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悪党狩り  作者: 伊藤イクヒロ
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目覚め

赤竜が住まいとしている社へ向かう石の階段は急こう配に無理矢理作られた事もあり、三人は階段を上るのに難儀した。

三人は額に汗の玉を作りながら進んでいた。

登り始めこそ、三人は急だ、しんどいと軽口をあげていたが、半ばを過ぎたあたりで徐々に無言となり、頂上が近付く頃には、荒い息遣いしか聞こえなくなっていた。


特にクゥーリィーは三人の中で最も体力がない事もあり、この上り行程がいつ終わるのかばかりを考えていた。

「もう限界だ。」と思ったのと同時のタイミングで引き上げていた左脚を降ろした時、ある場所に石段が無く、態勢を崩してひっくり返った時、彼女の視界に入った風景を認知しと同時に沸き起こった歓喜の感情と、肩を強打した痛みが入り混じり、クゥーリィーはおかしな呻き声をあげていた。


一通り歓喜と苦痛の混じった声をあげたあと、クゥーリィーは大の字になってひっくり返っていた。

首を横に動かすと尻餅をついてぜいぜいと息を切らせて動けなくなっているムタロウとラフェールがいた。


「やっと…ついたな…」


息を切らせながら、ムタロウは感慨深い様子で言葉を発した。

ムタロウの言葉を受けて、ラフェールとクゥーリィーは先に広がる景色を見た。

山頂はこれまでの山道の鬱蒼とした鬱憤を晴らすかの様に石畳で整備された平坦な敷地が広がり、奥には木造の社が静かに建っていた。

その社周辺を漂う空気感は、明らかに他の場所とは異なり、人外の何者かが棲んでいる雰囲気を放っていた。


「行ってみよう」


社は、柱から戸、屋根まで全て木で出来ていた。

それらすべてに竜の彫刻が施され、この地の竜人による赤竜信仰の深さを見る事が出来た。

建屋の奥行はとても深く、ムタロウが戸を開けて建屋の中を覗いて見ても、何も見えず静寂と人外の何かが棲む空気感が漂っていた。


三人は黙って建屋の中に入り、建屋の最奥部を目指して進んでいた。

建屋が放つ空気感であろうか、貴竜に会う時とは違う緊張感を三人は感じながら歩を進めていた。

上下左右、の辺りで伐採したであろう木材を利用した柱と屋根による通路が広がっていた。柱や屋根の隙間から光が漏れ、漏れた光からチリチリと火蟲が放つ光が揺らめいていた。


通路を進んでいくと三人の目の前に竜の顔が彫り込まれた幅5メートル、高さ3メートルの木製の扉が現れた。

扉に刻まれたた竜の彫刻は、竜の鱗一つ一つ再現されて、竜の目に当たる部分には紅玉が施され、まるでこの扉そのものに生命が吹き込まれている様であった。

この社を建設した竜人達の赤竜信仰の深さが感じられた。


「扉を開けるぞ…分かっていると思うが、この感じ…赤竜は近い。守護者が現れ、戦闘になる可能性もある。皆、心してくれ」


ムタロウが、緊張を含んだ声で注意を促し、それを聞いたクゥーリィーはごくりと唾を飲み込んだ。ラフェールは目をしばしばさせていた。


ムタロウが扉に両手を載せ、全体重を乗せる様な形で扉を押し始めると、重量のある木製の建具が重々しく、周囲に響く甲高い音を鳴らしながら左右に開き始めた。

扉が開ききり、扉の向こう側が見えてくると、ムタロウ達は思わず「あっ」と声をあげていた。


扉から距離にして30メートル先に赤竜が転がっていた。

遠目からでもはっきり目視出来る鮮やかな赤い鱗に覆われた竜であった。

体長は25メートル、体高は、15メートルはあるだろう。

赤竜の周囲には、火蟲の群れが多数、粉の様にチリチリと飛び交っており火蟲の放つ光が、まるで赤竜そのものが発光しているような錯覚をもたらしていた。

赤竜は目をつぶって寝ていた。

三人の珍客にはまるで関心がない様な素振りであった。


ムタロウはすうと息を吸い込んでから数歩前に進み、声をあげた。

しんとなった建屋の中で、よく響く声であった。


「突然の訪問、申し訳ない。私はムタロウ・チカフジという。転移者だ。今回、私に賭けられた呪いを解呪する為に、貴方の鱗を頂きたくお願いにきた!」


建屋内にこだまするムタロウの声がすうっと消え、沈黙が続いた。

赤竜は目をつぶっていた。


「赤竜どの!我が願いを先ずは聞いて貰えないだろうか?」


ムタロウは再び目をつぶっている赤竜に呼び掛けた。


「ゴロロロロ」


二度目のムタロウの呼びかけに赤竜は唸り声をあげ、長大な尻尾を左右にぶんぶんと振って反応し、そして終わった。


「舐められているということか。」


ムタロウはつかつかと赤竜に向かって歩き、赤竜の鼻先で立ち止まった。

ムタロウがあまりにも自然に、無防備に赤竜のもとへ歩いていったため、ラフェールもクゥーリィーも意表を突かれ、目を丸くして口をぱくぱくさせていた。


ムタロウの読み通り、赤竜は三人の珍客を取るに足らないものと無視を決め込んでいた。

呼びかけに対してぞんざいな態度を取れば、腹を立てはすれども、神に等しい存在に対し何も出来ずに憤然としながら帰っていくだろうと高を括っていたのだった。


ムタロウは寝たふりをしている赤竜を見ながら剣を抜き、剣先を赤竜の鼻孔に挿し入れ始めていた。

刀身は鼻腔を通り、するすると赤竜の鼻の中に埋まっていく。

赤竜は目の前の人間の狼藉に苛立っていたが、矮小な存在に対して無視をすると決めた手前、起きる事が出来ない。

鼻腔に異物が入り、かつちょんちょんと触れる感触が非常に不快であったが、どうにか堪えていた。

すると、矮小な人間は突如、挿し入れた剣を突如引き抜いた。

引かれた刀身が勢いよく鼻腔を撫で皮膚が切れた。


「ゴロおおおおおん!」


赤竜は思わず、声をあげ床につけていた首を持ち上げ、無礼を働いた人間を睨みつけた。

剣を挿れられた左の鼻の孔から血がしたたり落ちていた。


「ようやく起きてくれた。赤竜どの。よく寝ていたので、どうやったら気持ち良く起きれるか悩んだが、しゃっきり起きてくれて安心した!」


人の悪い笑顔を見せながら、ムタロウは赤竜にしゃあしゃあと挨拶をした。

それを聞いて赤竜は、ぐぬぬと悔しそうな表情を浮かべている様にクゥーリィーには見えたのだった。


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