魔獣との遭遇
すいません。ちょっと更新が滞ってました。
クゥーリィーは信じられないものを見たと言わんばかりの表情であった。
クゥーリィーが驚くのも無理はなかった。
クゥーリィーの眼前につい先刻まで瀕死の状態であったラフェールが何事も無かったかのように立っていたのだから。
「えッ…どうして!?」
「ん?何がじゃ?」
目の前の信じ難い事象に頭の整理が追い付いてないクゥーリィーの挙動にラフェールはきょとんとしている。
「いえ…確かにムタロウが回復の施術をするとは言いましたが…その、槍で右肩とお腹に穴…開いてましたよね?それが、何事も無く治っているってどういうことですか?」
クゥーリィーの言う事は至極尤もで、ラフェールの右肩と左脇腹を貫いた槍は最も太い箇所で15センチメートル程の径があり、この槍によって貫かれたラフェールの身体が受けるダメージはこの辺りで売られているポーションでは無論の事、上級の治癒師でも完治に時間を要する程の大怪我だった。
「クゥーリィー、あまり詮索をするな。ラフェールは問題ない。それでいい。」
ムタロウが口を挟んできた。
「それはそうですが…」
よくよく考えてみれば、ラフェールほどよく分からない存在は無かった。
ナマナカ峠の野盗やウーマ砂漠の翼竜に使った活性の魔導。
死霊街で無尽蔵に出現するアンデット達の浄化。
今回の理から外れた瀕死からの回復。
この世の中に、これだけ出鱈目な存在があるのだろうか?
「今は、考え事をしている時間ではないよな?クゥーリィー?」
二度目のムタロウの声掛けは幾分強い調子であった。
そのムタロウの声にクゥーリィーはびくっと身体を震わせ、ムタロウを見た。
ムタロウの目は、「これ以上詮索するな」と語っていた。
彼らの周りは、断末魔の叫びをあげる竜人達の呻き声や死を間近に控えた最後の生の主張ともいえる痙攣で両足をばったんばったんと跳ね上げる音など、様々な音が無秩序に展開されており、正に地獄の様相を呈していたが、クゥーリィーにとっては、彼女を取り巻く状況よりも、ムタロウの目と言葉の圧力こそが、恐怖そのものであり、その恐怖にクゥーリィーの身体は敏感に反応し失禁していた。
「ま、事情は後で話すから、今は赤竜に集中するとしようじゃないかのぅ。」
ラフェールが、クゥーリィーの腰をぽんと叩きながら、クゥーリィーに声を掛けてきた。
「先ずは、お前さんが作ってくれた道を走るのが先決じゃ。先ずは真っすぐ走ろうじゃないか。」
ラフェールはそう言うと、参道へと続く道を走り始めた。
クゥーリィーは反射的にラフェールの後を追った。
その様子を見てムタロウも走り始めていた。
◇◇
赤竜が祀られているという祠へと続く道は、予想に反し極普通の山道であった。
特に石畳で整備されている事も無く、草木は伸びっぱなしであり、大雨によって崩れた石や倒木がそこかしこに転がっていた。
山というものは、基本崩れるものであり、人の手に寄る定期的なメンテナンスが無ければ、道は道としての機能を無くしていくものである。
林道や山道の荒れ具合は、人の管理の頻度が如実に現れる。
「何が参道じゃ…ただの山道…獣道じゃないか」
「崩落に気を付けろ。道の真ん中を歩いた方がいい。」
「いや然しのぅ…これ…何かいるのぅ」
ラフェールはそう言うと、参道に規則的に刻まれている窪みを指差した。
その窪みは長さ60センチメートル程の獣の足跡であった。
足跡は直径30センチメートル程の掌球と、20センチ程の長さの指球、そして10センチ程度の長さの爪部で構成されていた。
足跡は、参道に沿って迷いなく真っすぐ刻まれており、この足跡の主が日頃この参道を利用している事が伺えた。
「この足跡は…クマンコか…。」
ムタロウは眉間に皺を作りながら呟いた。
「クマンコ?」
「魔獣じゃよ。大型の魔獣じゃ。」
ラフェールがクゥーリィーの疑問に答えた。
クマンコは中央カマグラ山脈に生息している魔獣である。
体長は成獣で4メートル程になり気性は極めて荒い。
知能は魔獣として見ると極めて高く、その見た目と相反して獲物を襲う時は正面から襲う事は無く、岩陰や茂みに隠れて背後から獲物に襲い掛かり、力任せに丸太の様な前腕を振り分厚い掌球と折れ曲がった釘の様な粗雑な爪で獲物の頭をかち割って仕留める事を得意としていた。身の隠し方も、自らの足跡を踏みながら茂みや岩付近まで後退し、それらの近くに到達すると跳躍して隠れるというといった念の入れようであった。
ムタロウとラフェールは、そういったクマンコの習性を知っているが故に、ムタロウ達が置かれている状況があまり良い状況ではないと認識していたのであった。
「いるな…」
「いるの…」
ぼんッ!!
ムタロウ達の2メートル前方の道が突如爆せた。
ムタロウ達に激しい勢いで土・小石・枝葉が飛んできた。
不意を突かれたムタロウ達は、飛んできた土をもろにかぶり、目の中に土が入って事により目を潰された。
グオオオオォッ
足のつま先から頭の天辺までビリビリと痺れる巨大な咆哮に三人は身体が一瞬固まった。
それは日頃の鍛錬では克服できない本能的な恐怖がもたらす麻痺であった。
爆せた土煙の一部が勢いよく飛び出てきた。
それは土煙ではなく、クマンコだった。
クマンコは立ち上がり、右手を振り上げ、勢いよくムタロウの頭目掛けて右手を振り下ろしてきた。必殺の一撃であった。
「ぐあああっ!」
ムタロウは視力が回復していない中、クマンコの頭部への一撃を避ける為、両手で頭を抱える形で頭部をとっさに防御していた。
それが功を奏し、致命傷は回避できたものの、クマンコの攻撃をもろに受けたムタロウの左手首の付近は肉を抉られており、手首周辺は白いものが露出していた。
「あがあああああっ」
脳天を突き抜ける痛みにムタロウは地べたを転げ回っていた。
あまりの痛みに反撃に移る余裕がなかったのだ。
「ムタロウ!」
「ムタロウ!!!」
視力が回復したラフェールとクゥーリィーはムタロウの状況を目の当たりにし、ラフェールはムタロウに回復魔導を掛けるべく近寄ろうと、クゥーリィーはクマンコを排除しようとクマンコに向けて火線を放とうとした。
二人の様子を見たクマンコが嗤った。
「!?」
魔獣であるクマンコが嗤うなどありえない話であったが、ラフェールとクゥーリィーはこのクマンコが嗤ったのを見た。
このクマンコは明らかにムタロウ達を取るに足りない者と見下しているとクゥーリィーは認識した。頭の芯が怒りで発熱した。
どうっ!
クゥーリィーの火線がクマンコに放たれた。
これまで数多の強敵を屠ってきた必殺の一撃だ。
しかし
クマンコは飛来してきた火線を、ムタロウの手首を抉ったその左手で叩き落とした。
叩き落とされた火線は地面に勢いよく刺さり、ぼこおという音と地面から煙が噴き出たのち、無言となった。
正に力業。
単純な力が魔導を捻りつぶした瞬間であった。




