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悪党狩り  作者: 伊藤イクヒロ
60/86

小便

気付いたら60回目でした。

よくもまあここまで書けたと驚きです。

「少々狭いですが、こちらで待っていてください。」


赤竜の砦入りしたムタロウ達は、余所者が町に入る上で必ず受ける身元確認と登録を受けるべく、入管所と書かれた建屋に入り、氏名・年齢・出身地・・・そして赤竜の砦に来る前に居た町について質問を受け、一通り答えた後、ひと際身体の大きい竜人族の衛兵の案内を受け、そして、部屋に通された。

案内された部屋は、お世辞にも来客を迎え入れる部屋ではなく、入管所北側の日の当たらない薄暗く、湿気に満ちた黴臭い部屋であった。

部屋には客人を歓迎する様な装飾は一切なく、五メートル程の高さに一辺が三十センチの正方形の素っ気ない採光窓が設けられていた。

部屋の中はアンモニア臭が漂っていた。


「臭いな。」


ムタロウが部屋に漂うアンモニア臭に顔をしかめながら、部屋の片隅に目を向けると、視線の先に床面に二十センチ四方の穴があった。


「あれ…、便所だよな。」


「まぁ…そうなるのぅ。」


「あの…竜人族の方、言葉遣いは丁寧でしたけど、私たちの扱いはどう見ても罪人ですよね。」


クゥーリィーが三人ともが頭に浮かんだ自らの立場というものを代弁してくれた。

その時、背後で扉の鍵が閉まる音がした。


「あー鍵かけられちゃったよ。」


「これはいよいよ、ここの住民達がワシらを怪しい奴と見做している様じゃなあ。」


「いやいやいや!! 私たち、何もしていませんよね?この砦に来てから!」


「そうじゃのう…」


クゥーリィーの言う通り、ムタロウ達は赤竜の砦に入る為に、衛兵からの身元調査を受けたのち、この部屋に案内されたのである。

この間に罪人扱いされるような行動は取りようがなかった。

身分を詐称している訳でもなく、お尋ね者でもないのに…である。


「やはりあれか…最後に立ち寄った町がオーシマルって言ったのが拙かったか。」


ムタロウは失敗したなと言わんばかりに、考え得る理由を口にした。


「あー…」


クゥーリィーが、思い当たる節があるといった顔をしていた。

三人の頭に浮かんだのは、オーシマルに入った時に処刑されていた竜人族であった。

考えてみれば、オーシマルのヌル族と竜人族は対立関係だった。

竜人族の拠点である赤竜の砦にやってきた余所者がヌル族の本拠であるオーシマルから来たと聞けば、警戒くらいするだろう。

ムタロウ達がヌル族であれば、吊し上げにしたい所だが、どこからどう見てもムタロウ達は人間族の旅人であったため、感情と理性の葛藤の結果、このような扱いになったとクゥーリィーは考えた。


