オーシマルにて①
仕事が忙しいのとの体調崩した事のダブルパンチで全く書けませんでした。
オーシマル居住区に面する路地でヌル族に襲撃されこれを撃退したムタロウ達は、門兵に言われた通り路地を北に進み宿に辿り着いた。
宿に入るとすぐに主が奥から出てきて、歓迎の口上を述べ始めいた。
その様子は、ムタロウ達がここに来ることはあらかじめ決まっているかのような様であった。
「よくぞいらっしゃいました!ムタロウさま!こちらに来るまでに色々おありになって大変だったでしょう。どうぞお部屋でゆっくりとお寛ぎください。」
「俺たちの身に何があったか知っている様だな。」
「ええ、それは勿論! この町は帝国の時代からずっと煙たがられていたヌル族が唯一生存する事を許された町ですよ。他所から来た方は町に入った段階から、行動をずっと監視されております。」
「わ、私たち全員の名前も知ってるし、さっき強盗に襲われた事も皆知ってるのですか?」
「はい、それは勿論ですよ。水魔導が弱まっているにも関わらず、見事な水盾を開きましたね、クゥーリィーさま。」
「わっ…ほんとに知ってる!」
「まるで見てきた様な物言いだな。」
「ははは。見てきたじゃなくて見ていたのですよ。道中、視線を感じていたでしょう? この町はヌル族の町なので、ヌル族以外の方が来るとどんな人たちなのかと直接見て確認する風習なのですよ。」
「なるほど。では、俺が潰して回った先は一部という事なのか。」
「いやいや、ムタロウさま、貴方が潰して廻った先は、あの界隈でも質の悪い連中でしてね。中途半端にヌル族の血が強く出てしまったのを良いことに、何も知らない外からの人に悪さをしてきた連中なんですよ。彼らのお陰でどれだけ商機を逸してきた事か。」
「それは意外な言葉だな。町に入った途端、竜人達の処刑が始まるし、それを見て喜んでいるし、おまけに俺たちも襲われるとなると、お前たちヌル族はそういう連中が大半と思ってしまうが。」
すると、宿の主は溜息をついてから話を始めた。
「まあ、そう思ってしまうのも無理はありませんね。実際、この町の秩序は酷いものです。力の有るものが正義という考えが強過ぎまして、一般的な道徳観というものがありません。その証拠にムタロウさん。あなたは襲撃してきた強盗以外のヌル族も随分と殺し廻ったにも関わらず、誰からも拘束されませんでしたよね?」
「む、確かに。」
「それは、あなた達が自分達より強いと、この町の者が認めたのです。この町に於いてあなたの行った行動は、最も正しい行動だったのです。」
宿の主は再び溜息をついた。
「そういうルールで育ったからこそ、我々ヌル族はこの町以外では生きていけないのです。危険種族として周辺国含め徹底的にマークされています。また、反社会的組織にしても忠誠心というものがない、やってはいけない事の区別がつかないという気質からやはり危険視されておりまして、この町の外に抜け出して他の町で生活しようとしても徹底的に迫害されてしまうのです。まあ、自業自得というか、一族の呪いというか…なのですが。」
「となると、ここでは商売が成立しないのではないか?よく主はここで商売をやっていけるな?」
「まあ、こういう町なので私もヌル族の血が強いので…」
そう言うと、宿の主は右手を人差し指を差し出し、パチパチと火花を散らせた。雷魔導であった。
「なるほど。商売をやっている者はそれなりに武力を持っているという事か。」
「そういう事になります。残念ながらこの町では話し合いで解決をするという概念が無く、何かしら力を持っていないと、直ちに略奪の対象となります。力のあるものが力の無いものを武力で抑え込んで、様々な産業が成立している…なので、いつまで経っても発展しないのです。」
