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悪党狩り  作者: 伊藤イクヒロ
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オーシマルへ①

新章を書くにあたって、これまでの経緯を整理していました。

自分用の地図とか簡単な町マップとか作っていたので時間かかってしまいました。

ある程度整理がついたので、これで漸くかけます。

王国暦1203年4月

ムタロウ達は当初の予定通り、赤竜のうろこを求め、ノーブクロを出発した。

この前に敢行したセントコンド事前調査の旅の経験は非常に大きく、大森林に出現するアンデット対策も十分であった為、セントコンドまでに道のりは極めて順調であった。

 当初は夜な夜な押し寄せるアンデットの群れに驚いていたクゥーリィーとデルンデスも1週間もするとすっかり慣れていた。

 魔力吸蔵合金の存在は知ってはいたが、高価なばかりで有効な使途が見いだせなかったデルンデスも、ラフェールの様に高レベルの治癒師が魔力封入したものであれば、アンデット除けやアンデット向けの武器として極めて有効である事が分かり、良い商売のネタが出来たと、新たな商品のヒントを得たようであった。


「なあ、ラフェールさんよ。この大森林を歩いていて思ったんだが。」


「なんじゃ? デルンデスどの」


「アンデットってのは、実は可哀想な連中なのかもしれないなぁ。」


「なんでそんな風に思うんじゃ?」


 ラフェールはデルンデスの言葉に「ほぅ」という意外そうな顔しながらデルンデスの発言の意図について問い返した。


「いや、毎晩毎晩アンデットを見ていたじゃないか。俺は物心ついてからこんな沢山のアンデットを見た事はないし、こんなじっくりアンデットを見たのも初めてでな。」


「まあ、そうじゃろうなぁ。こんな場所他じゃないからの」


「そうだよなぁ。…で、俺はアンデットの顔を一人一人見ていた訳だ。そうすると、あいつら皆必死なんだよ。少なくとも俺にはそう見えた。」


「治癒師でもない者が、あいつらの事を一人一人と言うなんて珍しいのぅ。」


 ラフェールは、デルンデスの発言内容よりも、アンデットを人として扱っている彼の言い回しに反応していた。その表情はとても嬉しそうだった。


「あ? あぁ…、そりゃあ、あいつらの夜の必死な表情を見たあと、朝、あんたに浄化されている時のあいつらの穏やかな顔を見てしまうとなァ…。あいつらにとって高レベルの治癒魔導を喰らう事は死に直結する事なのに、寧ろそれを望んでいた様に見えたんだよ。」


「彼らは死を望んでいた…ですか?」


 後ろでラフェールとデルンデスのやり取りを聞いていたクゥーリィーが口を挟んできた。

 デルンデスのアンデットに対する捉え方が新鮮で、聞き入っていたのだった。


「まぁ、俺がそう思っただけだったけどな。ただ、朝になってラフェールさんに浄化されている姿を見てな、その時のラフェールさんは普段と違って、本人の前で言うのもアレだが、とても神々しいな…って思ってしまったのだよ。そう考えると、アンデット達はラフェールさんに浄化してもらいたくて、必死になっていたのかなと思ってしまってな。」


 デルンデスは最後の方は目を伏せながら恥ずかしそうに話していた。

 この下品この上ない老婆を不覚にも神々しいと思ってしまった事を茶化されるのではないかとデルンデスは思っていたのであった。


「もし、アンデット達も安らかな死を望んでいるとしたら、私の様な火魔導で焼き払うよりもラフェールの様な高治癒魔導師の治癒魔導で対処した方が、彼らにとって幸せな事なのかもしれませんね。」


