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悪党狩り  作者: 伊藤イクヒロ
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進む者、やってくる者②

執務机に両肘をつけ、手を組むベリーショートの中年女。

唐草の飾り模様が刻まれた胸当てと手甲、膝当てを身に着けた剣士とその仲間。

キュアとペロシの間に流れる時は重く、沈黙が横たわっていた。


「…。」


ペロシのブラウンの瞳は上下左右に細かく動き、目の前のキュアの姿を撫でた。

ペロシの斜め後ろに立っていたジュッセは、手にした魔導杖の先端を下に向け、ペロシの裏腿を軽く叩いた。


「お前が、依頼人か?」


ペロシの瞳には猜疑の粒が滲んでいた。

猜疑の視線を一身に受けているキュアは、張り付いた笑いを見せていた。


「なんや?その疑いの目は?」


「五十万ニペスの報酬を出すという依頼主がな…。」


「こんなおばちゃんやったと?…意外か?」


「まぁ、そンなところだ。」


ペロシの返答に、キュアは俯きながら鼻で笑い、ぶつぶつと呟いた。


「ま、そりゃそうやな。」


「なンだ?」


「あんたらが疑うのもしゃあないなと言っただけや。」


キュアは顔を上げると、悲しげな表情を浮かべた。


「まあ、しかし、うちが依頼人であることは確かや。」


ペロシは、無言のままキュアの顔に浮かぶ表情をまじまじと見ている。


「まあ、信じられへん言うなら、帰って貰ってええわ。」


キュアは、手を払う仕草をし、ペロシ達の退席を促した。

ジュッセとニュリンは顔を見合わせたのち、ペロシの顔色を窺った。

忙しなく動いていたペロシの瞳の動きが止まり、キュアの瞳に固定された。


「そうつれない態度を取らないでくれや。」


ペロシは剣に乗せた手を離し、後頭部を掻き始めた。


「五十万ニペスっていやぁ、なかなかの大金だ。そう簡単に払える金額じゃねェ。」


「ま、そらそうやな。」


「矯正委員会のキュアさんって言っていたよな?アンタ。」


「そうや。」


「矯正委員会のキュア・ビーティーって言えば、あの糞委員会での序列は結構なモンだ。」


ニュリンとジュッセは、再び顔を見合わせ、目を大きく見開いた後、キュアの顔を凝視した。

マカは退屈そうに顎に生えていた無精ひげを抜いている。


「なンで、そんな偉い人が、廃校の校長室で隠れているンだ?…それに、五十万ニペスのカネをどうやって引っ張り出すンだ?糞委員会の予算承認は下りたンか?」


ペロシは口元に悪意を湛えた笑みを浮かべながらキュアを見た。

キュアは組んだ手に顎を乗せ、目を瞑っていた。

暫くの沈黙のあと、キュアは苦笑いを浮かべながら小さくため息をついた。


「あんたが、アホでないことは、よう分かった。」


キュアは鼻から大きく息を吸うと目をかっと開き、ペロシを睨みつけた。

キュアの視線を受けたペロシは、手で胸元を抑え、痛みを我慢する仕草をした。

キュアは、そんなペロシの様子を気に留めるもなく、言葉をつづけた。


「確か、カタイ・コンド国のニョドン騎士団の頭領の八男が武者修行で国外にいると聞いたなぁ…。」


キュアは薄ら笑いを浮かべながらペロシ達を見回した。


「色々知識がある事はええけど、自分賢いアピールして外交問題になったら、そらただのアホやで。」


キュアは椅子から立ち上がって侮蔑の粒を纏わせた視線をペロシに向けていた。


「話が済んだんなら話を聞くか帰るか、決めてくれへんか?うちも忙しいでな。」


◇◇


ペロシ達が旧魔導学校の門柱を抜けた時、空は藍色に染まり無数の白い瞬きが広がっていた。

瞬きの放つ粒子に浮かび上がったペロシの顔は、旧魔導学校に入るときのそれと異なり、強張っていた。

ニュリンとジュッセはペロシから距離を取りつつ後ろを歩き、マカは空を見上げながら歩いていた。


「あの糞ババア…」


ペロシは立ち止まると、両手で頭を掻きむしり、ぶつぶつと独り言を口にしていた。

ニュリンが恐る恐るペロシの隣に立ち、ペロシの顔を覗き込んだ。

端正な顔は怒りの粒子を放ち酷く歪んでいた。

ニュリンは、心配そうな表情を浮かべながらペロシの背中をさすっていた。


「何をそんなに怒っているの?…確かに気持ち悪い女だったけど。」


