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悪党狩り  作者: 伊藤イクヒロ
39/86

ビチビチという店

サブタイトルって難しいです。

今日は日を跨がずに更新できて嬉しいです。

ムタロウ達がノーブクロを出て18日経った。

 日を追うごとに夜に押しかけてくるアンデットの数は増え、18日目の朝には結界を取り囲んでいる死体は1,000体を超えていた。

 大森林に入ってから浄化したアンデットは延べ6,000体を超えていると思われた。


「死霊街とはよく言ったものだな。これだけの数のアンデットがいるとはなあ。」


 大森林に入ったばかりの時は夜間のアンデットの襲来に神経を尖らせ、寝不足気味だったムタロウも、近頃ではすっかり慣れ、夜のアンデットの襲来も、朝のアンデットの浄化も日常化していた。

 ラフェールが浄化作業をしている間、ムタロウは円周上に打ち込んでおいた魔力吸蔵合金を引き抜いていた。

 引き抜いた吸蔵合金にラフェールの治癒魔導を吸蔵してから出発するのが、毎日の決まった作業だった。


「しかし、不思議な合金だな。治癒魔導を吸収する合金とはなあ…。 俺は今回の調査をするまでこんな合金の存在を知らなかったぞ。」


 束になった魔力吸蔵合金を脇に挟んで運んできたムタロウは、浄化作業を終えて一休みしているラフェールに声を掛けた。


「まあ、吸蔵合金の材料となる金属の目利きと加工できる鍛冶職人がいないからの。」


 地面に腰を落ち着け、水を飲んでいたラフェールは魔力吸蔵合金を製造する上での特殊金属と鍛冶師の両方が稀少であり、故に世の中に知られていない事を説明した。


「あとは、この合金の使い道といえば、大森林位しかないから需要が無いというのが一番かもしれないがのぅ。」


 魔力吸蔵合金は使い勝手が悪く、治癒魔導しか吸蔵できないという事と、貯蔵した治癒魔導の放出には貯蔵をした治癒魔導師による放出指令が無い限り、治癒魔導の放出はしない、ただの金属棒であるため、大森林を超える為には高レベルの治癒魔導師がパーティーにいなければならなかった。

 聖光を放てる治癒魔導師はナメコンド全土を見渡しても100人いるかいないかといった数であり、魔力吸蔵合金を使いこなせる者がそもそも居ないというのが実情だった。


 「よし、終わったぞぅ。では、いくかの!」


 ラフェールの出発準備が終わったという宣言を受けて、傍らで座っていたムタロウも立ち上がり、セントコンドに向けて北上を始めた。


 ムタロウ達が歩き始めてから3時間程…時刻にすると正午を過ぎたあたりから、両脇の木々の密度が徐々に薄くなり始め、大森林の終端が近い事を示していた。

 更に歩を進めていると、突然目の前の景色が開け、黄土色の地平線と緑色の草原の境目に街が広がっている風景が目に入ってきた。

 

 「あの黄土色の部分がウーマ砂漠で、手前の町がセントコンド…か。」


 「そのようじゃのぅ…こうしてみると大森林は高原地帯だったという事を再認識させられるのぅ。」


 ラフェールの言った通り、セントコンドの町は、大森林の先端から数百メートル低い位置にあり、セントコンドと大森林の間はムー畑が広がっており、ムタロウはふと、元の世界での信州の高原風景を思い起こしていた。

 もっとも、元の世界には鹿や熊はいてもアンデットはいないが。


「ラフェール、セントコンドの町には行ったことがあるのか?」


「わしもないのじゃよ。主流となる種族も産業も何も知らん。」


 セントコンドは大森林とウーマ砂漠に挟まれた立地であるため、陸の孤島の様相を呈していた。

 このため、他所からの訪問は少なく王都の警察権も及ばないため、政治犯や凶悪犯が逃げ込み、隣国へ亡命する前線基地となっていると専らの噂であった。


「まあ、それを調べてこいというのが、デルンデスの依頼だったからな。」


「そうじゃったな、すっかり忘れていたわい。」


「まあ、あれだけ毎朝毎晩アンデットとの日々を過ごしていればな、忘れるさ。」


二人は顔を見合わせて、声を出して笑ったのち、真っすぐセントコンドに向け歩き始めていた。


◇◇


ムタロウ達がセントコンドに近付くにつれ、大森林から見えていた町を囲む石造りの壁の背は高くなり、この石造りの壁は隣国からの侵攻を止める前線基地という役割を担っている事を自ら主張していた。