 クゥーリィーはデルンデスの言葉を聞いて、死に至る過程・思いにも色々なものがあるのかと考えさせられた。

 死は恐怖という概念だけでは無いというのは、自分には無い概念であった。


「そろそろ森が開けるぞ、セントコンドは目と鼻の先だ。」


 先頭を歩いていたムタロウが、ラフェール達に声を掛けた。

 ムタロウの声を聞いて皆が進行方向に顔を見やり、これまで木しか見えなかった景色から、木々の間から、白い光が漏れている様子を確認し、うわぁと声をあげていた。


◇◇


 一行はセントコンドに到着し、衛兵たちから一通り町に入る事にあたって一通りヒアリングを受けたのち、セントコンド入りした。


「町の成り立ちに係る歴史的背景を事前に聞いていると、国家間の戦争が無い時代に於いても城塞都市としての機能を全うしようとしているってのは素直に感心するな。」


 デルンデスは心底感心しているようだった。

 実際、隣国のビチク・コンドは他国との交流を絶っている事もあり、どういう国であるか知っている者はナメコンドの一般市民は無論の事、ナメコンド王国の高官もあまりよく分かっていなかった。

 否、関心が無かったという方が正しいと言えた。

 長きに渡る平和な時代に王国の高官も隣国が攻め込んでくる訳無いという思い込みから、国境防衛に無関心というのが実態であった。

 デルンデスは、これまで商売で訪問した町で一度も国境防衛を第一に考えている町を見た事が無かったため、感心すると共に、時代に取り残された町と内心小ばかにしていた。


「この町での滞在場所に向かうぞ。」


 ムタロウは、新しい町できょろきょろしているクゥーリィーとデルンデスに声を掛け、セントコンドの北西にあるポルン夫妻の経営する宿に向かっていった。


「町の規模を考えると、宿泊所が少ないなァ…」


 町の正門をくぐってから中央通りを歩いていた時にデルンデスがポツリと言った。


「それは、この町が他所からの訪問者が少ない事から宿商売が成立しないんだよ。」


 ムタロウがデルンデスの疑問に答えていた。


「なんで成立しないんだよ?」


「お前は感覚が麻痺しているからそんな事を言えるが、大森林があるが故にこの町には気軽には来れないんだよ。」


 これだけアンデットが沢山いれば普通の冒険者は無論、普通の商人が気軽に来れる場所ではないだろとムタロウは言った。


「ああ!そうだな、そりゃ普通の商人は来れないわ。下手に大森林に入ったら浄化待ちだ。」


「そういう事だ。皮肉な話だが大森林の存在が、隣国の侵略を防いている要因はあるのだろうな。アンデットの中に見た事のない鎧をつけていた奴がいただろう?」


「ああ、居たな。小豆色の防具を着用していた奴だろ?結構いたな。」


「そうだ、あれは多分ビチク・コンドの斥候兵だろう。鎖国を装っておきながら、隙があれば責める気満々なんだよ。あいつらは。」


「おいおい…物騒な話だが、話が飛躍し過ぎじゃないか?」


「冗談で言っている訳ではない。最初にセントコンドに向かった時も、同じ防具を着用したアンデットが多数押し寄せてきていたよ。腐り具合を見ていると、個体によってまちまちだった。ということは、あいつらは継続して斥候を送っている感じだな。」


 ムタロウはビチク・コンドの者と思われるアンデットの腐り具合が、未だ比較的少ないものから、完全に白骨化している者まで幅広い事を指摘していた。

 それは、かなり以前からナメコンドに斥候を送り続けていたという事を意味していた。


「国家間の戦争が無い…のではなく、起こせなかったと言った方が正しいと思うぞ。」


 ムタロウの見立ての通り、大森林のアンデット達が天然の防波堤となっていたのであった。


「そうだったか…。となると俺は最初、平和な時代に国防と殊更大袈裟に騒いでいる時代に取り残された町とも思ったのだが…」


「それはお前の考えが間違っているな。」


 そんなやり取りをしながら一行はポルン夫妻の家に着いていた。

 ポルンはムタロウ達が来たと気付くと勢いよく扉を開けてムタロウ達の再訪を歓迎した。


「ポルン、久しぶりだな。」


「ムタロウさんも変わりなく、お元気でしたか?」


 ポルンはムタロウの再訪を心から喜んでいる様だった。

 それは、ムタロウの再訪がいよいよ解呪の為の旅の開始を意味しているからであった。


「ああ、俺は変わらず元気だ。ところで、今日からしばらくの間、部屋を利用したいのだが、空きはあるか? 以前話していた解呪の旅の件だ。本格的に始めようという事でこここまできた。」