「なんか…色々大変だな。」
「まあ、大変ですがムタロウさま達がここまで来てくれたのはとてもいい事でした。しかも、厄介者たちを排除してくれたのも私の商売にとってはとてもいい話です。嫌な事が多い分、良い事があると、ちょっとした良い事も大きな喜びとなるのが、この町の良い所なんですよ。」
主は、力なく笑っていた。
「色々聞いて悪かったな。取り敢えず部屋に入ろうと思うが。」
「これはすみません!こちらこそ辛気臭い話を続けてしまって。部屋は3人一部屋でよろしいですね?寝室はちゃんと男女分けていますので、大丈夫ですよ!」
宿の主は、少々慌てた様子で部屋の説明を始めた。
その様子を見て、ムタロウは、このヌル族の宿の主はある程度信用於ける人物であるなと思った。
◇◇
部屋に案内されたムタロウ達は久しぶりに建屋内で寛げる事の喜びにしばし浸っていた。
「いつも野営だったから、こうやってちゃんとした建屋の部屋で椅子に座れるって幸せですねえ。」
「まったくじゃ。ここまでの行程は厄介な魔物との戦いもあったし、町の中でも色々あったしで、疲れたしのう。」
「確かに翼竜との戦いは疲れたな。ずっと地べた這いつくばっていたし。」
「それにしても、なかなかに変わった町じゃのう。この町で交易をするとなるとデルンデスどのもそれなりの護衛をつけない限り危険じゃぞ。」
「全くだな。水魔導の力が落ちているとなると、雷魔導の回避方法は限られてくるのでかなり厄介だ。」
「となると、デルンデスどのには、オーシマルでの交易は厳しいと伝えた方がいいのかもしれないのう。」
「まあ、そう決め付けるのも早い。町を見て回って、どういった産業が中心なのか、店で並んでいる品物は何かとかを見てから判断してもいいだろう。護衛をとなれば俺たちを遣えばいいし、その時はたっぷり金を貰えばいいのだから。」
「ひひ、下種じゃのう。」
「まあ、カネが無いと何もできないからな。」
そんなやり取りをしていると、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。
クゥーリィーが返事をしながら扉を開けると宿の主が立っていた。
「どうした?」
ムタロウの警戒した様子に驚いた主は、焦った様子で要件を言い始めた。
「あ、あの、よろしければお風呂の準備が出来ておりますので如何かなと思いまして。」
風呂という単語を聞くや否や、ラフェールとクゥーリィーは主に詰め寄り、その発言に偽りはないかと詰め寄っていた。
主は二人の剣幕に驚きながらも一階の奥に浴場がある旨を伝え切ると、逃げる様に部屋を出て行った。
「という訳で、わし等はちょっと行ってくる!綺麗な身体になって戻ってくるからの!」
「あーはいはい。二人で行ってきな。二人が入り終わったら交代な。」
「じゃあ、ムタロウ!行ってきますね!」
「覗いてもいいんじゃぞ。予習して夜に…ひひ」
「早くいけ!気持ち悪い!」
そうして、二人は久しぶりに風呂へ入れる歓びの声を上げながら部屋を出て行った。
ムタロウも二人のはしゃいでいる姿を見て緊張の糸が切れたのか、ふいに強烈な睡魔に襲われ、そのままウトウトと眠り込んでしまっていた。
◇◇
久しぶりの風呂に入れる喜びを抑え切る事が出来ず、無意識に小走りになってしまうラフェールとクゥーリィーを待ち構えていたかのように、浴室の前に宿の主が立っていた。
「あれっ?先程、私たちの事を見送っていましたよね?」
どうして自分達よりも先にいるのだろうと不思議に思ったクゥーリィーは、疑問をそのまま主にぶつけた。
「はは、浴室に繋がる従業員用の通路があるんですよ。」
「あ、そうでしたか。びっくりましたよ!まるで瞬間移動したみたい!」