商業区・居住区は皆、強固な石の壁によって囲まれており、敵が外壁内に侵入しない限りは、外敵からの侵攻に晒されることは無い作りであった、。

過去にカマグラ山脈を越えてきたビチク・コンド兵と、ナメコンド兵両軍が入り乱れての戦いとなった結果、おびただしい数の戦死者が出た事を鑑みれば、死霊街のアンデットの多さには納得がいくものだった。


 そうこうしている間にムタロウ達はセントコンドの門に辿り着いていた。

 門前には衛兵隊が6人程就いており、町に入る事を希望する者の氏名、年齢、何処から来たのか、目的は何かを訊かれ、最後に絵師による人相画をとられて初めて町に入る事を許された。


「余所者が町に入る事に対してかなり厳重に警戒しているからこそ分かるが、ここは本当に陸の孤島なのだな。」


 長時間に渡る入町審査を終え、疲れたと言わんばかりに肩を回しながらムタロウは言った。


「なんでそんなことがわかるのじゃ?」


「ん? ああ…、俺はノーブクロで矯正員会の幹部であるキュアを消したからな。奴らからしたら、俺たちは組織の脅威だ。」


「確かに…そうじゃな。」


「それに、あのペロシだったっけか?カタイ・コンドのお坊ちゃん。あのお坊ちゃんが自称していたので眉唾だが、もしあのお坊ちゃんの言う事が本当ならば、俺たちは国家間の不和を引き起こした大罪人だ。ナメコンドにとってお尋ねものだろうよ。」


「…よく考えたら、わしら知らぬ間にえらいことしているな。」


「そう。えらい事をしているにも関わらず、この町にはそういった情報が一切入っていない。だから、町に入れた。」


「なるほどのぅ~…。」


 ラフェールはまじまじとムタロウの顔を見ていた。

 その目は子供が珍しいモノを見つけた時に好奇心に溢れたそれと酷似していた。


「な、なんだよ?」


 ムタロウがラフェールの視線に戸惑いながら、視線の意図を問うた。


「いや、あほかと思ったら、意外に考えているのだなと思っての。」


 ラフェールの忌憚なさすぎる率直な意見にムタロウは一瞬きょとんとしていたが、意味を飲み込むと顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせていた。


「お前ら、入っていいぞ。」


 衛兵らに促され、ムタロウ達はセントコンドの町に入った。

 石壁に囲まれた町は、一種独特の閉塞感を有しながらもその石壁により隣国の軍隊や大森林からのアンデットの襲撃に対する守りへの信頼感から、至って平穏な町であった。

 

「人間族が少ない町ってのは、なかなか珍しいな。」


「言われてみれば確かに…って、竜人族が多いの。」


 セントコンドの町を歩く人々は、人間族4割程度、竜人族と耳長族がそれぞれ3割同数、そして残りが他種族といった構成であった。

 竜人族は自分達の盟主である赤竜の住処に近いこの町に居たがるという彼らの考えは理解出来るものの、誇り高く排他性の強い耳長族が他種族と同じ場所で生活を共にする事は合点がいかなかった。

 

「まあ、色々疑問に思うところはあるが、取り敢えずは宿を決めてからじっくり町を見て回ろう。」


 ムタロウの提案にラフェールも同意し、宿を探しに町の目抜き通りを進んでいった。


◇◇


 宿を探し当てるのは思った以上に難儀した。

外からの訪問者が少ない事もあり、宿泊者の需要があまりないためか、町の規模を鑑みると宿泊所の数が少なくどこの宿も満室であった。

 

