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悪党狩り  作者: 伊藤イクヒロ
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旅の意義

書いてるとすぐ眠くなるんです。

 ポルン夫婦の悩みの相談は未明まで続いた。

 解呪へのかすかな希望は、ムタロウ自身が呪われている事を知り瓦解した。

 ポルン夫婦は抱き合って泣いていた。


「そろそろ寝てもいいか。」


 ムタロウはこの夫婦の安っぽいドラマにつき合わされている事にうんざりしていた。

 風呂と寝る場所を提供して貰っている手前、邪険に扱えないもどかしさを感じていた。


「何故夫婦そろって泣くまで悲しむ必要があるのじゃ? 死ぬ呪いではなかろうに。」


 ピクを飲み過ぎて泥酔して床で転がっていたラフェールがむくりと起き、泣きわめている夫婦に声を掛けた。


 二人はびくっと身体を震わせたのち、ラフェールの様子をまじまじと見ながら口を開いた。


「子供が欲しいのです…」


 ポルンが口を開いた。


「この呪いは交わった者に感染します。男性は男性器の尿道に異常な痒みが生じるので、呪いに罹った事に気付くのは比較的早いのですが、女性が掛かると痒みなく、本人が気づかぬ呪いを進行させるのです。」


「子供が産みにくくなるんだよな。」


 ムタロウが真面目な顔をして口を挟んだ。


「そうです。下着の汚れが酷いなと気付いた時には既に手遅れでした。私の身体は呪いに侵され子供の産めない身体になってしまっていました。」


 ポルンはそこまで言うとしくしくと泣き始めた。


「私が劣情をもよおして、あの里の女の誘惑にほいほい乗ってしまったのが愚かでした。妻を現在進行で苦しませている事が辛い。」


「そして、耐えがたい痒みで夜も寝れないのもまた辛い。」


 ムタロウはやはり真面目な顔をして口を挟んだ。


「そうなのです。これは愚かな私に対する罰だと思っても、妻は何も落ち度はない。私のせいで、呪いに苦しんでしまっている。…結婚してからずっと申し訳なさで辛かった。」


「まぁ、それはお前の落ち度については反省した方がいいな。」


「そんな時に、ムタロウさん…あなたがこの町に来ました。あなたはあの里から来たと言ってましたが、少しも痒がる素振りもなく、淡々と酔客の質問に答えていた。それを見て私は思ったのです。この人は呪いを解いたのではと。」


