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悪党狩り  作者: 伊藤イクヒロ
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赤竜ムセリヌ

久しぶりに連続投稿しちゃいました。

苛烈と言って差し支えない戦闘は終わった。

水盾を1時間弱展開していたクゥーリィーは疲労と緊張の糸が切れた事で水盾の水気と自分の小便でぐちゃぐちゃになっていた地べたにへたり込んでいた。

聖光を掛け続けていたラフェールも同様に地べたにひっくり返り、泥だらけになっていた。

ムタロウは肩で息を切らし赤竜であったモノを睨みつけていた。


赤竜は竜の石像に変化していた。

そして、石像の足元には緋色の紙を持った若い女がおいおいと泣いていた。

ムタロウは、目の前でおいおいと泣いている女が、つい先刻までムタロウ達と激闘を繰り広げた赤竜の真の姿であると俄かには信じられず、立ちすくんでいた。


女は両手で両目をごしごしと拭くと、眉間に皺を寄せながらムタロウを睨みつけた。

女は身長160センチ程。

髪の毛と瞳は緋色で燃えさかる炎そのものであった。

火蟲で構成された、例えるならば未開の地の住民が着る様な簡素な布を身体に巻き付けており、おおよそ身なりというものに無頓着である事が見て取れた。


「お前ら…これで勝ったと思うなよ!」


女の第一声は小者感溢れる典型的な敗者の弁であった。

敗北で震える緋色の髪は炎そのものであり、怒りと屈辱で逆立っていた。


「お前等はずるい!卑怯だ!あれは戦いではない!」


女を尖らせ、火蟲の唾を散らしながらまくし立てた。


「…。」


「大体、あたしの火魔導を防御する水盾をあんな長時間展開出来るなんて出鱈目あるか!頭がおかしい!そこの女!!!」


女はクゥーリィーを指差した。


「え、私が…頭おかしい???えっ?私が?」


指を指されたクゥーリィーは、このパーティーの中で唯一常識と良識を兼ねていると自負していた為、「頭がおかしい」と言われた事に衝撃を受けていた。


「クゥーリィー…お前さん、何ショックを受けてるのじゃ?ひょっとしてじゃが、まさかお前さん、自分がまともだと思っていたのか?」


クゥーリィーの顔を覗き込みながらラフェールが衝撃の一言を放った。


「えっ!?」


「えっ?」


「‥‥。」


「‥‥。」


「クゥーリィー…小便をだだ漏らししながら水盾展開している女がまともか?少なくともお前さんの下半身のだらしなさは普通じゃないと思うぞ?」


「なっ…」


「そもそも、お前の小便漏らし癖が、赤竜の砦に着いてからのトラブルの切っ掛けじゃないかのう…もう少し反省してもらいたいものじゃ」


知られたくない事実をムタロウの前で言われ、クゥーリィーは固まっていた。

そんなクゥーリィーを見てラフェールはニヤニヤと笑っている。


「お前もだ!そこのババア!」


今度は女がラフェールを指差して怒鳴り散らしていた。


「お前…範囲治癒魔導の聖光を長時間かけ続けて、かつ、あたしの魔導で欠損した部位を瞬時に再構築するとか…いいのか!?お前!一個人に干渉していい存在じゃないだろう!どういうつもりなんだ!」


女はラフェールに対して言いたいことがある物言いであったが、一方で口に出来ないもどかしさにフラストレーションを感じている様であった。

女の言葉を受けたラフェールの様子が気になり、ムタロウはちらりとラフェールを見た。


「ほほほほほっ!何を言ってるのじゃ?わしは見た通りの聖光使いのババアじゃぞ!