「よくお客様に驚かれるのですよ。だから最近では敢えて驚かせるよう、こんなことしています…ところで、ラフェールさま、ちょっといいでしょうか?」
主は柔和な表情を崩さず、それが宿のサービスである事を説明してからラフェールに顔を向けた。
「わしも風呂に入りたいのじゃが…、まあ仕方ない。クゥーリィー、先に入っていておくれ。」
「はい!分かりました!それでは遠慮なくお先に!」
「ちゃんと身体を洗ってから湯舟に浸かるんじゃぞ!」
子供に風呂の入り方をしつける母親の様な事をクゥーリィーに投げかけてから、ラフェールは主に身体を向けた。
「で、なんじゃ? そもそもお前さん、こんなところで何、人間の真似事をやっているのじゃ?」
ラフェールは、呆れた表情を主に投げかけた。
「お前には言われたくないな。お前こそ何でそんな婆ァの姿でいるンだ? しかもあのムタロウとかいう転移者に下品な言葉ばかり投げかけていて…気持ち悪い事この上ない。」
主の口調が豹変し、これまでの温和な物言いから高圧的なそれに変わっていた。
そして、ヌル族の特徴であった黄土色の髪の毛と尖った耳はそのままであるものの、双眸の瞳は金色に変化し、瞳孔はアーモンド形になっていた。
「わしはこの状態を愉しんでいるのじゃ。この姿でムタロウを虜に出来ないか、挑戦しているのじゃ…。」
「はッ、相変わらず意味の分からない事をしていて…ほんとにお前は昔から考えが読めん。」
そう言いながら主は、浴室前に据えてある長椅子にどっかと座った。
「…お前らは何しにオーシマルにきたのだ? もう分かっていると思うが、この町に商業的な価値は無いし、ヌル族はどうしようもないぞ…長年彼らを見続けてきたが、本当にこいつらはどうしようもない。」
「そうはいうが、お前さんはそのどうしようもない連中に神として崇められてきたのではないか?」
ラフェールは、主の諦観しきった表情に興味が湧いた。
「そうだ。神として崇められていたので、まあ、見ていたさ。土…まあ、雷魔導のお裾分けも優先的にしてやっていた…しかし、あいつ等は自分の利益しか頭に無くて、自分達の優れている点を上手く使うという考えを持たないんだよ。」
「まあ、ここに来るまでの間でも、そんな感じは見受けられたの。」
「明日からこの町を廻って様子をよく見るんだ。如何にヌル族がこの世界で害毒を撒き散らしているのか一端が見える。」
「わし等は、オーシマルは食料等の補給の為に立ち寄っただけで、この町自体に目的はありゃせんよ。わし等は赤竜に面会する事が目的じゃからな。」
「ほう、それはますます興味深いな。こんなまどろっこしい真似をしなくとも良いのに。」
主の瞳孔はアーモンドの形から満月の様にまんまるになった。
どうやら興味・興奮の度合いで瞳孔の形が変わる様であった。
「ひひ、そのまどろっこしさが退屈な日々を楽しく過ごすコツなのじゃよ。」
そういうラフェールも少し高揚していた様で、周辺の空間にジジ…と、ノイズが走っていた。
「まあ、詳しい事を聞くのは止めて、お前等の動向を眺めさせてもらう事にしよう。まあ、それはさておき、赤竜に会うと言うならば猶更この町の様子は見ておけ。来る赤竜との会話で、ここで見た事がきっと役に立つだろう。」
「ひひ、ありがとうな。お前さんは本当に昔から親切で助かる。何かお礼をしてやろうかの? 手厚いぞ?」
「気持ちだけにしておこう。その姿でお礼をされても萎えるだけだ。」
「ひひひひ」
「ははは……ほんと…、お前、気持ち悪いな。その姿でその言動は止めろ。」
主はそう言うと、立ち上がり宿の受付へと戻っていった。
「誰も婆ァの姿でお礼するなんて言ってなんじゃがなあ…。」
ラフェールはポツリと呟いていた。