「まあ、半分だまし討ちで軟禁された形だが、武器は持たせて貰っているし、全員同じ部屋に入れられた訳だから、大人しくしていれば酷い扱いは受けないだろう。それに…」


ムタロウはそう言うと、つかつかと歩き扉の前に立つと、左手で拳を作りコンコンと軽く扉を叩いた。


「これくらいの厚さの扉であれば、いざとなったらクゥーリィーの火魔導で吹き飛ばせるだろう。」


そう言って、ムタロウは扉の横に座り込み、目をつぶった。


「ま、ムタロウの言う通りじゃの。もし奴らが危害を加えてきたら、その時に考えればよい話じゃ。」


ラフェールもそう言いながら石の床に腰を下ろしだらしなく足を投げ出していた。


「それは、そうですが…」


「何か気になる事があるのかの?」


「いえ…その…」


クゥーリィーが少し言い淀み、困った顔をしていた。


「どうしたんだ?」


クゥーリィーの困った声が気になり、ムタロウは目を開けてクゥーリィーに声を掛けた。


「い、いえッ!何でもないですッ!」


クゥーリィーはあからさまに狼狽しながら、顔を真っ赤にして汗をかいていた。


「?」


「ひひひひひ……そうか…わかったぞ…クゥーリィー……!!」


ラフェールが下卑た笑いを浮かべていた。


「ラフェールさん……それ以上言ったら、いくらラフェールさんでも許しませんよ…」


クゥーリィーがそう言うと、彼女の右指先に火蟲が集まりはじめ、指先に灯った光が不快な金属音を立てながら、刺すような光を強めていた。

警告であった。


「おお、こわいこわい…そんな脅さなくても、言いはせんよ…小便がしたいけど大好きなムタロウの前で・・・」


その瞬間、座っていたムタロウの傍の扉が、凄まじい轟音と共に吹き飛んでいた。

ムタロウが驚き、吹き飛んだ扉を見た時には扉は消し炭になっていた。

凄まじい火力であった。

あまりにも凶悪な魔力が至近距離を通過した恐怖でムタロウは少し漏らした。


「何の音だ!」


「貴様ら、何をした!」


入管所中に響き渡る轟音に驚いたのは、ムタロウだけではなかった。

その轟音は入官所にいた竜人族達を驚かせ、そして、脅威が入管所内にいる事を認識した。


ムタロウ達のいる部屋に駆け付けた竜神が見たのは、火線を撃った勢いで小便を勢いよく漏らしてしまい、羞恥心で顔を真っ赤にしながら肩で息をしているクゥーリィーと、直撃すれば確実にこの世から消滅していた火線を至近距離でいきなりぶっ放されて固まっているムタロウ。そして、自らの軽率な軽口で状況を悪化させてしまい、バツが悪そうなラフェールであった。


「お前等!やはりヌル族のスパイだな!人間族だからと吾らが油断して砦内に入れると思ったか!最初から怪しいと思っていたわ!」


「いや……違うッ!」


ムタロウはなぜクゥーリィーがいきなり火線を撃ってきたのか理解できずに困惑していたが、衛兵達の剣幕を見て、自分達の立場が悪化している事だけは認識していた。


「武装解除しろ!今ならば少なくとも、命の保証だけはしてやる!応じなければ、直ちに斬る!!」


「いや、ちょっと待ってくれッ!!!」


と竜人達に弁明をした途端、ムタロウの未来視が発動していた。

問答無用に前衛の二人の竜人の槍がムタロウの下腹部を貫き、後方から跳躍しムタロウの後ろに回った竜人がムタロウの背中にとどめの斬撃を加えている映像がムタロウの脳内で再生される。


「ちぃッ」


やむなくムタロウは石の床を蹴り前方に飛ぶことで二人の竜人との間を詰め、槍の有効間合いを避けた。

と、同時に剣を抜き剣の背で竜人達の首筋に向けて思い切り叩きつけた。

二人の竜人がムタロウの攻撃により意識を飛ばし、崩れ倒れていくのを目視するや、ムタロウは直ぐに踵を返し、目の前で起きた事象に呆気に取られていた二人の竜人の横っ面をやはり剣の背で叩きつけていた。


「おい、ラフェール!この四人を縛り上げろ!」


ムタロウは、どうしてこうなったと不本意に思いながらも、自身の思考とは別に、極めて的確に場を制圧していた事に自分自身驚いていた。

まるで、能力が発動してからの行動は予め決まっていた事であったと錯覚してしまう程、無駄のない行動であった。


「クゥーリィー!お前も手伝え!小便の処理は後だ!」


ムタロウの強い口調に、クゥーリィーははっとなり、火糸を指先から出して四人の竜人達を拘束した。


「アッ―!お前等!!!」


後から駆け付けた竜人達は、ムタロウ達に制圧された仲間を見て激高した。


「いや、違う!!話を聞いてくれ!!」


そんなムタロウの必死の呼びかけも空しく、ムタロウは再び能力を発動させてしまい、結果、先刻の衛兵と同じく制圧後、クゥーリィーの火糸で拘束していた。


「どうするかのぅ。困ったのぅ。」


この状況を作り上げた張本人がまるで他人事の様に発言しているのを見て、ムタロウはラフェールを殴りつけたくなる衝動に駆られたのだが、内輪揉めをしている状況ではないと、自分に言い聞かせ、この場を切り抜ける為にどうしたらいいかと気持ちを逸らそうと努めた。


