オーシマルへ⑤
久しぶりに連投投稿です。
配下の翼竜を討伐したムタロウ達は、翼竜の糞場付近で留守番をしていたラフェールと合流してから、翼竜のいたカーリィの木から更に西に進み、翼竜のつがいを目指していた。
コロニーの主であるボスの翼竜は、配下の翼竜が戻ってこない事に気付いている筈であり、自身の身を守る為に逃走行動にはいるか、闘争行動に入るか予想がつかなかった。
五匹の竜を討伐する事で、当面のリスクは去ったと見做し、オーシマルに進むことも考えたが、翼竜のつがいがいる限り、再び繁殖活動を通じてリスクが顕在化する事は火を見るよりも明らかであったため、後顧の憂いを絶つ上でもコロニーの根絶をする事とした。
五匹の翼竜を全て自分ひとりで討伐した事からクゥーリィーは自身の魔導に自信を持ったようで、歩いている姿は堂々としたものであった。
それに比較して、ムタロウの歩く姿は何か引っかかるものがあるように見え、ラフェールはムタロウの表情が浮かない事に気付いた。
「どうしたんじゃ? なんか冴えない表情じゃのう?」
「ん、ああ…。ちょっと色々考え事をしていてな。」
「ほう、どんな事を考えていたのじゃ?」
「いや、翼竜を一人で討伐しているクゥーリィーを見ていてだな、剣士…というか、俺のこのパーティでの役割はなんだろう…って思ってしまってな。」
「またらしくない事を考えているの。」
「なんというか、前の世界での事を思い出してな。自分はいけてると密かに思っていても、後から来る天才に軽く抜かれ、己の位置を思い知らされるってやつだな。」
「……。」
「無詠唱で魔導を発動できる魔導師があそこまで強力だと、お前の様な治癒師がいればパーティは成立する…。俺は赤竜のうろこを確保する事が目的なのだから、安全に楽が出来るのがベストなのは分かるのだが、自分が全く役に立っていない状況でいるのがとても辛い。」
「お前さんは十分に役に立っているよ。」
「そう言って貰えるのはありがたいのだがな、俺自身が最近酷く己の無力を痛感している。大森林のアンデットの対処にせよ、今現在進行中の翼竜討伐にしても、本来前線に立つ役割の俺が一切役になっていない。そして、情けない事にお前等に対して嫉妬の感情すら持ってしまっている。それがまた腹立たしく、辛い。」
「わしがそこらへんの治癒師とは違うことはその通りじゃが、それと同じでクゥーリィーに嫉妬心を向けても仕方ないと思うがな…。あれは特別じゃ。以前、ノーブクロでカタイ・コンドの剣士と魔導師に襲撃を受けた事を覚えているかの?」
「ああ、覚えている。」
「あの時、むこうの魔導士が火柱を放ったが、あの魔導師もかなりの能力持ちじゃ。それでもそれなりに詠唱時間が必要じゃった。アレが普通なんじゃ。クゥーリィーは天才じゃ。常人が天才に嫉妬を向けても神経をすり減らすだけじゃ。」
「頭では分かっているのだが…。」
「それに、いくらクゥーリィーが天才だったとしても、魔導が通用しない魔物や人間はいくらでもいるのじゃぞ。そんな時に守護するのがお前の役割じゃないのか?なぜおまえは表に立つのを嫌がる癖に、主役になりたがるのじゃ? 普段の言動と矛盾していないか?」
ムタロウはラフェールに痛い所を突かれて、黙り込んでしまった。
ラフェールが指摘した点はムタロウが他人に気付かれたくない点であった。
いくら不愛想、無頼を装っていても心の奥底には他人に認められたい、賞賛されたいといる思いがあるからこそ、クゥーリィーがパーティーの攻撃の中心となっている事実をなかなか受け入れられない事をラフェールは分かっていたのだ。
ムタロウは自分の心の中の浅ましい思考を覗かれ、羞恥から逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
そして、その思いが強すぎたが故に、能力の発動が遅れた。
グギャーァアアアアッ!