「困ったな。宿が無いという事態は想定外だった。」


「まあ、いざとなったら野営か、馬小の干し草貯蔵所に泊めて貰うかじゃのう。」


「出来ればそれは避けたいところだが、最悪それだな。」


 ムタロウは頭や背中をぼりぼり搔きながら力なく答えた。

 セントコンドに着いたらまずは風呂入って頭を洗うと決めていたので、折角町に入ったのに野営を強いられることになり、誰から見ても分かる位に気落ちしていた。


「あっ…あとは、飲み屋で宿が無いか聞けば、何かあるかもしれないぞ。」


 気落ちしていたムタロウを見て可哀想と思ったのか、ラフェールが声を掛けた。

 ラフェールは町に入ったら真っ先にパブに行き、酒を飲みたかったのだが、気落ちしたムタロウは沈んだ空気を所構わず撒き散らし、この上なく酒が不味くなる事を何度も経験していたため、(自分が美味しい酒を飲むために)何とかムタロウの気持ちを引き上げようとした。


「そうだな、飲み屋の主人(マスター)に聞けば、何か教えてくれるかもしれない。」


 ムタロウは一縷に望みを糧に気持ちを切り替え、宿探しからパブ探しへと気持ちを切り替えた。


「もう目星はついておるよ。そこのパブならば客も多いし情報が収集出来るやも知らん。」


 ラフェールが指差した店は「ビチク・コンド料理/ビチビチ」という店だった。

 角打ちスタイルでドンコは無論の事、ビチク・コンド特産の蒸留酒、ピクが飲めると看板に書いてある。


「なあ、ラフェール、ピクってなんだ?」


 ムタロウは呪いに罹ってから酒を飲んでいない為、転移世界での酒のについて全く無知であった。


「ほう、お前さんは知らないか。ピクは、ビチク・コンドで自生しているシャブティンという木の実を蒸留して作る酒じゃ。飲むとすぐ酔っぱらってしまうから、わしも若い時はわしの身体目当ての男によく飲まされたものじゃ…。」


 何十年前の記憶なのか、昔の記憶を呼び起こしていたラフェールはうっとりとした表情をし、それを見たムタロウはげんなりとしていた。


「じ…じゃあ、そこでピクってやつを呑んで、男に言い寄られると良いな。」


 ムタロウは何とか言葉を絞り出して、やり過ごしたあと、ラフェールの顔を見ず、ビチビチに入店した。


「いらっしゃい!…見ない顔だね!」


 ビチビチの主人(マスター)主人(マスター)というより大将だなと、ムタロウは思った。

 ムタロウも酒を飲みたいと思ったが、呪いは酒を飲むと抗生物質に対する耐性を点けてしまう為、酒はご法度であり、ぐっとこらえた。

 呪いによる痒みは、ラフェールがこしらえた痒み止めの秘薬により抑えられてはいるものの、完治していない以上、誤魔化しでしかなく、解呪する迄は酒は飲まないとムタロウは誓っていた。


