比べ鈍くないかー?税軍による徴税が少々甘いのではないかー?庶民の分際で身分不相応に財を積み上げている者からもっと巻き上げないと駄目だろーがー!」


発言の主は、会議場の上座にいる、歳出長官のヒキ・イトであった。

ヒキはナメコンド四大貴族と称される有力貴族であるイト家の当主であった。

イト家当主は代々、歳出部長官を担う事が慣例となっていた。

つまり、イトは、歳入部が集めた税の使途を取り決める責任者である、ナメコンドという国を運営していくうえで極めて多大な影響力を有していた。


「仰る通り、税収の伸びが足りねえ。これも天候が不順でムーが不作だったってェのがある。農民どもも生活が苦しぃンだ。税軍使って無理矢理獲ったら、あいつらが生きていけねェだろが。」


ヒキの発言に反応したのは歳入長官のウ・ウルであった。

ウもまた、四大貴族のウル家当主であった。

ウル家当主は歳入長官を担う事が慣例であった。

歳入庁は、文字通り徴税を担当する機関であるが、同庁の最大の特徴は、軍・警察とは別に歳入庁直轄の軍隊を有している事であった。

この軍を用いて納税に応じない反社組織や各地の貴族に対して武力を以て徴税を行う事もままあった。

国内の一部の者は歳入庁直轄軍の事を、「税軍」と呼び、税軍の長であるウル家を憎むものも少なからずいたが、彼らに敵認定されれば、武力を背景とした徴税行動を招きかねず、表立って反旗を翻すものはいなかった。


「そんなことは分かってるー! 俺が言いたいのは近頃、豚の人権がとか言って種族平等法令を盾に取ってカネ稼いでいる連中から巻き上げればいいだろうがーと言ってんだー。」


ヒキはそう言うと、会議場の下座に座っている女に視線を向けた。

ヒキの視線の先にいた女は矯正委員会委員長のウーマ・ヨーコであった。

ウーマは、ヒキの言葉に対し表情一つ変えず、ヒキの視線を敢えて無視していた。


「ラメ!おめーら警察部の連中は、あの平等屋の取り締まりをやってんのかー?最近、俺の処になんとかしろーって陳情が多いんだよー!」


ヒキは、ウーマの態度を見て、怒りの表情を一瞬見せたが、くいと顔を左に向け、怒りに任せて警察部長官であるラメ・エに文句を言い始めた。


「そうですね…。我々警察部としても平等屋のやり口について各種陳情を受けていますが、彼らは非常に狡猾で、警察が介入するかどうかのギリギリの線で恐喝や強訴を繰り返しています。このため、下手な警察介入をすると、ナメルス王が制定した種族平等法令に反する事なりかねず、豚種を始めとした少数種族への警察権の介入は、十分な証拠を固めない限り、困難を極めます。これは…ウ殿の税軍の介入についても同様の事情があると思われます。」


ラメはヒキの詰問に対して淡々と答えていた。

ヒキはラメの返答が予想の範囲内であるといった表情を浮かべ、そして、嫌悪の視線を再びウーマに向けていた。


「ちょっといいか?」


ラメの発言が終わるのを見計らって、ラメの左隣に座っていた軍部長官のカウペル・サキが挙手をして発言の許可をヒキに求めた。


「なんだ?カウペル?」


「徴税や豚の話から逸れるのだが、この三年間、無視できない出来事が国内で多数起きてな。国防という観点からも少し皆に認識して欲しい事がある。」


カウペルは、長官会議出席者一人一人を見回しながら、ふうと大きく息を吐いた。


「ナマナカ峠の盗賊団の皆殺し事件、カタイ・コンドのペロシ・カップの捕縛、キュア・ビーティーの殺害と竜門会の壊滅、そして、死霊街にいたアンデットの完全浄化…たった三年でこれだけの出来事が起きている。そして、今しがた入った情報では赤竜の砦もまた、大規模な戦闘が起きて多数の竜人族の死者が出たとの事だ。」


ヒキを筆頭とする長官会議出席者は、カウペルの発言に反応せず、黙ってカウペルの発言の続きを待っていた。


「死霊街のアンデットが完全浄化されたという話は、実は我が国の国防上重大な事である。死霊街は、文字通り数千・数万といるアンデットの巣窟であり、それ故に開発も進まず未開の地であったが、同時に隣国であるビチク・コンドの軍事侵攻を牽制する役割も持っていた。

しかし、アンデットの脅威が去ったという事がビチク・コンドに知られれば、非常にまずい。仮にビチク・コンドの軍勢が攻め込んだ場合、前衛となるオーシマルは簡単に落ちよう。しかもあそこに住んでいる人間の大半はヌル族だ。彼らはナメコンドに対する忠誠は皆無の愚かな民族だ。ビチク・コンドの連中にそそのかされて簡単に裏切るだろう。」