 泣き止んだポルンがブッカの後を引き継いで説明した。

 早い話が、解呪法を教えて欲しいという話かと、ムタロウは思った。


「ムタロウは確かにわしがこしらえた秘薬でアノ部分の痒みを抑えているが、呪いそのものの解呪は出来ておらんよ。」


「そうだ。今は解呪法を見出すべく、旅を続けている身だ。俺も呪いを掛けられて10年経つが、未だに解呪法は分かっていない。」


「そうでしたか…」


「だが、お前の夫が痒みで苦しんでいる辛さは良く分かる。そこにいるラフェールが痒みを軽減する秘薬のレシピを教えてくれる。それでその場を凌ぐと良い。」


「また、勝手に決めおって…。」


 ラフェールは口を尖らせていたが、まあしかたないかと一人呟いていた。


「それと、解呪法を見出したらお前らにも連絡する。」


 ポルン夫妻は、ムタロウの予想外の言葉にぽかんとした表情をしていたが、発言の意図を理解したと同時に、再び二人抱き合って泣き始めた。


「ありがとうございます!この痒みが軽減できるだけで、どれだけありがたいことか。」


ブッカはわんわん泣きながら、四つん這いでムタロウに近寄り跪いた。


「いや、そこまでやらなくていい。秘薬を作るのはお前等だし俺はレシピを教えると言っただけだ。」


 ムタロウはポルン夫妻の芝居がかった振る舞いに虫唾が走った。

 何か嘘っぽい、本当は何を考えているのか分らない…と疑って掛かってしまうのだった。


「ラフェール、秘薬の件は頼む。俺はもう寝る事にする。」


 ノーブクロを出て今日が一番疲れる日だと、ムタロウは思うのだった。


◇◇


 翌朝、ムタロウ達はポルンが作った朝食を取ってから中心街に出て町の様子を見て回った。

 余所からの訪問者が少ないという町のせいか、商店街・飲食街は町の住民向けの店が大半であり、町を歩く人々もまた、地元の者が大半であった。

 初日の印象通り、町は竜人族や耳長族を目にする機会が多く、種族構成という点でもムタロウがこれまで回ってきた町とは異なっていた。


「まずはデルンデスの依頼をこなさないとな。」


「依頼ってなんじゃっけ?」


「ん、まあ、町の様子やら商店街の取扱品等という言い方をしていたが、奴の主だった取り扱い品がイーブクロのポーションである事を考えると、ポーション需要の調査が一番喜ばれるだろうな。」


「ということは、道具屋と診療所めぐりじゃな。」


「まあ、そういう事になるな。」



 セントコンドの道具屋は、意外に多く9件あった。

 それぞれの店はナメコンド系・カタイ・コンド系・地場セント・コンド系と取扱製品に特長があり、更に大衆店から高級店と狙っている顧客層の違いもあった。

 例えば、カタイ・コンド系の店は、隣国カタイ・コンドの主産業が鉱物資源の輸出という事もあり、鉱物を利用した魔道具の販売が多いとか、地場となると砂漠とアンデットが多数棲む大森林に挟まれている地理的環境もあり、魔道水袋や魔導吸蔵合金といった他では手に入らない珍しいものを取り扱っていた。


「ほお、魔導吸蔵合金が普通に売られている店というもの珍しいのぅ。」


「ラフェールは何処で手に入れたんだ? 買ったのではないのか?」


「いや、自分で素材を見つけて顔見知りの鍛冶屋にこしらえてもらったのじゃ。お前さんと行動を共にする前の話じゃがな。」


「…まあ、人の過去は問わない方なのだが、俺と会うまでは何をやっていたんだ?」


「ひひ、それは時が来たら教えるよ。」


 まあそうだろうなと思い、ムタロウはラフェールの過去についての質問は終わらせ、ポルン夫妻の件に話題を移行した。


「どう思う?あの夫妻。 どうにもあの芝居掛かった態度がどうにも生理的に厳しくてな…飲み屋での態度は好ましかったのだが。」


「お前さんは本当に分かっていないのう。」


 ラフェールははぁと大きくため息をついてムタロウを見た。


「何が分かっていないんだ?」


 ムタロウはラフェールにまた呆れられたと思い、少しムキになって質問した。


「子供が欲しいと言ってたのは、遠回しな表現じゃよ。耳長族の性欲の強さは豚種にも劣らんよ。」


 ラフェールは白昼さらっと驚愕の事実を口にした。


「なッ?」


 ムタロウは思わず大声をあげてしまった。

 通りを歩いている人々が振り返り、じろりとムタロウを見た。


「とはいえ、豚種の様に浅ましい欲求の吐き出しという類ではなくて、彼らの種族としての特性から仕方ないのじゃよ。」


「ううむ…ますます分らん。」


「つまりな、彼らは長寿であるがゆえに子供が出来にくい身体なのじゃ。彼らは夫婦になってからの時間がとても長い。長寿であるがゆえに一緒にいる期間が長く、かつ、種族的に子供が出来にくいとなれば…」


「なれば?」


「ああ、もう…本当に頭の悪い奴じゃの! 長寿であるがゆえに一緒にいる期間が長くて、種族的に子供が出来にくいとなれば、子供を作る為には、飽きずに沢山するしかないじゃろう!」


