対赤竜
どうしてこの人はこうも好戦的なのだろう?
寝ている振りをしている赤竜に腹を立てるのは分かるけど、わざわざ怒らせる必要はない。
相手は火魔導の元締めとも言われている竜だよ?
そんなの相手に普通、鼻の穴に剣を挿し入れる?
あたまがおかしい。
お陰で、私は今、命の危機に直面している。
これまで見た事のない数の火線が私たちを襲ってきている。
炎の雨…いや、豪雨と言っていい。
水盾を張ってどうにか耐えているけど、攻撃に転じる事なんてできない。
火線の豪雨に耐える事しかできない。
あたまのおかしな人がもうひとり…
私の後ろに、いる。
「ふぇーふぇふぇふぇふぇえふぇッッ!!!」
ラフェールだ。
なんでこの状況で、興奮して大きな声で奇声をあげるのか?
はっきり言ってとてもうるさい。
集中力が乱れる。
静かにして欲しい。
この二人は頭がおかしかった事をすっかり忘れていた自分にとても腹が立つ。
◇◇
寝たふりをしていたら鼻の穴に剣を挿され、鼻腔内を出血した赤竜は、案の定怒り狂い、そのまま戦闘が開始された。
「クゥーリィーは水盾を張れ!球体だぞ!半円だとやられるぞ!」
「は、はいっ!」
「ラフェールはクゥーリィーの後ろに回れ!欠損対策を頼む!」
「ひひ、分かったよ!」
「じゃあ、行くぞ!」
水盾は水魔導に於ける基本である。
水蟲が作り出す水膜によって物理・魔導攻撃を防御する。
物理攻撃は水膜によって弾き、土魔導(電撃)はいなし、火魔導は消す。
魔導師は、一般的に水盾を地面の起点として半球状に展開する。
これは、地面が強固な防御壁と見做しての事であった。
しかし、ムタロウはクゥーリィーに対して水盾を文字通り球体にする様指示をした。
つまり、地面の中にも水盾を作れと指示をしたのであった。
「ほれ!いけ!」
ラフェールはムタロウに聖光の光を浴びせた。
ムタロウの全身が聖光に包まれる。
聖光の光を纏ったムタロウは一直線に赤竜に突進する。
赤竜はあいさつ代わりに口から火炎を放つ。
予期する迄もなくムタロウは左に避ける。
ムタロウが避け切った所を予測したかのように、赤竜の背中のひだから10本の火線が弾ける…と同時に赤竜の尻尾のひだからも10本の火線が弾ける。
背中から発せられた火線は円状に散り、鋭角に曲がりながらムタロウを襲う。
尻尾から発せられた火線はクゥーリィー目掛け飛んでいく。
ムタロウは未来視を発動させ、火線を全て避けきっていた。
クゥーリィーは精神を集中させ、水盾ですべての火線を受け切っていた。
赤竜は必殺の攻撃を躱され、防御された事など一顧だにせず全身から火線を放ち、飽和攻撃を仕掛けた。
正に炎の雨…豪雨であった。
クゥーリィーはあまりに壮絶な攻撃に恐怖し、小便を漏らしながら必死になって水盾を張り続け、炎の豪雨に耐えていた。
何本かの火線がクゥーリィーの手前に落ちていた。
「…外している?」
そうクゥーリィーが思った瞬間、地面に潜った火線が地中に展開している水盾に被弾した衝撃が走った。
赤竜は火線を地中に潜らせ、下方から不意打ちを仕掛けたのであった。
この時、クゥーリィーはムタロウが水盾を球体に展開しろと指示した意図を初めて理解し、もし指示に従わなかったら自分達は火線の餌食だと思い、恐怖した。
火線の飽和攻撃に対し、ムタロウは未来視を発動し続け、赤流が繰り出す攻撃を攻撃を八割方避けていた。