カウペルが言わんとしている事の意図が具体化するにつれ、長官会議の出席者の表情が青ざめ始めていた。


「まてまて!カウペルよ!」


カウペルの物言いに、外交部長官であるキツボ・サキが堪らず口を挟んできた。

キツボはカウペルの実兄だった。

サキ家はナメコンド国独立時以来、ナメコンドの武を司ってきており、同家の当主は長子が継ぐと決められたものではなく、武術・戦術・用兵術に優れた者が当主になるという根っからの武を貴ぶ家であった。

カウペルはキツボより一歳年下であったが、これら家督を継ぐ条件を照らし合わせた結果、弟のカウペルの方が優れていると判断され、今に至っていた。


「何でしょう。兄様。」


「死霊街のアンデットが消滅するという報告も信じ難いが、それが事実であると仮定してだな…それで、ビチク・コンドの兵が攻め込んできたとしても、オーシマルのヌル族の解放と裏切りは、いささか懸念が過ぎてないか?ヌル族とオーシマルの守りは、赤竜の砦の竜人族がいる為、ビチク・コンドにせよ、ヌル族にせよ簡単に手出しは出来ないと考えるが。」


キツボの反論に対して、そうだ、そうだという声が挙がった。

追従の声の主は内務部長菅のデリュ・ウルと農務部長官のドッピュ・イトであった。


カウペルは、キツボの反論やデリュやドッピュの追従の声にあからさまに呆れた表情を見せながら反論した。


「先刻、赤竜の砦の竜人族が多数死んだと話しましたよね?砦にいる竜人の三割が死に、その倍が負傷しているのですよ…壊滅です。彼らの抑止力は全く期待できません。」


会議室がしんとなった。

その場に居合わせた長官達は、見たくない現実、懸念、脅威を認めざるを得なかったのだ。

長官達は次につなげる言葉を失い、会議室は暫くの間、沈黙が会場を支配した。


「いったい…よー、この三年間の事象がビチク・コンドの仕業としてだなー…、一連の騒ぎを起こした奴ってのが分かってんのかよー?…ていうか、これだけの事をやらかしているんだー、結構な規模の組織的活動だろーが!これを警察部は察知できなかったって事だよなー?ラメぇ?おめーの失態だよなー?」


会議支配する重苦しい沈黙を打ち破ったのはヒキ・イトであった。

ヒキの声には、隣国の侵略工作に三年間に渡って察知できず無策でいた警察部に対する怒りの成分で溢れていた。


「ヒキどの、それは違います。」


ヒキの憤怒の炎に水をぶっかけるかの如く、カウペルはヒキの発言を否定した。


「警察部が察知出来る訳ないのです。これら一連の事象は大人数による組織だった行為の結果ではなく、たった三人の者によって引き起こされた事象なのですから。」


カウペルの発言に再度、室内にざわめきが走った。

たった三人でナマナカ峠の盗賊団の殲滅や、死霊街のアンデットの浄化、強者集団である赤竜の砦の竜人達の殺傷など出来るのか?と。

もし、そうならば、その三人は人の姿をした災害ではないか。


「我々軍部は、この三人の行動履歴、そして目的について調査中にあります。現時点で彼らが何を目指して行動しているのか動機が不明ですが、ビチク・コンドによる侵略行動の可能性も考慮にいれております。」


「カウペルどの、その三人の目的とやらを確認してほしいンだわ。そもそも天然の防壁であった死霊街がただの森になったとあっちゃあ、ビチク・コンドからの軍事行動に対応する為に必要な予算を組まねェと不味いンだわ。」


ウ・ウルは、死霊街に(本人達の思いは知らぬが)国を守る防壁を担っていたアンデット達が消滅した事で、これに変わる新たな国軍兵と砦の建設。そして、オーシマルに配置する国軍への増員とそれに伴う必要予算の積み上げが必要であるとの思いがあった。

国防の根幹を現在進行形で揺るがしている三人が、今後どういった行動を取るのか?彼らの進む先々で国の守りを弱体化させているというならば、彼らが次にどこに向かうのかは、ウ・ウルにとって非常に気になる点であった。


「三人の詳細情報については、分かり次第、逐次共有させて頂きます。場合によっては、討伐の命令を発出する事も考えておりますので。」


長官達は、国防を揺るがす三人…つまりは、ムタロウ達を必要以上に恐れ始めていた。

肥大化した恐怖心は冷静な判断を奪い、ムタロウは国家の敵であるという意識を形成しつつあった。

この日は、ナメコンドがムタロウを初めて認識した日であった。


今回は書く事前準備に時間が掛かりました。


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