「そうだよ!完全前金で五十万ニペス貰ったし、上客じゃない!」


いつの間にかジュッセがニュリンの後ろについていた。

ジュッセの顔はペロシの表情を伺いながらも、瞳には戸惑いの粒子を滲ませていた。


「ただのババアじゃなかったよ。俺の素性も見抜いていたし、流石に糞委員会の幹部だなと。」


「あれ、やっぱり分かっていたんだ。」


ジュッセが能天気な驚きの声をあげた。

ジュッセの反応を見て、ペロシは哀れみの視線を送ったが、直ぐに表情を戻した。

ペロシは胸元から銀色の鎖に繋がれた橙の石を取り出した。

石は、内部から表面に向かって無数のひびが走っており、白く濁っていた。


「これを見ろよ。」


ペロシはひびが走り白く濁った橙の石を掌に載せ、ニュリン達に差し出した。

差し出されたペロシの掌の周りに、ニュリンらが集まり掌の石に顔を寄せた。


「おや…この石は?」


マカは石をまじまじと見つめたあと、眉をあげながらペロシに顔を向けた。


「ああ、マカの想像通りのやつさ。」


ペロシはマカに対して大きく頷いて見せた。

二人のやり取りを訝しげに見ていたニュリンも表情を一変させた。

ニュリンの反応を見たペロシは、満足そうな表情を浮かべた。


「全然話が見えないんですけど!」


ジュッセが不満げな声をあげ、三人に割って入ってきた。


「このひびの入った石がなんなの?」


魔導杖を振りながら疑問を口にするジュッセを見たニュリンとマカは、苦笑しながらペロシに顔を向けた。

二人の視線を受けたペロシは目を瞑り、首を振りながらゆっくりと口を開いた。


「これはな、破呪の石だ。」


「はじゅの石?」


「そうだ。まァ、平たく言えば呪いを一度だけ身代わりに受けてくれるお守りのようなモンだ。」


「それがどうしたのさ?」


ジュッセが魔導杖の先端を破呪の石に向ける。

ペロシの視線は魔導杖の先端を伝い、ジュッセへと移動した。


「あのババアは、俺に魅了の呪いを掛けてきたンだよ。…無論証拠はないが。」


ジュッセは、ペロシに言葉を聞いて暫く、考え込んでいた。


「ああ!!」


ジュッセは裏返った声をあげると共に、大きく口を開けてペロシ、ニュリン、マカの順番に視線を向けた。


「だからその石にひびが入っていたのか!」


「そういう事だ。…ったく、母上の無理矢理渡されたこれが役に立つとはナ。」


ペロシは苦笑いを浮かべながら、破呪の石が吊り下げられた鎖を首に付け直した。


「魅了の呪術を使う者など、我が国にもそうはいないですね。」


ニュリンが深刻な面持ちでペロシの首元を見て呟いた。


「ああ…恐らくだが、あのババアは転移者だろうな。」


ペロシは振り返り、忌々しげに黒い影となった塔を睨んだ。


「ん?どういう事よ?なんで転移者が魅了の呪術なの?」


ジュッセが喰い気味にペロシに疑問を投げかけた。


「俺もよくは知らねえよ。兄貴達の話じゃ転移者は、こっちの人間にはない能力を持つッて話でな。」


「あのおばさんの呪術がそれだって?」


「まあ、そういう事だ。…よく知らんが。」


「そっか…。」


「あのババアは、竜門会のおっさんとデキていたって話だが、恐らく魅了の呪術を使ったンだろう。」


ペロシは、影となった塔に唾を吐くと、背を向けて歩き始めた。

ニュリン達もペロシの後に続いた。


「大したババアだよ…そのババアが始末しろという相手だ。」


ニュリンの表情が引き締まり、深い陰影を作った。


「五十万ニペスじゃ安い相手かもしれねぇな。ムタロウって奴は。」


ジュッセが意外な顔をした。

ニュリンは、ペロシの言葉を受け、表情を暗くした。


「…つまり。」


「そうだ。俺たちは割に合わない依頼を受けた可能性が高いッてことだ。」


ペロシは言い終えると、大きく息を吐き出した。

マカはペロシの小さくなった背中を見て、小走りでペロシの横に立った。


「かといってわが主どのは、そこで逃げるタマではないのでしょう?」


マカはペロシの顔を見てにっこりと笑った。

ペロシはマカの顔を見て、口元を微かに歪ませて、小さく笑いだした。


「ああ、勿論だ!だからこそ、酒でも飲みながら作戦会議をしようと思っていたンだ。」


マカはペロシの言葉に嬉しそうに相槌を打った。


「そう思って、いい店見つけておいたんですよ。」


