風船
インノとインケは戦闘に於いて、必ず同期した動きを以て戦闘に臨む。
インノは火魔導を帯びた魔槍(インノはこの魔槍をコンジロムと称していた)を用いて防御無視攻撃に特化した動きを。
インケは防御など一切考慮しないインノを守護する為、火魔装3点(小手・胴・面)を以て敵の攻撃を受け止める役割を担っていた。
インノの魔槍コンジロムは刃先から粉状になった火蟲を撒き散らし、炎の帯をインノの後を追って帯を形成し、敵の動作方向を狭め、進退窮まった敵がインノに直接攻撃を仕掛けた際に、インケが敵の攻撃を火魔装で受ける…というのが彼らの戦闘パターンであった。
インケの火魔装はその防御力もさることながら、最大の特徴として、敵側の繰り出す攻撃が魔装に接触すると、魔装に宿る火蟲がたちまち、炎の百足の様に接触面を伝って敵の身体にまとわりつき、敵を焼き殺すという攻防一体型の魔防具であった。
敵を殺害した数は、攻撃担当であるインノよりも防御担当のインケの方が遥かに多く、結果としてインノは激しい攻撃を行う事で、敵を袋小路に追い込む役割といった方が正しかった。
今回のムタロウとの戦闘に於いても二人の思惑通り、ムタロウはインノのコンジロムが放つ火蟲の帯によって動きを封じ込まれ、インケの火百足によって決定的な隙が出来た処で止めを刺している筈であった。
しかし、コンジロムで心臓を貫いていたであろうムタロウは、二人が気付いた時には、背後に立っており、インノに突きを入れていた。
インノは後方に倒れ込むように一回転する事で辛うじてムタロウの突きを躱すも、この間で何が起きたのか状況の整理が出来ず、混乱していた。
ドン・ドン・ドン
3本の火線がインノ目指して飛んできた。
ムタロウと距離が出来た為に、クゥーリィーが火線を放っていた。
「ぐぅっ」
すぐさま、インケがインノの前に立ち、3本の火線を受け止めていた。
「魔導士がッ!」
インノはぎろりとクゥーリィーを睨みつけ、クゥーリィーに飛び掛かった。
バンッ
インノは自身の左脚に猛烈な痛みが発したと知覚した。
と、クゥーリィーを捉えていた視界が、自分の意志に反して、下にスライドしていった。
インノは、地を跳ぶ事が出来ぬまま顔面から地面にダイブしていた。
インケはインノの動きに同期して、インノの直ぐ後ろで影の様にクゥーリィー目掛け、跳んでいたが、前方を跳んでいる筈であったインノは墜落し、結果、インケはクゥーリィーと相対していた。
「!?」
インケの視界に入っていたクゥーリィーの背中から4本の糸が弾けた。
途端、インケの両手両足の自由が無くなり、そのまま空中で大の字になって拘束されていた。
火糸であった。
「なっ!…インノ?どうしましたか?」
インケが声を張り上げ、地面を見ると、左脚を吹き飛ばされたインノがうわああと激痛で転がり回っていた。
吹き飛んだ左脚周りには命の神、インカクの空気が色濃く漂っている。
「こ、これは…治癒魔導…だと!?」
インケは驚愕していた。
治癒魔導による攻撃は一般的にアンデットに対して行うものである。
インケは無論の事、インノもアンデットではない。
故に、治癒魔導による攻撃で左脚を破壊される事はありえない話であった。
「ま、半分当たりじゃのう」
空中で大の字になって拘束されているインケの股の下をすたすたと歩く老婆がいた。
ラフェールであった。
「わしの治癒魔導はのう…効きが良すぎてしばしば健康な者の身体を壊してしまうのじゃ。お前の相棒は、動きも早いし、持っている魔道具も厄介だからのう。取り敢えず脚を封じさせて貰った。」
ケケケと嗤う老婆は邪悪な老婆そのものであり、命の神インカクのお裾分けを受ける治癒魔導師には見えなかった。
