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悪党狩り  作者: 伊藤イクヒロ
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オーシマルにて③

「これでも儂が黄竜であると信じないか? ムタロウよ。」


その声はムタロウの耳から入ってくるのではなく、頭に直接刺さってきた。

クゥーリィーも同様であった。


「お前が黄竜である事は理解したが、納得できない事がある。」


右手で側頭部を抑えながらムタロウは言葉を発した。

黄竜の声は人間の頭に負担を掛けるらしく、その不快感は言葉が頭に刺さる感覚という形で表れていた。


「その前に声のボリュームを下げて欲しいの。お前の声が頭に刺さってたまらん。」


ラフェールがムタロウの思いを代弁した。


「はは。すまなかった。この姿で人と話をするのは久しぶりでな。尤も昔過ぎて何年前とも言えないが。」


黄竜は声のボリュームを下げた様だった。

ムタロウは黄竜の言葉が頭に刺さる感覚が和らいでいるのを知覚した。


「それでムタロウ。納得できない事とはなんだ?」


黄竜はいくら神を自称しても、外見は竜であり、ムタロウの目からは黄竜がどういう気持ちで、ムタロウの話を聞いているのか表情を読み取る事は出来なかった。

黄竜の気質がどういうものか分からない以上、思わず口にした自身の黄竜の行動に対する疑問点をどこまで言えばよいか、迷っていた。


「そんなことも分からないのかの? お前さんの行動の目的が全くわからないのじゃ。」


黄竜の問いに、どう答えようか迷っていた横でラフェールが口を出した。

ラフェールの言葉は概ねムタロウの思った事と合致していた。


「ラフェールの言う通りだ。何故お前は俺たちの前に姿を現した? 何故お前と相まみえる事でこの町に縁が出来たと言える?」


ムタロウの答えを聞いた黄竜は、明らかに詰まらなさそうな雰囲気を出していた。

表情は読み取れなかったが、空気感がそれを漂わせているとムタロウは思った。


「目的? 意図? そんなものはない。意味など…ない。」


「なッ」


「儂は、お前らがこの町に来て、この町に集まる愚かな者達を見て、将来どのような選択をするのか見たいと思った。儂は、雷魔導の素である土蟲を統べる者である黄竜と相まみえる事で、どのような反応を示すか見たくもあった。そのためにこの神殿に呼んだ。」


黄竜の答えはムタロウの思考を混乱させるに十分であった。

神が人の前に姿を現した時、何かしらの意図があると、根拠のない勝手な思いがムタロウにはあった。

それが当の本人が、意味がないと言い切ってきた。


「まるで、観劇を愉しんでいるような言い方じゃないですか!」


クゥーリィーが抗議の声をあげた。

黄竜の発言は退屈な日々に刺激を与える為にとった行動であると聞こえたのだ。


「女、お前の言う通りだ。儂は退屈なのだ。儂を信奉する愚かな者達はこの岩を何百年も削り続け、外に出ようとしない。現状に満足し外に出ようとせず、儂が分けた蟲は強盗や殺人といった事にしか使わない。敵対する竜人族は、ただ大昔に分派しただけの獣人であるだけなのに、根拠ない誇りに塗れ、この町の人間と意味のない殺し合いの毎日。しかも戦いではなく、お互いに外を歩いている処を攫って私刑に掛けるだけ。」


黄竜は、一人勝手に語り出し、そして語り出している内に日頃内に溜めていた怒りが湧き出た様であった。黄竜を取り巻く空気からパチパチと火花が弾ける音が聞こえ始めていた。

ムタロウ達の髪の毛も帯電し始めた事によって逆立っていた。


「分かった、黄竜、お前は退屈で苛々しているのだな。ならば、その苛立ちを何故発散させないんだ? とりあえず、その苛立ちをどこかにぶつけて貰えないか? 出来れば俺たち以外の何か物に?」