「ムタロウ、何を悩んでいるのじゃ?悩む様な話じゃないだろう。」


「何言ってんだこの婆ァは!この竜人達の誤解を解かねえと駄目だろうが。」


ムタロウは、手を出す代わりに口汚く罵る事でラフェールに対する怒りの気持ちを静めようと試みた。


「いやいや、こいつらの誤解を解こうとしても無駄じゃよ。さっきお前の話なんて聞かずに殺しにきたじゃろうが! 」


「む…」


「こ奴らは、感情の発火点が低すぎる。今頃、この入管所の周りは竜人達に囲まれている筈じゃよ。」


さもありなんと、ムタロウは入管所の入り口まで進み、外を覗き見た。

外はラフェールの言う通り武装した竜人達がずらりとあたりを囲っており、とてもムタロウ達の言い分を聞いて貰える雰囲気ではなかった。


「くっそ…どうしてこうなった。」


ムタロウの独り言を聞いて、クゥーリィーがしゅんとしていた。


「ムタロウ、別に赤竜の砦に来ることが目的じゃないじゃろ?」


「あ?その赤竜に会って話をするために、ここの竜人に案内してもらうだろうが!」


 どこまで惚けた事を抜かしているんだと、ムタロウは思ったが、議論に負けない為には無限に屁理屈を言ってくる相手であったことを思い出し、言葉を止めた。


「ワシが案内出来るぞ!赤竜の所に。ワシ、30年前に会ったことあるし。」


「はぁ?…お前…早く言えよ…。」


「お前がワシに聞かないで勝手にルート決めてたんじゃないか!」


 ラフェールがむっとした顔をしていた。


「分かった、分かった、お前に聞かなかった俺が悪かった。…で、この砦のどの方向から出ればいい?」


ムタロウは、早々に竜人達の説得を諦め、ラフェールに賭ける事にした。


「簡単じゃよ、入管所の正門から続く道を直進した所にゲートがあってじゃの、そこを突破すればあとは参道じゃよ。…まあ急斜面で赤竜の拠点まで結構な距離なのでまあまあ大変じゃが。」


「ムタロウ!ラフェール!竜人達の数が増えている!」


外の様子を見ていたクゥーリィーが悲鳴をあげた。

悲鳴を聞いてムタロウは外を見た。

先刻確認した時に較べ、竜人達が見た処、倍程度には増えている。

竜人達の隊列の層が先程まで二列程度だったのが、今では五列程に層が厚くなっており、時間が経てば経つほどに、この場を切り抜けるのが困難になっていくと思われた。


「しょうがない、あいつらが頑丈だと信じて…」


ムタロウはそう言うと、クゥーリィーに身体を向けた。


「?」


「クゥーリィー、ラフェールが言うには、入管所正門から続く道の先に赤竜の拠点へと続く参道があるらしい。」


「はい。それで?」


「お前、正面に出て直ぐに全力の火線を撃て。それで正面にいる竜人達を蹴散らしたのち参道まで走る。」


「ええ…?」


「ええ、じゃねえ!大体お前があそこで火線撃たなければこんな事にならなかったんだ!自分でしでかした事の責任を取れ!」


「でも、全力の火線なんて撃った事ないから…どうなるか分かりませんよ?」


「大丈夫だ!あいつ等短気で頭も悪いが、身体だけは丈夫だから何とかなるだろ!」


「火線を撃つ迄の時間は俺がお前を守るから、何とかしろ!」


「ワシも守ってくれ!」


「うるさい!お前も原因の一つだろうが!自分で何とかしろ!」


その時、後方から竜人達が雪崩れ込み、手にしていた槍でムタロウの背中に向けて突き立てていた。

ラフェールとクゥーリィーに指示を出していたムタロウは背後から不意を突かれた形となった。

しかし、ムタロウは槍による突撃を予見していたが如く、槍の刃先を紙一重で避けると同時に、くるりと竜人に身体の正面を向け、ムタロウを襲った四人の竜人の目を突き、戦闘不能にしていた。


「クゥーリィー!未だかッ?」


「いいんですね? じゃあ・・・撃ちますッ!」


「(いいんですね?)」


クゥーリィーの言葉に引っ掛かったムタロウがクゥーリィーを見た瞬間、その意味がなんであるかムタロウは理解した。

足のつま先から血の気が行くのを感じた。


「あ、待った…」


ムタロウが、クゥーリィーに攻撃を止める様に指示しようとしたが時すでに遅く、赤竜の砦は轟音と共に真っ白い閃光に包まれていた。


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