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悪党狩り  作者: 伊藤イクヒロ
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オーシマルにて④

 黄竜の神殿を出たムタロウ達は四日程かけてオーシマルの町を廻る事にした。

 四日としたのは、ラフェールの提案で1日かけてオーシマルの東・西・南・北を廻ろうという単純な発想からであったが、探索の過程で掛ける時間を変えればよいだけの話であったので、ムタロウとクゥーリィーはラフェールの提案に賛同した。

 実際に町を廻り始めると、当然と言えば当然だが、各エリアを一日で廻る事は出来なかった。

 オーシマルが、重層構造となった町である為、町の全てを網羅するのは、それなりの期間を要する事が分かったのであった。

 ムタロウ達が強者であるという事は、ヌル族の間では知れ渡っている様で、オーシマル入り初日の時の様に強盗を試みようとする輩もいなかった。

 黄竜が腹立ちまぎれに雷を落としたエリアも通った。

 落雷現場には半径二メートル、深さ二メートル程の穴が開いていた。

 黄竜の八つ当たりによって、これだけの岩を抉ったという訳で、ムタロウ達は、改めて黄竜の雷撃の威力を認識し、強力な雷魔導を使う敵が現れた時の対処法について真剣に考えなければならないと穴を見ながら考えていた。

 直撃を受けた石の民家は粉々になっており、電撃周辺に居たヌル族は飛び散ったスパークで感電死し、また落雷の際に飛び散った礫で頭を打ちぬかれて死んだヌル族もまた多数いたようで、現場周辺に臨時の死体安置所が設営されていた。


 落雷現場は所謂貧民街であり、ヌル族とイヴッウが同じ空間で一緒に住んでいるらしく、黒焦げになったイヴッウの死体も多数確認出来た。

 動物と一緒に生活を共にすると言えば聞こえはいいがイヴッウの様な大型の獣と生活空間を一緒にする事が衛生面でどうなのだろうか?とムタロウは疑問に思っていた。

 幾ら巨大な岩を掘削して居住エリアを広げたとしても、オーシマルの町は事実上、ヌル族を隔離する為の空間であり、なぜ、ヌル族はこのような扱いに対して不満を持たないのか、ムタロウには理解できなかった。


 オーシマルにも市場は存在した。

 竜人族が私刑に遭った広場の両側が実は市場であり、下級ヌル族はこの市場を利用していた。

 取り扱っている品物は、ウーマ砂漠で取れる爬虫類や魔物の肉、大森林付近で栽培している根菜、そして、大森林に生息する鹿の様な生物の肉など、ポジティブな言い方をすれば、土地の物を取り扱っていると言えるが、その揃えを見たクゥーリィーは思わず、「粗末なものしかない。」と口にしてしまい、店の主に睨まれ平謝りしていた。


 下級ヌル族が利用する市場があるならば、上級~中級のヌル族が利用する市場も当然あり、そちらも見て廻ったが、取り扱っている品に大差は無く、精々鮮度が良いという程度の差でしかなかった。

 こうして当初の予定していた四日の探索期間を大幅に超え、二週間程経った時、逗留先の宿で主に呼び止められ、町の印象について問われたのであった。


「で、ここまでの印象は?」


「一つの巨大な岩を長い月日を掛けて作った都市という点では、人の長年の営みの凄さを感じる事が出来る町だ。しかし、この町…というか、この町に住むヌル族の奴隷気質がとても目につく。それと、若者がいない。いるのは子供と老人ばかりだった。何故だ?」


 ムタロウがオーシマルを廻っていて最初に感じた違和感は、町を歩くヌル族が女子供、そして老人ばかりであった事だった。

 ムタロウはこの町に転移前のサラリーマン時代に訪れた日本海側の過疎都市と同じものを感じた。


「そうだな。この町のヌル族の若者…特に覇気のあるものは王都や傭兵団に雇われ、町に居ない。この町に居ていきり立っている連中は、そういった職に就けない半端者だ。」


「半端者と言っても並みの魔導師よりも雷魔導を使いこなしていました。」


 クゥーリィーがオーシマル初日の戦闘を思い出し、主…黄竜の「半端者」の言葉に反論した。

 クゥーリィーが水盾を使わなければ、ムタロウ達もただでは済まなかったと思ったのだ。


「気質だよ。竜人を狩っていた奴らや、お前等を襲撃した奴らはヌル族本来の気質が強く出て組織行動が出来ないと判断されたのだ。そして、ヌル族の気質が強いがために、地道に、誠実に仕事をするという事が出来ず、ああやって竜人や旅人を襲って強盗、殺人をする。それすら出来ない奴らは、お前らも見た通り、絶対に安全だと確信を持った弱者から小銭を取っている。本当に人として下の下だ。」


 黄竜は溜息をついた。

 この町に居るヌル族に心底失望している様子であった。

 黄竜が嘆く様子を見て、ムタロウは人間に化けていると感情の動きや、道徳心も人間に近くなるものなのかと、考えていた。


「外に出たヌル族がオーシマルに戻る事はないのかの?」


「千年以上に渡る人間との同化政策によって古代ヌル族の持つ民族的能力は薄れてはいるものの、大陸の四か国ではヌル族は危険視されている。町を出たヌル族は二度とオーシマルの地は踏めない。あと何代か世代交代が進めば、ヌル族は人間族と何ら変わらなくなるだろう。」