ムタロウは、黄竜の苛立ちが頂点に達し、腹立ちまぎれに怒りの感情を雷撃という形で無差別に発散させた場合を想像し、慌てて黄竜に物に当たる様提案した。


「分かった。そうしよう。」


黄竜が答えるや否や、轟音が南側で響いた。

黄竜の苛立ちに任せた雷撃はオーシマルの南側の居住地に落とされたようであった。

 雷撃の衝撃はすさまじく、距離にして3キロ先に雷撃によって飛び散った砂煙がもくもくと立ち上っていた。

 あの雷撃でいったいどれだけの犠牲者が出たのだろうとムタロウは思い、神の癇癪をぶつけられた事で一生を終えた人々に同情した。

 不条理とはまさにこのことだと思った。


「黄竜、お前は退屈だという事は分かった。俺たちの行く末を見て退屈しのぎをしようと言うのも分かった。神であるお前の姿を俺たちに見せて、どういった反応をするか試したかったというのも分かった。そういうことだな?」


「そういう事だ。この町を見て、感じた事を儂に聞かせて欲しい。お前の言う通り儂の退屈凌ぎになるか、それともそうでないか、見極めをしたい。」


「どういうことだ?」


 ムタロウは黄竜が何を言わんとしているのか、要領が掴めなかった。

 先刻のやり取りで、黄竜の発言のひとつひとつに必ず意図があるわけではなかった経験をしてもなお、黄竜の思わせぶりな発言を問い質さずにはいられなかった。


「お前が町を廻り、見て来た事を儂に伝えたら話そう。先ずは町を見て廻ってくるがよい。」


 黄竜はそう言うと目を閉じ、輝きを止め、元の石像の戻っていた。

 ムタロウは、石像に戻った黄竜像を見て溜息をついた。


「神というものがどういう存在なのか、少し分かった気がするよ。ラフェール」


「わたしも、ムタロウと同じ思いです。」


「そうじゃ。あいつ等はそんなに立派な者じゃないのじゃ。意志を有した天災みたいなものじゃ。」


「ああ、ラフェールの言う通りだ。喋っている間に苛々した挙句、その苛々を町にぶつけるなんて、その癇癪で死んでいったヌル族の連中も気の毒だ。」


「知らない方が良かったと思いますが、人間達では制御が効かない意志のある超常現象という事を昔の人は知っていたからこそ、信仰の対象になったのかもしれませんね。人の一生なんて、自分の意志で決められる要素なんて僅かなのでしょうから。」


 クゥーリィーは黄竜像を見ながらしみじみと語った。

 ムタロウはクゥーリィーの言いっぷりの根底に諦めの気持ちがある事に気が付いたが、クゥーリィーがこの町に来るまでの経緯を思い返せば、そう思うのも仕方がないのかと考えた。


「まあ、言われた通り町を見て廻ろう。デルンデスの商売のネタになるものがあるかもしれないし、自分達も次の目的地の物資を調達しないといけないからな。」


◇◇


 ムタロウ達が黄竜と相まみえていた頃、黄竜神殿の向かいのヌル族族長の館では、十五代目ヌル族長ニュル・ヌルと矯正委員会四位のデニー・ゴールドボゥルが会談していた。

 ニュルは、現代では希少な純血のヌル族であり、コンドリアン帝国から続いてきた人間族との交配によって薄れたヌル族の外見的特徴が残っていた。

 ヌル族は元々砂漠地域に生活圏を構えた魔人族の末裔であり、身体能力並びに魔導力は魔人族のそれとほぼ同等であった。

 山岳地帯を生活圏とする魔人族よりも暑さ耐性に対応していったこともあり、平均身長は170センチ程と魔人族に比べ低めであり、髪の毛の色も黄土色であった。

 魔人族の最大の特徴である山羊の角の様な角も短くなっており、髪の毛から数センチ飛び出る程度しか伸びず、類似はしているが、一致しない外見からヌル族は魔人族の亜種として世間から見做されていたのであった。


「デニーよ、今日は吾に何用よ。矯正委員会幹部のお主がこうも頻繁に吾の処に来られるのは、吾等ヌル族にとって要らぬ邪推を招くので控えて貰いたいと先日要請したばかりなのだが。」