「ああ! まぁ…そうだな。」


「何がああじゃ! 全く腹が立つ。 …まあよい、沢山すると簡単に言ったが、人間のケースを考えてみろ。いくら美人の妻でも飽きる。それが人間の男じゃろ。」


 そう言われてムタロウは、転移前の世界での妻との性生活を思い出していた。


「うむ、無いな。」


「そうじゃろ!耳長族にはどういう訳か、その飽きがないんじゃ。だから、夫婦になって何年経ってもしたがる。これは種族としての本能なのじゃ。」


「そうか、そういう事か。彼らは呪いによって出来ない事がお互いに辛くて仕方ないのか。」


「そういう事じゃ。しかも、呪いの内容が内容だけに今まで誰にも言えなかったのじゃろう。痒みの緩和と、欲求不満と子づくりにつながる解呪法という一縷の希望をお前さんはあの夫婦に与えたのじゃ。」


「だからあの夫婦は、泣いて喜んでいたのか。」


 ムタロウはそれが泣いて喜ぶ程のものなのか理解出来なかったが、ラフェールの説明で、沸き起こる性欲を発散できないポルン夫妻のストレスを想像した。


「(中学時代のアレをもっと酷くしたようなものか?)」


「なので、お前さんの赤竜のうろこ探しは、ポルン夫妻の様に呪いに苦しむナメコンド市民を救う重要な冒険なのじゃ。お前さんは世界を救う勇者になるのじゃ!」


「は? 性病治す手がかりを探すのが世界を救うなんて大袈裟だろうが。」


「ハァ…お前さんは本当に何も分かっていない。 あの呪いはナメコンドに蔓延しつつあるのじゃぞ…こんな余所者があまり来ない様な町でも、ポルン達の様に呪いに困っている者がいる。他の町の状況など推して知るべしじゃろう…。」


 ラフェールは少し怒ったような表情でムタロウに自身の発言の意図を伝え始めた。


「耳長族は先ほど言った通り、種としての繁殖力が弱い、それ故に性欲を強くして繁殖機会を増やそうとしているのじゃぞ。この呪いは耳長族の次の世代を絶つ極めて危険な呪いじゃ。ただ、アレが痒いという軽いものではないのじゃ!」


「ま、まぁ、そう言われるとそうだが。」


 ムタロウはラフェールの剣幕にたじろいだ。

 ムタロウの知っているラフェールはいつもひょうひょうとしていて他人に関心がなく、ムタロウの分身にのみ異様な執着を持っている老婆で、世界を救えなどと、突拍子もないことを言うような老婆ではなかった。


「ラフェール、落ち着け。お前の言いたいことは分かった。しかし、それでも俺は俺の為にこの呪いの解呪法を探している。その結果、耳長族の未来を救えたらいいじゃないか。俺は世界をどうか…を考える器ではない。この痒みを無くしたい。クゥーリィーをちゃんと一人で生きていけるようにしたい。矯正委員会の連中をどうにかしたい。これだけだ。」


「……。」


「それをやる事で、この世の中が良くなるのであらば、それはそれでいいのではないか?」


「……そうじゃな。確かにお前さんの言う通りじゃ。お前さんのやった事のお裾分けが他の人にもたらされれば、それは良いことじゃった。すまんかったな。」


「お、おぅ…」


 ラフェールは、少し恥ずかしそうにムタロウに詫びを入れた。

 ラフェールに誤られる事自体、ムタロウは初めての事だったので、どう答えたらよいか分らず、黙り込んでしまった。

 二人の間に気まずい空気が流れていた。


「さ、さぁ、デルンデスどのの依頼をこなしたら、クゥーリィーの土産を買ってノーブクロに帰るんじゃ!イクぞ!ムタロウ!」


 ラフェールはその空気に耐えきれず、わざとらしく大声を出して、さっとムタロウの前に出て歩き出した。

 ムタロウは、そんなラフェールに違和感を感じながら、何も言わずラフェールの後をついていくのだった。





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