マカの言葉にペロシは顔をほころばせ、マカの背中を軽く叩いた。


「よし。じゃあ、連れて行ってもらおうか。」


「その言葉、待っていましたよ。…ジュッセ、ニュリン。行きますよ。」


マカは振り向いて二人と目を合わせ、片目を瞑った。

ジュッセとニュリンは小さく頷き、足取り軽やかにペロシの後を追っていた。


◇◇


丸く広がる青い空に、小魚の群れの如く細かい無数の雲が漂っていた。

青々と広がる草原の絨毯に小魚の影がうっすらと映っていた。

ノーブクロの中心地である泉の広場を東に進むと広大な牧草地が現れた。

なだらかな起伏を描く小高い丘で、黒髪の男と銀髪の老婆が相対していた。

黒髪の男から少し離れた処に赤髪の少女が手を組んで不安げな表情を浮かべていた。


「じゃあ、行くぞムタロウ!」


「あぁ…。」


ムタロウの返答と同時に銀髪の老婆は人差し指を額に置き、聖句を唱えるともう一方の手を大きく広げムタロウに向けた。


「…。」


ムタロウの足元が蒼く発光し始め、蒼い光はムタロウを包んだ。

ムタロウの黒髪は、黒と蒼の二色に彩られた。


「お前もじゃ!クゥーリィー。」


「え、えっ?…ラフェール??」


ラフェールは黄ばんだ歯を剥き出しにしながら、広げた手をクゥーリィーに向けた。

途端、クゥーリィーの身体も蒼い光に包まれていた。


「どうじゃ?」


「えっ、…どうじゃ?って…。」


クゥーリィーは自分とムタロウの身に起こった事に戸惑い、ムタロウの顔を見た。

ムタロウは無言のまま蒼く発光する両手を興味深そうに見ていた。


「あ、あの…何が起きているんですか?」


全身を包む光が消えた頃合いを見て、クゥーリィーはラフェールのもとへ駆け寄っていた。

クゥーリィーを待つラフェールの顔は、得意げであった。

クゥーリィーの後をムタロウがのっそりと続いた。


「…聖光じゃよ。」


「…せいこう?」


クゥーリィーは目を丸くしながら、軽く首を傾げた。


「遠くから処置できる治癒魔導じゃ。身体、軽くなったじゃろ?」


「あっ…そういえば、走るの楽でした。」


クゥーリィーはラフェールの目の前で、軽く二・三度跳ねていた。

ラフェールはクゥーリィーの挙動を見て満足げな表情を浮かべた。


「治癒魔導って、こうやって使うんですね。」


クゥーリィーは心底感心した面持ちでラフェールを見やった。


「?」


「わっ、わたし…ラフェールの魔導って、アレをおっきくさせる効果しかないかと思い始めていたので。」


クゥーリィーは目を泳がせ、両人差し指をちくちくさせながら、か細い声を絞り出した。

クゥーリィーの言葉にラフェールは、暫く呆けていたが、我に返ると顔を真っ赤にさせていた。


「…そいつは、お前の脚の怪我も治してくれているぞ。」


ラフェール達に追いついたムタロウが、クゥーリィーを窘めた。

ムタロウの言葉にクゥーリィーは、思わず魔導学校でカントンに刺された箇所に手を当てていた。


「えっ…あ…ご、ごめんなさい。」


クゥーリィーは頭に地面をつける勢いで、ラフェールに謝罪した。

ラフェールは、感情の整理をつける事に苦労し、無言のままクゥーリィーに背を向けた。


「…ラフェールは挙動と人間性に問題はあるが、治癒師として見れば超一級だ。」


「…はい。」


「敬意だけは持っておけ。」


「…はい。ごめんなさい。」


クゥーリィーを取り巻く粒子がどんよりしているのを見たムタロウは、ラフェールの横に立った。


「…猿芝居は止めろ。落ち込んでいる。」


「…ひひ。」


ラフェールはくるりと振り向くと、黄ばんだ歯と桃色の歯茎を剥き出しにしてげらげらと笑い始めた。

クゥーリィーはラフェールの笑い顔を見て、安堵の表情を浮かばせていた。

涙ぐんでいた。


「クゥーリィー、反省したならば、手伝え!」


「は、はいっ!」


クゥーリィーの返事を聞いたラフェールは口元を歪ませながら、下方に点在する木々を指差した。


「わしの聖光がどれだけ遠くまで届くか確認したい!あそこまで走れ!」


「は、はい!」


ひと際大きな声による返事と共に、クゥーリィーは犬のように全速力で走っていった。

あっという間に小さくなっていくクゥーリィーを見ているムタロウの表情は柔らかかった。


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