 ニュルは不快感を隠すことなくデニーに、屋敷を訪れるなと警告した。


「それは分かっていましたが、我々矯正員会としては被差別対象となりがちな豚種の地位向上プログラムが順調に遂行されているかの確認と、方向性について定期的な報告を責任者であるニュル殿から聞かねばならぬので。」


 デニーは町の有力者からの警告など、どこ吹く風といった態度に重ね、ぺらぺらと主張を始めた。そして、その態度がまたニュルの癇に障った。


「お前等矯正委員会の連中は…」


 ニュルが怒りに任せてデニーに何かを言いかけた時、どおおんと南の方向から雷が落ちたであろう轟音と振動がニュルの館内に飛び込んできた。


「雨も降らぬ砂漠地帯であるこの町で雷など珍しいですねえ。」


「馬鹿め、あれは黄竜さまが癇癪をおこしになったのだ。」


「はあ?黄竜さまの癇癪? 先程の落雷が? はッ?」


 デニーは、ニュルに馬鹿と言われた事にむっとしたが、ニュルの発言を小ばかにする事で心の平静を保とうとした。


「今お前は黄竜さまの癇癪という件で吾を小馬鹿にしたが、王都の常識が他の地域の常識と捉えぬ方が良いぞ。お主の無知を曝け出すことは、即ち矯正委員会の無知さを表す事になる。特に最高幹部が無知を晒す事は、その組織の程度と見做されるでな。」


 デニーは再び目の前のヌル族に馬鹿呼ばわりされた事に大いに腹を立てていた。

 元々、王都でちょっとした有名な歌い手であったデニーは、その知名度に目を付けた矯正委員会がおだて、祀り上げて幹部になった程度の男であり、人の持つ芯など有していない軽薄な人間であった。

 しかし、そういった者こそ他人が馬鹿にしてくる事に対して敏感であり、その敏感さを有しているが故に終始ニュルから見下されている事を理解したのであった。


「ニュル殿のご信仰についてはさて置きまして、プログラムの進捗は如何ですかな?」


 デニーは怒りを懸命に押し殺し、話を続けた。



「赤目衆の訓練度合いならば順調だ。先日、実戦訓練を兼ねて北カマグラ山脈の北部縦走訓練を行ったが、その際に白竜と遭遇しこれを打ち破ったという報告を受けている。」


「なんとッ!白竜を打ち破ったですとッ!?」


「残念ながら、その勝利に味を占めて闘争本能の抑制が効かなくなったのか、カタイ・コンド北部の港町で町の人間を虐殺していた処を魔導師によって討たれたとの事だが、訓練内容自体は極めて有用な事は分かっている。」


「そうか…最近、水魔導の力が弱まっているというのは…」


「お主の想像通り、赤目衆によって負傷した白竜の容態が悪いのだろう。蟲のお裾分けをする余裕がないと見える。」


 デニーはニュルの報告を聞いて先刻までの怒りを忘れ、歓喜に震えていた。

 お飾りで矯正委員会四位の地位に据えられ、周囲からは莫迦と蔑まれても、独自の能力も無く、そして財力も武力もなかった現状を抜け出せる可能性を見出したのだ。

 赤目衆は、デニーが私財を投じて買った豚種を自らの私兵にすべくオーシマルにある軍事訓練大学に送り込んだ豚種達であった。

 その豚種達が全滅したとは言え、神竜の一角である白竜と交戦し斃したのである。

 この戦闘豚集団を配下に持つことは、矯正員会内に於ける力関係にも影響を与える筈であるとデニーは確信していた。


「実に良い話だ。更にあいつらを鍛えてやってくれ。赤目衆を完全に仕上げた暁には…」


「暁には? どうするのだ?」


 ニュルの問いかけにはっと我に返ったデニーは、にやりと汚らしい笑みを浮かべた。


「いずれわかる。」


 デニーに汚らしい笑みを見て、ニュルはこの愚かな男と組んでいる事がいずれ自らに災いとして降りかかるのではないかと、不安に思うのであった。


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