「があああああああっ!」
ラフェールに気を取られていたインケであったが、インノの絶叫で我に返った。
インノに目を向けると、インノはムタロウによって右脚も斬られていた。
「悪いな、足癖が悪いので躾けておいた。」
ムタロウはそう言うと、インノの右腕を斬りつけ強制的にインノから魔槍コンジロムを引き離していた。
「な…なんてことをするのですかッ!」
インケは怒りで目を真っ赤にさせながらムタロウに抗議をしていた。
生死を掛けた戦いに於いて、戦いに敗れたものがどのような扱いを受けるのか、インケは頭では分かってはいたが、目の前で友が受けている仕打ちに対し、冷静でいられなかった。
「お前らが無断でムセリヌ様の敷地に入って来て、私はビュルルを殺されている!ビュルルは何もしていないのに…だ!」
「……。」
「更にッ!あなた達はインノの両脚を…そして、彼がムセリヌ様から賜った宝槍…コンジロムも余りにも惨いやり方で奪った!あなた達に慈悲というものはないのかッ!?」
インケの言い分は支離滅裂であった。
そんなインケの言葉に、ムタロウは溜息をつきながら、インノの頭に剣をそのまま降ろした。
インノの身体がぶるっと跳ね上がり、そのまま動かなくなった。
「何か、お前ら勝手に被害者ぶっているが、元はと言えばお前らが仕掛けてきた喧嘩だぞ?負けた途端に俺達を非道呼ばわりするのはやめて貰いたい。」
「お、お、お…お前らに竜人に対する愛はないのかーー!」
インケは逆上して喚き始めていた。
火糸の拘束を外そうと手足をバタバタと動かしていた。
さながら、自転車に一部を轢かれ苦痛で藻掻く芋虫のように激しく胴体がくねっていた。
「ラフェール、気持ち悪いからやってくれ。」
「分かったよ!ほいっ…」
ラフェールはそう言うと、右手に持った枯れ枝の様にしか見えない杖をインケの股間に向け、聖句を述べ始めていた。
それが聖句と呼ぶべきなのか、いささか疑問ではあるが、ラフェールの口から発する聖句は、確かに命の神、インカクを湛える一節が含まれていた。
「ああああああッ!!!」
突如、インケは驚きと、苦痛と、恍惚の入り混じった表情で叫び始めた。
ラフェールが発した治癒魔導は「聖波」
と呼ぶものであった。以前、ナマナカ盆地でラフェールが強盗団に掛けた治癒魔導「活性」の上位魔導であり、生物の細胞を非常に過度に活性…暴走させ、破壊する魔導であった。
インノの左脚を吹き飛ばしたのも、この聖波によるものであった。
聖波によってインケの陰茎は活性化し、激しく勃起し始めていた。
火魔装を纏っているにも関わらず、輪郭が浮き出ており、さながら火蟲に包まれた炎の陰茎であった。
それを見て、クゥーリィーはどういった顔をすれば良いのか困った表情をこわばらせていた。
「やめろ!はち切れそうだ!痛い!痛い!痛い!」
インケの陰茎はジェット風船の如く膨れ上がり、誰が見ても限界が近い事が見て取れた。
「や、やめてくれ…なんで私がこんな目に‥‥」
インケはあまりにも惨めな最後を迎える事を悟り、ひと目をはばからず泣いていた。
クゥーリィーは、そんなインケを見て気の毒に思った。
「さ、見ていても仕方ない。先を急ぐぞ。」
ムタロウはラフェールとクゥーリィーに声を掛け、そのまま参道を進み始めていた。
ラフェールは何も言わず、ムタロウに後をついて行った。
クゥーリィーは、陰茎を限界まで膨らませて泣いているインケを見て心を痛めつつも、無言でムタロウの後を追って走っていた。
ばんっ…
ムタロウの後を追っていたクゥーリィーの耳に破裂音が入ってきた。
「ああいう死に方は嫌だな…」
クゥーリィーは呟きながらも振り向かず、ムタロウを追っていた。




