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悪党狩り  作者: 伊藤イクヒロ
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敗者のその後

書きたかった話の一つがようやく書けてとても嬉しいです。

コンドリアン大陸北部の軍事大国、カタイ・コンドの北部にある町、デンマはカタイ・コンドを統治する王族御三家の一つであるカップ家の領地であった。

デンマは、北にルーナ海に面し、東は北カマグラ山脈に接し、気候は亜寒帯気候…つまり夏は涼しく冬は極寒の地である為、ムーの栽培には不向きである為、人々はもっぱら漁業で生計を立てていた。

カタイ・コンドの王都フニルの民からすれば、町の存在を知っている人間の方がごく少数であり、デンマは忘れられた町といった具合であった。

 そんな辺境の町であるデンマの街並みはみすぼらしい木造の家が中心であり、住民も住宅と同様にみすぼらしい身なりの者ばかりであった。

 そんな貧民の町の外れに、明らかに趣が異なる石造りの塔が建っていた。

町の人々はこの塔にはやんごとなき人々が住んでいるという噂が立っていたが、住民が外に出る事は無く、また、偶然塔に入るところを見た者の話でも、ある時は若い男性であったり、ある時は赤子を連れた女性であったりと、まちまちであった。


「全く以て退屈だ。いつこの辛気臭い町というか、塔からの外出を許されるのだ。」


塔の最上階の窓から町を眺めていた男は、癇癪をおこし石の壁を蹴り上げていた。


「ペロシ様、子供の様な軽率な振る舞いは控えてください。塔内に幽閉されているだけで済んでいるのがそもそも幸運なのですよ。」


「ニュリン、そりゃあ分かっているけどよぉ。愚痴の一つも言いたくなるじゃないか。」


 デンマの塔は、元々、カップ家の避暑地として建設された塔であったが、デンマの町は王族が避暑地とするには、あまりにも貧相な町であり誰も利用しなかったのだが、先々代カップ家当主、イグ=カップが精神障害を患った息子をデンマの塔に幽閉して以来、カップ家一族の問題人物を収容する施設と化していた。

 ペロシとニュリンは、ムタロウと交戦の末、敗北しノーブクロでM字開脚の格好で吊るされるという大失態を犯した。

 この時、ラフェールの活性魔導によって衆人環視の下、陰茎を勃起させて吊るされ、なおかつ、勃起した陰茎をフックに見立て、垂れ幕を下げられた事から勃起騎士ニョドン変態騎士団というあだ名がついてしまい、ニョドン騎士団の権威並びにカップ家の名は地に堕ちてしまった。

 これにペロシの父親でありカップ家当主であるバキム・カップは激怒し、ペロシとニュリンを斬り捨てようとしたが、周りの家臣によって止められ、デンマの塔に軟禁される事で辛うじて生き永らえたのであった。

 そんな経緯もあってニュリンは、先刻のペロシの発言に対して酷く腹を立てていた。


「いいですか。ペロシ様。あなたの軽率な言動と振る舞いの所為でジュッセとマカは死に、私たちはノーブクロでさらし者にされ、そして本国に戻って、辺境の地に軟禁されてしまっているのですよ!その事をいい加減理解してください!」


ニュリンはノーブクロの屈辱を思い出し、怒鳴りそうになるのを何とか抑えながらペロシに抗議した。


「それは…分かっているよ。俺の軽率な行動の所為で、ジュッセとマカという大事な部下を失ってしまった…。それを考えると流石の俺も自己嫌悪に潰されそうになる。」


先程まで悪態をついていたペロシは、部下を死なせた責任を厳しく指摘されムキになって自分が如何に苦しんでいるか訴えた。


「俺はカップ家の八男という強力な後ろ盾と、元々勉強も剣術も、そして体力面でも他人より優れている自覚があった。だが、八男という事もあり、この国の王には成れぬ。ならばこの地位と与えられた知力体力を使って好きに生きようと思っていた。」


他人より優れているという自覚がある…と普通言うか?と思いながらもニュリンはなんとか耐えていた。


「それが、ノーブクロでムタロウとかいう野良剣士に完膚なきまでにやられ、晒しものにされ、そして本国戻ってこのザマだ。」


「私も、ジュッセもマカも巻き添えを喰らいましたね。」


「すまん…。と、兎に角、俺は今すぐにでもムタロウと再戦して、俺が受けた屈辱を晴らしたい。しかし、正直、今の俺では剣術の技量も実践経験も奴に比べたら遥かに劣っている。今のまま奴と再戦すればまた負け事は俺でも分かる。」