「ピクをくれい!ピクを!」


ラフェールが大声で頼んでいる。


「あいよお!そちらの兄ちゃんは何にする?」


 大将もまた大声で返す。

 きっと店は繁盛しているのだろう。

 客が多いから声が大きくないとオーダーが聞き取れないんだなとムタロウは思った。


「俺は…水にしてくれ。食べる方に専念したい。」


「オッケイ!じゃあ、セントブクロ特産のウーマドラゴンの塩焼きでも食うか?」


「ドラゴン?竜の事だろ?そんなの食べて竜人族が沢山いるのに大丈夫なのか?」


 ムタロウは驚いて大将に訊き返した。


「アンタほんとに他所者なんだな!ウーマドラゴンはドラゴンとは言うが、ちっこい蜥蜴で竜とは別種よ!ウーマ砂漠に居る蜥蜴だよ!」


 「(蜥蜴をドラゴンと言って料理として出した方がインパクトあるのかな?)」


 とムタロウが考えている傍らでラフェールは大将から出されたピクをぐびぐび飲み干し、ご満悦の表情だった。

 ムタロウは、ウーマドラゴンの塩焼きの他に、地元の山菜を使った料理やニュウの乳を使ったクッサという発酵食を食べていた。


 「なあ、大将。俺たちはノーブクロから来たんだが、今夜泊まる宿が無くて困っているんだ。どこか、いい宿は無いか?」


 酔いが回ったラフェールの声が大きくなり、そろそろ頃合いだなと考えたムタロウは、大将に宿について尋ねた。


「なんだお前!ノーブクロから来たのか! よくあの死霊街を抜けてこれたな!」


 大将の大きな声は、自動的に周りの客の耳にも入る。


「お前、いったいあの死霊街を何人で抜けて来たんだ?あそこに潜んでいるアンデットの数は尋常じゃないぞ、いったいどうやって???」


 大将は興奮を隠し切れず、大きな声で質問を重ねた。

 周りの客も会話を止め、ムタロウの返答を待っていた。


「ここにいるラフェールと二人で抜けてきた。どうやってと言われると…」


「ふたりだってェ! お前ェ嘘をつくな!」


 突然、竜族の女が会話に割り込んできた。

 酔っている様だった、目が座っている。


「いや、嘘はついていない。ここにいるラフェールと2人で来た。聖水と魔力吸蔵合金を使ってアンデットを浄化しつつここまで来たんだ。」


 ムタロウは竜族の女の失礼な振る舞いと物言いにムッとしながらも、酒の席の上の事と自分に言い聞かせ、静かに返答した。


「はッ!魔力吸蔵合金で漏れる治癒魔導なんて、ガキの漏らした先汁みたいなもんだよ!嘘をつくのも大概にしな!…全く、これだから余所者は嫌なんだよ!自分を大きく見せようとする!」


 先汁なんて、なんて下品な女だとムタロウは思ったが、これ以上反論しても面倒臭いだけなので、相手にしない事にした。


「大将!さっきの話だが宿は無いのだろうか?折角町に着いたのに野営ってのは避けたいんだ。」


「まだ言ってンのか!法螺を吹くのもいい加減しろや!酒もロクに飲めない弱っちぃ人間族が吹くンじゃねえわ!」


「吹いてはいないが…。」


 酔っているとはいえ、流石にしつこいのと失礼が過ぎるのでムタロウは思わず反論してしまった。

 と同時に、突っかかっている女の後ろで仲間の竜人族の男3人がニヤニヤ嗤っているのが見えた。


「なるほど。そういうことか。」


 ムタロウは悟った。

 大森林からセントコンドに来たか、どうかなど彼らにはどうでもよかったのだ。

 自分達より劣る余所者の人間族を挑発しムタロウを怒らせればよかったのだ。

 となると、ムタロウのやる事はシンプルだった。


「この振る舞いは、それ相応の覚悟があっての事か?」


 ムタロウの発言を聞いた竜人達は、一瞬静まり返り、そして文字通り床に転がって殊更大袈裟に笑い転げていた。

 実に幼稚な挑発であった。

 そんな竜人族達の様子を見て、ムタロウは溜息をついた。


「所詮は蜥蜴から進化した亜人種か。振る舞いの下品さを見れば竜の末裔とは思えんな。あ、竜とは言ってもせいぜい灰竜の末裔か。」


 ムタロウの一言で、大袈裟に笑い転げていた竜人族はぴたりと笑うのを止めた。


「蜥蜴が蜥蜴と言われて腹を立てているな。おかしなことだ。今にも飛び掛かりそうだが、グリルは其処だ。ちゃんと狙って飛び込めよ。焼けたら食べてやる。」


 ムタロウが重ねて挑発をした瞬間、怒りで目を真っ赤にした女の竜人族が金切り声をあげて飛び掛かってきた。


 「蜥蜴は単純だ。」


 ムタロウは嬉しそうにひと言添えると、テーブルに置いてあったフォークを左手で取って、竜人族の女にフォークの刃先を向けた。

 ムタロウに飛び掛かった女の竜人族は自分の進行方向にフォークの刃先がある事に気付き、避けようと思ったが時すでに遅く、フォークに向けて自ら飛び込んでいった。


 「いだああああああああああ」


 勢いが良すぎたか、フォークは柄まで女の竜人族の顔にめり込み、女は泣きながら悲鳴をあげて転がっていた。


 「お前ら、おかしくても痛くても床を転がるんだなァ? そんなに地面が好きならば、砂漠に帰ればいいじゃないか。 同胞の蜥蜴が焼かれて俺に喰われているのが耐えられないから、俺に絡んできたんだろ?」


 竜人族は、女を介抱する者、返り討ちを恐れてただ睨んでいるだけのもの、虚勢を張ろうとして剣を抜こうとしている者と居たが、ムタロウの出す殺気に気圧され、身動きが取れずにいた。


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