「もちろんです!ムタロウさん達がいつでも泊まれるよう、4月からはずっと空けておきました!さぁ、お入りください。熱いお風呂を用意しますよ。先ずはここまでの旅の疲れを取ってくださいな!」


「ありがとう。言葉に甘えよう!」


「セントコンドの我が家と思ってください!あ、そこのかわいらしい魔導師さんも入ってください。皆さんには一息ついた後、今後の行程についてお話を聞かせて頂きたいですからね。」


 耳長族は誇り高く人間族と慣れ合わないとクゥーリィーはこれまで聞いていたので、ポルンの極めて気さくな態度に驚き、そして他人と友好的な関係を結ぶ事が苦手なムタロウが、嬉しそうにポルンと会話をしている事にも驚いていた。


「は、はい! それではお言葉に甘えさせて頂きます。クゥーリィー・イマラといいます。」


「ふふ、とても行儀の良い子ね。ムタロウさんとラフェールさんのご指導が良いのかしら。あなたがクゥーリィーさんね。ムタロウさんとラフェールさんから話は聞いていますよ。将来有望なとても優秀な火魔導師さんでしたね。よろしくね。」


「は、はい! よ、よろしくお願いします!」


 クゥーリィーは顔を真っ赤にしてペコペコ何度もお辞儀した。

 ムタロウが自分の事を話題にして、かつ、とても褒めてくれていたというのが、とても嬉しく、それがお辞儀という行動に出てしまっていた。

 そんなクゥーリィーの気持ちを見透かしたか、ポルンは何も言わずとても良いものを見たという表情をしていた。


◇◇


 風呂と食事を済ませた一行は、今後の行程について話し合う事にした。

 ポルン夫妻も参加させて欲しいと申し出があり会議に出席していた。

 ここでムタロウは初めてポルン夫妻にペニシリン開発の話と、黴の安定的な培養に一定の温度維持が必要な事、そのために赤竜のうろこを求め、中央カマグラ山脈に向かう事を打ち明けた。


「それは、とんでもない話ですねえ。赤竜にうろこを分けてくださいとお願いするのですか? 討伐して得るのではなく…」


 ポルンの夫であるブッカ「無謀だ」と言いたげな感想を口にした。


「うむ、これは賭けだ。赤竜はその辺にいる灰竜と竜族というカテゴリは一緒にされているが、その実全く異なる種であると言われている。そもそもまともに戦って勝てる相手じゃない。ならば、赤竜の知能の高さに掛けるしかない。」


「しかし、幾ら知能が高いと言っても、人語を解せるかどうかは分かりませんよ。危険すぎませんか?」


「危険なのは承知だ。本当に危なければ、何を差し置いても逃げる事にするよ。」


 口では逃げると言っていたが、ムタロウが逃げる事を選択する事は無いだろうなと、クゥーリィーは思っていた。

 ラフェールの秘薬のお陰で呪いの発現は大分抑えられているとの事だが、それでも完全ではないらしく、苦しそうにしている姿を何度も見てきた。

 別の世界から転移して10年、この呪いを解呪する為に剣術を学び、実戦を積み重ねてきた事を考えれば、彼が簡単に諦める訳無いのだ。


「どうやって中央カマグラ山脈まで向かうのですか?」


 ポルンがムタロウに訊いてきた。


「まずはオーシマルに向かい、そこから赤竜の砦へ進んでから中央カマグラ山脈に入ろうと考えている。」


「オーシマルですか…」


「オーシマルか…」


 ポルンとブッカは顔を見合わせていた。


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