ムタロウの頭上で、鼓膜が破れるかと思う程の不快かつ、高音の鳴き声が響き、二匹の翼竜がムタロウ目掛け突っ込んできた。
それはムタロウ達の追撃対象であった翼竜のつがいだった。
彼らの持つ黄金色の目は、仲間を殺された怒りで血管が瞳孔を中心に蜘蛛の巣の様に赤く血走っており、ムタロウ達を捕食対象ではなく、復讐対象として見做しているのがありありだった。
二匹の翼竜による連続した体当たりをムタロウは辛うじて躱したが、躱した際にムタロウは重心を崩し、左に二歩ほどよろけた。
その姿を見て、翼竜は尾をぶんとふり払った。
振り払った尾はムタロウの右腰を直撃しムタロウはそのまま左側に吹っ飛んだ。
吹っ飛んだ先にもう一匹の翼竜が待ち受け左足でムタロウの顔を掴むとそのまま空に舞い、10メートルの程の高さでムタロウを離した。
ムタロウが地面に落ちる途中で、ムタロウを吹き飛ばした翼竜が空中でムタロウに噛みつき、振り払うようにして地面に叩きつけていた。
「ムタロウッッ!!」
「なにやってんじゃ!ばかが!」
クゥーリィーは絶叫し、無防備にムタロウに走り出していた。
ラフェールは冷静さを欠いたクゥーリィーを見て怒鳴っていた。
翼竜達は直ぐに次なる脅威がクゥーリィーであると認め、左右に分かれて一匹は背後から、もう一匹は左サイドから突っ込んできた。
背後の翼竜はクゥーリィーの首を掴み、左サイドから突っ込んだ翼竜はクゥーリィーの左腕に噛みつき、それぞれがクゥーリィーの身体を力任せに揺さぶった。
彼らの捕食方法はこうして獲物の身体を引きちぎり、絶命させてからゆっくりと食事をするのであった。
「このばかが!こんなところでしょうがない死に方するな!」
ラフェールはそう怒鳴ると、右手に持った貧相な杖を翼竜達に向け、声にならない呪文を軽く唱えた。
「 死 ね ! 」
そのラフェールの叫びと同時に、翼竜達は動きを止め、口から血をどばっと噴出させながら、ばたりと倒れた。
二匹の口から噴出した大量の血はクゥーリィーの全身に掛かりクゥーリィーは全身血塗れのまま倒れた。
「このばか女が!冷静さを失ってどうするんじゃ!余裕で倒せる相手なのに!」
ラフェールは、怒鳴りながらクゥーリィーに回復魔導を施していた。
翼竜に噛まれ、掴まれた箇所の皮膚は破れ、出血していたので、当該箇所を重点的に回復魔導を施し、傷口がふさがった所で解毒の魔導を施していた。
「助かったら、説教してやる!甘やかしたのが間違いじゃった!このばか女が!」
ラフェールは一人怒鳴りながらクゥーリィーの治療を続けていた。
◇◇
どうやら俺は死ぬらしい。
能力が発動しなかったために、翼竜の不意打ちに対処できず、身体を持っていかれて地面に叩きつけられたようだ。
身体は動かず、考える事しか出来ない。
まったく、冴えない終わり方だ。
いつもそうだ。少しいい気になると決まって、現実を突き付けてくる。
この世界に転移して、未来視の能力を得てイケてる奴と勘違いしていた。
能力を使えなければ、こんな雑魚竜にも簡単にやられるような奴なのに、すっかりこの世界でも上位の剣士であると自惚れていた。
本当に馬鹿だ。
前の世界でも、それなりにイケてると思っていた矢先に、他部署から異動してきた若手にあっという間に抜かれていった。
あの時、俺は主役になる人間じゃない。脇役で誰にも注目されない所で働いている事が性に合うと強がっていたな。
そう強がりながら悔しくて酒を飲んでクダを巻いて、そして飲み過ぎて路上で寝ている内にこの世界に転移したのだった。
我ながら本当に懲りない。
ああ、ほんとうに情けない。
自分が本当に嫌になる。
もう疲れたので、死ぬならば死ぬで早く意識が途絶えてくれないか。
死ねばクラミジアの痒みからも解放されるし、何処にいっても付きまとうこの劣等感からも解放される。
本当に楽になりたいんだ、俺は。
「馬鹿な事をくだくだと言ってるんじゃないわよ。あんた、前の世界を合わせたら何年生きているの?少しは成長しなさいよ!」
あ、誰だ?
俺の死ぬ前の恥ずかしいモノローグを聞いている奴は?
「あんたの前にいるでしょうが。よく見なさいよ!」
そう言われて俺は周りをよく見てみた。
誰もいない…と思ったら、目の前に銀髪の汚い杖を持った若い女が立っていた。
俺はこんな女知らないぞ。見事な銀髪でそして目が覚める程に美人だ。
何だこれ? 俺は知らないぞ? こんな女は。
「あんた、自分が特別な存在だと変な期待を自分に持っていながら、実は特別な存在じゃないかもしれないと怖がっているのがまる分かりなのよ!」
うるさいなあ。
そうやって人の心にずけずけと踏み込んでくる奴は本当に苦手だ。
ああ、そうですよ。俺はどうせ臆病者ですよ。だからほっといてくださいよ。
「どうしてそうやって直ぐお腹を見せてしまうの!? よくそんなんで、クゥーリィーの保護者みたいに振舞えたわね!」
しょうがないだろう。
俺よりも遥かに優秀で俺なんて要らないんだからさ。
「あんたがあの雑魚竜にやられたとき、あの子は正気を失ってあなたの処に走って行って、雑魚竜に殺られそうになったわよ! あんたの独りよがりなお悩みの所為で、あの子も死にそうになっているわよ!」
なにやってんだ、あいつは…
あんな奴らに後れを取るような奴じゃないだろう。
もう少し周りを見て冷静に対処しろってんだ。
「だから、そのあんたの所為で彼女が冷静でいられなくなったんでしょうが!」
ええ…俺の所為なのか?