「成程。覇気のある若者は町を出ていき、子供や老人、そして馬鹿が残り、町は更に衰退していくという訳か。」


「馬鹿は言い過ぎだが、まあ概ねそんなところだ。王都からも遠く不便であり、更にこの町に目立った産業もない。外部からの移住者もなかなか集まらず、人口は減少の一途だ。」


 少子高齢化という言葉が、この世界でもあるとはとムタロウは意外に思った。

 この町全体を観光地として開放すれば、他所からの旅行者も来るだろうと思うが、ナメコンドがそれを認めていない今、この町は緩やかに滅びの道を進んでいるとムタロウは思った。


「ところでムタロウよ、軍事大学は見たのか?」


「軍事大学? ああ、あそこか。見たかったが関係者以外は立入を禁じられてな。中に入れなかったよ。この世界の大学は開かれたものではないのだな。」


 軍事大学の存在は、ムタロウもそれなりに気にはしていた。

 ナメコンドのいくつかの都市で王立の兵学校がある事は知っていたが、軍事大学と名乗る学校は見た事が無かった。

 その物々しい学校名と、校舎を取り巻く物理的な障壁と魔導結界が、この学校に対する違和感を喚起していたのであった。


「まあ、そうだな…。よし、儂から族長に頼んで、軍事大学の見学が出来るよう取り図っておこう。明日昼にも族長の館を訪れるが良い。」


「そんなことが出来るのか? そもそも今の姿は宿屋の親父だぞ。お前は。」


「ふん。族長だけは儂が何者か分かっている。儂の言う事ならば何でも聞くわ。…というより、先ほどから儂はお前の事をムタロウとちゃんと名前で呼んでいるのに、お前は儂の事を一貫してお前呼ばわりしているな。失礼じゃないか?」


 黄竜は、どうやらムタロウが自分の名前をいつ言うか、ずっと我慢していた様であった。

にもかかわらず、ムタロウが一向に黄竜の事をお前呼ばわりしている事にいい加減我慢の限界が訪れた様であった。


「あ、すまん。お前…いや、黄竜の名前を俺は知らないんだ。名前を聞くタイミングを逸してしまっていた。」


「何をつまらん言い訳をしているんだ。そんな事、隣にいる婆ァに聞けばすぐ分かる話だろうが!…まあ、いい。儂の名前を教えてやろう。儂の名前はオルガだ。雷の神オルガだ!よく覚えておけ。そして二度と儂の事をお前呼ばわりするな!人として失礼だ。」


 ムタロウは神を自称するオルガが人の道を説いたことに噴き出しそうになった。


「(こんなことで機嫌が悪くなって、八つ当たりの雷撃で死人が出たら不味いからな…)」


◇◇


 オーシマル中央の貧民街を走る狭い路地エリアを抜けると、その建屋はあった。

 貧しいヌル族が住んでいる穴蔵とは対極の王都の建築様式を模した建屋であった。

 入り口の鉄製の門は王冠を被った豚種の細工が彫り込まれており、この建屋の主が豚種に対する特別な感情を有しているのが見て取れた。

 その扉の前には一人の男が立っていた。

男は、扉が開くのを待っている様で、大分待たされているのか苛立っている様子だった。


がしゃあぁぁあぁ…ん


 扉の閂が外れ、程なくして鉄製の門が不快な音を立てながらゆっくりと開いた。

 扉が開き切ると、建屋の中から二匹の豚種を連れた中年の男が門前の男を出迎えた。


「これは、デニー様。よくぞこの軍事大学にいらっしゃってくださいました。私は、この大学の学長をしていますリョウマ・デカチと申します。今日は、我が生徒達の訓練の様子の視察という事で、生徒達も張り切っております。」


 リョウマは必要以上に恭しくデニーを迎え入れた。

 その芝居がかった出迎えは、それなりに社会経験を積んだ者であれば、ただ鼻につくだけのものであったが、 王都でのちょっとした歌い手であり、ファンという信者によって持ち上げられてきた経験しかないデニーにとっては非常に心地良く、つい先刻まで門前で待たされて苛立った感情は霧散していた。