「ムタロウと再戦とか言っている話ではないでしょ! こんな状況になっても、未だ尚あなたは分らないのですか!? 再起を図る為にも、軟禁を解かれるその日まで静かにしていなさいと言っているのです!」


「じゃあ、その時ってのは何時なんだ? この塔から出た時、俺がジジイになっていたら意味がないじゃないか!俺一人、ジジイになるまで生き永らえ、最後は穏やかに死んでいく事をジュッセやマカは赦すのか? ニュリン! さっきお前も言ったよな? 巻き添えを喰らったって。」


「それは事実じゃないですか。」


「俺はお前を含めた、巻き込んだ仲間達に対するけじめをつけなければならないんだ! 解放されるその時まで、ただ息をしている訳にはいかないんだよ! 今すぐここを出て、何処かで剣の腕を磨き、ムタロウを討ちたい。あいつを討たない限り、俺はジュッセとマカを死なせてしまった罪悪感から解放されないんだよ!」


ペロシは自分の行動が死んでいった仲間たちの弔いになる事と、自身の罪悪感からの解放に繋がると殊更強調して訴えた。

ペロシがムキになって主張すればするほど、ニュリンの一連の発言の意図を全く理解していない事が露わになり、ペロシは暗澹たる気分になった。


「あなたのお気持ちは分りました。しかし、このデンマの塔を脱出し、追手をまく事は不可能ですよ。追手をまく以前に、デンマの厳しい気候で野垂れ死ぬのがオチです。」


「それは…春まで待つ。春になって季節が良くなれば、塔を破壊して脱出する位、お前の火魔導があれば出来るだろう?」


ニュリンは、ペロシの問いかけに対して、はぁと溜息をつきながら首を振った。


「ペロシ様…二級魔導師の私が何もされずにただ、この塔に軟禁されていると思いますが?」


「どういうことだ?」


「…まあ、いいでしょう。」


ニュリンはそう言うと、ペロシに背を向け、服を脱ぎ始めた。

ペロシは、ニュリンの唐突な行いに戸惑ったが、ニュリンの背中を見た瞬間戸惑いは絶句へと変わった。


「これが私がここに居れる理由です。今の私は二級魔導師のニュリンではなく、ただのその辺に居る女のニュリンなのです。」


ニュリンの背中には古代文字による刺青が彫られていた。

古代文字の羅列が紋様となっており、これが、ニュリンの魔導発動に何かしらの障害になっているという事は鈍いペロシでも察することが出来た。


「この古代文字による紋様は蟲との交信を妨げる効果があります。一種の呪いでしょう。皆まで言わずともお分かりになったでしょうが、この紋様を刻まれた時点で魔導師としての私の人生は終わったのです。」


ニュリンは、ペロシの視線を背中に感じながら今の彼女の現状を静かに伝えた。


「私には魔導師として再起を図る事は出来ません。あの日、生き恥を晒しながらも生きてさえいれば再起を図れると思っていました。」


「……。」


「しかし、それも幻想でした。」


ニュリンの静かな物言いに絶望の感情が混じっていた。


「ニュリン…すまなかっ…」


「謝る必要はありません。」


謝ろうとするペロシにぴしゃりとニュリンは言い放った。


「私はもう、静かに生きていきたいのです。誰からも忘れ去られ、静かに消えていきたい。あなたのけじめなんて要りません。」


「……。」


「もういい加減に大人になりなさい。賢くなりなさい。」


「……俺は本当に愚かだった。今の今まで、本当に申し訳なかった。」


ペロシはニュリンに土下座をしていた。

愚かにもペロシはニュリンの魔導封じの紋様を見て初めて巻き込まれた人々にも何かしら背負っている事を知ったのであった。


「およしなさい。軟禁されているとはいえ、カップ家の御曹司がこんな何の取り柄の無い女に土下座をするなんて、カップ家の名が落ちますよ。」


そういってニュリンは服を着直し、自室に戻っていった。

ペロシはニュリンが去った後もなお土下座をしたまま、床の一点を見続けていた。




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