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悪党狩り  作者: 伊藤イクヒロ
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小悪党

ようやく更新できました。

今回は大変だった。。

 ムタロウ達はオーシマルを発ち、街道に出てから赤竜の砦を目指し南へと進んでいた。

 オーシマルを発ってから10日程経つと、はるか先に連なっていた中央カマグラ山脈は、ムタロウの行く手を阻む壁の様に眼前に広がっていた。

 このころになると、すれ違う竜人族の数が目に見えて増えてきており、竜人族の生活圏に入った事をムタロウ達は嫌が応にも感じていた。


「ムタロウ、黄竜さまのお願いを断ってよかったのでしょうか?


 クゥーリィーが不安げな顔でムタロウに声を掛けた。

 ムタロウは、黄竜からオーシマルで密かに活動している赤目の豚種の排除を依頼されたのだが、赤竜の砦へ向かう事が最優先であると断っていた。

 仮にも神であり、土魔導の元締めである黄竜の頼みを断った事で、黄竜からの有形無形の報復を受ける事をクゥーリィーは恐れていたのであった。


「問題ないと思う…そもそもあの断面では赤眼の豚達を排除する理由が立っていない。」


 ムタロウの言う通り、赤眼の豚種は、オーシマルの軍事大学の訓練所で冒険者と模擬戦を行っていただけであり、不幸にも模擬戦の過程で冒険者側に犠牲が出ただけであった。

 ムタロウの目の前で起きた事象は、ただそれだけだったのだ。


「あいつらが今後、自分達の旅の妨げになるのであれば、話は別であるがな。」


「まぁ、ムタロウの言う通りじゃの。」


 ラフェールがムタロウの意見に同調していた。


「そもそも、気に入らんのは、配下のヌル族にやらせればいいものを、それをせずワシらにやらせようとする所が実に気に入らん!」


 ラフェールは珍しく感情を露わにしていた。

 ラフェールが皮肉や嫌味はしょっちゅう口にするものの、今回の様に感情を露わにするケースは滅多にないため、クゥーリィーは黄竜の間に何があったのだろうかと訝しく思った。