戦闘中、未来視が連続発度しており、赤竜の攻撃は全て見えていたが、流石に攻撃の手数が多すぎ、見えた未来に対する対処…つまり脳の処理が追い付かないために襲ってくる火線の二割は被弾していた。
それでもムタロウが戦闘を継続できたのは、火線に被弾し手足が欠損する度にラフェールがムタロウに掛けた聖光がムタロウの被弾個所を自動的に修復していた為であった。
聖光の継続掛けなど、この世界で出来る治癒魔導師などいる訳もなく、ラフェールが異常能力者であるからこそであるが、一方の赤竜の火魔導の飽和攻撃も規格外の攻撃であり、兎にも角にも双方出鱈目な戦い方といえた。
被弾しながらもムタロウは赤竜に接近し、剣撃を与えていた。
消耗戦であった。
このような消耗戦が時間にして40分程続いたのち、赤竜は突如火線による攻撃を止めた。
すると、赤竜の目線の高さに複数の火蟲が白い光を放ちながら横切り光の線が空中を走った。
ムタロウはそれを見て、慌てて後ろに飛び跳ね、クゥーリィーの水盾の中に入り込んだ。
ムタロウが水盾の中に入ると同時に光の線を起点に業火の壁が溢れ出し、そのまま轟音を立ながらムタロウ達を過ぎ去っていった。
炎壁と呼ばれる範囲攻撃であった。
火線を悉く避けるムタロウに対し線の攻撃では埒が開かぬと判断した赤竜が面による攻撃へと切り替えたのであった。
そして、ムタロウが水盾の中に入り、うっとおしい連中が一点に集中したのを見た赤竜は…
ぶおん・・
水盾を展開する周辺の地面が赤く光った。
と同時に、爆音とともに炎の柱が天を貫いていた。
炎柱
水盾を有り余る炎魔導で吹き飛ばそし、ムタロウ達を焼き尽くそうと思った赤竜の試みであった。
しかし
赤竜の必殺の炎柱でさえもクゥーリィーの水盾は耐え切った。
赤竜の表情に驚愕の色が見えた。
先読みをするムタロウ、聖光の連続掛けが出来るラフェールのみならず、赤竜の怒涛の攻撃を水盾で耐えきるクゥーリィーも異常であったと赤竜はこの時初めて悟ったのであった。
(尤も、クィーリィーは自分も普通ではないという自覚は無かったが。)
これまで嵐の如く繰り出された火魔導が途絶えた。
驚きと、文字通り全力を放った事による一瞬の息切れであった。
その時をムタロウは見逃さなかった。
ムタロウは水盾から飛び出し、赤竜に迫る。
放心状態であった赤竜は我に返り、全身から火線を放ち迎撃する。
火線は100本以上はあろうか。
ムタロウの頭から足のつま先まで刺し貫く殺意の炎だ。
赤竜は勝利を確信していた。
しかし…隙間なく発した筈の火線の雨に、何故かぽっかりと赤竜へと続く空間が生じていた。
それはあまりにも都合良く最短で赤竜に通じる穴であった。
針の穴ではない、大きな穴であった。
「何故だ?」
赤竜は混乱した。
そして混乱の中で口元に激痛が走った時、我に返ったのであった。
赤竜の尖った口はムタロウによって斬られていた。
驚愕と共にムタロウを見た時、ムタロウは既に構えを取って次の攻撃に移る体勢に入っていた。
勝負あった。
戦闘を見ていたクゥーリィーの心臓は興奮から爆発するかと思う程に激しく鼓動を鳴らしていた。
ラフェールは、猿の様な奇声をあげていた。
そのとき…
「ずるいじゃないかあああ!!!!おかしいじゃないかああああ!!」
およそ戦闘の場にはそぐわない、女の泣き声が戦いの場に響き渡っていた。
その鳴き声は戦闘は終了の合図であった。
当初考えていた内容と全く違ってしまったので、びっくりしました。