「そうよ!…あんた、ここで死んだらあの子の拠り所が無くなるわよ!あの子は戻る処も人も居なくなってしまうのよ! もし、ここで死んだなら私が地獄の神に話付けてあんたを地獄に堕とすからね!」
な、なんで俺が地獄に…
ていうか、理不尽じゃないか?
ていうか、お前誰だよ?
何で見ず知らずの奴に俺が説教されなきゃならないんだよ!
「ああ、五月蠅い! くだくだ言ってないで早く起きなさいよ!」
おいおい!何、杖を振りかぶっているんだよ?
え、マジですか?叩くんですか?
その一撃は、とどめを刺すってやつですよ!!
◇◇
「ムタロウ! ムタロウ!! 起きて!! 起きてよ!!」
耳に鳴き声とも悲鳴ともつかぬ女の声がムタロウの耳に刺さる。
その声がムタロウの意識を覚醒させ、ムタロウは目を開けた。
首に何かが巻き付いているとムタロウは思い、巻き付いている者を触ってみると、それはクゥーリィーの腕だった。
ムタロウが意識を戻った事に気付くと、クゥーリィーは巻き付けた腕を更に締め上げて、わんわん泣いていた。
「うっ、クゥーリィー…苦しい。」
ムタロウはむせながら腕を離して欲しいとクゥーリィーに訴えた。
「よかった…ムタロウ、死んじゃったかと思って。ムタロウが死んだら、あたし一人になってしまう。」
「いや、心配かけてすまなかった。何とか生きている様だし、お前たちが助けてくれたんだな。」
ムタロウは自分が死んでもラフェールがいるから一人ではないんだがなと思いながらも、それを口にするのは流石に無粋だろうと思い、声に出さなかった。
「ん?」
ムタロウは、股間に違和感を覚えたので、上半身を起こし下半身に目をやった。
そこには、ムタロウの股間に活性の治癒魔導を施しているラフェールが居た。
「お前、なにやってんだ?」
「おお、起きたか。いや、お前が翼竜に地面に叩きつけられたんで、怪我を治していたんじゃがな…、一番肝心な部分に悪影響があるといかんから、アレも直していたんじゃが…どうやら、カチカチなので大丈夫なようじゃの!」
クゥーリィーがムタロウの股間をちらちら見ながら顔を赤くしていた。
「いや、身体を治してくれるのは本当にありがたいのだが、俺の身体を玩具にするのはやめて貰えないか?」
「いや、しかしじゃな…」
「「いや、しかし」じゃない!…が、今回は本当に申し訳なかった。皆に迷惑を掛けた…こうして生き残れた事、本当にありがとう。みんな。」
「あたしこそごめんなさい。もっと冷静に対処すればこんな大事にはならかなったのに、如何にムタロウ達にお膳立てしてもらっていたか痛感しました。」
「そうじゃ!お前等!いい気になっている奴! 勝手にウジウジしている奴! そんな時間の無駄な事をやっている暇があるならば、もっと修練を重ねるんじゃ!」
「今回はお前の言う事が尤もだ…俺はまだまだだった。お前らと同等になる為にもっと修練を重ねないといけない事を痛感した。」
「あたし…私もまだまだである事がよく分かりました。」
ムタロウは、首を垂れて己の未熟さを素直に認め詫びた。
クゥーリィーも涙と鼻水を垂らしながら、反省の弁を述べていた。
「それでよいのじゃ。それでこそわしが見出した者たちじゃ!」
ラフェールはなぜか誇らしげな様子であった。
ムタロウは、なぜラフェールが誇らしげにしているのか意味が分からなかったが、助けてもらった手前、そのことに言及する事はやめておいた。
「それにしても、どうやって翼竜を倒したんだ?」
「ラフェールさんが、活性の魔導で二匹同時に即死させました。もし、ラフェールさんが即死させてなければ、私の首と左腕は千切れていました。」
「即死?…活性の魔導で?」
「そうじゃ。久しぶりに殺す方で使ったので疲れた疲れた…」
「強制的に勃起させるだけの魔導ではなかったのか…ていうか、俺のこれが治まらないんだが。」
「なあに、時間が経てば落ち着く! それより少し休んだらオーシマルに早く行こうじゃないかの!」
「ああ、そうしよう。久しぶりに死ぬ思いをしたので、色々疲れた。」
ムタロウはラフェールの物言いをとても無責任だと思ったが、助けて貰った手前、これを治めろと強く要求もできず、黙って従う事にした。
「(それにしても、あの銀髪の女は何だったんだ?ただの夢なのか、実在しているのか…そういえば、以前にもあの女には会ったような気がするのだが)」
「はよいくぞ!モタモタするな!」
「わかったよ! 俺は怪我人だぞ! すこしは労われ!」
ラフェールのだみ声にイラっとしたムタロウは銀髪の女について考えるのを止め、先を歩くラフェールを追い掛けていった。