「ま、とはいえ、オーシマルにいるヌル族達ではあの豚達の相手は難しいだろうな。」


 ムタロウは、黄竜の判断を肯定した。

 ムタロウの言う通り、赤眼の豚種達が個々の戦闘力において、その辺の豚種に較べ遥かに上である事は一目瞭然であった。

 そのうえ、集団線に於ける統制が見事なまでに取れており、並の人間族の冒険者では、一方的な虐殺劇と化してしまったのは当然といえた。


「赤眼の豚と矯正委員会の組み合わせを目の当たりにすれば、間違いなくろくでもない事を企んでいるとは言えるが、今はそれよりも赤竜の鱗を手に入れる事が最優先だ。」


 クゥーリィーはそう言うムタロウの顔を覗き見ていた。


「(いつもならば、ここまで断言はしない…それだけ解呪に掛ける思いが強いということなのかな。)」


 クゥーリィーはムタロウの痒みの辛さが理解できなかった。

 クラミジアによる痒みの辛さが理解出来ないが故に、将来間違いなく脅威となる赤眼の豚種を差し置いて赤竜の鱗を優先させるムタロウの考えが理解できなかった。


「あれほど嫌いな豚種を差し置いてでも解呪が優先するのですか?」


 クゥーリィーの言葉には棘があった。

 言わなければ、波風は立たないと分かってはいたが、問い質さずにはいられなかった。


「ああ…、ラフェールの薬が切れると、耐えがたい痒みが出る。正直、正気を失う痒さだ。」


 そう語るムタロウの瞳はすうーっと光を失い、真っ黒になった。憎しみの色だった。

 この世界に転移した直後に舐めた辛酸を思い出し、忘れていたあの時の憎悪の感情を呼び起こしている様だった。

 クゥーリィーは自らの発言を後悔していた。

 その人にとって譲れないものが、他人から見て如何に取るに足らないものであろうと、それを馬鹿にしたり咎めたりする権利は無いのだ。

 クゥーリィーの問いは、ムタロウの心を土足で踏み込む行為に等しかった。。


「ムタロウ!見えて来たぞ!赤竜の砦じゃ!!」


 クゥーリィーが後悔と自己嫌悪に苛まれている中、前方を歩いていたラフェールの叫び声はクゥーリィーにとって救いの声であった。


「本当か!」


ムタロウの瞳は目的地についた喜びで再び光が入り、彼の周りに渦巻いていた怒りの瘴気は雲散霧消していた。


「クゥーリィー!行くぞ!」


「はいッ!」


 クゥーリィーはムタロウが自分に「行こう」と声を掛けてくれたことで、自分に対して怒っていないと分かり、安堵で涙ぐんでいた。


 彼ら三人の前方には高さ二十五メートルほど切り立った岩山がそびえ立ち、その頂上に周辺の森から伐採した木によって建てられた木製の家や塔などが建っているのが見えた。


◇◇


「リョウマよ!よくぞあの赤眼の豚をここまで仕上げてくれた!」


 デニー・ゴールドボゥルは上機嫌でリョウマ・デカチを労った。

 オーシマルにある軍事大学の応接室のソファーに座っていたデニーは大層機嫌が良かった。

 矯正委員会の上位幹部の大半は何かしらの特殊能力を持っているが、デニーは王都で知られた歌い手という知名度以外にこれといって秀でたものは無かった。

 卓越した武術の使い手でもなく、大して頭も良くなかった。

 あるのは、知名度だけであった。

 デニーもそのことを重々承知していたが、厄介な事に自己顕示欲と虚栄心だけは矯正員会の中でも随一であり、常々自身の地位を上げる為に何をすべきかを思索するのが日課であった。

 デニーが考えた上で導いた結論は財力と武力、そして強力な後ろ盾を得るという、誰でも思いつきそうな平凡なものであった。

 広告塔とはいえ、矯正委員会の上位幹部の地位を与えられていた為、同委員会から受け取る給金は一般市民が月に稼ぐカネよりも遥かに多いのだが、デニーはそれが己の能力に比して過分であるという考えを持つような者ではなかった。


「こんなはした金では、何もできん。もっと金が必要だ…どうしたらいいのか。」


 しかし、考えても何か良い方策が生まれる訳も無く、委員会から得た給金を持って夜な夜な酒を飲み、給金を使い切ると、今度は街金から借金をして酒を飲む始末だった。

 借金はたちまち膨れ上がり、デニーは生活に困窮した。

 矯正委員会の上位幹部が酒に溺れ街金から借金をしているという噂が立ち始めた頃、デニーは矯正員会委員長のウーマ・ヨーコに委員会から召喚された。


「デニーよ、今置かれている地位は才も学も武も…そして、財もないお前にとって過分である事を自覚し、身の程を知った振る舞いをせよ。尚、委員会としてはお前の借金の面倒は見ない故、自らで解決するように。」


 ウーマから厳しい叱責をうけ、かつ、周りにいた他の上級幹部からの嘲笑を受けたデニーは屈辱から生じる怒りで気が狂いそうになっていた。

 この日を境に、デニーの頭の中には、財力・武力・後ろ盾にプラスして復讐の文字が刻み込まれていた。

ウーマが言い放った言葉は、まごう事なく事実であったが、人という生き物は正面から不都合な事実を言われると、受け入れる事が出来ず逆上する事がままある。

 デニーの心境はまさにこれであった。


 公の場で恥をかかせたウーマと、それを嗤っていた他の上級幹部への復讐を誓い、以来、デニーは生活を改め、財力と武力の構築に努めていた…訳ではなく、これまでと変わらず、謝金を重ねては酒を飲み、ウーマ達への呪詛を唱える日々を過ごしていた。


 リョウマと出会ったのは、ちょうどこのころであった。


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