「早速だが、訓練の風景を見たい。我が赤目衆の仕上がりを確認したい。」


「承知しました。丁度今、訓練場にて対人の模擬訓練を行っている所でございます。」


 リョウマは変わらず必要以上に謙った態度でデニーに接していた。

 それをする事でデニーの機嫌がよくなり、リョウマの申し入れを際限なく受け入れる事を経験上理解しているからであった。

 自分の能力評価が出来ない愚かな男と、リョウマはデニーを評していた。

 愚かな男ではあるが、その知名度と見た目は一般市民から見た矯正委員会の知名度と好感度を上げるにはうってつけであった。


「丁度、王都で募集した相手と模擬戦が始まります。」


 建屋内にある屋内訓練場には三人の剣士、二人の魔導師、一人の治癒師の計六人で構成された人間族のパーティーだった。

 剣士は三人共に鎖帷子と木製の盾を装備し、俊敏性と防御を重視しているようだった。

 魔導師は手にしている杖の程度から三級魔導師かと思われた。

 前衛と後衛のバランスが取れた良いパーティーだと、リョウマは評した。


「おい!リョウマの旦那よぉ、ほんとにこれから出てくる相手と戦って勝てば二十万ニペスをくれるんだろうな? やっぱやめたはナシだぜ!」


 リーダーとおぼしき一番体格の良い剣士が大声でリョウマに最後の報酬確認をしてきた。


「一回の戦闘で二十万ニペス貰えるとか、今更だけど竜と戦うとかないでしょうね!?」


 気の強そうな顔立ちをした女の魔導士が念を押してきた。


「問題ない! 君たちの相手は豚種だよ!竜とか人造巨人が出る事はないから、安心してくれたまえ!…但し、実戦と同じ心づもりで行ってくれよ!」


「分かったよ!条件さえ確認出来れば問題ない!さっさと始めてくれ!」


 剣士は豚種が相手と聞いて、俄然やる気が出た様であった。

 彼らにとって豚種討伐はよくある獲物の様で、確実に勝てる相手と思ったのか、彼らの緊張が緩んだ様にデニーは見えた。


「じゃあ、赤目衆よ、出てきなさい!」


 リョウマの掛け声と同時に剣士たちと対向のゲートが開き、五匹の武装した豚種がのそのそと現れた。

 五匹の豚種は、それぞれに兜とメイル、盾を身に着けておりその手には、戦斧を有していた。

 町にいる豚種とは明らかに纏う空気が違っていた。


「おい、あれはただの豚じゃないぞ。魔導の準備をしておけ。治癒の準備も頼むな。」


 剣士は、眼前に現れた五匹の豚種を見て、気を引き締めた。

 長年の経験が、目の前の豚種が危険な存在であると認識したのであった。


「じゃあ、行くぞ!」


 三人の剣士は豚種に向け斬りかかった。

 三人の前衛で豚種との膠着状態を作り、その間に魔導師の詠唱時間を稼いだ上で、魔導で敵を数体削り、数的不利を解消する戦術であった。


「いくら装備を整えても所詮は豚だ。初撃でかちあげて足を狙え!」


「応ッ!」


 剣士達の攻撃に対し、豚種達は前衛三人、後衛二人の陣を構え剣士達の初撃を受けた。

 ガツンガツンと剣と盾がぶつかり合う音が四方に響き渡り、前線は団子状になっていた。

 当初の思惑通り、戦線の膠着が図れたと剣士はほくそ笑んでいた。

 その刹那…

 

 どうッ…!


 前衛の豚種の肩を踏み台にして二人の豚種が剣士たちの頭上を飛び越えていた。


「しまった…ッッ」


 剣士達が戦術の失敗を認識した時、勝負は既に決していた。

 背後を取った二人の豚種のうち、一人は真っすぐ魔導師へ突進し、戦斧で首を撥ねていた。

 もう一人の豚種は、前衛の三人の豚種と挟撃する形となり、剣士達はあっという間に戦斧で何度も叩きつけられ、ほどなく肉塊となっていた。

 パーティーとしての戦闘力が消滅し、ひとり残された治癒師の女は五人の豚種に代わる代わる犯され、最後は首を戦斧で切り落とされた。

 戦闘後の興奮冷めやらぬ豚種達は、首のない治癒師の死体を犯し、待ちきれない残りの豚種はずたずたになった女魔導師の口に無理矢理陰茎を突っ込み、精を放っていた。


「まあ、所詮は、町で少し出来ると勘違いした三流冒険者という所か。これじゃあ訓練にもなりませんなあ。」


 一方的な展開に期待外れといった様子のリョウマに対し、デニーは興奮してリョウマの両手を掴んできた。


「リョウマ殿、期待以上だ。集団行動が出来ぬ豚種をよくぞここまで鍛え上げた!この赤目の豚は何匹いるんだ?この大学に?」


「百人はいますよ。百人。」


 種族に差別を無くすのが目的という題目を唱えながら、「豚」とか「匹」とか大層な差別主義者だとリョウマは思ったが、それは口に出さず、興奮したデニーの賞賛に、うんうんと頷いていた。


◇◇


「なんだあの豚達は…」


 先刻の冒険者達と豚達の戦闘を見ていたのは、リョウマとデニーだけではなかった。

 ヌル族の族長、ニュルの伝手で軍事大学を見学していたムタロウ達も偶然この戦いを目撃していたのであった。


「豚の癖に統制が取れた動きをしているのう。戦い方に意図がある。」


「明らかに役割分担を決めていましたね。」


「しかも、観覧席にいる奴はデニー・ゴールドボゥルだぞ…この軍事大学とあの豚は矯正委員会が強く絡んでいるという事じゃないか。あいつ等は何を考えているんだ。」


 ムタロウは、自分の呪いを解くための素材探しの旅に出ているだけなのに、何故こうも矯正委員会や豚種との関りを持ってしまうのか、うんざりするのであった。


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