そんな姿って、そんなにこれが見たいか?見たいならば、ほおれ!ミロミロ!」


そう言うとラフェールはしわしわに伸び切った乳を引っ張り出し、両乳首をつまんでぶんぶん回し始めていた。

その様子を見てムタロウは目を逸らした。

女は緋色の髪を逆立て、怒りで顔を紅潮させていた。

怒髪天を突くとはこういう事なのかなと、ムタロウは思いつつ、ラフェールにおちょくられたこの女に同情した。


「お前は…赤竜だよな。」


ムタロウはラフェールにおちょくられている女が可哀想になり助け舟を出した。

ムタロウに声を掛けられた女は、緋色の毛を逆立てたままキッとムタロウに顔を向けた。


「そうだ!あたしは赤竜であり、火魔導の元締めであり火の神であるムセリヌだ!」


ムセリヌが名乗ると、ムセリヌの周囲を漂っていた火蟲が呼応するように発光し、ムセリヌの全身が発光したかのように見えた。


「お前!転移者だな!?名前は?」


「ムタロウ…ムタロウ・チカフジだ。」


「そうか、ムタロウ…お前の能力はそこの二人の能力よりも遥かに出鱈目だ!この世の理を無視してるきわめて危険な能力だ!」


ムセリヌは怒りと深刻さを混ぜた表情でムタロウを睨みつけた。


「どういうことだ?未来視は確かに珍しい能力だとは思うが、これを有している能力者は少なからず存在する。その何がこの世の理を無視した能力になるのか?」


ムタロウは、ムセリヌの言う事が理解出来ず思わず聞き返してしまった。

転移者はかなりの確率で特殊な能力を持つ事が多い。

無論、人によって能力の強さに濃淡はあるが未来視の能力を有す転移者は少なからずいた。

世間一般では先読みに優れた能力という程度の能力であった。

敢えてムタロウの未来視の特殊性をあげるとすれば、命の危険に晒された時にのみ発動するという条件であり、その発動条件こそがムタロウをここまで生き永らえさせたと言っても過言ではなかった。


「(あ、未来が見えていたんだ。だから毎回ギリギリの攻撃を避けられたのね)」


ムタロウの能力を初めて知ったクゥーリィーは二人のやり取りを聞いて呑気に一人納得していた。


「ムセリヌよ!そろそろ黙った方が良いと思うぞ。」


ラフェールが少々強い口調で二人の会話に割って入った。

ラフェールの言葉に、ムセリヌはぐぬぬとなりながらも、ラフェールの言葉に従い、黙り込んだ。

そんなムセリヌの様子を見て、クゥーリィーはラフェールとムセリヌの関係性に疑問を持った。

まるで旧知の仲であり、そして立場は決して対等ではないものを感じたのだ。


「ふん、まあいい…それで…おまえらはあたしに何の用事があって来た?白竜を倒した赤眼の豚の仲間か?もし、あたしを殺すつもりでも無駄だぞ!あたしは神だからな!死んでも死なん!」


実際、先刻の戦闘で嘴を斬ったにもかかわらず、ムセリヌの外観は無傷であり、彼女の言う死んでも死なんという言葉は本当なのだろうとムタロウは思っていた。


「白竜が赤目の豚に殺されだと?竜族が豚如きにやられるのか?」


「さあ、あたしにも分からん…フキシオが豚如きに遅れをとるとは思えんがな。」


「フキシオ?」


クゥーリィーが口を挟んできた。

会話の中で唐突に出てきた固有名詞が何であるか分からなかったのだ。

そんなクゥーリィーの横やりを受け、ムセリヌは苛立った表情をクゥーリィーに露骨に向けた。


「ふん、小便女は学がないな。フキシオは水魔導の主、白竜の名前だ!あれだけ水盾の世話になっておきながら、よくもまあ…」


「‥‥。」


「白竜の事や、赤目の豚の事は知らんが、別に俺はお前を殺しに来たわけじゃない。」


ムタロウはムセリヌに一喝されて涙ぐんでいるクゥーリィーを無視しして会話を続けた。


「ほお…では、あたしに何の用事できたんだ?」


ムセリヌはムタロウの返答に俄然興味が湧いたようで、緋色の瞳を大きく広げて問いかけていた。


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